最終章 大人になるまで青春を奏でよう。いつ来るとも知らぬ本番の為に。
特別施設はとても快適で、あのまま帰ったグループ達が少し可哀相に思えた。
温泉で汗を流して、胃は少しやられていたけど、食べ物もおいしくて食べ過ぎてしまった。
順位はギリギリ三十位。
何とかそこに食い込めたのはきっと最後の問題のおかげだろう。
あれからも答案を出す人は絶えなかったが、それでもやっぱり一問間違いでやり直しさせられるケースが多かった。
————問題を作ったのは星川先生。
今思えば、なるほど。と納得出来るけど、その時はそんなこと考える暇も余裕もなく、ただひたすら地道に解いていくしかできなかった。
そしてそれが『正解』だった。
見事、三十位に食い込んだ僕は大きな歓声に包まれながら、風紀委員のメンバーの元へ走った。
それぞれがその人らしい言葉で賞賛の言葉をかけてくれる中、委員長は微笑みながらこう言った。
「うん。予想通りね。ね? かなて君。君だから答えられたでしょ?」
「どういう意味ですか?」
「この問題を考えたのは星川先生よ。そしてあの人は君を褒めていた。久しぶりに良い解き方をする生徒に出会えたって」
「はぁ……はい」
委員長は溜め息をついて肩をすくめた。
「まだわからない? もうやっぱりかなて君ね。らしいっちゃらしいし、だからこそ最後の問題を一発でスルー出来たんでしょうけど。ねぇ、やたらと一問間違いでやり直しが多かったと思わない?」
「そう言えば、そうですね。今思えば」
「あれはね。星川先生の引っ掛け問題だったのよ。基礎に忠実に地道に解いていかないと見落とすように出来ていたトラップ問題。自己流で省略して解いていた人達はもれなく全員間違えた訳。それでも、そこに気付いて最後だけ地道に解く人もやっぱりいたけどね。さすが秋城高校といったところかしら」
「そうだったんですね……はぁ」
「随分反応薄いじゃない?」
僕は腰に抱きついたエミレアの頭を撫でながら苦々しく笑った。
「そりゃ、今は終わったばかりで何か余り実感がありませんから」
「それもそうね」
「でも、委員長は何でわかったたんですか?」
「だってこのイベントを計画したのは私だもの」
委員長の言葉はそこで終わってしまった。表彰式のために戻らなければいけなかったから。
でも、最後のグループ写真撮影を撮る頃には僕の頭も大分余裕ができていて、大まかな合点がいっていた。
これは結局、僕の為に行われたイベントだったのだ。何にせえよ僕をまた奮い立たせる為の。メチャクチャ強引で無茶な方法だったけど、確かにこの荒療治は僕に効いたと思う。
だって、こんなに清々しく笑えたのは久しぶりだったから。
※
特別施設内はどこも今日のイベントの感想で賑わっていた。
グループでの部屋割りは流石に無く、男女しっかり別れてあてがわれていて、僕のいる部屋は初めて話した先輩達だったけど皆良い人達だった。
一通り、卓球やトランプなんかで遊んだ後、僕はもう一度温泉につかり、一旦部屋に戻ると言った先輩達とは別れて、一人湯冷ましに外へ出た。
ちらほらと外に出ている人達がいたが、僕は何となく一目の無い方へと歩いていった。
今日を思い返すには邪魔が無い方が良い。少し浸っていたかった。
木が生い茂る奥に、少しだけ開けた場所を見つける。
「おー……」
そこから見上げた夜は、まさに満天の星だった。
「いいねー! なかなかじゃんか! やっぱり周りに灯りが無いからかな?」
「上機嫌じゃない。かなて君?」
「うわ! 委員長!」
無いはずの返答をしたのは委員長だった。一体いつからここに? いや、後を付けられていたのか? それにしても浴衣似合うな……。
「何よ。ジロジロ見て。そんなに珍しいかしらこの柄」
「いいいや! 全然です! いや、なんていうか似合ってて。その……」
「そう。ありがとう」
やはり委員長。もう褒められ慣れてて照れやしないぜ!
しばらくぼーっと夜空を見ていると不意に委員長が口を開く。
「初夏、満天の星である」
澄んだ声だった。
「太宰……ですか?」
「ふふふ。流石ね。でも、走れメロスは有名か。私ね、実は密かに楽しみにしていたのよ。ここは絶好の星見スポットなのよ。だから他にも色んな所で皆それぞれ天体観測しているはずよ」
「そうでしたか……ってかその割にはここらにはいませんね」
「まぁ、ここは見えにくい場所だからそうなるわよね」
マジで? わざわざそんな所に来ちゃう僕って……
「でも、だからこそ誰にも邪魔されずに見れるわ。その点だとここはベストスポットよね。少なくとも君に取っては」
「どういう意味ですか?」
「一人になりたかったんでしょ?」
「まぁ……その。ってか委員長は何でここに?」
「君と話がしたかったからよ。まぁそう考えると私にとってもベストスポットか」
委員長は満天の星からその澄んだ眼差しを外さずに淡々と話し始めた。
「ねぇ星ってさ。私達に似てない?」
「原子の形が宇宙と似てるとか言いますもんね」
委員長はクスッと笑って湯上がりで湿った髪を耳にかけた。
「そうじゃなくて。こうやって遠くから見てても輝きに差があって、優劣がつけられる。でもね、例えばほら。あの一番星」
「どれですか?」
「あれよあれ。一番光っているあれ。あれの名前わかる?」
「いや、わかりません。星はあんまり詳しくないんで」
「そうよね。一番光っている星さえ名前も知らない。なのにただ一番光を放っているから一番星なんて呼ばれる。どんな形かも知らずにね。不思議よね。もっと近づいてみれば名前もどんな形をしていてどんな色をしていて、大きさや輪っかを持っていたりとか、大気はあるのかとか、ガスの集合体なのかとか分かるのに。そしたらもうそこに優劣なんか無いのにね。同じ星なんて一つとして無いのに。知ろうともせず、ただ一番光る星だけを目に入れる」
「……何が言いたいんですか?」
「かなて君はきっと、周りを遠くから見ているんじゃないかしら? だから光って見えている。光っている事だけ知っている」
何も言い返せない。今日、正にその通りだと思ったからだ。
「でもね。大事なのはそこじゃないと思うの。光っているかなんて大した問題じゃない。それよりも、もっと沢山素敵な所があるはずなんだもの。その星だけが持つ特徴こそその星の象徴じゃない?」
「まぁ……言っている事は分かりますけど」
「星自身は自分が光っているかなんてわからないわ。だからそこだけしか見てなければ不安になるかもね。かなて君。君は地球よ」
「……え?」
「大気と水がほとんどを占めている青い青い惑星。そこに、ここに君はいるじゃない。だから君は地球の一部なの。ねぇ? そんな綺麗な星にいる事も忘れて他の光に目移りするなんて勿体ないじゃない。星を眺める人は光だけじゃなく、その星の奥深くを知ろうとするわ。もちろん自身がいる地球の事も」
「い、委員長?」
「かなて君。あなたはもっと他の人を知りなさい。他の部分を知りなさい。そして何より自分自身を知りなさい。あなたは自分の知らない素敵な所に気付けていないわ。そんなにも綺麗で青々とした心を持っているのに。気付けているのが私達だけなんて勿体ない。だから自信を持てとは言わない。自分を見失わないで。あなたを見ている私達がいるの。みんなも同じようにあなたを見ているのよ。だから近づきなさい。あなたを知らせなさい。そしてその人を知りなさい。どんな色でどんな形をしていてどんな人なのかを。比べるのはそれからよ」
「委員長。僕は……」
「あー、ごめんなさい。何だか説教臭くなっちゃったわね。星になぞらえてロマンチックにいこうとしたけれどやっぱりまだまだ私も青いわね」
委員長は目線を僕に落として微笑んだ。
星明かりに移るその顔は何よりも綺麗だった。
「そーんなことないって! 嵐! 私はちょー感動したよ! 響いたよ!」
「ま、祭里先輩?」
「デスデス。ロマンチック全開で良かったなのデス」
「え、エミリアまで!」
いきなり二人が木陰から姿を現す。一体、こいつらもいつからここにいたんだ……。
「もー、心配で来ちゃったんだよ! あんたが元気ないからさ! 心配じゃん?」
「デス。気にする事無いデス。三十位も立派デス」
「エミレア……ちょっと嫌味だぞ。ん?」
二人と問答していると委員長はそっと僕の背中に手を触れた。
「ほら。皆気にしているでしょう? 君はね。自分で思っているよりずーっと素敵なんだよ? だからさ」
————気にすんな!
委員長は初めて僕に暴力を振るった。背中をバシンと叩いた。
あんなに頑だった言葉遣いを崩した。
ただ、自分にはそれが衝撃的だったのか、それとも他の何かが衝撃的だったのかわからない。でも、この胸の高鳴りは紛れもなく本物だった。
「ねー! ここ星全然見えねーじゃん! 場所変えようぜ!」
「デスデス。もっと南西に行くデス」
「お! いいねー! さぁ行こー!」
「エミちゃん。一番良く見える所お願いね」
……切り替え早くね?
感慨にふける自分を置いてさっさと行ってしまう三人。おい、僕のこの感動を返してくれ。
まぁいい。何はともあれ、とりあえず今、僕のしなくてはいけない事は一つ!
「すいませーん! 待って下さい! 僕も僕も行きますー!」




