第64話 帰路の途中
森の中を一通り歩いてみたけれど、新たな脅威となる魔物の姿は見当たらなかった。
小鬼の巣穴も、他には見つけられなかった。
木の根本付近や茂みに隠れるように、巣穴は作られているという。
注意深く探しても、さすがに全てくまなく探すことはできない。
私たちは、最初に単眼の巨人を討伐した場所へと戻ってきていた。
二体の単眼の巨人を荷馬車に積み込む作業は難航しているようだった。
けれど、ギルドの職員や冒険者といった人たちの数が増えているように思う。
増援を要請して辿り着いたみたい。
「単眼の巨人の積み込み作業は、まだまだかかるみたいです」
パラライザさんは、単眼の巨人の積み込みの陣頭指揮を執っている青い髪のギルド職員から状況の説明を受けたようで戻って来た。
確か、あの青髪のギルド職員の人は、城塞都市ヴァルハライズに来た時に病院や診療所の場所を教えてくれた受付嬢だった気がする。
名前は……レナスさんって言ったかしら?
そうだわ、そう名乗っていたはず。
「どう見ても、今日中には持って帰れそうにないねぇ~」
まだ、一体すら荷馬車に積み込めていない状況を見ながら、長引きそうだと言わんばかりにセレスさんが呟いた。
「私たちは、街へと戻りましょう」
「えっ?戻って良いんですか?」
あっさりと帰ることを進言してきたパラライザさんに、私は尋ねた。
「はい。単眼の巨人の討伐と高級キノコの採取が、あなた方への依頼ですから。それは、すでに達成されていますので、何も問題はありません」
確かに、セレスさんとマックスさんは単眼の巨人二体の討伐を果たしている。
私とニット君も高級キノコを採取して、パラライザさんに納品済みだ。
さらには追加で頼まれた残党小鬼の掃討と、この森の中の安全確認は済ませて終わったばかりだ。
依頼されたことは、すべて達成させている。
「今から帰れば、夕方は無理かもしれないけれど、暗くなり始めた頃までには戻れるだろうねぇ~」
天高く昇っていたお日様は、かなり傾いている。
急いで帰れば、今日中には街には戻れそうだった。
「追加で冒険者にも来てもらっているので、積み込み組の方は問題ありませんから」
単眼の巨人の積み込み作業をしている人たちを一瞥して、パラライザさんは言った。
夜に魔物が襲ってきたとしても、冒険者がいるのだから問題はないということみたい。
まあ、私たちが森の中に巣食う魔物を退治したので、早々に現れるとは思えないけれど。
警戒しておくことには越したことはない。
「じゃあ、さっさと戻ろうぜ。街のそばで野宿なんてしたくないからな」
街に戻り切れず、途中で野宿する羽目になるのは避けたい。
街に戻ることができれば、温かい食事にお風呂にベッドで寝られる。
頑張って歩けば、それが待っていると思えば、いやがおうにも足取りは捗るというもの。
私たちは、森の中を抜けて街道まで戻り、そのまま街を目指して戻っていった。
地平線の彼方に陽が沈んでいく。
空が赤く染まり、もうすぐ夜の帳が下りる頃。
城塞都市ヴァルハライズまでは、あと一息というところまで戻ってきていた。
街に辿り着く頃には、辺りは真っ暗になっていることだろう。
休憩など、とらずに歩き続けていた。
「もう少しで街に辿り着きます」
街へと向かう街道の先頭を歩いていたパラライザさんは振り返りながら、前方を指さしていた。
ずいぶんと前から街の姿は見えているけれど、なかなかにして辿り着けていない。
それは、この城塞都市ヴァルハライズが巨大すぎるゆえかもしれない。
街道は、まっすぐに街へと続いている。
その街道の周囲には赤茶けた大地の荒野が広がり、点々と大きな岩がその姿を残していた。
「ほえ?なんか、岩が動いたよ?」
ニット君が、突然そんなことを言い出した。
徐々に暗くなってきて視界が悪くなってきている。
やや赤みがかった色合いに染まっていた岩々は、徐々に夜の訪れとともにその存在の視認がしずらくなっていた。
「見間違いじゃない?岩は動いたりしないわよ、ニット君」
「でも、あそこの岩が動いたように見えたんだけれど……」
私たちの前方……左斜め前には確かに岩のようなものがある。
今から素通りする街道の脇にある岩だ。
ニット君は、それを指さしているようだった。
「あの岩か?ボーズ?」
マックスさんは、まじまじと岩を見詰めていた。
みんながみんな、岩の方へ視線を向けながら、足取りだけは進めていた。
岩は、一向に動く気配はない。
「ボーヤ、見間違いじゃないかい?」
全くと言っていいほど動かない岩から、ニット君へと視線を向けていた。
「おかしいな……動いたように見えたんだけれど……」
「疲れているのかもしれないわね。抱っこしてあげようか?ニット君」
私はニット君の両脇に手を回した。
「ブブブグル……」
唇をブルブルと震わせるような、そんな変な音のようなものが耳に入った。
「?……今のは何だい?」
「何でしょうか?」
不思議な音だった。
「フギャア……」
猫を圧し潰したかのような、そんな声が聞こえた。
ニット君が先ほど指さした岩の方からだった。
彼の身体を抱き上げようとしていた私は、動きを止めた。
岩の方へと視線を向ける。
ユラユラと岩が僅かながらに揺れている。
目の錯覚かもしれないと思い、手で目元を擦ってみた。
やっぱり、動いているように見えた。
「岩じゃない。何かいるぞ」
マックスさんは背負っていた大剣をいち早く抜き放った。
岩だと思っていたものが激しく身を震わせるように揺れ動いている。
明らかに岩ではない。
あれは。
「巨漢かい?」
セレスさんが声を張り上げた。
太腿の鞘から二本の短剣を引き抜いていた。
「巨漢?」
私は抱っこしようとしていた手を離し、『聖剣エクスカリバー』の金色の柄へと手をかける。
ニット君も慌てて腰に帯びた剣の柄に手をかけて『エアブレード』を引き抜いていた。
ぐるりと岩がこちらへと向き直り、ニヤリと笑みを零していた。
地面に座り込んでいたそれは、おもむろに立ち上がった。
私たちが岩だと思っていたものは、魔物の巨漢だった。
体表の色合いが灰色がかっていて、薄暗くなってきた状況も相まって岩の様に見えていたようだった。
丸々と肥え太った身体つきが特徴の巨漢。
禿頭の頭に不快な下卑た笑みを湛えた凶悪な魔物。
身体が大きい上に、尋常ではない怪力の持ち主だ。
マックスさんよりも二回りくらい大きな体格をしている。
手には木の丸太を思わせるようなこん棒が握られていた。
弛んだお腹の脂肪を揺らしながら、私たちの行く手を阻むように立ちはだかっていた。
周囲を注意深く見渡す。
近くに岩らしきものはない。
視界の先に広がるのは荒野の大地のみ。
どうやら、巨漢は一匹だけのようだ。
「街までもう少しだっていうのに、面倒な奴と遭遇しちまったねぇ~」
面倒くさそうにセレスさんは、ぼやいていた。
「戦わなければならないんですか?」
私の問いかけに「そうですね。巨漢の討伐をお願いします」とパラライザさんは言いながら、背負っていた大型の背負い鞄の中から愛用の戦斧を取り出していた。
もしもの場合には、戦えるようにするためだろう。
「巨漢は知能が低くて、暴れ回ることしか能がない魔物だから、ここで逃げたとしても後をついてきて街に近づかれたら面倒だからな」
「いくら街を覆っている城壁が強固とは言え、怪力の巨漢の攻撃で無傷ってことはありえないからねぇ~」
「戦って、倒すしかないってことですね」
私は、ゆっくりと鞘から『聖剣エクスカリバー』を抜いた。
巨漢相手に戦えるとは思ってはいない。
単眼の巨人と比べれば、身長は遥かに小さいとはいえ、逆に横に大きい。
ブクブクに太っていて、刃物による攻撃が通るのか気になる所だ。
「巨漢は、Cランククラスの魔物だよ。お嬢ちゃんとボーヤは、手を出さない方がいいと思うねぇ~」
セレスさんは、両手に逆手に持った短剣を握りしめながら、私たちの方に視線を向けた。
私とニット君では、相手にするのは厳しいと言っているようだ。
それもそのはず。
握っているこん棒もかなり大きいもので、剣で受け止めることは無理だと思う。
マックスさんでも、できそうもない気がする。
「嬢ちゃんたちは、身を守っていな」
マックスさんは、『ドラゴンバスター』の柄を両手で握りしめて、肩に担ぎ上げるように構えた。
巨漢に向かって走りこんで行く。
その太り散らかした体型からは予想もできないようなスピードで、こん棒が上段から振り下ろされた。
二の腕の贅肉をプルプル震わせながら、走り込んで間合いを詰めに行くマックスさんに向かって、こん棒が襲い掛かる。
最小限の動きで躱して、一気に間合いを詰める。
「おりゃああああ」
『ドラゴンバスター』の刀身が巨漢のブヨブヨの脇腹をとらえた。
刀身が食い込み、わき腹の贅肉がグニャリと変形する。
けれど、巨漢は涼しい顔をしていた。
「何?」
食い込んだ『ドラゴンバスター』の刀身は、お腹の贅肉に押し返されていった。
まさか、贅肉に刃が阻まれるとは思っていなかったので、マックスさんは押し返される力に耐え切れず、跳ね飛ばされていた。
地面の上で一回転して、顔を上げる。
巨漢は、不気味な笑みを湛えながら、こん棒を高く抱え上げていた。
片膝をついた状態のマックスさんは、すぐさま動けなかった。
仕方なしにといった感じで『ドラゴンバスター』を頭上に掲げ上げた。
左手で刀身の腹に手を当てている。
そこへ、こん棒が振り下ろされた。
「ぬおっ」
右手で柄を握り、左手で刀身の腹を支えていなければ、耐えられなかったかもしれない。
いえ、実際には巨漢の怪力には耐えきれなかったみたい。
こん棒を受け止めはしたけれど、そのままマックスさんの身体は木の葉のように後方へと吹き飛ばされていた。
地面の上をゴロゴロと転がる。
マックスさんの大柄な体格を軽々と吹っ飛ばしてしまう巨漢の膂力のすさまじさに驚く。
さらに、こん棒をブンブンと音を立てて振り回すのだから、始末には負えない。
「マックス」
セレスさんが声を上げた。
「この馬鹿力が……」
マックスさんは、頭を左右に振りながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ゲバゲバッ」
笑い声なのか、歓喜の雄叫びなのかはわからないけれど、巨漢が愉快気に声を上げていた。
「巨漢ごときが……調子に乗るなよ」
マックスさんは、巨漢に向けて切っ先を突き付けながら睨んだ。
それで怯む様な巨漢ではなかった。
マックスさんは『ドラゴンバスター』を構えて腰を低く落とした。
巨漢は、のしのしと足音を立ててマックスさんへと歩み寄っていく。
あまりにも無防備に近寄っていくのは、お腹の脂肪で斬撃などを受け止められるが故なのか、はたまた何か意図があるのか。
豪快なスイングで、こん棒を横薙ぎに払う。
ブオンと音を立てて、見事な空振りを見せた。
マックスさんは、屈んでこれをやり過ごしていた。
巨漢の動きはモーションが大きいため、見極めやすい。
けれど、予想以上に振り抜く腕の動きは早く見えた。
屈んだ状態から、身体を投げ出すようにして一気に突撃していく。
『ドラゴンバスター』の切っ先が、巨漢のおへそ辺りに吸い込まれていく。
多少切っ先が押し込まれたけれど、突き抜けることはなかった。
そのまま、マックスさんの身体は剣ごと押し返されていく。
「くそっ……何だ、こいつの腹は?まるで、ゴムの様だぞ?」
すぐに態勢を整えて、横に飛び退いていた。
巨漢の平手打ちが、マックスさんのすぐ間近を駆け抜けていった。
「剣が通らないのであれば、あたいの魔法で何とかするしかないねぇ~」
セレスさんは、手にしていた二本の短剣の刀身に炎の魔法をまとわりつかせる。
炎は蛇のようにうねり、その姿を徐々に荒々しく変貌させる。
刀身に埋め込まれた魔法石が炎の魔法の威力を増幅させていく。
蛇のようにうねる炎は、炎の玉に変化した。
それぞれの刀身の周囲を炎の玉が周回している。
「炎の弾丸」
セレスさんが、両腕を交差するように振り回した。
刀身の周りを周回していた炎の玉は、弾かれたように巨漢に向かって吐き出された。
十数個の炎の玉は、炎の尾を引いて巨漢へ迫る。
まるでその炎の玉を打ち返さんとするかのように、巨漢は手にしていたこん棒を振り回した。
いくつかの炎の玉はこん棒に接触すると同時に爆発した。
こん棒は、連続する爆発の衝撃で見るも無残な姿に変わってしまった。
まるで木の枝のように細くみすぼらしくなっていた。
他の炎の玉は、巨漢の身体に命中し、所々で爆発していた。
しかし、肩や胸、太腿に命中した炎の玉は、巨漢の灰色の体表を少し焦がしただけのようにしか見えなかった。
「何だい?この巨漢は?」
「俺たちが戦ったことのある巨漢とは少し違うぞ」
セレスさんもマックスさんも戦っている巨漢の頑強さに戸惑っている様子だった。
「巨漢って、こういう魔物ではないんですか?」
「違いますよ。普通の巨漢なら剣で叩き切れるし、魔法も効果はあるはずです。でも、剣で斬れない巨漢なんて、突然変異のゴム質な巨漢かもしれないですね」
私の疑問に、そばにいたパラライザさんは戦斧を構えながら答えてくれた。
「突然変異の巨漢だと?」
「そんなのがいるのかい?」
マックスさんとセレスさんは困惑している。
「この周辺は、巨漢や巨人などが主に生息している地域です。時々、今までの個体とは違った突然変異体が現れることがあるんです。あなた方が討伐した単眼の巨人もそうだったでしょう?腕にコブのようなものがあって、剣を受け止めていたと思いますが……」
そう言えば、二体いた単眼の巨人の内の一体は、右腕に亀の甲羅のような形のコブがあった。
普通の個体にはない物で、あの単眼の巨人も突然変異したものかもしれない。
「おいおい、なんて地域だよ……剣も魔法も利きが悪いなんてよ……」
「冗談じゃないねぇ~。多少興味は湧くけれど、こうも攻撃が効かないとなると、むかつくもんだねぇ~」
だからと言って諸手を上げて降参しても、見逃してくれそうにはない。
セレスさんの炎の魔法で木の枝程度にまでみすぼらしくなってしまったこん棒を投げ捨て、やや怒り心頭な様子で巨漢が唸り声を張り上げた。
お腹の贅肉を揺らしながら突進し始めた。
セレスさんとマックスさんは、左右に分かれてそれをやり過ごす。
巨漢は急制動をかけながら、方向転換していた。
その巨体に似合わず、意外と素早い動きをしていた。
見た目からは鈍重そうに見えるのに。
私たちの方へと迫ってくる。
「アテナ様、僕の後ろに」
ニット君は、迫りくる巨漢に真っ向から向かい合い、『エアブレード』を真正面に構えた。
私は、ニット君の背後に隠れるように移動した。
グングンとスピードを上げて巨漢が突進してくる。
「ひいいいい」
私は思わず声を上げていた。
迫りくる巨漢の巨大さと不気味さに恐れ戦いた。
突進力を緩めずに、巨漢の脂肪だらけの身体が襲い掛かって来た。
けれど、ニット君の眼前に発生した風の壁が巨漢の行く手を完全に阻んだ。
巨漢の突進の力がどれほど凄かったのかがわかる。
風の壁に阻まれた直後に、巨漢の巨体は宙を舞っていた。
反発するように跳ね返された巨漢は、そのまま仰向けに街道の上に倒れ込んだ。
何が起きた?といった表情で、仰向けに倒れたまま巨漢は、目をしばたたかせていた。
ニット君が身体の真正面で構えた『エアブレード』が発生させる風の壁。
どんな攻撃も受け止めて、はじき返してしまう。
魔法攻撃であれ、物理的攻撃であれ、どんなものでも、どんな強さの攻撃でもだ。
攻撃が強ければ強いほど、反発して跳ね返される力も強くなる。
巨漢の巨体が浮き上がって跳ね返されているのだから、今の突進力はそれだけ凄い威力だったということを現している。
それが巨漢には理解できなかったみたい。
何が起きたのかわからずに困惑していた。
そんな巨漢に向かってセレスさんは飛び上がって、立ち向かって行っていた。
構えた『白銀の刃』の刀身の切っ先に鬼灯のような炎の塊が形作られていた。
あれって、小鬼の巣穴を破壊した魔法と同じだと感じた。
「こいつをくれてやるよ。大爆発」
セレスさんは、仰向けに寝転がる巨漢の口の中に向かって、炎の玉を撃ち込んだ。
ボン!と鬼灯型の炎は派手に破裂した。
高熱が巨漢の口内を焼き、衝撃が脳を激しく揺さぶる。
「どうだい」
手ごたえを感じたのだろう。
セレスさんは、自信ありげな様子だった。
けれど、すぐさま表情が曇る。
「グガガガガガガ……」
大きな声を張り上げて巨漢が、その巨体を擡げた。
「口の中でも効果が薄いのかい?」
あまり大きな痛手を与えていないようで、セレスさんは戸惑っていた。
おそらく、巨漢の頭を吹っ飛ばすくらいのイメージを持っていたのかもしれない。
それがあまり効果がないと見るや打つ手がないといった様子に見えた。
巨漢は巨体を引き起こして立ち上がると、両腕を下から上へと跳ね上げるように振るいながら、セレスさんに迫っていく。
「思った以上に速い」
左右の極太の腕から繰り出される張り手を右へ左へと身体を動かして危なげなく難なくセレスさんは躱している。
巨漢の意識は、セレスさんへと向いていた。
マックスさんは、背後からの攻撃を試みた。
上段から一気に『ドラゴンバスター』を巨漢のがら空きの背中にへと叩きつけた。
結果は同じだった。
ゴム質のような皮膚によって一瞬は刃が減り込んだけれど、すぐに吐き出されるように刃が押し返されていた。
「斬れねえ」
致命傷を与えられず、闇雲に斬りかかっていくしかないマックスさん。
『ドラゴンバスター』の斬撃を巨漢の巨体は拒絶するように、ことごとくはじき返していた。
「魔法の効果も薄いなんて……そんなのありかい?」
セレスさんも水の魔法や炎の魔法を短剣の刀身に纏わりつかせて増幅したものを巨漢に向けて打ち出すも、巨体はかすり傷程度しか効果がない。
このままでは巨漢を退治する前に、セレスさんとマックスさんがへばってやられてしまうのは時間の問題だ。
何とかしなければと思うけれど、私なんかでは邪魔にしかならない。
何か打つ手はないかと思考を巡らせるしかなかった。
そんな中で、ニット君が動いた。
「エアブレード」の叫び声とともに手にしていた小剣を横一文字に振るっていた。
刀身に風の渦を帯びた『エアブレード』から三日月型の風の刃が放たれた。
それは一直線に巨漢に向かって飛んでいく。
ズバッと巨漢の右頬を斬り裂いた。
青黒い液体が切り裂かれた辺りから流れ出た。
「エアブレードの攻撃は通じるのかい?」
確かに『エアブレード』から放たれた一撃は、確実に巨漢の頬に傷を深くつけていた。
鮮血が垂れ流されるほどだもの。
セレスさんに向かって腕を振り回していた巨漢は、動きを止めた。
頬の痛みを感じたのだろう。
右手で頬を触っていた。
その指先に絡みつく青黒い血液。
それを目にし、巨漢はニット君の方にギョロリと視線を向けた。
「グガアアアアア」
突然の怒りにも似た咆哮が上がる。
傷をつけられたことに憤慨し、その場で小刻みに跳ね上がっていた。
巨体が着地するたびに地面がユラユラと揺れた。
巨漢の贅肉も醜くブヨブヨと揺れる。
巨漢は両腕を大きく振り上げると、標的を切り替えたようだった。
ニット君を目掛けて突進してきた。
ニット君は、素早く守りの体勢に入る。
『エアブレード』を身体の正面に持ってきて構えた。
巨漢の巨体が差し迫る。
ニット君も私も、巨漢の巨体は再び弾き飛ばされるものだと確信していた。
けれど、巨漢は意外な動きをしてきた。
ニット君の眼前まで突進してきた巨漢は、振り上げていた両腕を左右から挟み込むように振り下ろしてきたのだった。
「!?」
てっきり、そのまま突進してくると思っていたので、私もニット君も回避行動がとれない。
このままでは風の壁で受け止めて、はじき返すことができないかもしれない。
風の壁は、真正面からの攻撃しか受け止められないから。
私とニット君を左右から挟み込むような攻撃。
どちらに身体を向けても、一方の攻撃から身を守ることができても、もう一方の攻撃は背後から受ける形となるので、どうにもできなかった。
巨漢の大きな手で左右から挟まれて二人とも潰さる光景しか脳裏に浮かばなかった。
死を覚悟する、そんな暇さえなかった。
でも、ニット君はとっさの判断をしていた。
「|風の精霊召喚(シルフちゃ~ん)」
ニット君の叫び声に呼応し、ニット君を中心に風が渦を巻いて一気に天に向かって巻き起こる。
まさに一瞬の出来事だった。
ニット君と私を包み込むように風の渦が周囲を荒れ狂った。
その風の渦に巨漢の両腕が触れた。
巨体から繰り出す張り手のような攻撃は、巻き起こる風の渦によって完全に阻止されていた。
しかも、巨漢の腕や指先をズタズタに引き裂いていた。
風の渦は鋭利な刃物のようだった。
「何が起きたの?」
私とニット君から少しだけ離れていたパラライザさんは、天に上るように巻き起こる竜巻に目を丸くしていた。
あまりにも不自然で不思議な現象に見えたことだろう。
「どうなってんだ?」
「あたいにもわかりゃしないよ」
マックスさんとセレスさんも困惑した様子だった。
でも、私とニット君だけは、この状況を冷静に理解することができた。
何故なら、風の精霊の姿が見えていたからだった。
ニット君の目の前に周囲の光景が透けて見える一人の少女が立っていた。
足元まで伸びる金色の長い髪を風になびかせ、髪からチラチラと見え隠れするやや尖った特徴のある耳が目を引く。
服をまとっているという感じはない。
身体の表面に緑色の模様のようなものが描かれている感じだ。
糸目で、にこやかな笑顔を湛えた可愛らしい少女は、フワフワと地面から少しだけ浮いている。
前に一度会ったことがある存在。
彼女こそ、風の精霊と呼ばれる存在だ。
しかも、風の精霊の女王様だという。
名前は、シルフィード・シルフィーユ。
ニット君が持つ『エアブレード』の柄に埋め込まれた紫色の魔法石の中に、彼女の肉体が封じ込められているらしい。
ニット君のお友達と言っていいのかしら。
「シルフちゃん」
目の前に現れた存在にニット君は、歓喜にも似た声を掛けた。
彼女は、ゆっくりと振り返った。
「ヤット、ヨンデクレタ」
鈴の音のような柔らかな声が耳を打つ。
私は彼女の存在に若干の違和感を感じていた。
でも、それが何なのかは、すぐには気づかなかった。
「忘れていたわけじゃないよ。いつ呼んでいいのかわからなかっただけだよ。今は、とっさに呼んじゃったけれど……」
無意識にニット君は助けを求めていたみたい。
「キガルニ、ヨンデイイヨ。ニットチャントハ、トモダチ」
足元まで伸びる長い金髪を引きずるようにニット君に風の精霊の女王さんは抱きついていた。
あまりにも突然のことにニット君は、どうしたらいいのかちょっとだけ戸惑った様子だった。
「ギャガガガガガ」
不意に不快な叫び声が上がった。
青黒い血に染まり、両腕がズタズタに引き裂かれた巨漢が上げた悶絶の雄叫びだった。
「アレヲ、ヤッツケレバイイノ?」
にこやかな笑顔を湛えたまま、風の精霊の女王さんは巨漢を指さしていた。
「うん。シルフちゃんは、あいつをやっつけられるの?」
「マカセテ」
短く応えると、風の精霊の女王さんはニット君から離れて、巨漢を睨み据えた。
私とニット君を守るように立ち上っていた激しい風の渦は、何事もなかったかのように一瞬にして掻き消えた。
「オマエタチ」
風の精霊の女王さんが言葉を発すると、彼女の周囲に小さな風の渦が六つ発生した。
その渦は次第に速度を増し、突然、パッとはじけた。
そこには、風の精霊の女王さんに似たような姿をした新たな風の精霊が六体姿を現した。
その六体は、全員同じ銀髪だった。
髪の長さはロングだったり、ショートだったり、ポニーテールだったりとそれぞれ微妙に違うけれど、身体に描かれている紫色の模様のようなものは同じように見えた。
「ニットチャンヲオソウ、ワルイヤツ。シトメロ」
風の精霊の女王さんが、あいつだと言わんばかりに巨漢へと指をさす。
銀髪の六体の風の精霊は、手に剣や槍などの武器を持っていた。
私たちが扱っている金属製の武器とは違う。
剣や槍のような形に見えるものという表現しかできない。
濃密な風が渦巻いていて、武器のような形を形成しているのかしら?
そんな風に見えるものだった。
その武器を手にし、六体の風の精霊は巨漢に襲い掛かっていった。
彼女たち固有の特別な武器なのかはわからないけれど、マックスさんの『ドラゴンバスター』でも引き裂くことができなかったゴム質の皮膚を易々と引き裂いている。
巨漢は、身体に群がるハエを蹴散らすかのように両腕を振るって追い払おうとしている。
「何だ?何が、どうなっていやがる?」
ズタズタに巨漢の全身が切り刻まれ、青黒い鮮血がそのたびに噴き出した。
そうだわ。
セレスさんやマックスさんには、風の精霊の姿は見えていないはず。
だから、何が起きているのか理解できなくて当然だった。
巨漢が狂ったかのように両腕を振り回して暴れ、そのたびに身体から青黒い鮮血が噴き出している光景だけ見れば、訳が分からないはずだ。
「風の精霊さんです。風の精霊さんが戦ってくれています」
私が声を上げた。
「風の精霊が?ボーヤかい?」
セレスさんは、ニット君が呼んだのだと、すぐに理解してくれた。
「風の精霊?どこに?見えないけれど……?」
パラライザさんにも風の精霊の姿は見えていないらしい。
精霊の姿を探し回るかのように、一人で暴れ狂う巨漢に視線を向けていた。
やはり、私とニット君だけには見えているようだった。
「トドメヲサス」
風の精霊の女王さんの右手に風が渦巻き、圧縮されていく。
圧縮された風は、剣の姿を作り出す。
風の剣。
その剣の姿は、ニット君が手にしている『エアブレード』と瓜二つのように見えた。
『エアブレード』に似た剣を手に風の精霊の女王さんは、巨漢に狙いを定めて構える。
ドンと背中から押し出されるように加速して、一直線に巨漢に向かって飛んでいく。
一陣の風となって。
そして、その『エアブレード』と瓜二つの剣を巨漢の心臓目掛けて突き立てた。
刹那。
渦を巻き、強烈な風が巻き起こった。
圧縮していた風が解放されたようだ。
グルグルと円を描いて風が回転して、その大きさを増していく。
剣を突き立てた胸元部分が大きく抉れて、傷口がどんどん広がっている。
肉や骨などの巨漢の身体を構成するものが粉々にすりつぶされるかのように削り取られていった。
やがてそれは、巨漢の胸元に大きな穴を穿った。
巨漢は断末魔を上げることすらなく、膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。
六体の風の精霊に全身を何十か所と切り刻まれたため、灰色の体表は青黒い鮮血で染まっていた。
まるで、ぼろ雑巾の様だった。
セレスさんとマックスさんでも傷つけるのに苦労したのに、こんなにもあっさりと倒してしまうなんて。
風の精霊の力は、とても強大なものだと感じた。
こんなにもすごい力を持った精霊さんがニット君に味方をしてくれていると思うと心強かった。
「アタシハ、ニットチャンノミカタ。イツデモ、ヨンデネ」
にっこりとほほ笑むと、風の精霊の女王さんは風が吹きすさぶように消えていった。
銀髪の六体いた風の精霊たちも同じように姿が消えていった。
「あっ……ありがとう。シルフちゃん」
消え去った風の精霊の女王さんに向かってニット君は叫んでいた。
「ねえ、ニット君?一つ聞いてもいいかな?」
「なあに?アテナ様?」
「風の精霊の女王さんって……あんなに大きかったかしら?」
ニット君は、私が言っていることの意味が分からなかったようで、首を傾げていた。
「風の精霊の女王さんの身体の大きさのことよ」
私の疑問に、ニット君は顎に指を当てて思い返した後。
「そう言えば……もっと小さかったかも」と、今更ながらに違和感に気づいたようだった。
確か、初めて会った時はニット君の掌に乗るくらいの大きさだったはず。
でも、今見た時は、ニット君とほぼ同じくらいの大きさだった。
風の精霊って成長するのかしら?
それにしたって、大きくなりすぎではないかしら?
成長期だとしても、あんなに大きくはならないだろうと思う。
まあ、人間を基準にしてはいけないのかもしれないけれど。
でも、大きく成長していたのには驚いた。
「あの~……え~と……」
パラライザさんは、困惑した様子で立ち尽くしていた。
「巨漢は……?」
「死んでるようだねぇ~」
「これで生きてたら、どうにもできないがな」
セレスさんとマックスさんは、絶命しているトロルのそばに歩み寄り、息がないことを確認していた。
「風の精霊とか何とか言っていましたけれど、精霊は今どこに?」
辺りを見回しながらパラライザさんは、精霊の姿を探しているようだった。
すっかり周囲は暗くなり、月明かりだけが私たちを照らし出している。
「風の精霊の女王さん達なら、帰った?……で、いいのかしら?もう、ここにはいませんけれど……」
どこへ行ってしまったのかは私にはわからないけれど、もうこの場にはいないことを私は告げた。
「そうなんですか?風の精霊の姿を見てみたかったです」
残念そうにパラライザさんは、呟いていた。
「ボーヤが呼んだ……っで、いいのかい?」
セレスさんはニット君のそばに歩み寄る。
「うっ……うん。とっさに呼んじゃった」
怒られると思ったようで、ニット君は少しバツが悪そうな感じで答えていた。
セレスさんから逃げるように私の足元に後退り、そっとその身を隠す。
様子を窺う様に私の太もも越しにセレスさんを見上げていた。
「そうかい。身体がだるいとかはないかい?」
セレスさんは、心配そうな表情をしていた。
「大丈夫……」
恐る恐るニット君は答える。
「ボーヤには驚くよ。本当に風の精霊を従えているって実感したねぇ~」
巨漢の死骸を一瞥して、その凄惨な状態を見やる。
とても人間技ではできない状態になっている。
それを目の当たりにすれば、風の精霊の存在を信じないわけにはいかない。
「ボーズが精霊使いだとはな……」
「あたいも、こんなもんを目の当りにしたら信じるしかないねぇ~」
どうやら、セレスさんもマックスさんもニット君が風の精霊を呼び出して、使役しているということを半信半疑に思っていたようだ。
それは、そうかもしれない。
二人には風の精霊の姿は見えていないのだから。
私とニット君にしか見えていない風の精霊の存在。
私たちが結託してセレスさんたちをだましても何の得もない。
それはセレスさん達もわかっているだろうけれど、目に見えない存在を信じることができず、やや疑いの目を持っていたのかもしれない。
それがここにきて、信じる気にはなったみたい。
「この子が精霊使いですか?しかも、風の精霊の?」
パラライザさんは、ニット君をまじまじと見つめながらも、信じられないといったような様子だった。
けれど、巨漢が倒されたことは紛れもない事実だし、その死体は目の前にある。
巨漢が絶命するその瞬間を目撃しているので、疑う余地はない。
「前にも一度、風の精霊を呼び出しているんだよねぇ~。このボーヤは……」
ニット君の頭に手を置くと、クシャクシャっと乱暴に頭を撫でていた。
「あの時は、呼び出したというより……風の精霊の女王さんの方から姿を現したって感じでしたけれど……」
「今回も嬢ちゃんは、風の精霊の姿が見えたのか?」
「はい。見えました。声も聞こえました」
「僕も見えたよ」
私に同調してニット君も声を上げた。
「あたいには見えなかったねぇ~。ただ、風が渦を巻いて巨漢に襲い掛かっている光景しかわからなかったよ」
「俺もそうだ」
「私も、猛烈な風の刃……?のようなものが巨漢に襲いかかっていったような感じにしか見えなかったですね」
セレスさん、マックスさん、パラライザさんの三人は、風の精霊の女王さんたちの姿は見えないけれど、風が渦を巻いたような状態で巨漢を攻撃している状況は見えていたみたい。
なぜ、見え方に違いがあるのかしら?
ニット君が風の精霊の女王さんの姿を認識できるのは、なんとなくわかる。
『エアブレード』の所有者だからではないかと、私は思っている。
剣を通じて風の精霊の女王さんと繋がっているのではないかと。
でも、なぜ私もニット君と同じように風の精霊の女王さんの姿が見えるのかはわからない。
とても不思議だ。
まあ、これは考えてもわからないので、考えないことにしよう。
どう考えても答えは出て来ないもの。
「ああ、そう言えば……」
私は、あることを思い出して、そう切り出した。
皆の視線が私に集まる。
「精霊さんって、成長するものなんでしょうか?」
私の言葉に「はぁ?」とセレスさんが、ひときわ大きな声を上げて反応した。
「どういう意味だい?お嬢ちゃん?」
「そのままの意味です」
セレスさんは、訳が分からないといった様子で、首を傾げている。
説明が足りなかったかな?と思い、私は簡単に話した。
「初めて風の精霊の女王さんの姿を見た時は、ニット君の掌に乗るくらいの大きさだったんです」
ニット君に掌を出させ、このくらいだったと私は右手の親指と人差し指を開いて、風の精霊の女王さんの大きさを表現した。
「でも、いま私たちを助けてくれた風の精霊の女王さんは、ニット君と同じくらいの背丈になっていました。だから、精霊さんて成長するものなのかな?と疑問に思って聞いてみたんですけれど……」
ニット君の頭のあたりに手を置いて、この位の大きさだったと表現して見せた。
「う~ん……あたいは精霊に関しては詳しくはないから何とも言えないねぇ~。精霊の体長がでかくなるなんて初めて聞いた気もするけれどねぇ~」
セレスさんは頭を抱え込んでいた。
初めて知る新情報に脳が追い付いて行っていないみたい。
「精霊使いの冒険者さんと出会ったことがないので私もわかりませんが、精霊は複数の個体がいるようなので、前の時とは違う別の個体なのでは?」
パラライザさんは、前に現れた風の精霊とは違う精霊ではないかと指摘してきた。
「いいえ、それはないです。同じ精霊さんでした」
「風の精霊の女王……シルフィード・シルフィーユで間違いはないんだね?」
セレスさんに尋ねられ「うん、そうだよ」とニット君が元気に答えていた。
私も首を縦に振って頷いた。
「かっ……風の精霊の女王を使役しているんですか?その姿を見てみたかったわ……」
驚きとともに落胆するパラライザさん。
よほど風の精霊の姿を見たかったようだ。
「肉体を捨てて自由なる者へと変貌した風の精霊か……あたいも一度はその姿を間近で拝んでみたいものだねぇ~」
セレスさんも興味ありの様だった。
羨ましそうな瞳で私たちの方をじっと見ている。
風の精霊の女王さん以外の銀髪の風の精霊もいたけれど、体長は風の精霊の女王さんと同じくらいの大きさだった。
そのことを言おうかと思ったけれど、そこは踏み止まった。
なんだか、風の精霊の姿が見えていることを自慢しているかのように思えてしまったので、そこは口を噤んだ。
冷静になって辺りを見渡せば、もう真っ暗になっている。
ここで長話しをしていたら、街に辿り着くのがいつになるのかわからない。
そう思った時。
「そろそろ街に向かわね~か?こんなところで野宿する気か?」
マックスさんが、そう切り出してくれた。
「ああ、そうだねぇ~。街まではあとひと踏ん張りだからねぇ~。もう一度、こんな巨漢に襲われちゃ堪らないよ」
辟易したような表情で倒れ伏す巨漢に一瞥を投げつけ、セレスさんは街へと向かって歩き出した。
「警戒しつつも急ごうぜ」
マックスさんも後に続く。
パラライザさんも「精霊……見たかったわ」と溜め息交じりに小さく呟きながら歩き始めた。
少し離れたのを見計らい、私はニット君に小声で話しかけた。
「ねえ、ニット君。風の精霊の女王さんとは別の風の精霊さんの姿って見えた?銀色の髪をした……」
そう尋ねると「うん、見えたよ。シルフちゃんと同じような感じだったけれど、ちょっと違うような感じもしたよ。六人くらいいたよね?」と答えてくれた。
やっぱり、ニット君にも同じものが見えていることが分かった。
「そうね。とりあえず、そのことは秘密にしておきましょう?」
「どうして?」
「私とニット君だけが見えていて、何だか自慢しているような感じがして、セレスさんたちに申し訳ない気がしてね……」
「ふ~ん、でも、本当のことだよ」
「そうね。本当のことだけれど、私とニット君にしか見えていないことも事実よ。あまり、自慢するような感じだと……嫌がられちゃうかもしれないから……!?……そうだわ、私とニット君だけの秘密ってことにしない?」
私の提案にニット君は大きく反応した。
「うん、するする。アテナ様との秘密にする」
ニット君は嬉しそうに私の手を握った。
私と秘密を共有する。
それがニット君にとっては特別なものに感じたみたい。
「それじゃあ、私たちも急いで追いかけましょう」
先を行くセレスさん達との距離が空いてしまったので、ニット君と手を繋ぎながらやや駆け足で追いかけた。




