第二十九話 マッドサイエンティストテリトリーその12
アバラから悲鳴が上がる。
内臓には刺さってはいないようだが、何本かは折れたようだった。
挑発の代償としては決して安くはないが、思わぬ収穫もあった。
バアトルのすぐ近くまで飛ばされたことだ。
耳を澄ますとバアトルの息遣いが聞こえてくる。
まだ生きている。
いや、むしろ先ほどよりも呼吸は力強く規則正しくなっていた。
(そう言えばコイツはあの黒コゲ状態から生還したんだったな……)
ラグネイトが寝ている三日間でひん死の状態からやかましいくらい元気はつらつとなった筆頭反乱者。
まだ出会って間もないが、ラグネイトはこの大男を信用していた。
「……バアトル、敵はレンブラントだ。特殊な魔導士でオレは今から最後の賭けに出ることになる。どこまで通用するかは分からんが、とにかくやれるだけはやってみるつもりだ」
バアトルからの返答はない。
しかしラグネイトは構わず続ける。
「もしお前が目を覚ました時にチャンスがあったら躊躇しないでくれ。お前がなすべきことをしてくれ。それだけが望みだ。なにアルティメイツを二人も殺れれば及第点といったところだろう」
無言のバアトルにラグネイトは苦笑する。
だがラグネイトは自分の意図は伝わったと信じ、晴れやかな気持ちで立ち上がる。
すべてのことに感謝したいとすら思うほど心は澄んでいた。オルティスに来て初めてのことであった。
(ヤキが回ったか)
およそ戦いの場において不釣り合いな感情に支配され、ラグネイトは自嘲する。
「……やれやれ不意打ちとは、アルティメイツらしい卑怯な手口だな」
糾弾するようにラグネイトはぼやく。
レンブラントの苦々しい表情が目に浮かぶようだ。
この男は扱う魔道とは真逆で、実に冷静な男である。
だが、それ以上に内心あせっているのではないかとラグネイトは推察した。
魔導士が接近戦を挑んできた。
そのなりふり構わない行為に、レンブラントの事情が透けて見えた気がしたのだ。
細かい事情は知る由もないが、この男の判断力を削ぐにはそこを突くしかない。
「残念だがお前の目当てのモノはもうここにはないぞ。いや、このオルティス中をさがしてもどこにもないだろうぜ」
「……なんだと」
レンブラントの声が凄みを増す。
ここが急所で間違いなさそうだとラグネイトは確信する。
「うすうす感づいてはいただろう。それとも考えたくはなかったか。この場所に反乱者が二人もいてのんびり観光でもしていると思ったのか? だとしたらとんでもない愚か者だなお前は」
レンブラントの目が見開かれ、そしてワナワナと震え始める。
あともうひと押しだ。
「あの異形は生命の樹と呼ばれているらしいな。まったくオレたちの仲間をあんなにしてくれて実に悪趣味な話だよ。あまりにも見るに堪えなかったから二人でさっき切り倒してきたんだ。だからもしお前の大事な誰かがケガでもしてるとしたらもうあの樹は頼れない。お得意の魔道に頼るがいいさ。……ああ、でもダメなんだったな。たしかお前たちの王様がそれを禁止してるんだっけか。フッ、実にマヌケな話だよ。よければオレのツバでも塗っといてやろうか?」
この場所にレンブラントが単独で訪れる理由はこれしか考えられなかった。
法典に反する禁忌の研究、生命の実。
ラグネイトの発言は予想通りだったようで、レンブラントの表情から冷静さが消え去り、何事かをわめき散らしながら炎を噴出させた。
激昂したレンブラントが接近戦をしかけてきてくれれば勝機はある。
いや、そこにしかないといっていい。
だからラグネイトは身構える。
今度こそレンブラントの動きを捉えるために。
「なんだとっ!?」
だが予想に反して、レンブラントが取った行動は炎の壁の魔道だった。
ラグネイトの四方に一瞬にして炎の壁が立ち、圧殺するようにラグネイトに向かって迫って来る。
この魔導が通用しない事はレンブラントもすでに承知のはずだというのに―――
ラグネイトの全神経が告げる。
ここから先の判断を一つでも間違えば―――待っているのは死だ、と。
「うおおおお!!!」
ラグネイトは身を乗り出すとまずは前方の炎の壁を消滅させる。
そして消えゆく炎の隙間からレンブラントが迫って来るのが見えた。
(目くらましで使ったのか!!)
レンブラントはまったく冷静さを欠いてはいなかった。
それどころか炎の壁を使ってラグネイトの視界を奪うという小細工まで仕掛けてきた。
より確実に命を奪わんがために。
その態度に敬意を表しつつ、ラグネイトは腰を落としてレンブラントを待ち構える。
ギリギリまで引き付ける必要がある。何よりレンブラントの動きに目を慣らしておきたかった。
壮年とは思えない程のスピードで迫るレンブラントの動作は、ラグネイトの予想通り魔道による補助を受けているようにしか見えなかった。
距離を置いたことでその様子がハッキリと分かった。そしてその動作に呼応するかのように激しく燃え上がる炎の螺旋は、自らが肉体強化の魔道と一体であると物語っているかのように見えた。
「賊がっ!! くたばれッ!!!」
レンブラントの拳が炎をまといながら飛んでくる。
その軌道に合わせるようにラグネイトは一歩前に踏み込み拳を前へと突き出す。
腕が交差して特殊繊維のコートへ炎が燃え移る。
炎は勢いを増しながらラグネイトの全身へと燃え広がっていく。
それと前後しラグネイトの拳がレンブラントの顎をかすめる。
クリーンヒットにはすこし踏み込みが足りなかったが、それでもラグネイトは満足した。
これで結果が出るはず。
「ぐっ」
苦悶の声をあげたのはレンブラントだった。
かすめただけだというのにレンブラントはダメージを負ったようである。
そしてラグネイトを燃やし尽くさんとしていた螺旋の炎も同時に消え去る。
ラグネイトの見たかった光景がそこに広がっていた。
「ようやく分かった……。魔道の効果と収束点はイコールではないんだな」
目の前の霧が晴れたようだった。
さわやかな気分でラグネイトはつぶやく。
レンブラントはふらつきながら二、三歩後退するとまた炎の螺旋を出現させた。
だが気持ち出力が落ちているようにラグネイトには見えた。
「なんだ? 今のは? なぜフレアマントが消えたのだ? キサマ、まさか本当に魔道が消せるとでもいうのか?」
レンブラントは素で驚いているようで、先ほどまでの邪気がその表情から全て消え去っていた。
「魔道なのか? それとも他の力なのか? いったい何をどうやっている?? なぜそんなことが可能なのだ?」
驚愕するレンブラントに同情する余地はなかった。
「さっきから何度も見せていただろうが」
「では本当に? 本当に魔道が消せるというのか……」
がっくりとうなだれるレンブラント。
その表情を伺い見ることはできなかったが、よりどころとなる魔道が封じられ絶望したのだろうとラグネイトは思った。
キッカケはやはりレンブラントが接近戦をしかけてきたことだった。
魔導士の不遜な態度をラグネイトはオルティスでイヤというほど見てきた。
魔道を絶対視するあまり、魔導以外の行動を本能的に下賤だと決めつけてしまっている視野狭窄っぷり。
そんな魔導士たちが崇め奉っているアルティメイツという存在が、相手を直接殴りに行くという蛮行に手をそめるのは納得しづらいものがあった。
だから考えた。
もしかするとレンブラントはただ殴りに来たのではなく、肉体強化の魔導を使用して接近戦を仕掛けたのではないかと。
それならばアルティメイツとしての矜持も守れるし、実利にもかなっている。
そう考えるとレンブラントの俊敏さにも納得がいくものがあった。
それと同時にあのやっかいな炎の螺旋の正体も見えた気がした。
レンブラント程の魔導士ならば肉体強化と炎の魔道を一体化させることができるのではないだろうか、と。
それならば炎の螺旋が秘面の力で消失しなかった理由付けにもなる。
そして次の疑問はでは肉体強化の魔道はどこまで接近すれば消すことができるのか、ということだった。先ほど殴られた時には肉体強化の効果は消えていなかったように思えた。
単純に考えてさらに接近する必要があるのではないか、そうラグネイトは考えた。
そして命を賭けたバクチをうちラグネイトは結果を出した。
相手に触れることができれば、肉体強化と炎の螺旋を消失させることができる、と。
「もう勝ち目はない。お前に選ばせてやる。投降すれば切り刻んで殺してやる。歯向かうようならボコボコにして殴殺してやるよ。さあ選べ」
ラグネイトは意趣返しする。
レンブラントは顔を上げラグネイトを見る。
だが、その表情には笑みが浮かんでいた。
「はははははははは!! すばらしい!! すばらしいぞっ!! こんなところでこのような逸材に出会えるとはなっ!! なんという日だっ!!」
気でも狂ったかのように笑うレンブラントにラグネイトは興を削がれる。
そしてレンブラントはラグネイトの秘面の奥の瞳を見透かすように語りかける。
「キサマ私たちの仲間になれっ!! 共に暴虐の王エクスディアスを討ちこの魔都を救おうではないかっ!!」




