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青春とは大人になるための準備である。  作者: 赤枝しゅん


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第三章  先人は言った。計算用紙は足跡なのだと。

 その日の記憶はほとんど無い。ただ、確かなのはあの最下位にあった僕の名前と、その日、初めて富貴委員会の仕事をサボったという事。

 いつ、どうやって帰ったのかも覚えていないのに、それだけはハッキリと記憶に残っている。

 そして、僕はその日から一週間、学校へも行かなかった。

「もー。かなたまたサボり? やるねー全く」

 僕の部屋に入るなり、ダラダラと横になっている僕に晴子さんはそれだけ言うと笑いながら障子を閉めた。

 初めて休んだ時は心配されたけど、それをサボりと知るや否や(どうやって気付いたかわからないけど)ずっとこの調子だ。大して咎めもせず、無理に行かせようともしない。

 青春だねー。と笑って茶化して来るだけだった。それが何ともやりやすくて、心が少しだけ救われる。正直、晴子さんの家に居て良かったと思っていた。本当に感謝している。

 八日目の朝。僕はまだ学校に行こうと思えなかった。と言うより、これからも行く気にはなれなかった。

一時間目が始まる時間になると僕はようやく動き出す。朝ご飯を食べる時間だ。

 本当は晴子さんがいつもの登校時間に合わせて作ってくれているのだけど、その時間に食べるとどうしても学校に行かない罪悪感が生まれてしまうので、もうここから時間をずらした。

 晴子さんは何も言わない。でも、時間もズラそうとはしなかった。毎日、いつもの時間に朝食を用意してくれる。よって感謝と罪悪感は学校ではなく晴子さんに向けられるのだ。

「ん……? んん?」

 今の障子を開けて僕は目を擦った。そこには既に冷め切った朝食と「エミレア」がいた。

「エミレア、だよな?」

「デス」

 久しぶりに会ったエミレアはお茶を飲みながら僕に頷いた。

「お前、何やってんだ? 学校は?」

「遅刻届けをだしたデス」

「そんなのあんの?」

「デスデス」

 届けを出して遅刻を許されるってなんか学校っぽくないな。連絡して休むもんだと思っていた。いや、でもこいつは生徒って訳じゃないのか。給料貰ってるんだもんな。

「かなて。食べるデス」

「え? あぁ。うん」

 何となく気まずい雰囲気の中、エミレアの真向かいに座って冷めたトーストとハムエッグを口に入れた。冷めても何とか食べられるようなメニューなのは晴子さんの優しさなのだろう。

「エミレア……その、何でここに?」

「これ、一緒に食べるデス」

 テーブルの上に真っ白な箱を置く。

「これって確か」

「エクレアデス」

「買って来たのか?」

「朝から並んだデス」

 エミレアは胸を張って答えた。朝方から並ぶ程の人気店に小学生が並ぶ姿を想像するといたたまれない気持ちになる。こいつは僕とこのエクレアを食べる為にわざわざ並んでまで、学校を遅刻してまでここに来てくれたのだ。

「ちょっと待ってな。直ぐに食べ終えるから」

「いいデス。晴子のご飯味わうデス」

 気遣いの出来る小学生。エミレアよ、そんな言葉をかけられたら増々、自分が惨めになるじゃないか。

 冷めたトーストはおいしさも半減した。それでもちゃんと美味しい。僕の為に作ってくれたご飯は何よりも美味しい。

「ごちそうさまでした。ごめんお待たせ」

「デスデス」

 手を合わせてエミレアとエクレアの箱を開ける。中には三個のエクレアが入っていた。

「一個余るけど?」

「晴子のデス」

「あ、そうか。多分、今は選択もの干してるな。ちょっと呼んで来る」

 立ち上がろうとする僕の裾をエミレアは引っ張る。腰を浮かした状態の僕が視線を移すと、エミレアはいつもの無表情で首を振った。

「大丈夫デス。晴子は後で食べるらしいデス」

「そ、そう。んじゃいっか」

 そりゃそうだよな。晴子さんが家に上げた訳だし。僕に教えなかったのはただの意地悪だろうけど、きっとエミレアと二人きりにしようとしたのだろう。

 エミレアと向かい合ってエクレアを一口。あの絶妙な甘さが口一杯に広がって、朝から幸せが訪れる。

 エミレアはまたチョコを口の周りに付けているので、僕は何も言わずにティッシュで拭いてやった。ティッシュを持った手が近づくだけで、食べるのを辞めて口を持って来るエミレアは本当に妹のようで、とても可愛かった。

「じゃあ行って来るデス」

「おう、じゃあ……な」

 エクレアを食べ終わるとエミレアは鞄を取って立ち上がった。本当にエクレアを一緒に食べに来ただけだった。

「かなて。ありがとうデス」

「何だよ急に」

「かなてのおかげでちょっと学校が楽しいデス」

「そっか……そりゃ良かった」

「でもやっぱりつまんないデス」

「ははは。どっちだよ」

 空笑いを向ける僕にエミレアは表情を変えずジッと眼差しを向けて来た。いつもの無表情、ではなかった。

「かなてがいないデス」

「あ、あー……いや」

「でもいいデス」

「何だよ本当に」

「先に行ってるデス」

「……うん。行ってらっしゃい」

 エミレアは小さく手を振って去っていった。先に行っている、って事は「後から来い」って事だ。それくらいは僕だって汲み取れる。あいつは僕の為に時間を割いて、元気づけに来た。心配で様子を見に来た。でも、僕にはそんな資格ないんだ。

 あいつはお礼を言ったけど、あれは違うんだ。

 僕はみんなほど真剣に考えてなんていなかった。

 青春て言葉に酔って、色んな事から目を晒して、隠していただけなんだ。

 僕はエミレアで試したんだ。

 周りと仲良くなれる方法を。失敗しても僕にダメージは無い。だから、軽い気持ちで思いつきの作戦をさも、名案に魅せてみんなにプレゼンした。

 それともう一つ。あのエミレアの姿を見ていたくなかった。

 それは、可哀相とかじゃない。

 あの姿を見ると、僕の見たくない部分が見えてしまうからだ。僕の置かれている情けない状況を突きつけられているようで、お前はあんな風に情けなく、悲しく見えているんだ。と言われているようで、見ていられなかった。

 だから、何とかしたんだ。絶対にダメージを受ける事がない安全地帯で高みの見物をしながら試した。

 エミレアの成功を喜んだのは確かだ。でもそれは自分にも可能性があるって気付けたのもあったし、それに少しだけ嫉妬した。

 自分でやっておいて、提案しておいてそれが成功するとちょっとだけ嫌な気分になっていた。

 何とも自分勝手な話だ。根暗で、汚く、浅ましく救いようが無い。

 僕は、この有り余った時間で何度もそんな自分と対面していた。せざるを得なかった。

 どんなに考えようとしなくても、目を向けるものがないと現れてしまう。

 浮かんでは消して浮かんでは消してを繰り返して、今も目の前にそいつはいる。

 もう、どんなに目を背けても見える位置に本当の僕はいて、真っ直ぐ僕を見つめていた。



 エミレアが去ってから僕はまた部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。

 頭の中で襲って来る自己嫌悪からは逃げ場が無い。

 何をしていてもずっと頭の中に甦るあの瞬間が、僕には忘れられない。

 学校をサボった初日。

 僕は部屋でわかりやすいくらいに腐っていた。

 頭の中で色んな思考を巡らしながら、認めたくない現実と戦っている時に気付いてしまった。

 僕は、中学の時に言われた文句のほとんどを「言い訳」として使っていた。

 「仕方がない」「やれる事はやった」「頑張った」「けどダメだった」「あいつらには僕の気持ちなんてわかるわけがない」「良いよな天才は」

 沢山の言い訳はあの時、僕が馬鹿にしていた言葉達で埋め尽くされていた。ああいうのから離れたくてここへ来たら、まさか自分の内側から出て来るなんて。

 青春なんて言葉でごまかしていたんだ。

 ……僕は最低だ。



 昼ご飯を食べると、いつも通り晴子さんに「学校行かなくて良いけど、邪魔だからどっか行け」と言われてしまう。だから午後は必ず外に出る事になっていた。

 逆らう事無く黙って家を出る。鬱屈した甥っ子の姿なんて見たくもないだろう。なんてまた卑屈な考えを浮かべては消してを繰り返した。

 この町はどこも良い風が吹いている。四季の風が吹いている。

 湿っぽくなった風はもうすぐ梅雨が来る事を教えてくれていた。

 今日は海岸に向かって歩く事にする。大した理由も無い。昨日は山の方に行ったからってだけだ。

 ただ、この選択のおかげで僕は思いもしない人物と出会う事になる。

「あ! かなてー!」

 視線が足下から外れる。顔を上げると少し離れた場所から大きく手を振っている祭さんの姿があった。

「ま……つりさん?」

 大きく手を振りながら猛ダッシュでこちらへ向かって来る。

「良かったー! 今、お前の家に行こうとしてたんだよー!」

「ま、祭さん。何で?」

 祭さんは息を切らしながらリュックの中に手を突っ込んで、真っ白なボールを取り出した。

「キャッチボールしようぜ!」

「……はい?」

 祭さんは「いーから!」と、僕の腕を引く。引っ張られるまま辿り着いた場所は近くの砂浜だった。

 リュックから取り出したグローブの一つを僕に投げる。

「はい! ちょっと離れてー!」

「いや、祭さん何で? 学校は? 午後の授業は?」

「あー! 早退した! 大丈夫! ちゃんと届けだしたから!」

 またもや届け。早退届ってあるんだな。って言うか必要なんだな。

「ほら! 早く離れろって! 行った行ったー!」

「わかりましたよ。もう」

 少しだけ距離を離して僕らは白球を投げ合う。

 ゆったりとしたペースで投げ合いながら、やっぱりゆったりとしたペースで会話が進む。

 祭さんは早退して僕の家に迎えに行く所だったんだそう。

 だから丁度良かったと笑っていた。砂浜でキャッチボールしようと思っていたらしい。

 ……どんな青春だ。

「かなてさー! 学校来ないのー!」

 僕は何も言わずにボールを投げ返す。

「エミが寂しがっちゃってさー!」

 何も言えなかった。

「まぁ私も張り合いがないっつーか」

「そうですか」

「そうだよー! だからキャッチボールしに来ちった!」

「相手なんていくらでもいるでしょう?」

「こういうのはさ。誰でもいーって訳でもないんだよ!」

 ほら! と少し高めにボールを投げられる。それでも真っ直ぐに僕の元へ来るその真っ白を僕は腰を落としてキャッチした。

「うまくなったじゃん! やっぱり男の子だな!」

「祭さんが上手いんですよ」

「それもあるか!」

 ボールを投げ返すと祭さんは横にステップして軽々しくボールを拾った。投げるのは全然上手くなっていなかった。

 祭さんは自分の為に来たと言っていたけど、絶対に僕を元気づける為に来ていた。様子を見る為に来ていた。エミレアと同様に。

 祭さんとのキャッチボールは何となく続いていた。楽しくも、つまらなくもなく、ただボールを投げ合いながらなんでもない事を喋る。

 海風が吹いてボールが逸れても、祭さんは笑いながらしっかり拾って軽やかに投げ返す。

「かなてさー! またソフトボールやろうなー! 今度は試合! 楽しいぞー!」

「女子に男子が混ざる訳にいかないでしょ……」

「だーいじょうぶだって! かなては女子よりも女子みたいな投げ方だから!」

「あー……そう、ですか!」

 僕が投げるボールが珍しく、真っ直ぐ祭さんの胸元に飛んでいった。

「ナイスボール!」

 胸の前でボールをキャッチした祭さんはグローブを外した。

「かなて。私は……私達は待ってるからさ」

「……はい」

「うん。待ってるよ。だから先に……」

 海風の茶々が入った。波のスピードを軽々超えて僕と祭さんの間を駆け抜けて、その短いスカートをふわりと浮かせた。

 今回は……ピンクだった。

「かなて……見たよな?」

「……見ました!」

 爽やかに、朗らかに、真っ直ぐに、純粋に答えた。何でか嘘をつく気にならなかった。

 祭さんはケラケラと笑って近づいて来る。

「正直でよろしい! ……何て言う訳ねーだろーがー!」

「うわああああ!」

 何たる読み間違い。

 この雰囲気なら、きっとあの日みたいに笑って済ませてくれると思ったのに、両手を挙げて全速力で祭さんは追って来る。

 不可抗力だと言うのに、理不尽過ぎるだろ。

 砂浜を駆け巡る高校生の男女。イメージで言えば青春の純愛といったものだろうが、僕らの雰囲気はかけ離れていた。

 思いっきり砂を蹴り上げて全速力で追う祭さんと、恐怖のあまり、声を上げながら逃げ惑う僕。これはきっと青春でも純愛でもない。



「じゃーまたなー!」

 散々追っかけ回しておいて、疲れを見せない笑顔で祭さんは手を振る。膝に手をつきながら力なく振り返す僕とは対照的だ。

 結局、掴まって頭をバシバシ叩かれたが、そこまで痛くはなかった。それよりも全力で走り抜けた疲労感の方がとんでもない。

 日はまだまだ暮れそうにないけど、もう気力的にも体力的にも何もする気にならないので家に戻る。いつもより早いから晴子さんに何か言われるかも知れないけど、背に腹は代えられない。何より早くベッドで休みたい。

 という僕の願いは叶わなかった。



「え? なんでここに?」

「久しぶりね。かなて君」

 家に戻ると居間に委員長の姿があった。何も言わずに親指で居間を指した晴子さんの顔がにやけていたのが気にはなっていたのだが、本当に今日は何なんだろうか。

「すごい汗ね。お風呂に入ったら?」

「え? あぁいや」

「入って来なさい」

「は、はい」

 お茶を啜りながら冷涼な目線で言われると反抗する気にはなれない。言われるがまま、風呂場でシャワーを浴びて来た。

「スッキリしたみたいね。じゃあ行きましょうか」

「はい? どこへ?」

「外よ。早くしなさい」

 委員長は台所に顔を出して晴子さんに挨拶をすると早々に玄関に向かっていった。

「かなて君。何やってるの。行くわよ」

「わわ、わかりました!」

 シャワー浴びたばっかりなんだけど……

「かなて君。何度も言わせない。行くわよ」

「はいぃ!」



 家に戻っておよそ十五分程で僕はまた外に出ていた。シャワーを浴びた意味も無く、少し汗が滲み始めている。

 前を歩く委員長の二歩後ろを保ちながら、行き先も分からないまま歩いていたが無言の空気が鉄壁過ぎて打ち破る気さえしなかった。

 海岸沿いを歩く。黙って歩く。

 委員長は振り向きもせず、時折、風に髪をなびかせながらまるで後ろに僕がいるのを忘れているんじゃないかと思うくらい、ただ歩いていた。

 海岸線を外れて、少し坂を登る。学校へ行く道からはもう外れているので、僕の心は少しだけ落ち着いた。

 もしかしたら無理矢理連れて行こうとしているのかもなんて思っていたから。

 風紀委員が学校サボるなんて前代未聞だし。

「かなて君。もうすぐよ」

「え? はい」

 何の脈絡も無く突然委員長が口を開く。咄嗟に相槌を打ったが、あまり来た事が無い所だったので何処へ向かっているのかはさっぱりわからない。

 坂道を上り切って大きく右に曲がると、目の前には大きな屋敷が現れた。

「はい到着。ありがとう送ってくれて」

「は? 委員長どういう事ですか?」

「何? 上がっていきたいの?」

「上がるって……何処へ?」

「私の家に決まってるじゃない」

 委員長が指差しだのは目の前の大きな屋敷。高い壁に囲まれているのに、それでも姿の半分が見えている大きな大きな屋敷。ここが委員長の家?

「初めて見た? この町じゃ割と有名な家なんだけど。あ、そうか。そうね。かなて君は元々こっちの人じゃなかったわよね」

「はぁ……委員長。すごいお嬢様なんですね」

「そうね」

 否定しないのか。まぁ否定されても嫌味にしか聞こえないけど。

 それにしても由緒正しきお屋敷は厳かさが全面に出ていて、門すら重そうに見える。

 千上寺という名前はやっぱりそういう事だったのか。

「良家の血筋が凄い似合いますね」

「良く言われるわ。まぁありがとう」

「だから風紀委員なんですか? 正しくないものが嫌いとか」

「ふふふ。おかしな事を言うのね。別に何が間違っているかなんて私にはまだわからないわ。委員会はやりたいからやっているだけよ。楽しいから」

「そうなんですか」

「うん。でも安心したわ。思ったより普通ね。じゃあ明日は車で迎えに行くから早朝五時には準備を済ませておくように」

「え? 五時ですか?」

「そう。それじゃまた明日」

 委員長はヒラリと手を振って重そうな門を軽く開けて目の前から消えてしまった。

「一体、何がしたいんだ?」

 呟いた言葉にだれも返事をしてくれない。もちろん自分自身も答えを出せないでいた。



 明日、朝五時に迎えに来る。

 きっと強制的に学校へ連れて行かれるのは分かったけど、朝五時はいくらなんでも早過ぎる。車で行くなら尚更だ。そもそも学校開いているのか?

 疑問をいくつか消化出来ないまま帰路に着く。僕の不登校記録は八日で終了するみたいだ。


 早朝。世界は既に色づいていて、しっかりと朝になっていた。

「おはようかなて君。ちゃんと起きれたのね」

「はい。まぁ約束しましたから」

 厳密に言えば約束を交わしてはいない。僕は「はい」と返事をしていない、一方的に告げられただけだ。それでも言いつけ通りに行動してしまうのは、委員長のしつけがいいからだろう。僕はすっかり委員長には逆らえない体になっていた。

「じゃあ行きましょうか」

 委員長とともに黒塗りの大きな車の後部座席に腰を下ろす。随分と沈むシートは座り心地が良いんだか悪いんだか分からなかった。

「あれ? 学校に行くんじゃ?」

 車は思ったのと逆の方向に走り出した。これじゃ学校とは逆方向だ。

「あら? 誰が学校へ行くっていったのかしら?」

「え? あれ?」

「まぁ楽しみにしてなさい。私達の本領発揮よ」

 どこかで聞き覚えのある言葉……僕はこの言葉にあまり良い印象を持っていない。そして含みを持った委員長の微笑みに僕は得も知れぬ恐怖を感じた。

 車はどんどん山奥へと向かっていく。本当に何処へ向かっているのかわからないまま、委員長はそれ以後、ずっと口を閉ざしているので聞く事も出来ず、ただ流れていく景色を見ているしか無かった。

 朝起きた時には無理矢理学校へ連れて行かれるんだろうと思っていた。まぁ、それでもいいかとも思っていた。このまま流されていく人生もお似合いだなんて自嘲しながら制服に着替えたのだけど、当ては外れたらしい。

 ただ、委員長も制服を着ているのが気がかりだった。

「着いたわ。降りましょう」

「はい……これは?」

 車が止まったのは山奥の奥にあった空が開けた平地。ゴルフ場でも作ろうとしているのだろうか。

 それよりも僕が驚いたのは、かなり広いその平地に何故か人がいる事。

 しかも見慣れた学ランとセーラー服を来ている面々。

 大きなバスが何台も止まっていて、無数に置かれた台のようなものにみんなはそれぞれ四人ずつで固まっていて、車を降りた僕たちへ一斉に視線を向けて来た。

「準備は万端のようね」

「委員長……これって」

 委員長は僕の手を引いて歩き出す。訳も分からず台と台の合間を縫うように歩いて、行く中で何人かに声を掛けられた。

「よう! ガリ勉ヤンキー!」

「あ、純粋不良君! おはよう!」

「お! 真面目不真面目君じゃん!」

 皆ことごとく相反する言葉を並べて僕にぶつけて来る。しかも声をかけて来るのはクラスメイトの奴らだった。

「委員長! これは?」

 もう耐えられなくなった僕は少し大きな声を出してしまった。それでも、委員長は歩みを止めない。でも、振り返らないままようやく口を開いてくれた。

「かなて君。君、ビリだったわね試験」

「……はい」

「原因は?」

 僕は頭をフル回転させた。これは何かの仕打ち? お仕置きの類いなのだろうか? 風紀委員としてのケジメを取らせる為の大がかりな仕掛けが有るのか?

「かなて君。自分の敗因もわからないの?」

「い、いえ……わかります」

 僕は、それならばとしっかりと答えた。嘘偽り無く、自分が秋城を舐めてたかを括っていた事と、試験の問題が多すぎて全部回答を書けた教科も無く、それどころか半分も書けていなかった事、そしてそれをそういうものだと思って大した対策もとらなかった事。

 元々、全問取りかかれるように出来てはおらず、周りもそれくらいしか出来なかったんだと思い込んでいた事。

 それら全ての油断、慢心が招いた結果だと述べると、委員長は足を止めた。

「うん。正解。ちゃんとわかっているわね」

「……すいません」

「謝る必要はないわ。かなて君。あなたは知らない事が多過ぎる。だからまず始めにこの秋城高校の本気を見せてあげるわね」

 委員長は振り向いて僕の頬にそっと手を添えると優しく笑みを浮かべた。

「おーい! 早く早くー!」

 離れた所から聞き慣れた声が届いた。声の先に目を向けるとやっぱり祭さんがいた。

「そろそろ始まるわね。行きましょう」

 委員長は走り出す。僕もその後を直ぐ追いかけた。祭さんがいた台にはエミレアもいてこちらに手を挙げていた。

「もー嵐遅いよー!」

「デス」

「ごめんなさい祭。エミちゃん。かなて君が駄々をこねるから遅れてしまったわ」

「い、いやこねてないんですけど……で、結局これって?」

「あぁ。かなて君が学校に行きたくないみたいだから学校から来たのよ」

「はぁ!?」

「でもさー! それじゃつまんないじゃーん? 折角移動すんだから普通の授業じゃなくて全校上げたイベントやろーぜって話になってさー!」

「生徒会と競技した結果。これになったのよ」

「デスデス」

 三人は何を言っているんだろうか。エミレアは「デス」しか言っていないけれど。

 辺りをキョロキョロと見て状況を確認する。そう言えば、周りに何台もカメラを担いだ人がいる。超小型ヘリも飛んでいた。何かの撮影だろうか。それとずっと先にあるのはステージ? そして大型のモニターか? あれ。一体何が始まろうとしているんだ?

 視線をあっちこっちに動かしているといきなり僕の背中を衝撃が襲う。振り向くと、振り向いた手の平をヒラヒラして笑う祭さんが居た。

「深く考えんなよー! 楽しく行こうぜ! でも絶対優勝な!」

「デス! 勝つデス!」

 優勝って何? エミレアまでなんでそんな燃えているんだ?

「かなて君。言ったでしょ? 秋城の本気を見せるって。本領発揮した私達はすごいわよ?」

 委員長が不適な笑みを浮かべると、途端に大きな音楽が流れ出した。まるで何かのクイズ番組のオープニングみたいな演出とともにラメの入ったジャケットを着た男子生徒が二人ずっと先にある壇上へと上がって来る。大型のモニターに電源が入り、壇上の映像とやはり僕らを撮影している映像が流れ出した。

「さー! やって参りました! 恐らくここまで大がかりなイベントは本校初ではないでしょうか! 皆さん! 今日は秋城高校の歴史に新たな一ページを刻む記念すべき日です! 最高のイベントにする準備はできているかー!」

 おー! と怒号が鳴り響く。随分手慣れた司会者だな。

「はい! 結構です! 皆さんのやる気は十分に伝わりました。あ、申し遅れました。私、本日の司会進行役を務めさせていただきますクイズ研究会会長もんたと!」

「モリタでございまーす!」

 盛大な拍手と歓声が巻き起こる。確かにとんでもないイベントだ。どれだけお金がかかっているんだ?

「はい! それではまずルールの確認から! これは四人一組で取り組んでいただく悪旬クイズでございます! 一つのセクションに一人が代表していただき、早抜けで次のセクションへ向かっていただきます!」

「しかし! セクション間の距離はみなさんが思った以上に離れているので油断していると直ぐに追い抜かれてしまいますよー!」

「更に! 一つのセクションに一人が取りかかるのでクリアする毎にメンバーは減っていきます!」

「最終的には一人で最終セクションに! 寂しいですねー!」

「だんだんと狭まっていく選択肢! どこで誰を使うかが一つの鍵! と言う事ですね!」

「ただし! 問題はこの秋城高校らしく難問揃いでございます! 温存なんかしていたら第一セクションすらクリア出来ず、終了! 何て事も!」

「頭も使う! 頭脳も使う! チームワークが試される! 正にクイズの総合格闘技!」

「いやー何か大変そうだなー。疲れるの嫌だしー……やる気にならないなー」

「なんて事になっているそこのあなた! そんな事言っていると後悔しますよー! 何と今回はこの町でも有名なあの千上寺財閥がスポンサーについています! と言う事は?」

「もしかして賞品が……?」

「ちょー豪華です! みなさん! ちょー豪華賞品が待っております! 上位三十チームまでに用意された賞品はどれも高価なものばかり!」

「ちなみにー優勝賞品は……?」

「何と! この町でも抜群のロケーションを誇る海山川が全て徒歩圏内の別荘が送られます!」

「えー! どこにあるのー!」

「それは貰った人だけが知る事が出来る情報です! しかも維持費は全てスポンサー持ち! 所有者には一切お金! 必要ありませーん!」

「太っ腹! いよ! 太っ腹!」

「そしてこの過酷なクイズをクリアした上位三十チームは特別に! 更にこの奥にある特別施設で一泊する事が出来ます! 温泉も流れているのでゆっくり疲れを取って明日の学校へバスでお送りしますよー!」

「よーし! 頑張るぞー!」

「残念ながら僕たちは泊まれませーん!」

「しゅーん……」

「さぁ! それでは今回のイベントも大体把握出来た事でしょう! 早速始めたいと思います! それでは!『青春をつかみ取れ! 走って悩んで泣いて笑ってその先に仲間が待っている! チキチキ秋城高校! 初夏の大青春クイズアクション!』スタートです!」

 ————うおーーーーーー!

 最高の盛り上がりを見せた会場で、祭さんは一際大きな声をあげていた。エミレアも拳を上げて委員長まで目に力がこもっている。

 説明上手な司会者のおかげで、大体の趣旨は分かったけど、腑に落ちない事が一つあった。

 ……これ、僕関係なくね?

「さー! 早速第一セクションの発表です! 第一セクションはその場で行います。台上に置かれたスイッチで早押しクイズです!」

「何だかんたんじゃん! と思っていたあなた! これを見てもまだそんな事言えるかな? それでは発表! 最初はこちら!」

 【超難関! 早押しメンサクイズ!】

 大型モニターに映し出された言葉に周りは一気にどよめく。

「はい! ではシンキングタイム三十秒で代表を決めて下さい! 代表は横に置いてあるハットを被って下さいねー!」

 慌てふためく会場。まさかのいきなり超難関だ。

 メンサと言えば超高IQ集団。国の人口でおよそ二パーセントしか居ないレベルの団体が冠付けられていると言う事は、恐らくこれはIQテストだろう。ただ突発的に答えられる奴なんて秋城にはいない。早押しなんて嘘だ。いきなり、ほとんどがここで足止めを食らう。

「ちなみに出題されてから十秒毎にヒントが出されまーす!」

 お決まりの後だし補足。そう言う事か。要はヒントが出されてからが勝負の早押しって事だな。いくら天才児の集まりとは言え、この秋城高校にメンサ級のIQを持つ奴なんて

「デス」

 居た。

「エミちゃんやるの?」

「デス」

「よっしゃー! その心意気気に入った! トップバッター任せたぞエミー!」

「デスデス」

 エミレアはいそいそと派手なハットを被る。上部に取り付けられた可動式の札が何かのクイズを彷彿とされるが、そんな事に突っ込んでいる時間はない。

「エミレア。頑張れ」

「デス。かなてに良い所見せてあげるデス」

 エミレアは一際小さい体で台と向き合う。背伸びして、肘を肩まで上げて腕を伸ばしたその姿はなんかもう後ろから抱きしめたかった。

 ……いかんいかん!

「さー! 代表が揃いましたね! それでは早速いきましょう一問目!」

「ピンポーン!」

 エミレアのハットから札が立ち上がる。

 嘘でしょ? まだ問題読んでないけど。モニターに無数の数字が出ているだけだけど。

「おーっと! まさかの大フライング! しかし回答者はあの皆内エミレアだー! くるか! くるか! 正解は来てしまうのかー! 問題は読み上げてませんがでは回答をどうぞ!」

「2458912デス」

「せせせせ! せいかーーーーーい!」

 大歓声。エミレアはいきなりただの天才との次元の差を見せて付けて来た。

 こいつ、こんなに凄い奴だったのか……僕にはただのエクレアと日本文化が好きな小学生にしか見えないのに。

 そして一人だけ次元が違うエミレアはその調子で問題が読み上げられる事無く、モニターに映った画像を見るだけで難なくノルマの五問をクリアした。

「風紀委員会チーム一抜けー! さぁどんどん参りますよー! みんなも続けー!」

 間隔無く、問題が出題される中、僕たちは走り出す。次のセクションまでの距離は分からないが、看板が指す方向は山道が伸びていた。

「エミレア! すごいよ! すごい!」

「かなて見直したデスか?」

「もちろん!」

「じゃあまたエクレア食べるデス」

「うん! 食べよう!」

「桜も見るデス」

「うん! 来年ね!」

「抹茶はいらないデス」

「僕もいらないな!」

 実は苦手なんだと打ち明けるとエミレアはクスッと笑った。

「知ってたデス。かなて全部顔にでるデス」

「そっか。バレてたか」

 エミレアは僕に手の平を向けた。

「行ってらっしゃいデス。ゴールで待ってるデス」

「うん。行って来るよ」

 パシンと軽くタッチを交わして僕は二人の元へ走り出した。二人は看板の所で僕を見て待っていたが、急かす事もせず微笑みながら僕が追いつくと一緒に走り出した。



 山道は悪路も悪路で、とてもじゃないが走れるような道じゃなかった。

「これはエミちゃんにはきつかったかも知れないわね」

「うん! これ絶対エミじゃ無理! まぁそれなら私が担いだけどねー!」

「それにしてもエミレア凄かったですね。あんなにとんでもないとは……」

「かなて君。今更何言ってるのよ。エミちゃん元からすごいわよ?」

「かなてー! 全然見てないじゃーん! エミかわいそー!」

「ほんと。エミちゃんはあなたをちゃんと見てるのに」

「何ですかその言い方……」

「かなてはまだまだ私達の事を知らないって話ー!」

「私達はこんなにかなて君の事知っているのに。寂しいわね」

「ねー? あ、見えたよ! 第二セクション!」

 悪路を登り切るとまた平地が広がっている。そこには一から九までのパネルが並んだ、ストラックアウト? のような装置が置かれていた。

「はい! こちら第二セクション! 使うのは頭? それとも体力? チキチキ回答は白球で答えろ! スーパーストラックアウト!」

 女性司会者が盛大にクラッカーを鳴らす。広い平野で回答者は僕達しか居ないのに大きな歓声が上がったのは周りを囲むように大勢の観客がひしめいていたからであろう。

「ちなみにこれ! ローカルテレビで中継されてますからね!」

 どんだけ金かけてんだよ! ってか町ぐるみかよ!

「これはどういうゲームなのかしら?」

「はいはい! よくぞ聞いて下さいました! こちらは今から出題される数式を解いていただき、その答えをストラックアウトで答えていただく簡単なゲームでございます! ノルマは十問! ちなみに一回でも外したら五分休みでまたやり直しでーす!」

 何だそのゲームは。こんなの答えが分かってもあんまり意味ないじゃないか。大事なのは制球力。プロ野球並みのコントロールを要求される、ある意味第一セクションより高難度な問題だ。

「んー。やっぱここは私かなー!」

「そうね。問題は解けても私とかなて君じゃ一生ここを突破出来る気がしないわ」

 とんでもなく貶されているけれど、正しくその通りなので何も言えない。

「よし! んじゃ行って来るよ! 文系だから数学はあんまり得意じゃないけどちょっと時間かければとけるっしょ!」

「祭。頑張って」

「祭さん! ファイトです!」

 祭さんはガッツポーズで「おー!」と笑った。

「それでは行きましょう! 第一問————」


 第二セクションのノルマは十問。

 祭さんが五問正解した所で続々と後続グループが集まって来た。

 祭さんはストラックアウトで失敗はしなかった。けれど、出された問題の難易度が高すぎて、計算に凄く時間がかかっていた。

 後から来たグループが先に答えを出す中で地道に解いていく姿は少しだけ僕と被った。赤縁眼鏡をかけて真剣な表情で問題を解き、眼鏡を外して華麗にボールを当てていく姿はヒーローの変身を見ているようで格好よかったけど、エミレアがつけた差が少しずつ縮まっていってしまう。

 ストラックアウトでほとんどが躓いても、グループが増えればまぐれだって起きる。圧倒的にミスがない祭さんもミスしながらどんどん解いていく回りに徐々に追いつめられる。

 それでも、祭さんは必死にペースを保ち、最終問題に取りかかった。後続で一番近づいたのは五問正解のグループ。

 祭さんは何とか大幅なリードを少し削られた所で踏ん張った。

「よっしゃー! めんどくさい答えださせやがってー!」

 眼鏡を外して祭さんはストラックアウトに取りかかる。委員長は溜め息をついてその姿を見守った。

「本当に意地悪な問題ね」

「どういう事ですか?」

「答えが【123456789】よ。つまり順番に全てを撃ち抜かなければダメ。最後の問題でこれを出すなんて制作者はよっぽど捻くれているわね」

 でも、祭なら大丈夫よ。と委員長は表情も変えずジッと祭さんを見据えていた。

「おっしゃー! 行くよー!」

 1。

「はいはい次ー!」

 2。

「これってダブルはどーなんの? あ、オッケー? んじゃほいっと!」

 3、4。

「これでどーだ!」

 5、6。

「縦のダブルは得意なんだよねー! それ!」

 7、8!

「ラスト一球! かなてー! 見てろよー!」

 スパン! と豪速球が真ん中の【9】を撃ち抜く。高速のストレートは女子とは思えないスピードだった。

「はいー! まさかのミス無しパーフェクトで風紀委員会チーム第二セクション突破でーす!」

 沸き上がる歓声に愛嬌を振りまきながら頭を下げ、カメラにピースサインを向ける。これ、多分男性ファンが増えたな。

「かなてー! どうだ! すごいだろー!」

「は、はい! すごくかっこ良かったです!」

「へへー!」

 祭さんは赤縁眼鏡を付けて身を屈め、僕の顔を伺う。

「これ、似合う?」

「は、はい。似合います。すごく似合ってます」

「うーん! オッケー! んじゃ行ってこーい! ゴールで待ってっからー!」

 バシンと背中を叩かれてよろけるように僕は進みだす。

「あ、そうだ! かなてー!」

「何ですか?」

 足踏みしながら振り向くと祭さんは満面の笑みで手を振っていた。

「もし優勝したらパンツ見せてやるなー!」

「な、んあなななな何ですと!」

「嘘だよバーカ! 早く行けー!」

 イタズラっぽくおどけてシッシッと手を振る祭さん。何でか分からないけど、軽く頭を下げて僕は委員長の待つ第三セクション方面の看板へ走った。

 もしかしたら、実は本当に見せてくれたりとか……? ないか。いや、祭さんだし、もしかしてって言う可能性も拭えない。いや、ないない。でも……

「かなて君。さっきから押し黙って何を考えているの?」

「え? あ、あぁ! 次の問題は何だろうと思って」

「そう。私はてっきり破廉恥な事でも考えているのかと思っていたわ。かなて君って真面目な事を考えている時でも鼻の下が伸びるのね。少し下品に見えるから治した方が良いわ」

「はい……気をつけます」

 どうやらエミレアの言った通りみたいだ。だから祭さんもパンツ見てないって言っても信じなかったんだな。

 悪路ではないが、地味な上り坂をひたすら小走りで上る。ゴールが見えないマラソンがこんなにキツいと思わなかった。

 これじゃペース配分もクソも無い。計画がまるで立てられない。

「かなて君。鼻の下」

「あ、すいません……」

 すいません。またパンツの事考えてました。



 第三セクションはなかなか辿り着かない。もう三十分は走ったんじゃないだろうか。

 緩やかなカーブをずっと曲がっているような感覚で僕たちは尚も坂道を上り続けた。

「これじゃ、折角のリードも詰められてしまっているかも知れないわね」

「でも、結構まだリードありましたから大丈夫ですよ。足音も声も聞こえませんし」

「そうね。次のセクションでも頑張らないとね」

「はい……あ!」

 いきなり現れた急な坂を何とか登り切ると、いっぺんに視界が開ける。どうやら第三セクションに到着したようだ。

「はーい! ようこそいらっしゃい! 第三セクションへ! ここから後半戦! そしてここは最後のメンバーと別れを告げる大事なセクションとなっております! なのでここでは代表者とサポートで二人一組のコンビで挑んでいただきます! あ、後続の方も現れましたね!」

 女子司会者の言葉に振り返ると、男子二人組のグループが息を切らしながらちょうど辿り着いた所だった。やはり体力では分が無い。

「さてさて早速気になるゲーム内容ですが! 名付けて!『答えはきっと皿の底! ぜーんぶ食べたら聞かせてね! あなたの答えを!』さぁ! この問題! 内容はシンプルです! 代表者の方はそちらのキッチンに立ち、出された問題の回答をお皿の底に書いていただきます! しかし! 問題はそこからです! その上に指定された食材を全て使って合計一キロのお料理を自身で作って盛っていただきサポートの方に差し出します! サポートの方はそれを綺麗に平らげていただき皿の底に書いてある答えを高らかに叫び! それが正解だったらそのまま最終セクションへゴー! いいですねぇ! 愛が芽生えちゃうかも! さぁ代表者はどっち!?」

 何てゲームだ。きっと最終セクション前にいくつかのグループを集めておきたいのだろう。これだとどうしても時間がかかってしまう。例えばお米を炊いているだけでも数十分かかる。その間に後続は集まって来る。料理はきっとその形を成していればいいのだろう。与えられた具材を全部使えば例え全部生だとしても一キロを守ればいいのだ。料理に審査がないのはそのせいだろう。恐ろしい……。

「なるほどね。かなて君。サポートよろしくね」

「え? 委員長が代表ですか?」

「当たり前でしょう」

「いやいや! 僕がやります! アンカーは荷が重いですよ!」

 嘘をついた。僕の頭にはあの日、野外炊飯で玉ねぎを全て剥いた委員長の姿が鮮明に浮かび上がっていた。

「何を言っているの。かなて君。これを言うのは二度目になるのだけど。覚えていないのかしら? 男子厨房に?」

「……入るべからず」

「良く出来ました。まさか初めて手料理を振る舞うのがかなて君になるとはね。楽しみにしててね」

 微笑みは美しく、可憐に台所へと向かっていく委員長の髪が僕の鼻に良い香りを届けてくれた。

 普通ならこんな素敵な先輩の初めての手料理を食せるなんて光栄で感激で僕は打ち震えるべきなんだろうけど、いかんせん、あの委員長だ。

 まともな料理が出て来る気がしない。なるべく手をかけない、出来れば火を使わない料理だったらいいのだけど……願わくば刺身とか。

 出される問題よりもそこが問題だ。

「はい! では台所に置いてある問題カードを開いて下さい!」

 委員長は表情も変えずに顎に手を添えて頷いた。恐らく、問題自体は大した内容ではないのだろう。

「そして作っていただく料理はこちら!」

 巨大モニターにでかでかと料理名が出現する。それを見て僕は目の前が真っ暗になった。

 【かつカレー】

 終わった……僕の胃袋はキュッと締め付けられた。

「それでは問題の解答をお皿に書いて用意された食材全て使って一キロのカツカレーを作って下さい! サポートの方は椅子におすわりパートナーの奮闘を見守って下さいね!」

 僕は用意された椅子に座り、委員長に視線を向ける。委員長は僕の方を剥いてしっかりと頷いた。

 大丈夫……だよな? いや、大丈夫かな……。

 委員長は誰よりも早く更に回答を書き出した。そこまでは良い。予想通りだ。

 そして、手を洗ってまず……やっぱり玉ねぎに手を出した。

 米を炊かないと! 先輩!

 口出し厳禁なので心で叫ぶ。ジェスチャーすら許されないのがヒドくジレンマを生んだ。

「すいません。この玉ねぎハズレです。もっと下さい」

「おーっと! 早くも富貴委員チーム天然ボケ炸裂だー! さあ補助員の方! 玉ねぎを渡してあげて下さい!」

 委員長は玉ねぎを渡されて首を傾げていた。何となく口の動きで読めた。

 天然ボケ? 何の事かしら?

「あら。これもハズレ。もう埒があかないわね。入れちゃいましょう。皮でも入っていれば大丈夫でしょう」

 委員長は丸ごと鍋に玉ねぎを放り込み、ジャガイモを切り出した。

 これはまぁ乱切りでも問題ないけれど、出来ればもう少し大きさを揃えて欲しい。

「あ、お米を炊かなきゃね」

 委員長! それ無洗米じゃありません! あと水多い! 入れすぎです!

「早炊きでいいのよね」

 良いんだけど! 良いんだけど良くない!

「かつカレーだものね。この豚肉でトンカツよね。じゃあ後は人参と何か葉っぱみたいなのは全部カレーに入れるのよね。うんうん。簡単ね。テレビで作っているのを見た気がするし。確かこんな感じだったわ」

 委員長は人参を剥かずにやはり乱切りで鍋にブチ込み、あとのローリエなど全てまとめて鍋にブチ込んだ。

「水とカレー粉も入れて沸かせばカレーはオッケーと」

 委員長! ダメ! 順序あるから! カレー粉入れるの早すぎ! 

「トンカツはパン粉で揚げる。と。あら? この粉は? まぁつければ良いわね。でも、卵があるわね。ゆで卵をトッピングするのかしら?」

 委員長はもう一つの鍋を沸かして卵を放り込んだ。もうダメだ……かつカレーは終わった。僕の胃袋も終わろうとしていた。

「うん。衣のつきが悪いけどいいでしょう」

 卵使ってないですからね……あと、油は鍋に入れただけですよ。火を入れるの忘れてますよ……。

「あ、火を点けるの忘れていたわ。私ったら。まぁまだお米も炊けていないし平気よね。よし。これで後はカレーを混ぜながら待ちましょう」

 委員長はトンカツを放り込んで火を点けたら放置。鍋の底に沈んだカツの映像が映し出されて観客は大爆笑だった。

「あら? 誰か面白い事したの? 見逃しちゃったわ」

 委員長! あなたですよ! あなた!

「うんうん。いい感じいい感じよ」

 鍋をグルグル混ぜながら委員長は上機嫌だった。色はカレーっぽかったが水がやはり多く、サラサラのスープカレーが出来上がりつつある。周りはみんなそれなりに作れているので、多分ここから巻き返しを図るグループからとんでもない省略料理を作るのだろう。

 僕らはトップで来たと言うのに。

「あーっと! 風紀委員グループ! カツが! カツがー!」

 司会者が声を上げて大型モニターに打ちしだされたのは黒こげになったカツの姿だった。

「揚げ過ぎちゃったわね。でも火が通っていないよりはいいでしょう」

 委員長は焦る事も無く、カツを取り出して丁度良く炊けたご飯を盛ると、シャバシャバのカレーを具沢山にかけてカツを乗せた。

「さー! 風紀委員チームやはり一番乗り! どうぞ! 計りに乗せて下さい! はい! オッケーです! 一キロオーバー! さーさー! サポートの方の早食いスキルが試されるぞー!」

 試されるのは早食いスキルではない。僕の胃袋の忍耐力だ。

「かなて君。ちょっと失敗しちゃったけど召し上がれ」

 委員長。ここへきてそのセリフと笑顔はズルいです。何で手に持っているのが「それ」何ですか……。

「さー! どうぞ! ファーストバイト!」

 司会者よ。そんな仰々しく言わないでくれ。

「かなて君? 食べないの?」

「いや、はい! いただきます!」

 震えるスプーンで一口すくう。カツはまだ手をつける気にはならない。っていうか切ってくれていないんだなカツ。

「う……」

 思わず声が漏れる。何だろう、ちゃんとマズい。しっかりとマズかった。

 何がどうとかじゃなくて、ちゃんとマズい。べちゃべちゃのご飯とシャバシャバなカレーの食感もさる事ながら味も大変美味しくなく、食うと言うより飲むに近い感覚でするりと喉を通るもんだから逆にキツい。

「かなて君。カツも食べて。男の子はトンカツが好きなんでしょ?」

「それも……テレビですか?」

「もちろん! さぁ食べて」

 何でそんなに嬉しそうなの? 初めて料理を食べてもらうシチュエーションがそんなに気分良いの? それとも初めて作った料理に心酔しているの?

 っつーか……かたっ! 固い! カツが固すぎる!

「どうかしら? 少し揚げ過ぎてしまったのだけれど」

「何か……食べごたえがあっていい感じです……」

 とにかく食べないと。もう後続達もどんどん料理に口をつけ始めている。でも、なかなか、スプーンが口へと運んでくれない。

 僕が何とか半分くらい胃に入れた所で、司会者が一際でかい声を響かせた。

「おーっと! ここへ来て風紀委員! 初めてトップの座を明け渡したぞー!」

 その言葉にさきほどの男子グループに視線を移すと、ハイタッチを交わして最終走者が走り出す瞬間だった。

 まずい。状況もこのカレーも……まずいぞ。

「さー! 続いてもどんどん突破ー! やはり運動部と文化部の混合系がここへ来て強いかー? さー! ここまでトップだった風紀委員どうした? まさかの失速だぞー!」

 どうしたもこうしたもあるか。今までの調理を見ていたら分かるだろ。

 ……まずいんだよ! 圧倒的に!

「かなて君? もしかして小食なの? お腹いっぱい?」

「あ、いえ……頑張ります。すいません抜かれちゃって」

「平気よ。逆転のチャンスはあるはずだから。さ、頑張って!」

「……うす」

 委員長。自分の作った物がマズいかもなんて微塵も思わないんだな。さすが良家のお嬢様。テレビが全ての世間知らず。こんなに美人なのに、天は二物を与えなかったのだな。

 スプーンがゆっくりと口へ運んでくれる料理は舌が麻痺してもなかなか攻撃力が高かった。食感が悪すぎる。これでは味無くても食べていられないかも知れない。

 でも、目の前で作った人がジッと見つめているのだからスプーンは止められない。

 止められないのだけど……

「おーっと! 風紀委員どうしたー! スプーンが皿の上で止まったままだー!」

 あと数口。数口なのに体がそれを拒む。あまりに時間をかけ過ぎたのか、満腹中枢まで働き始めた。

 ダメだ。動け! 動け! あとちょっとだ! ここで行かないと逆転のチャンスも無くなる!

「かなて君……もしかして……美味しくなかったかな?」

 い、委員長……そこでその顔はズル過ぎる。何でそんな儚げに悲しい表情を出来るんだ。なんでそんなに健気なオーラを出せるんだ。

 ふっ……僕もヤキが回っちまったみたいだな。

「おーっと! ここで風紀委員! パワープレイ! 皿ごと傾けてカレーを流し込む! カレーは飲み物です! 飲み物なんですと体一杯で表現しているぞー!」

「げふ……答えは……北条時宗……」

「せいかーい! さぁまだ逆転のチャンスは残されているぞー! 走れー!」

「委員長……御馳走さまでした」

「うん。お粗末様でした。かなて君。ゴールで待ってるわ」

 はい。とほとんど声にならない息で答えて僕は最終セクションへ向けて走りだす。

「あ、かなて君!」

「な、なんでしょう……」

「優勝したらご褒美にまた料理作ってあげるわね!」

「……わーい」

「あら? 微妙な反応ね。じゃあもれなく一泊旅行なんてどうかしら」

「はいぃ! 頑張ります!」

 僕は力強く地面を蹴り上げる。背中にかけられた声はよく聞き取れなかったが、揺れる度に胃が悲鳴を上げているのも無視して最終セクションへ向かった。

 一泊旅行! 一夏の過ち! 一泊旅行! 若さの暴走!



 最終セクション。

 走った事で少し胃がスッキリした僕は既に問題へ取りかかっている人達の間を縫って、台の上に置いてある答案用紙を捲った。

「最終問題は制限時間六十分の数学。最後の最後で学生の本分っぽい問題を出してくるとは。秋城高校もやってくれる」

 観客席には先のセクションをクリアした仲間も先回りしていて、エミレアも祭さんも委員長も僕に声援を送ってくれていた。

 内容は単純。台に置いてあるタイマーを押して時間内に問題を解く。そこで採点されて全問正解ならクリア。間違っていたらやり直し。

 後戻りが効く中間テストのようなものだった。

「くそ……またこれか」

 タイマーを押して答案用紙を捲ると、本当に中間テストの時と似たような問題がびっしりと書いてあった。場所が指定されていたのはそのせいか。恐らく学年毎に問題が違う。

 内容は中間の範囲とほとんど一緒だろう。数も難易度も少し高めだが。

「いけー! かなてー!」

「デスデス!」

「かなて君! 落ち着いて!」

 集中すると周りの音は気にならない。でも、不思議と聞き慣れた三人の声はハッキリと届いて来た。

 問題を解く。計算用紙にしっかりと書き込んで、周りより何枚も使って地道に解く。

 これしか出来ないんだ。僕はこの八日間を呪った。

 腐っていないで次に向けて勉強していればこんな事にならなかったのに。僕は、なんて無駄な事をしていたんだ。

 考える時間はあったんだ。でも、ほとんどを意味の無い自問自答に使って、問題の効率的な解き方をあみ出そうともしなかった。裏技のような解き方もきっと時間をかければ探し当てられたかも知れないのに。

 僕はこうして基礎を使って地道に一つずつ余計に丁寧に律儀に計算していく。

 間に合ってくれ。誰か、みんな何処かで躓いてくれ。

「おー! ここで初めて解き終わった奴が出てきたぞー!」

 最初の司会者が声を上げて、指差した。顔を上げて確認すると、さっき一位で通過した奴とは違う男子だった。

「おーっと残念! 一問不正解です! さぁ新たな答案用紙を! どんどん解いて下さいねー!」

「いやー! 惜しかったですねー! でも、こうなるとここからラッシュが来そうですねー!」

「はいー! 果たして栄光は誰の手に!」

 僕はまた答案に向き直る。もたもたしていられない。時間がない。早くしないと一位が。

「はいはい! 続いてやってきました! 今度は女子ですねー!」

「おー! 字がキレイですね!」

「そこは関係ないから! さー採点です!」

 頼む! 間違えてくれ! 間違えろ!


 ————一瞬の静寂。そして一気にマックスまで上がる歓声が巻き起こる。


「きたーーーーーーーー! 優勝は三年二組! 松井香織さんのグループです!」

「すげーーーー! まさかの大逆転! さーさー! こちらに座ってあと三十チームが決まるまでお待ち下さい! いやー! それにしてもすごい! まさかここまで追い上げて来るなんて! 地道にやるってやっぱり素敵ですねー!」

「まとめるなっての! まだまだ終わってないんだから! さぁ二位以下も豪華賞品が待っています! 諦めるなー!」

 歓声は熱気を帯びたまま、まだ会場にこだましていた。

 僕は走らせたペンを止めて、答案にポタポタと垂れる汗を眺めていた。

 まただ。またダメだった。折角エミレアが、祭さんが、委員長が繋げてくれたタスキを僕はみんなの願いを叶える事が出来なかった。

 それよりも、僕はまた自分が頑張るんじゃなくて、他人のミスを願っていた。

 間違えろなんて願っていた。ただでさえ遅い計算の手を止めてまで。他人を呪っていた。

「おーっと! またもや正解! 来ます来てますよー!」

「あーっと! 残念一問間違いです! やり直しー!」

 間違える奴も突破する奴もだんだん後を絶たなくなって来ていた。

 僕はまだ半分しか解けていないと言うのに。

「おーっとまたもや突破ー!」

「こちらも突破です!」

「あー残念! 一問間違い! やり直しですー!」

 最早、間違えろとも願わない。僕は黙って俯いて汗で滲んだ計算途中の式を見つめるだけだった。

「かなてー! かなてー! 何やってんだー! 手を動かせー!」

「デス!」

「かなて君! まだ上位三十の席は空いているわ! 頑張って! 頑張りなさい!」

 三人の声は良く聞こえる。それでもダメなんだ。頑張ったって出来ない人もいるんだ。

「かなて君!」

 声と同時に視界が揺らぐ。僕は地面に尻餅をつきながら左頬に走った痛みで目の前に立つ委員長に叩かれたのだとようやく気付いた。

「おーっと! これはいけません! 代表者以外は直ちに退出願います! 補助員さん! つまみだしてー!」

「おねがーい! 補助員さーん!」

 司会者が冗談混じりに注意して周りは笑いに包まれるが、四方からやって来る補助員が走っているのを見るにこれはかなりの規則違反に違いなかった。

「かなて君。良い? 良く聞いて。あなたは自分の価値を見誤っているわ」

「な、何言ってるんです。最下位ですよ僕……」

「だからどうしたの! 良い? あなたは学校に来てないから知らないでしょうけど。答案を返されたあなたのクラスで瀬谷奏汰はちょっとした有名人になったのよ?」

「そりゃ最下位でしたから……当然でしょ」

「違う! あなたは褒められたのよ!」

「……え?」

 委員長はやって来た補助員に羽交い締めにされながらも振りほどこうと身をよじりながら真っ直ぐ僕を見ていた。

「一年の数学を教えている星川先生は数学界の権威でね。秋城高校でも凄く尊敬されているの。そんな先生だからほとんどの生徒は褒められた事が無いわ。勿論、私もよ。でも、あなたのクラスの答案を返す前にほとんど初めてと言っていいくらい星川先生は見せた事も無い笑顔を見せて、ある生徒を褒めた。計算を書く紙に丁寧に、基礎に忠実に、地道に解いていたのはかなて君だけだったって。我流を見つけるのは、良い事だが、そうした亜流に走らず、真っ直ぐ丁寧に足跡を残すような計算方法をする生徒は久しぶりだと星川先生は言っていたそうよ。ねぇかなて君? ここに来るとき同じクラスの子に言われたあだ名。覚えている? あれはそうやって星川先生に褒められた生徒がいきなりサボり始めるから、皆はその行動が理解が出来ず、彼こそ天才だと笑ったのよ。だから相反する言葉を並べた呼ばれ方をしたの。ガリ勉ヤンキーなんておかしいわよね? でもね、その呼び方には愛を感じるわ。あなたはやっと不思議な存在としてだけど、クラスに認められたのよ。だからね……」


 ————ぐだぐだ悩んでないでさっさと手を動かしなさい!


 委員長の喝は天まで響いた。初めて聞く怒声だった。

「い、委員長!」

 補助員に引っ張られる委員長は最後にこう言った。

「この問題を作ったのは星川先生よ! かなて君! あなたならしっかりと答えられるはずだわ!」

 僕は立ち上がり、委員長に手を伸ばすが、委員長はもう表情も分からない程、遠ざかっていた。

 何やってるんだ僕は。

 何にも知らないで。エミレアも祭さんも委員長も秋城高校の事も風紀委員会の事も中学の奴らの事も、自分の事も全く知らないで!

 何を悩んでるんだ! 悩む程物事を知っていないじゃないか! 知った気になって一丁前に塞ぎ込んでて。良い迷惑だ! 特に晴子さんにとっては!

 そうだ。僕は答えなきゃいけない。もちろん褒めてくれた星川先生にも、知らぬうちにキャラを立ててくれたクラスメイトにも、何も言わずに全てを笑い飛ばしてくれた晴子さんにも。

 委員長、祭さん、エミレアの思いにも!

 僕は答えなきゃいけないんだ!

「おーっと! ここへきてまた風紀委員のアンカーが手動かし始めたー! 何やら怒られていたようだが! 仲間割れではなかったかー!」

 面白おかしく煽って来る司会者の言葉なんかもう届かない。耳に届く声援や、どんどん発表される通過者の名前も全然届かない。

 僕の心に届くのは風紀委員の声だけだ!

「いけるいける大丈夫まだ間に合う大丈夫解け解け解け解けーーー!」

 僕は一生懸命ペンを走らせた。自分の轍を作るように足跡を残すように全てを書き記しながら基本に習って地道な計算を続けた。

 こうなってくるともう体力器力勝負だ。もう頭の良さなんか関係ない。

 僕は解くんだ。自分の芯を一本真っ直ぐ立てて絶対に曲げない。


 ————僕はこのやり方で解いて見せる!





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