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青春とは大人になるための準備である。  作者: 赤枝しゅん


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第二章  外人デスか? いいえ、ハーフデス。

 魔の野外炊飯が終わり、翌日。

 いつも通りの学校生活が始まるかと思いきや、この風紀委員会はそんな僕の油断を見据えていたかのように新たな風が吹かせた。

「失礼します」

 放課後になり、真っ直ぐこの風紀委員会室に来た僕に委員長と祭さんは「良く来たね」と言った。正確には僕の腰辺りに視線を向けて。

「良く来たも何も。毎日来いって言われてるんだから当たり前じゃないですか。っていうか何処見てるんですか?」

 僕は何となく照れながら自身の下腹部辺りに視線を落とす。

 あれ? 何か左側に金色のモヤがかかってるな。

「デスデス」

 僕が目を擦ると、その金色は縦に二回揺れた。

「え? 何? 誰?」

 その金色は明らかに人の頭で、よく見ると金髪だった。

「うわ!」

 驚いて、つい僕は飛び退いてしまう。

「デス。よろしくデス」

「あ。君は……」

 コクッと頭を傾けたその子は、あの野外炊飯でじゃがいもを持って行った女の子だった。

 何でここに? って言うかうちの制服来てるけど……小学生じゃないの?

「ようこそ風紀委員会へ。うん。やっぱり外国の血が入っているからかしら。十一歳にしては少し発育が良いわね」

 やっぱり小学生!? いやいや! 発育がどうとかの問題じゃないでしょこれ!

 一体何がどうなってるの?

「ほらーかなて! そこいたら私が見えないじゃん! どいてどいて!」

 いや祭さんも! 何でそんな自然に受け入れちゃってるの? おかしいでしょこれ!

 どう考えても不自然でしょ!

「かなて君。キョロキョロしてないで早く座りなさい」

 両肩を掴まれて無理矢理、椅子に下ろされる。

「さ。これであなたの名前を書いて」

 委員長は手に持ったチョークを女の子に渡した。それを見て僕は肩に付いていた白い粉を無言で払う。

 その子は発育良いと言ってもしっかり小学生なので、背丈も低く、背伸びをして手を伸ばしたらようやく黒板の真ん中に手が届く。そこに小さく書かれた文字はこの子の名前だ。

【皆内エミレア】

 やはりハーフか。委員長は皆内エミレアからチョークを受け取ると僕と祭さんに向き直る。

「はい。ご紹介します。今日から新しく風紀委員会に入る事になった一年の皆内みなうちエミレアさんです」

「よろしくー! ねぇねぇお父さんとお母さんどっちが外人さんなの?」

「お母さんデス」

「おー! じゃあお母さん美人なんだろうなー!」

「デス」

 皆内エミレアは頷いた。

 そんな事よりも大事な事があるだろう。明らかに不自然な光景じゃないか。

 僕は唾を飲み込んで手を挙げた。

「はい。かなて君。何かしら?」

「あの……外人とかハーフとかは全然いいんですけど」

「ハーフデス」

「う、うん、わかってるから」

 僕は椅子から立ち上がり皆内エミレアを指差す。

「何で小学生がここに?」

 一瞬。ほんの一瞬、時が止まった。

 でも、本当に一瞬で委員長の呆気にとられた顔は直ぐに微笑みを取り戻す。

「かなて君。君は入学式に出てなかったのかしら?」

「え? 何ですか急に。出てましたけど?」

「かなてー。さては寝てたなー?」

「いやいや寝ていないですよ! そんな度胸はありません!」

 そうだ。僕は寝てない。確かに式はそっちのけでガリ勉探しに勤しんでいたけど、ちゃんと起きていた。

「かなて君。起きててもちゃんと話を聞いていないのなら同じ事よ。新入生代表で紹介されたじゃない彼女は」

「え? そうなんですか?」

 僕が視線を送ると、皆内エミレアは無表情で小さく頷いた。

「この子は特別招待生よ。海外で飛び級して博士号も取得している天才児さん。この日本一の進学校である秋城高校のカンフル剤になるように呼ばれたスーパー小学生なの」

「別に高校の授業なんて学ぶ必要も無いんだけど、特例措置なんだってー!」

 何それ? 無茶苦茶じゃない? この学校って本当に何なの? 行事の全てを生徒に任せっきりで、小学生を特例措置で海外から招待?

 突っ込みどころが多すぎて、もうどうしたらいいかわからない……。

「ちなみにこれはお仕事だから学費免除どころかお給料をもらっているわ」

 もう突っ込む気も失せた……好きにしてくれ。

 委員長は皆内エミレアを僕の隣に座らせると、僕の時のように黒板を凝視しながら名前を呟き始めた。

「みなうち……エミレア。エクレア……エミ……エク……レア……レア。うん。エミちゃんね!」

 ふ、普通だ!

 一瞬、洋菓子の名前が出てきたけど、結局普通の呼び方に着地した。そう言えば、祭さんも呼び捨てで呼んでいるよな。

 委員長、何で僕だけ「かなて」何ですか……。

「よろしくねエミちゃん!」

「エミー! よろしくー!」

「デスデス」

 二人に頷く。こいつの口癖はどうやら「デス」らしい。何でも「です」を付けるのは間違いだけど、元々海外暮らしなんだから日本語がおかしいのも無理ないか。

「よ、よろしく。皆内さん」

 隣の斜め下に視線を下ろすと、ブンブンと首を振られた。え? ダメなの?

 僕もエミって呼ぶのか? 呼ばなきゃいけないのか? 未だかつて誰も呼んだ事無いのに?

「あ、じゃあ。よろしくエミレアさん」

 これならどうだ! 名前プラスさん付けならお互いの妥協点だろう。

 しかし、またもや首を横に振られる。

「じゃ、じゃあ……よろしく。エミレア……?」

「デス」

 頷かれた。どうやら僕が大幅に譲歩する形で落ち着いたらしい。

 これなら、あだ名の方がマシじゃないのか? とも思ったがもう遅かった。

「よっしゃー! そしたら歓迎会だ! パン買って来ようぜー!」

「ええ。行きましょう。エミちゃん。購買で好きな物買ってあげるわね」

「デスデス」

 今回はやるんだ。春のパン歓迎会。僕の時は無かったのに。

「ほらー! かなても行くよー!」

「かなて君。ぼーっとしてないの」

「す、すいません」

 振り向いたエミレアは来た時からずっと表情が変わらない。僕が立ち上がるのを確認すると直ぐに前へ向き直ってしまった。

 また、計り知れないキャラが増えた……。

 まるで掴まった宇宙人のように両サイドの祭さんと委員長に手を繋がれるエミレアを眺めながらやっぱり拭えない違和感を無理矢理飲み込んだ。



 風紀委員会で出会ってから僕はエミレアを良く目にするようになった。一度認識したらやはり目立つ存在なので嫌でも目に入って来る。むしろ今までなんで気付かなかったのかと思うくらいに全然溶け込んでない。

 さらに、

「かなて。迎えに来たデス」

 昼休みになるとこうして僕を誘いに来るようになってしまった。

 未だに馴染めていないクラスで変な注目を浴びたくはないのに、これでは嫌でも悪目立ちしてしまう。

「エミレア、早く出よう」

「デス」

 僕はエミレアの背中を押して早々と教室を出ると、ここ最近の昼食スポットになった中庭のベンチに向かった。

 ここは学年問わず、程よく人が居て教室にいるよりかは幾分目立たなくて済む。

 人を隠すなら人の中なのだろうが、一番人気の屋上なんかに行ったら逆に視線を浴びそうだ。

 その点、この中庭は建物に囲まれている為、景色もクソも無いから人気もあまり無く、集まる人も何となくおとなしめに見えるから、やはり最適だと思う。

 とは言え、妙に懐かれてしまっているこの状況はあまり良くないと言える。

 最近は十分休みにも来たりするもんだから、このままいけば常日頃から一緒にいる状況もそう遠くはない。

 かといって、この隣に座る小さなお弁当箱を膝に乗せた幼気な小学生をむげに出来やしないし。

 本当に困った事態になったもんだ。

「エミレア。それで足りるのか?」

「デス」

 相変わらずの無表情で食事をしているエミレアの弁当は小さいながらも彩り豊かで、母親の愛情が箱一杯に詰まっていた。恐らく、おいしいはずなんだけど、何でこうも表情を変えないんだろう。

「エミレア。これ食べるか?」

「デス」

 頷くエミレアのお弁当箱の上に晴子さん特製の春巻きを乗せてあげた。やはりそれを無表情で口に運ぶエミレア。でも、食べ終わるとこちらに顔を上げて来る。

「も、もうひとついるか?」

「デス」

 最近はこいつの動作と目で何が言いたいのか分かるようになってきてしまった。

 何この繋がってる感じ。結ばれちゃってる感じ。

 ……だって、こいつほとんど「デス」しか言わないんだもん。

 こうしてもう一つをねだるって事は美味しいって事なんだろう。現に「美味いか?」と聞けばいつだって頷いた。だからもう敢えて聞かずとも分かるので僕は何も聞かずにもう一つ分けてやる。成長期なんだからいっぱい食べれば良いのだ。

 祭さんの言う通り、エミレアはきっと大人になったら絶世の美女になる。

 そのポテンシャルは顔の造りを見れば誰だって分かるだろう。

 願わくばもう少し早く生まれて来て欲しかった。と、隣で黙々と食べている金髪小学生を見ながら思った。



「あら。エミちゃん可愛いじゃない。似合ってるわよ」

「やっぱ小学生のツインテールには敵わないなー! しかも金髪!」

「デスデス」

 放課後の風紀委員会室はエミレアの髪型遊びで大盛り上がりだった。約一名を除いて。

 いや、エミレアも別に盛り上がってないか。

「嵐! 次はポニーテールに挑戦しよー!」

「祭。最近はバク盛りなんて言うものが流行っているらしいわよ。テレビで見たわ」

 またテレビですか……。大体、それやってる奴いないの周りを見ればわかるでしょーに。

「あー! あれなー! よっし! チャレンジするかエミ!」

「デスデス」

 やるんだ。バク盛り。

「おー! ぎゃははは!」

「ちょっと祭……笑っちゃダメよ。に、似合ってるわよエミちゃん」

 もうアートを飛び越えてギャグも飛び越えていそうなバク盛りにされたエミレアは、その無表情が逆に面白さを助長してしまって、祭さんは爆笑。委員長も震えながら必死に笑いを堪えていた。

 僕? 後ろ向いて笑ってましたよ?

「デスデス」

 エミレアの髪は長いので、色んな髪型を試される。整った顔立ちも相まってバク盛り以外のほとんどが似合っていたが、中でもハーフアップは日本人には出せない雰囲気を出していて、とても似合っていた。

「おー! エミいいじゃん! これだよこれ!」

「ええ。エミちゃん。これなら世の男性を数秒で全て手に入れられるわよ」

 委員長の表現は突飛だったが、確かに一番似合っていた。バク盛りのインパクトには敵わないけど。

「デスデス」

「ん?」

 エミレアはじーっとこちらを見ていた。僕が首を傾げると横の二人が呆れた顔をして口を挟んで来る。

「かなてー! ほらコメントコメント!」

「かなて君。見た目通りレディの扱いには慣れていないんでしょうけど。いつまでたってもそれじゃ、そのまま慣れて無いじゃ済まない年齢になるわよ」

 委員長……ストレートすぎませんか?

 何だか、あの野外炊飯以来、委員長の言葉に時々、刺が混ざる事があった。

 若干、攻撃的と言うか、敵意ではないんだけど、それでも天然じゃなくてわざと言っているんじゃないかと思えるような言動が、少なからずあった。

「かなて君」

「わ、わかりましたよ。エミレア。似合ってる。それが一番似合ってるよ」

「了解デス」

 了解の使い方違う。絶対に違う。そこはありがとうだぞ。なんて口にしたら何か上から目線に思われそうだから言わないけど。って言うか天才児なんだからわかれよそこ。

「よし。それじゃ今日はこの辺で解散にしましょうか」

「はいよー! お疲れー!」

 今日の風紀委員会はエミレアの髪型七変化で終わりを告げた。校内パトロールもせずに帰れるこの秋城高校の信頼性。果たして風紀委員の存在は意味あるのだろうか。

 帰りはやっぱり、昇降口で別れる事になる。二人を見送って少し時間が経ってから帰るのも慣れてしまった。

「ん?」

 二人の背中が見えなくなったのを確認して、後しばらく待ったら帰ろうと突っ立っていたらシャツを引っ張られる。

「あれ? エミレア。帰ってなかったの?」

「デス。一緒に帰るデス」

 エミレアは僕の顔を見上げる。いよいよここまで懐かれてしまったか。

 坂を下り切るまではどちらにせよ同じ方向なので、僕は断りもせずエミレアと歩き出した。

 徒歩だと、この下り坂もそこまで快適ではない。見下ろす景色は抜群だったけど、自転車で簡単に追い越していく人達が少し羨ましかった。この高校で一度で良いからやってみたい事の一つだ。

 隣を歩くエミレアの歩幅に合わせる。いつもならダラダラと歩いているのだが、それよりもスピードは遅かった。高校生にしてみたらまるで家に帰りたくない時くらいのスピードだ。

 擬音で言えば「トボトボ」と言った所であろう。

「エミレアの家は何処らへん?」

 僕は町を見下ろしながら問いかける。エミレアは人差し指を右になぞらせた。

「あっちデス」

「ふーん。僕と逆方向だね」

「そうデスか」

 エミレアは腕を下ろす。どうでもいい会話だったか。

 エミレアは自分から話題を振って来る事はほとんどない。だからこっちから話しかけないとほとんど沈黙なのだけど、僕はまだそれに耐えられる程エミレアと距離を詰められていないので、お互いにとってどうでも良い話題を振っては途切れてを繰り返した。

 僕はまだ、エミレアが興味を持つ話題を探し当てられないでいた。

 春の気候は少しずつ温度を上げていて、すっかり冬の姿は見えなくなっていた。北海道でも桜が開花したと今朝のニュースで見たけど、近くに桜がないので僕はまだ今年の桜を間近で見られていなかった。

「エミレア。桜は見た?」

 こちらに目も向けず首を横に振る。それを見て何となく僕は提案してみた。

「じゃあまだ日も高いし。見に行く?」

「行くデス!」

 急に向けられた顔、視線。そして初めて聞いた大きめの声。僕はエミレアの思わぬ反応に体がビクッと動いてしまう。

「じゃ、じゃあ行こうか」

「行くデス! デス!」

 明らかに今までと反応が違う。喜んでいるのか? 喜んでいるんだよな?

 まさか、何となく提案した桜を見に寄り道コースにここまでの反応を見せてくれるとは。

 エミレアはもしかして日本の文化とかに弱いのか?

 少しだけ歩くペースが早くなる。桜がある公園は少し僕たちの家の方向から外れるけど、暗くなったら送っていけば良い。

 遠足に同伴する先生の気分で僕はエミレアを連れて、公園へと向かった。


 坂を下りて、まずは僕の家の方向へ。そこから狭い路地へと入って行く。

 木の塀が両側にあるこの裏路地が、僕は少しだけ好きだった。

 もっと開けた通りからも行けるけど、こっちの方が近道だし、何よりこういう雰囲気をエミレアにも見せたいと思った。

「エミレア。離れないでね」

「デス」

 狭い路地なので隣あって歩く事は出来ない。エミレアは先導する僕のシャツをギュッと掴んで後ろを歩いていた。

 狭い空がまだまだ青い。確かに掴まれた背中の感触を気にしながら更に狭い路地に入って石畳の小坂を登り切ると、そこには桜色の景色が広がっていた。

「おー! 満開だ!」

 思わず声を上げてしまう。

 ひらけた視界には青空と桜のコントラストが良く映えていた。

 この公園が町でも一番、桜が植えられている場所なのに人の気配がないのはこの場所が歴史的価値のある史跡の為に花見が禁止されているからだ。

 加えてこの道は晴子さん直伝の秘密の小径。正しい入り口は遠い為、平日って事もあるけどここまで来る人はそんなに多くない。これだけ桜がある場所なのに、これでも少ないポイントなのだ。

 僕としてはこれくらいの方が空とのバランスが良くて好きだった。晴子さんの受け売りだけど。

「エミレア。どう? すごいだろ?」

 まるで自分の手柄のように言う僕にエミレアはいつもの「デスデス」を言わなかった。

 かわりに、斜め上を見上げながら微笑んだ顔を見せてくれた。

「さくら……ピンクデス。桜色デス。綺麗デス! かなて! 綺麗デス!」

 グイグイと僕の袖を引っ張りながら桜を指差して、桜と僕へ交互に視線を移すエミレアは初めて小学生らしい顔を見せてくれた。

 僕はその顔がとても愛らしく思えて、桜よりも、その顔を見ていたかった。

 ここまでの反応を見せてくれると、連れてきた甲斐がある。僕は天才児の面影を一切無くした可愛らしいハーフの小学生を木造のベンチに座らせる。

「ちょっと待ってて。動くなよ。直ぐ戻って来るから」

 相変わらずの笑顔で見上げながら頷くエミレアに背を向けて僕は少し離れた売店まで走った。

 小学生を一人にするのは少し恐かったので、用を済ませると全速力で戻るのだけど、さっきと変わらぬ表情でジッと桜を見つめているエミレアはちゃんとそこにいた。

「はいこれ」

「なんデスか?」

 僕が渡したカップに視線を落とす。訝しげな顔をしながら受け取るもその中身が気になって仕方がない様子だ。

「それは日本の文化。抹茶だよ」

「抹茶? デス?」

 小首を傾げながらじーっと緑の液体から視線を外さないエミレアの肩を叩いて僕は隣に座った。

「こうするんだ」

 僕は桜を見上げながら抹茶を一口啜ってフーッと息を吐く。

「春だなぁ……ってね。これが日本の春だよ」

「春デスか!」

 エミレアはウンウンと頷いてまた笑顔を取り戻すと桜を見上げながらズッと抹茶を啜る。

 笑顔が一瞬で消えた。

「……まずいデス」

 感嘆の、ではない溜め息を吐いたエミレアを見て僕は吹き出してしまう。やっぱりエミレアは子供なのだ。

「その味の良さが分かったら大人だよ」

「そう……デスか」

 まずいと言いながらもちゃんと少しずつ啜るエミレアはちょっと大人になれたかな?

 僕は全然好きじゃない抹茶の苦味がまだ口から消えなくて、カップをひたすら手の中で回していた。

 桜を見て気分が高揚したエミレアは少しだけ口数が増えた。

 普段なら単語しか喋らないくせに、今日は「デス」で区切りながらもちゃんと話してくれる。

 エミレアの故郷はオーストラリアらしい。そこではジャカランタという花がこっちで言う桜とされているらしいのだが、色が紫色なんだとか。

 父の故郷では春になると綺麗なピンクが広がると聞かされていて、写真を見ては思いを馳せていたのだそう。ちなみに、そのお父さん。どうやら秋城高校出身の発明家らしい。発明家って……つまり、エミレアは天才から生まれた天才と言う事か。

 僕が質問を重ねたおかげもあって随分とエミレアの話を聞く事が出来た。

 おかげで少し長居してしまったので、流石に空は赤みが差し始めていた。

「そろそろ帰ろうか」

「はいデス」

 ちゃんと飲み終わった(僕も全部飲んだ)抹茶のカップを受け取ってゴミ箱に捨てに行く。小走りで戻った僕にエミレアは深々と頭を下げた。

「ごちそうさまデス」

「いいよいいよ。さぁ帰ろう」

 顔を上げて小さく頷いたエミレアはまた僕の裾をつまんで後ろを歩く。来た時よりも薄暗くなった裏路地は確かに少しだけホラーだったけど、背中に感じている裾を引っ張られる感触が、僕を格好付けさせた。



 その日以来、エミレアは毎休み僕の元に来るようになった。それにちょっとだけ会話が続くようにもなった。

「かなて。あれ取ってデス」

「ん? 何これ? 何の資料?」

「日本の文化デス。歴史デス」

「ふーん。本当に興味津々なのな」

 図書室の高い棚にある本を取ってあげるのも僕の仕事。エミレアの読みたい本はやたらと高い位置にあって、エミレアもエミレアで脚立を使うとか、図書委員に頼むとかすれば良いのに、わざわざ僕を呼びに来た。本当に手間のかかる妹が出来た気分だ。

 風紀委員の仕事はイベントが無ければ本当にする事も少なく、放課後のパトロールや朝の挨拶運動くらいしかない。梅雨前にある中間テストが終わってからは異常にイベントが増えるらしいが、それまではこの当番制の校内パトロールをローテーションして過ごして行く。

「かなて君。ゴールデンウィークは予定あるの?」

「別に何もないですね」

 委員長は「そう」と相槌を打ってフェンス越しに校庭を走る陸上部を眺めた。以前は祭さんのおかげでソフトボールに変貌してしまったが、こうしてちゃんと回ると案外時間がかかる。校内は思ったより広かった。

 二人組で回して行くこのパトロールが僕は結構好きで、言うなれば疑似校内デートみたいな感覚だ。男子は僕だけなので、必然的に女子としか組まない。それも、委員長か祭さんと回るのだ。エミレアとは新人同士なので組まされる事は無かった。

 おかげでこうして今日も委員長と二人で世間話をしながらデートを楽しめている。

「ねぇ。かなて君」

 委員長はフェンスの向こう側から視線を外さずに、そこに手をかけた。

「何でしょう?」

「エミちゃんは最近どうかしら?」

「エミレアですか? 最近って言われても、そうですねぇ……」

「何でも良いから教えて」

 何を急に? と思いながらも僕は、ここ最近のエミレアとの行動を委員長の背中に語りかける。

「……そう」

 僕が思い出せる範囲でエミレアとの行動を話し終えると、委員長は溜め息混じりに振り向き、フェンスに背中を預けた。

「ちょっと読みが外れてきたわね」

「……どういう事ですか?」

「かなて君。エミちゃんはどうやって風紀委員に入ったと思う?」

「どうやってって。委員長がスカウトしたんでしょう?」

 それでしか入る方法が無いと聞いている。他に抜け道があるのなら別だが。

 でも、僕の答えに委員長は伏し目がちに首を横に振った。

「違うわ。頼まれたのよエミちゃんの担任にね」

「エミレアの担任に?」

「そう。この学校じゃ珍しいんだけどね。先生が生徒にお願いするなんて」

 委員長は反動を付けて体をフェンスから離す。

「明日の一時間目が終わったらエミちゃんが来るでしょう? そしたらこう言いなさい。次の休み時間は僕の方から迎えに行く。ってね」

「どういう事ですか?」

「理由はやって見れば分かるわ。何故、私がスカウト以外で風紀委員にエミちゃんを入れたのかもね」

 委員長は、今日も異常なしね。と笑う。その微笑みは何かを含んでいたけど、僕は何も言わずに頷いた。

 翌日、一時間目の終わりを告げるチャイムが校舎に響くと、程なくしてエミレアが教室にやって来る。

 いつものように、エミレアは僕の席の真横に立って、座っている僕とほとんど同じ目線で何でもない会話を交わした。

「なぁエミレア。いつも来てもらってるから次の休み時間は僕の方からそっちに行くよ」

「……わかったデス」

 エミレアは少し考えたけど、割とすんなりそれを受け入れた。

 昨晩、委員長の言葉の裏を色々と考えていた僕にとっては少し拍子抜けな反応だった。てっきり、エミレアの教室に行くのを拒まれて、そこからキッカケを掴めると思っていたのだけど。これじゃ、何も変わらない。

 委員長は一体、僕に何を教えようとしているのだろうか。

 答えは出ないまま、それでも時間はしっかり過ぎて、二時間目は当たり前のように終わりを告げる。

 先生が出て行くと、途端に気が抜ける教室。僕はクラスメイトが方々に動き出すのと同時に教室を出た。

 十分間の休み時間はハッキリ言って短い。それこそ休憩の為のものなのだから十分な時間とも言えるが、トイレに行くならまだしも、わざわざ他のクラスに行くなんて奴はよっぽどの用がある奴だ。

 大した用もないのに、それも毎休み時間、他のクラスに出向く奴は相当だと思う。

 冷静に考えるとエミレアはおかしい。その行動は普通ではないのだ。

 僕の頭に一つの仮説が浮かび上がる。

 僕はこう見えてちゃんと高校生だ。周りと比べると垢抜けていないけど、ガリ勉みたいな雰囲気だけど、高校生だ。大人に近い存在なのだ。

 小学生から見れば。

 エミレアも天才児とは言え、飛び級で博士号も取ったとは言え、まだ十一歳。

 頭脳は大人でも心は小学生なのだ。高校生の僕に憧れても無理は無い。

 自分で言いたくないけれど、多分、恐らく……エミレアは僕の事が好きだ。

 惚れているんだと思う。

 委員長はそれを危惧したんだ。高校生が小学生と恋愛なんてきっと前代未聞だ。それも風紀を正す存在である風紀委員がそれをやってしまえば、大事件だろう。

 多分、委員長は僕が迎えに来たのを見つけたエミレアの表情を見せたいのだろう。

 普段、ほとんど崩さないその無表情が変わる瞬間を。それで気付かせようとしたのだ。

 あの桜を見た時の顔で僕を見つめるエミレアを見て僕は確信する。そこで委員長はしっかり釘を刺そうとしたのだ。

 あまり、優しくしすぎるな。と。距離をこれ以上近づけるな。と。

 委員長。わかりました。

 自分としても小学生、それもあんなに可愛らしい少女を突き放すなんて心苦しいですが、仕方ありません。エミレアの将来を考えれば、その方が言いに決まっている。エミレアもきっと大人になった時に気付くでしょう。僕の、僕たちの優しさに。

 良し。エミレア。来たぞ。僕だ。さぁそこの引き戸から姿を現した僕に向かって、あの笑顔を見せてくれ。僕が最後に見るだろうその笑顔を脳裏に焼き付かせてくれ。

「エミ……うぐっ!」

 開いていた引き戸から出そうとした顔が一瞬で引き戻される。学ランの襟が首に食い込んで僕は咳き込みながら、後ろから思いっきり引っ張って来た奴を睨みつけた。

「何するん! ……委員長?」

 最後の咳払いをして襟を正す僕に委員長は口の前で人差し指を立てた。

「かなて君。静かに」

 委員長は、その人差し指を引き戸の方へ向ける。そして僕の肩を優しく叩いて囁いた。

「見つからないようにそこからエミレアちゃんを見つけなさい。良い? 見つかりそうになったら直ぐに顔を引っ込めるのよ」

 僕は口を噤んで二度頷いた。至近距離に委員長の顔がある。良い匂いがした。

 言われた通りにそっと引き戸から片目を覗かせる。少しだけ騒がしい教室は休み時間らしい雰囲気を持っていた。このクラスは僕のクラスよりも少しだけお調子者が多いみたいだ。男子も女子も分け隔てなく、楽しそうに会話している。

 ただ一人、エミレアを除いて。

「何だあれ……?」

 委員長に後ろから「しーっ」と声を掛けられる。手で口を覆った僕はもうそれ以上、その光景を見ていられなかった。

「わかった? 私がこれを見せた理由」

「見せた理由は……わかりません。でも、エミレアが何故、毎回僕の所へ来るのかは……分かりました」

 引き戸から見た光景は、あまりにもいたたまれなく、僕の心をざわつかせた。

 笑い声や、楽しそうな声が飛び交う少し騒がしい教室の中、教卓の真ん前に座っていたエミレアは、誰からも話しかけられる事無く、ただ座ったままキョロキョロと視線を動かして探していた。まだ来ない、僕の姿を探していた。

「委員長。これって……」

「そこまで深刻に考えなくていいから。詳しい話は後。とりあえず今はエミちゃんの所に行ってあげなさい」

 ほら。と背中を押されて僕は教室に入る。途端にエミレアは僕の姿を見つけてパタパタと駆けつけて来た。

「遅いデス」

「ご、ごめんごめん。トイレに行ってたら混んでてさ」

 男子トイレが混むなんて事はありえないけれど、無表情ながらに僕を見つけた瞬間、少しだけ目元が緩んだエミレアの顔を見た僕は、それくらいの言い訳しか思いつかなかった。

 ちゃんとした理由を考えられる程、頭の中に余裕が無かった。

 

 エミレアは次の休み時間からやっぱり僕のクラスに来て、昼休みも一緒に過ごした。

 ちょっとぎこちなくなっていまったけれど、なるべくいつも通りの会話になるように努めて僕は放課後を待った。

 引き戸を開けると、そこには風紀委員会室には委員長しか居なかった。

 今日のパトロール当番は祭さんとエミレアだ。僕は鞄を机においていつもの位置に腰掛ける。しばらく僕らの間には沈黙が落ちていたが、やがて委員長からそれを取り払った。

「かなて君。今日は遅くなっても大丈夫?」

「え? はい……大丈夫ですけど」

「そう。良かった。じゃあ祭がエミレアちゃんとパトロールを終えて戻って来る前に全てを伝えておくわ」

 委員長はそう言うと、真っ直ぐ僕を見つめながら淡々とエミレアの経緯とそれに付随した自分の考えを話し始めた。

「かなて君。君は野外炊飯でエミちゃんに会っているわよね?」

「あぁ、はい。管理室で会いました」

「その時にきっとかなて君を気に入ったんだろうね。あなたが何をしたのかまでは知らないけれど、その日エミちゃんは珍しく先生に話しかけたそうよ」

 委員長は僕を指差した。

「あの人は何をしているんデスかってね。多分、あなたが色んなグループを奔走しながら風紀委員の仕事をしている姿を指したんでしょう。先生はかなて君を風紀委員だと教えたらしいわ。そしたらね」

 次はその人差し指を机に落として微笑んだ。

「風紀委員に入りたいって言ったらしいわ」

「でも、それって……」

 スカウト以外では入れないのだから、そんな要望を先生に伝えても入れるはずが無い。

 委員長は頷くと浅く溜め息を吐いた。

「先生も気にしていたらしいの。かなて君も今日見たでしょう? エミちゃんのあの姿。どうやらクラスに全く馴染めていないらしいのよ。イジメられているとかではなく、ただどうしたらいいか周りも分からないうちに段々、距離が離れて行ったみたいね。腫れ物みたいに扱われてたのも良くなかったんだと思うけど。でも誰が悪いって訳でもないわ。すれ違ってそのままにしているだけ、少し離れ過ぎてしまったけどね」

「言っている事は……わかります」

 委員長の言葉が胸に刺さる。まるで自分の事を言われているようだ。

 僕もエミレアと同じような立ち位置にいる。それでも、特別扱いもされていなければ誰からも気にかけられていないけれど、教室の風景になってしまっているのは同じだ。

 でも、エミレアは小学生だ。僕のようにそれなりの経験を踏んではいない。

 いきなり放り込まれた異国の学校では多分、心細かっただろう。年齢が違うのは慣れていたとしても、文化がまるで違うのだから全然別物だ。思い描いていた高校生じゃなくて戸惑ったはずだ。あの無表情の奥で、沢山、考えていたはずだ。どうしたらいいのかを。

「多分、かなて君が初めて普通に接してくれたんでしょうね」

「普通……でもなかったですけど」

 僕はあの日のネイティブな発音を思い出す。何がポテイトゥ、だ。

「だから先生は私に頼みに来たのよ。事の全てを話してね。そして私はそれを了承した。だって私は風紀委員だから。風紀を正す、みんなの学校生活を真っ当なものにして、支えるのが私達の仕事だからね。言わばこれはお仕事の依頼のような物だったのよ。まぁ異例だけど。そして引き受けた私は、かなて君。あなたを使ってその依頼を達成しようとしていたの」

「僕を?」

「そうよ。唯一、エミちゃんが懐いていると言っても良いあなたの存在を使って高校に馴染んでもらおうと思ったの。日本の高校生に慣れてしまえば、あの子は頭が良いから周りと上手く付き合っていくようになると踏んでいたの」

 委員長は頬杖をついて首を振りながら溜め息をつく。

「でも、とんだ読み違い。どうやらかなて君とエミちゃんは私が思った以上に相性が良かったみたい。あなたといる時間が楽しくなっちゃったんでしょうね。きっと今はかなてが居ればそれでいいなんて思っているかも知れないわ。でもそれじゃ……」

「ダメ……ですよね」

「そう。そんなの健全じゃないわ。今の状態は言わば依存にも近い状態よ。エミちゃんはきっと色々諦め始めている。出来るのにやらないなんて、そんなの勿体ないじゃない。もし、本当にそうするしか道がないのならそれでも良いのだけど、あの子は違うわ」

「僕もそう思います。エミレアは小学生だけどちゃんとコミュニケーションが取れるやつです。そしてまだまだその力を伸ばせると思います。あいつは、あいつもきっと出来たらそうしたいはずです。そうした方が良いのはちゃんとわかっているはずです」

 委員長は体を起こして頷いた。

「うん。やっぱりかなて君に見せて良かったわ。任せたのがあなただったのは不幸中の幸いね。でね、かなて君。そこで私達は別の作戦に移ろうと思うの」

「別の。ですか?」

「そう。少し強行だけど、そうでもしないと現状は変えられないわ。世界を変えるにはまず自分を変えろってテレビでも言っていたし。だからその為に作戦を変更します。名付けて」

 ————近づかぬなら近づくわよエミレアです。作戦!

 委員長は高らかに宣言した。

 わ、わかりやすい。けど、完全にパクりだし字余りだし突っ込みどころ満載なのも委員長らしい。やっぱりテレビからもらった知恵なのもいつも通り。

 そのまんまの意味だろうけど、確かにそうするのが良いと思えた。待っていても何も変わらない。それは僕自身、身を以て知っていた。

「かなて君。ここから忙しくなるわよ。期限は中間テストまで。それ以降は通常の仕事がどんどん入って来るから手をつけられなくなる可能性があるの。早期決着になると思っていてね」

「わかりました。何でも言って下さい。僕もエミレアの為に全力を尽くします」

 僕は大きく頷いてみせる。使命感に燃えていた。

「そう。言ったわね。じゃあ入って来て」

「はーい! かなてー! よくぞ言った!」

「ままま、祭さん? エミレアも!?」

 勢い良く開いた引き戸からその姿を現した祭さんとエミレア。どういう事だ? パトロールに行っているんじゃなかったのか?

「かなて君。エミちゃんには祭から話してもらったわ。そしてパトロールを途中で切り上げてここへ来るように言っておいたの。あなたの言葉を聞いて欲しくてね」

「デス」

 エミレアは頷いた。一体、いつからそこに居たんだろうか。多分、そんな恥ずかしい事は言ってないよな? エミレアが僕を好きなんだと勘違いしていたとかは言っていないはずだ。はずだよな?

「さーて! かなての言葉も聞けたし! さっさとパトロールの続きに行こうぜー!」

「そうしましょう。かなて君。鞄も持って行くわよ。そのままみんなで出かけるから」

「は、はい……わかりました」

「デスデス」

 四人で風紀委員会室を後にする。そう言う事だったのか。いつまで経ってもバラバラで帰るのはエミレアと僕の距離を近づけるため。きっと委員長は相手が瀬谷奏汰なら、そこまで仲良くならないだろうと思って居たんだろう。当てが外れたと言うのはそう言う事だ。

 全く失礼な話だが、任せてもらえるほどの信頼はあったって事にもなる。

 本当に僕はこの委員会で評価が高いんだか低いんだかわからない。



「あ、みんな先に行っていて。私はちょっと寄る所があるから」

「はいよー! 嵐、道は分かってるよね?」

「そこまで方向音痴じゃないから安心して頂戴」

「はいよー! 行こうぜエミー!」

「デス」

「ほらかなても! 早くー!」

「あ、はい!」

 二手に分かれて効率よくパトロールを終えた僕たちは坂道を下り切った所で委員長だけ別の道に消えて行った。

「で、これはどこに行くんですか?」

「え? かなての家だよ? 聞いてないの?」

「は? 何を言ってるんですか?」

 少し暮れ始めた見慣れた道を通る僕は祭さんの言っている意味が良く分からなかった。

 確かにこの道は僕の居候している晴子さんの家に向かう道だけれども。そんなの聞いていない。

「かなての家初めて行くから楽しみだなー! な! エミ!」

「デス。楽しみデス」

「いやいやいやいや! ちょっと待って下さい! そんなの聞いてないし、それにいきなり押し掛けるのも人としてどうなんですか? 風紀委員としてどうなんですか?」

 僕は一人、前に出て二人を制止する。このまま訳も分からず流されてしまえば本当に僕の家まで行ってしまう。今ならまだ間に合う。阻止するんだ。祭さんに常識を求めるのはかなり賭けだけど、この人も風紀委員の端くれ。人並みのモラルは兼ね備えているに違いない。いや、そうであってくれ!

「かなてー。何にも聞いてないのー? もう嵐からお前の伯母さんに話は通してあるぜ?」

「え? えぇ!」

「だから逆に行かない方が失礼じゃん。今日、お邪魔しますって言って行かないのって人としてどーなのさ?」

「……ま、まぁ良くないかと」

「だろー? だから行かなきゃ!」

 まさか祭さんに「人として」を問われるとは思わなかった。

 しかし、話を通してあるとはどういう事だ? 嵐さんはどこで僕の家の事を知ったんだ? 一体、何を考えているんだ?

「エミー! 楽しみだなぁ! 部屋のチェックしないとな!」

「デス。探偵になるデス」

 家に来られて一番されたくない事を平気で、しようと口にする二人に背筋が凍る。

 やはりこの人に常識は通用しない。僕はこの人から部屋を守りきれるのだろうか。

 色んな事に納得がいかないまま、足取り重く二人について行く。

 本当に正しい道のりで僕の家に向かう二人を見て、これが事実なのだと確信して夕空に色の無い溜め息をついた。



 話が通っている、と感じたのは玄関開けて入って来た僕らを晴子さんが当たり前に受け入れた時だった。

 晴子さんはちょっと上機嫌でエミレアと祭さんを居間に通して、二人を眺めながらしきりに「私も若い頃はこれくらいかわいかった」と僕に豪語していた。

「で? 委員長の嵐ちゃんはあなたかな?」

「晴子さん。嵐ちゃんって……」

「あ、すいません! 私は嵐じゃなくて祭です! 秋川祭です! 嵐はもう少ししたら来ると思います!」

「あら、そうなのね! 祭ちゃんかわいいわねー! モテるでしょ?」

「全然です! 嵐はモテます!」

 やっぱりモテるのか! 僕としては祭さんも同じくらい需要があると思うのだが。

 って何だこの会話。何でこんなにナチュラルに話せるんだ?

「デス」

「な、何だエミレア」

 袖を引っ張られて隣のエミレアに視線を移すとエミレアは自分を指差した。

「あ、あぁそうか。晴子さん。それでこっちが」

「エミレアちゃんでしょ! 見て直ぐに分かったわよ! もーかわいい! かわいくて返したくない!」

「デスデス」

 晴子さんに抱きつかれても尚、表情を崩さないエミレアは最早鉄仮面のプロだった。

 晴子さんはエミレアが随分と気に入ったらしく、僕との間に割り込んで来て、出された茶を飲むエミレアの頭をずっと撫でていた。そうしながら祭さんと軽快に会話しているのだからすごい。

 ようやくこの不自然な居間の雰囲気に慣れてきた頃に呼び鈴がなる。きっと委員長だ。

「はーい! あらかわいい! 君が嵐ちゃんね!」

 玄関先で晴子さんの声が響く。廊下を歩く足音とともに委員長の声も聞こえて来た。

「お邪魔します。かなて君。これを」

 障子を開けて、委員長は会釈をして僕に白い箱を渡して来る。

「これで風紀委員全員集合よね? 今年は豊作なのねぇ! かなた以外!」

「晴子さーん! いいすぎですよー!」

「デス」

 慣れている事だ。自分でも分かっているんだからこれくらいじゃヘコまない。ヘコまないぞ!

「失礼します」

 委員長は僕の対面に腰を下ろす。目の前には美女二人、隣には美少女。そして上座には元・美女が座った。

「かなて君。それ、開けてくれる?」

「あぁはい」

 テーブルに置いた白い箱を開ける。ケーキか何かだと思ったら中身はエクレアだった。

「本日はお邪魔させていただきありがとうございます。お口に合うか分かりませんが、どうぞお召し上がり下さい」

 委員長は僕と晴子さんに深々と頭を下げた。まさか、お茶菓子を買いに言っていたとは。高校生らしくないな。

「あー! このエクレア知ってる! 美味しいよねー!」

 祭さんが身を乗り出して、箱の中身を見る。晴子さんも中を覗いて何度も頷いた。

「うんうん。ここいらじゃ有名よねこれ。嵐ちゃん知ってるねー!」

「ありがとうございます」

 どんだけ礼儀正しいんだこの人。

 晴子さんは台所から持って来たお皿を皆の前に置くと、僕の頭を叩いた。

 それを合図にちゃんと人数分あるエクレアをそれぞれの皿に置く。慣れたけど、やっぱり言葉で言って欲しい。

「いただきます!」

 祭さんが言うのを追うようにそれぞれも委員長に頭を下げる。僕とエミレア以外はこのエクレアを知っているようだったけど、エクレア自体久しぶりに食べる僕はそれを一口食べるまで、味の想像がついていなかった。

「う……うま!」

 口から声が漏れてしまう。何これ。この絶妙な甘み、食感、ふんわり感!

「デスデス」

 エミレアも気に入ったらしい。口の周りにチョコを付けているのも気付かずにパクパクと食べていた。

「エミレア。チョコついてるぞ」

「デス」

 エクレアを皿に戻さず、顔だけこちらに向ける。ティッシュで拭いてやるとまた顔を戻し、エクレアに向き合った。

「良かった。エミちゃんエクレアが好物だと言っていたからここにしたんだけど。どうやら気に入ってくれたみたいね」

「デス。美味しいデス」

 またチョコが付いている。その姿を見て晴子さんはまた、僕との間に割り込んでエミレアを抱きしめた。

「あーかわいい! エミレアちゃん! またエクレア食べさせてあげるからいつでも来なさいね!」

「あーズルいぞエミー! 晴子さん! 私もー!」

「祭。図々しいわよ。よしなさい」

「いいわよ! みんなおいでおいで!」

「じゃあ私もよろしくお願いします」

 委員長の変わり身の早さに突っ込む者はいなかった。晴子さんは両手を挙げて喜んでいるし、祭さんも毎日来るぞ、なんて意気込んでいる。

「それじゃ、これからの作戦会議はこちらでお願いしましょう」

 委員長。あんたが一番図々しいぞ!

「うんうん。本当にそうしなさい。私も楽しいし。かなたじゃ会話に張り合いが無くて」

「あははー! それ分かります! 反応がイマイチなんですよねー!」

「そうね。ユーモアは確かに足りないわ」

「デス」

「ねー? やっぱり風紀委員でもそうなんだねぇ。この前もさぁ!」

 その場に僕がいると言うのに、まるで僕がいないかのようにバッシング大会が始まる。

 共通の標的を見つけた四人はすっかり意気投合して、エクレアを食べ終わった後もしばらく続いた。何よりエミレアまでそこに賛同していたのが一番、衝撃だった。


「さて。そろそろ本題に入りましょう」

 委員長は散々罵って満足したのか、すごくスッキリした顔で話を戻してくれた。実際、大した事は言われていないけど、ここまで全員に気持ちを共有されるとリアリティがあってキツかった。

「あ、話は聞いてるわよ。エミレアちゃんの事でしょ?」

「デス」

 エミレアは晴子さんの腕の中で頷く。もうガッチリホールドされている。

「そうなんです。もし良かったら大人の意見も聞かせていただけると嬉しいです」

「まかせなさい! そういうのは得意よ!」

「私も私もー! いっぱい案考えて来たー!」

 エミレアの状況を変える為の『近づかぬなら近づくわよエミレアです。作戦』はどういう攻め方をするかが肝心だ。

 本筋に入った途端にすっかり悪ふざけムードは消えて、作戦会議は真面目に進行していった。

「では、お邪魔しました」

「お邪魔しましたー!」

「おじゃましましたデス」

 また来てね! と手を振る晴子さんに三人は頭を下げながら戸を閉めた。外はそれなりに暗くなっていたので、送って行こうかと言ってみたけど、断られてしまった。そこで押せないのが僕のダメな所かも知れない。

「ほら。ぼーっとしてない。夕飯の仕度するからお風呂入っちゃって!」

「いて! はーい……」

 叩かれた頭を擦りながら、浴室に向かう。

「あ、そう言えば僕の部屋、入らなかったな」

 服を脱ぎながら、道中で危惧していた事が全く行われなかった事に気付いた。

 湯船に浸かりながら、今日を振り返る。正に真剣そのものだった作戦会議の雰囲気と、普段のおちゃらけた雰囲気。本当に嵐、祭コンビは切り替え方がすごい。だからこそどこまでが本気なのかわからないのだ。いや、どれも本気なのか。

 全力でふざけて全力で真面目にやる。きっと作戦会議が素晴らしいアイデアの登場により、早々に終わってしまったら宣言通り、僕の部屋の調査が始まっていただろう。

 エミレアもエミレアだ。祭さんにどう説明されたのか分からないが、受け入れが早過ぎるだろう。ああいうのってもう少し恥ずかしがって嫌がっても良いと思うんだけど、エミレアは表情も変えずにしっかり作戦会議に参加していた。

 物わかりの良さは小学生どころか、高校生を超えている。間違いなく、僕以上だ。

 きっと僕がそんな事言われたら、まずは否定して遠慮する。何度も断り続けて、押しに負けるといった構図がしっくり来る。

「エミレアも大概だなぁ……」

 立ちこめる湯気に呟く。風紀委員会はやはり計り知れない。

 でも、自分もその一員。置いて行かれるわけにはいかない。

 のぼせそうな頭で、明日からの作戦を思い返す。僕も切り替えなくては。

 両頬を叩いて、気合いを入れ直した。


 作戦は、あのメンツなのだからそれはもうバラエティに富んでいた。

 まずは祭さんの「イメチェン作戦」

 最近は専らハーフアップだったエミレアの髪型を変えて、みんなの興味を惹こうというシンプルなもの。

 その髪型どうしたの? とか、何でもいいからまずは話しかけられようと言う事で選ばれた髪型は……

「あれってやっぱり……」

 引き戸から様子を伺う僕に祭さんは大げさに頷いて親指を立てた。

「バク盛りだぜー! っぷぷぷ!」

 祭さん、笑っちゃってるじゃないですか。それに委員長、廊下の窓に手をかけて顔を伏せても、震えているその肩で笑っているのバレバレです。

 エミレアのバク盛りはインパクト大だった。

 ただ、大きすぎて逆に周りは近づけなかった。確かに注目は集めていたが、みんなヒソヒソと何が起こっているんだと話し合っていて、距離はちっとも近づいていない。それどころか、増々、理解出来ないという印象を持たれてしまった気がした。

「デスデス」

 無表情でこちらに振り向くエミレア。

 途端にヒソヒソ声は止まって、目を逸らすクラスメイト。

 何かを期待しているのか少し顔を赤らめているエミレアに、僕は笑いを堪えながら親指を立てた。

 ごめんエミレア。僕の口からは言えないけど……その作戦は失敗だ。


 続いては晴子さんの作戦。

 エミレアはその場にいるだけで可愛いのだけど、食べている時が更にかわいいと言うので昼食を教室で食べさせる。それも一人で。しかもみんなの方を向いて……つまり教卓で。

 果たしてそれだけで本当に良いのかと不安に駆られるが、晴子さんの年の功に任せて見守る事にした。

 昼休み。髪型を戻していつものエミレアになって教卓に弁当を置く。が、何ぶん背が低いので、胸から上しか見えていない。ほとんど限界まで肘を上げて教卓に乗せながら、モグモグと食事をしているエミレアは……正直、かわいかった。

「やばー! 晴子さんの狙いあたってるー! エミすげーかわいいよ! ほらほら!」

「もう。祭は騒ぎすぎよ。静かにして。変に勘ぐられたくないんだから」

 そういう委員長はフラッシュ焚きまくりでデジカメのシャッターを切りまくっていた。

「嵐! 後でチェックさせてー!」

「もちろんよ。ベストショットは委員会室に飾りましょう」

 尚もシャッターを切る。先輩、しかも美人二人にシャッターを切られまくっている教室からは、一人、また一人と人が減っていった。

 それはそうだろう。こんな状態で呑気に飯が食えるのは、よく分からない体勢で無表情にパクついているエミレアくらいなものだ。

 もしかしたら、作戦は成功していたかも知れない。

 あの姿は確かに良かった。話しかけられなくともポイントは上がっただろう。

 だが、この先輩二人によってそれは阻止されてしまった。

 気付けば教室で飯を食べているのはエミレアだけに。そしてそれを撮影している二人ももう教室どころか教卓前まで来て撮影に没頭していた。


「はぁ……昼食の作戦はかなり良い線行っていたのに……」

 委員会室で委員長はデジカメの中身をチェックしながら溜め息をつく。ダメにしたのは自分だと気付いていないのだろうか。

 祭さんも隣で中身をチェックしながら「あ、これいーじゃん!」と能天気に選別している。昨日の真剣味は何処へ行ったのか。

 その日の作戦はこれで全て終了。明日、今度は委員長の作戦を決行する。

 それで結果を出せなかった場合は、また僕の家で作戦会議だ……。



 委員長の作戦は先の二人と違い、それこそしっかりと「近づかぬなら近づく」作戦だった。

 ただ、その内容は作戦と呼べるものではなく、委員長自ら教室に出向き、クラスメイトへ片っ端からエミレアを連れて話しかけに行くという「突然プレゼン大作戦!」というシンプルと言うか考え無しと言うか……唯一しっかり名前を付けているのも委員長らしかった。ちゃんと韻も踏んでいるのが少し憎い。

「行くわよエミちゃん」

「デス」

 昼休み。弁当を片手にモグモグと食べながら教室に侵入する二人。ここまでくると行儀とか関係ないんだろう。風紀と行儀は関係ないのだろうか。

「ちょっと良いかしら。あら、素敵なお弁当ね」

「デス」

「あ、ははは……ありがとうございます」

 強引な割り込み方に会話を阻まれた二人組の女子は愛想笑いを浮かべていた。明らかに困惑している。

 昼の団欒を邪魔されても嫌な顔しないのは素晴らしい。だけど、その人にはハッキリ言わないとダメだ。どんどん来るぞ。

「あ、そうだ。それなら一緒に食べましょう。みんなで食べた方が美味しいってテレビでも言ってるわ」

 それなら、とは一体……お礼を言うなら一緒に食べましょうかという事か?

 委員長とエミレアは椅子を用意せず、女子が座る椅子に無理矢理座ろうとした。

「ごめんなさいね。空いている椅子が近くになるから半分借りるわ」

「デス」

「あ、あははは……ね、ねぇ?」

 顔を見合わせる女子の顔は愛想笑いから苦笑いに変わっている。まずい。これは逆にポイントマイナスになってしまう。

 僕はあらかじめ決めていたサインを必死に送った。

(そこを離れろ!)

 しかし、委員長はそれが不満らしく(何故?)のサインを送って来る。

 これはマズい。あの人、今いい感じだと思っているに違いない。

 良く見てくれ。女子二人とも笑っているだけで何も喋っていない。エミレアもモグモグと食事をしているだけでほとんど相席の意味を成していない。

(向こうにもっと良さそうなグループを発見)

 僕はそうサインを送った。こうなったら餌を撒くしか無い。こうすれば委員長は絶対に食らいつく。あの人はそういう人だ。

(了解。あの男子グループね)

 かかった! やはり読み通り!

 あの人はこうしてプラスな事を言えば動かせる。自身の行動がマイナス効果を出しているとは決して信じない人間なのだ。僕が指したのはもう一つ向こう側にいる女子グループだったのだがそれはもう仕方がない。直ちにそこを離れさせる方が先だ。

「あ、そうだ。エミちゃん。向こうの人と約束があるのよね。行きましょうか。ありがとうお二人とも。楽しい食事だったわ」

「デスデス」

「あ、いえ! こ、こちらこそ」

 無理矢理な理由で去って行く委員長とエミレアを安堵の表情で送り出す二人はきっと深く考えるよりもやっといなくなってくれた喜びが勝っていたのだろう。

「ごめんなさい。ちょっといいかしら」

「あ、は、はい!」

 楽しそうに食事していた男子グループの一人がビックリした表情で声を上げた。

「エミちゃんが一緒に食事したいみたいなんだけど。ご一緒しても?」

「どどどどうぞ!」

 男子二人が席から立ち上がり、近くの机の上に座り直す。エミレアと委員長は頷き合ってその椅子に座ると何となく緊張した空気が流れ始めた。

 そりゃそうだ。いきなりあんな超絶美女が食事の場に加わったらどうすればいいかわからなくなる。意味も分からないし。小学生は無言で弁当食べてるし。

「みなさんは得意科目とかあるのかしら?」

「は、はい! 僕は生物が得意です!」

「ですってエミちゃん。エミちゃんも得意よね」

「デス」

 しっかりと頷くエミレアを見て男子はそれ以上何も言わなかった。天才少女に敵う訳が無いのだから、当然っちゃ当然だ。得意のレベルが違うだろう。

「みなさんのご趣味は何ですか?」

 委員長は妖艶な微笑みを浮かべて問う。それはまるでお見合いコーディネーターのようで、やっぱり変な緊張感を持たせていた。

「趣味……ですか。つ、釣りとかですかね?」

「あら。釣りをなさるのね」

 何故かいつもと違う上品な笑い方をする委員長はもしかしたら自分の見え方を意識しているのかも知れない。まぁ、人と人とをくっ付けると言う大義的には同じなのだけど、そこまでやらなくてもいいと思う。

「エミちゃんは釣りやるのかしら」

「やらないデス」

「そう。じゃあ他の趣味は?」

 いやいやいや! そこ広げようよ! 折角言ってくれたんだから! じゃあ今度連れて行って下さいとかさ! 何でもあるじゃん! どうしてそこは食いつかないんだよ! ほら! もう意気消沈しちゃってるじゃんその人!

 僕はまたもや見ていられず、サインを送る。

(広げて! 広げて!)

 委員長はサインに頷いた。そして立ち上がる。

「みなさん! 折角ですからみんなで食事しましょう!」

 僕は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。そして心の中で力の限り叫ぶ。

 (輪を広げろって意味じゃねーよーーーー!)


 もちろん、そのまま委員長は強引に大きな輪を作るが、逆効果もいいとこで、誰も口を開かない。いや、厳密には開いているのだがそれは食事の為であって、会話の為に口を開いているのは委員長とエミレアだけだった。

 エミレアも「デス」しか言ってねーし。

 ただ、僕にはこの一連の流れである閃きが生まれていた。

 もう、これしかない。って言うか最初からこうすれば良かったんじゃないかってくらいの名案が出てきた。

 それを考えれば、この昼休みも無駄ではなかった。無駄ではなかった。

 そう自分に言い聞かせなければ、心苦しさで押しつぶされてしまいそうだった。

「で、かなて君。その案って何かしら?」

 放課後の委員会室で少し不機嫌な委員長は僕に言う。あまり結果が奮わなかったのがやはり納得がいっていないらしい。

「かなてー! 早く教えてよー!」

「わかりました」

 僕は席を立ち、隣のエミレアを指さす。そして自分の頭を指差して叫んだ。

「名付けて! 一緒に困難を乗り越えた奴らは固い絆で結ばれる作戦!」

「かなて君。言っている意味が良く分からないわ。なんで自分の頭を指差しているの? まさか自分が能無しだとアピールしているのかしら?」

「かなてー! 良くわかんなーい! ハッキリ言えよなー!」

「デスデス。分かんないデス」

 何故、僕が発言するとこうも反応が違うのだろうか。誠に遺憾である。

 僕は気を取り直して、説明に入る。あの昼休み、会話の中で見つけたヒント。

 それは頭の良さ。天才少女と言うネームバリューを使った作戦だった。

「つまり、中間テストの勉強をエミレアが教えてあげるんです! この秋城高校に入って初めての定期考査ですから、天才達とは言えそれなりに不安もあるはず。そこで、誰もが認める実績を持つ、海を越えて来た天才少女の登場です! エミレアならではの対策を皆に伝えて要点を押さえた勉強法でクラスの不安を取り除き、尚かつ結果を出す! そうすればエミレアとの距離も自然と縮まるし、元々勉強好きが集まっているんだから常に学業の話は尽きないはずです! これで徐々にお互いを知っていけばいつの間にか仲良しになっている。そんな作戦です!」

 身振り手振りを使って大げさに説明してみた。そうでもしないと何かごまかせない気がしたから。

 そう。これも大した作戦じゃない。別に誰でも思いつく作戦だ。こうやって仰々しく説明するには少し弱い。だから僕は大げさに言ってみた。作戦に名前を付けた委員長のように。

「驚いたわ。かなて君。名案じゃない」

「うーん。かなてにそんな才能があったとはなー。これから参謀役はかなてになるのかねー」

「デス。やるデス」

 引っかかった! やっぱり単純だこの人達!

 僕の作戦に三人は乗り気で、早速明日から実行に移す事になった。最初はほとんど無理矢理居残らせる事になるだろう。委員長がその役をかって出たのだから。僕にはそれを断れる権限は無い。

 パトロールはエミレアを外したローテーションを組み直した。これからは毎日、エミレアの勉強会が放課後に行われる予定だからだ。

 明日からはちょうどテスト一週間前。部活も休みに入る。我ながらベストなタイミングだった。


「うんうん! 上手くやってるねー!」

「はい。安心しました」

 引き戸の隙間から教室を覗いて僕と祭さんは安堵する。

 僕の読みは完全に大当たりした。

 委員長によって強引に残らされたクラスメイト達だったが、淡々と単語ブツ切りでもしっかりとわかりやすく説明するエミレアのテスト対策は分かりやすく、次の日には全員自らの意志で居残っていた。

「デス。だからこうなるデス」

「すごーい! エミレアちゃんわかりやすい!」

「じゃ、じゃあこれはこうすればいいのか?」

「その通りデス」

 頭の良い奴らは一聞いて十を知る。勉強会はおかげで全く躓く事無く、誰も置いて行く事無く進んでいるようだった。

「大丈夫そーだねー。行こっか」

「はい。そうしましょう」

 僕たちはそっと引き戸を閉めてパトロールに戻った。わずかに聞こえたエミレアの声が少しだけ明るくなった気がした。

 委員会室に戻ると僕が帰り支度をする横で、祭さんはノートを広げ始めた。

「あれ? 祭さん勉強していくんですか? ってか眼鏡!」

「うるさいなー。勉強するときだけだよ。別に似合わないのは知ってますー」

「いやいや! に、似合ってます!」

 本心。ギャップ最高。

 赤縁の眼鏡をする祭さんは一気に理知的になり、スポーティーさが薄れるとなんかもうエロくて良い感じだった。この良さは清廉な委員長には出せまい。素晴らしい。

「かなては勉強いーの? 秋城のテストって結構むずかしーよ?」

「そうなんですか?」

「うん。もう応用ばっか。量も多いし自分で勉強してないと絶対出来ないぜー?」

「そうなんですか。それは良い事聞きました。家帰ったらやります」

「それがいーよ。私はもう少し残っていくから。じゃーねー」

「はい。お疲れさまでした」

 僕は鞄を肩にかけて、委員会室を後にした。

 正直、勉強はちゃんとついていけているので、応用くらいなら何とかなりそうだけど、祭さんがああやって勉強しているんだからやっておいた方がいいんだろうな。

 風紀委員が成績悪かったら示しが付かないし。委員長にも怒られたくない。

 テストも近いのに、プレッシャーは無い。それよりも作戦が上手くいった達成感がすごく心地よかった。

 足取り軽く家路に付く。今の僕には恐いものなんて無かった。


 ————無かった。はずだった。


「————う、嘘だろ……」

 中間テストが終わって休みを挟んだ翌々日には結果が張り出される。日本一の進学校たる所以か、この秋城高校はそこら辺がすごくしっかりしていた。

 学年別に張り出された結果は昇降口の壁にデカデカと一位から最下位まで記されていた。

 クラスと名前。見れば一発で自分が分かる。でも、

 【一組 瀬谷奏汰】

 僕の名前は中々出て来なかった。

 すごく分かりやすい位置にあったのに。最後の最後に行き着くまで出て来なかった。

 そう。僕の名前は張り出された紙の一番右端。

 最下位の場所にあった。


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