第三十話 マッドサイエンティストテリトリーその13
今度はラグネイトが困惑する番だった。
「何を言っている? エクスディアスはお前たちのボスだろうが。なぜそれをアルティメイツが倒すんだ」
当然の疑問である。
このオルティスを滅ぼしたのはエクスディアスとそれを支持する魔導士たちなのである。
始めて魔導士たちの楽園を作り上げた最強の魔導士エクスディアスにすべての魔導士は心酔している、それが一般に知られているはずの事実だ。
だがレンブラントは大きくかぶりを振る。
「魔導士の中にもヤツを見限った者もいるということだ。ヤツが定めた法典は魔導士の可能性を否定するものであり、我々は魔道の神髄から遠ざけられてしまっている。知らずに鳥かごの中に飛び込んでしまったようなものだ。くすぶる魔導士たちがエクスディアス打倒を考えるのはむしろ必然ですらある。アルティメイツの中にもな」
魔道都市オルティスに内乱の兆しがあること。そしてその思想が最上位であるアルティメイツの中にも芽吹いているという事実は衝撃的であった。
「なぜオレをスカウトする」
「貴様はエクスディアスを知らんだろう。ヤツの魔道は底知れん。我々の数歩先を進んでいると言っても過言ではない。そんな化け物相手にこちらも戦力が必要なのだよ。それがたとえ魔導士殺しの反乱者だとしてもな」
レンブラントはラグネイトを指さしながら宣告する。
「エクスディアスですら成し遂げていない魔道があるとすれば、不老不死の秘術と魔道を無効化する力の二つくらいなものだ。貴様はその内の一つを持っている。勧誘するには十分な理由だろう。それにキサマらがこのまま戦い続けていてもいずれジリ貧になるのは目に見えている。ならば我々と手を組み二等市民としての地位を得るのはお互いにとってタメになることだとは思わんか」
エクスディアスを倒すことはラグネイトにとっては絶対に果たさなければならない必須事項だ。
そしてオルティスにおいて最高位を与えられているアルティメイツが仲間となるならば、それは魅力的な提案にも聞こえる。
「……グラムだったら考えたかもしれんな」
「何?」
「たしかにオレはエクスディアスを殺すためにオルティスに戻ってきた。だがそれだけじゃない。大前提があるんだよ」
ラグネイトは懐から最後の刃を取り出しレンブラントを斬りつける。
交渉決裂を言葉ではなく行動で示すために。
「オレはオルティスの全魔導士を殺しにきたんだっ!! もちろんお前も例外じゃないっ!!」
レンブラントの炎が出力を上げラグネイトの刃を溶解する。
「まったく度し難い愚か者だ。ならばキサマを殺したあとにその身体にじっくり聞くとしようかっ!!」
レンブラントはラグネイトに向かって前蹴りを繰り出す。
炎の螺旋と肉体強化の収束点はほぼレンブラントに密着している。
これを消すためにはラグネイト自身がレンブラントに触れるしかない。
ラグネイトは両手でレンブラントの足を掴みにかかる。
だが軌道が途中で変わりラグネイトの肩にクリーンヒットする。
「くっ!!」
「魔道が消せるだけで勝った気になったか! フレアマント着用時のみ使用可能な炎式操身術がこちらにはあるんだよっ!!」
レンブラントの脚が連続で繰り出され壁のようになって迫る。
それをラグネイトはさばききれずにジリジリと後退する。
先ほど直撃を受けた肩からは異常な痛みが断続的に襲ってきて脂汗が止まらない。
「くっ、クソが!!」
バフを受けているレンブラントの体術は、歴戦の格闘家のようにしなやかでとらえどころがなかった。
ラグネイトは自棄にならないように自制するしかない。
なんとか触れることさえできれば勝機はあるのだ。
「うおおおおおっ!!」
レンブラントの攻撃が止んだ瞬間を見計らってラグネイトは殴り掛かる。
しかしレンブラントは片足を軸にして回転するとその攻撃を受け流し、そのままの勢いでラグネイトにひじ打ちを見舞う。
ラグネイトの目のまえに星が飛び、意識がブラックアウトしかかる。
「うっぁ」
千鳥足になりながらなんとか転ばないようにバランスをとるラグネイトをレンブラントは嘲笑しながら眺める。
「先ほどの威勢はどうした。私を殺すとかなんとか言っていたようだが。今から地に這いつくばって謝罪でもすれば考えてやらんこともないぞ」
「ふ、ふざけるな!」
なんとか意識をつなぎ留めながらパンチを繰り出すラグネイト。
だが軽くいなされてしまう。
「そんな攻撃が当たると思っているのか? カカシの頭には本当にワラでも詰まっているようだな」
レンブラントはその低速で繰り出されるパンチをいなしながらラグネイトの胴に回し蹴りを見舞う。
ラグネイトは派手に吹き飛びながらベッドの一つに激突してそのまま動かなくなる。
「キサマは奇襲でもしなければこの程度なのだよ。見ろこの圧倒的な実力差を。どうあがいても埋めようがあるまい」
レンブラントの挑発も頭の中を素通りしていく。
ラグネイトは思考することが困難になっていた。痛みを発する信号が脳の全容量を占めていた。
もはや使命を果たさんとする意志だけがラグネイトの身体を動かしていた。
数秒かかってラグネイトは立ち上がる。
その様子がレンブラントの嗜虐心をより刺激し、レンブラントは必要のない跳躍をした。
すでに決着は見えていた戦い。
しかし最後にレンブラントが見せた勝者の余裕、ラグネイト的に言えば魔導士の驕りが勝敗を分けた。
着地と同時にレンブラントは大仰にバランスを崩したのだ。
なにが起きたのか、レンブラントは分からなかった。
見ると足元に何か泥状の物体が広がっていた。
それは魔道研究所で犠牲となった者たちの成れの果てであったことをレンブラントは知らない。
「なっ、なんだコレは!? し、しまっ」
その隙を見逃さずにラグネイトは飛び出した。
最後の力を振り絞っての全身全霊のタックルをレンブラントはかわせなかった。
そしてガッチリとレンブラントを両手でホールドしてラグネイトはその動きを封じた。
途端にレンブラントにかけられた魔導の力が消失し、レンブラントの本来の姿が露わになる。
「………これがアルティメイツか……」
骨の固い感触が直に伝わる。
筋肉もほとんどなく、弱弱しいやせ細ったただの中年の男の身体がそこにあった。
「キサマっ!! 離せっ!! 離さんかっ!!」
必死で抵抗するレンブラントの力は想像以上に弱かった。
だが悲しいかな、満身創痍のラグネイトにとってはこの程度の抵抗でも抑え込むのが精いっぱいであった。
ラグネイトは仮面の奥で笑う。
背伸びして気を張ってここまで来たが、自分にはこの程度のことしかできないのだと。
無力感が全身を包み込んだ。
だが、せめてこの邪悪な魔導士だけはなんとしても葬り去らなければならない。
その使命感だけがあった。
だからラグネイトは叫ぶ。
「バアトル!! 敵は目の前だっ!! 一気に貫けっ!!!」
「な、なにを言っている」
ラグネイトの叫びに呼応して影が立ち上がる。
全身を焼かれひん死の状態だったバアトルだ。
まだ皮膚は赤くただれており、まぶたも膨れ上がっていたが、全身から発せられる闘気だけは復活していた。
「な、なんだ、なにが起きている」
背後の殺気に気づいたのかレンブラントが手足をバタつかせる。
ラグネイトは折れた腕に喝を入れてその動きを封じ込める。
「残念だがお前はここまでだ」
「し、正気なのか、お前もタダでは……まさか――」
レンブラントが何かを察して抵抗を強める。
その間にバアトルが拳を握りしめて上体をひねる。
筋肉が膨れ上がり力が凝縮されていくのが視覚的にも分かった。
その目指すところは目の前にいる憎き仇敵。
「や、やめろ、死ぬつもりか」
レンブラントの目から涙がこぼれ落ちる。
その醜悪さにラグネイトはこの選択が正しいのだと心の底から思う事ができた。
「お前を殺せれば本望だよ」
そしてバアトルが正拳突きを放つ。
拳が空気を裂く音が研究所内に響きわたり、レンブラントとラグネイトは一緒に貫かれながら絶命した。




