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魔法が効かない男の復讐譚~敵が魔法しか使ってこないので楽勝でした!?~  作者: 平 来栖


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最終話 会談

 グラムはフードを目深に被った女性と向かい合って座っていた。


「教えていただけませんか。秘面の真実を」


「……ムリヤリ人を呼び寄せておいて開口一番それですか。もっと他に言うべきことがあるんじゃないかしら」


「それだけ切迫しているということをご理解ください。こちとら厳戒態勢下のオルティスなんです。通常の通信魔法はまず使えません。この呪符の効果もそう長くは持たないでしょう」


「あら、そうなのですか」


 女性は室内をぐるりを見回す。

 部屋の至るところに張り付けられた呪符に描かれた文様を見て納得したようにうなずく。


「時空制御に座標固定……それにこの部屋はすこし特殊な構造なようですね。これなら数分間は完全なる異空間を作り出すことができますね。さすが私の一番弟子といったところですか」


「おほめに預かり光栄ですよ。では先ほどの質問にお答えください。あの秘面、ラグは数日間寝込むほどに疲弊してしまったのです。オルティスに来るまではそんなことは一度もなかったというのに。アナタが授けてくれたあの秘面にはまだ何か秘密があるはずです」


「秘密と言われましても……そんな現象は私ですら知りえないことでした。私が知っていることは全てお伝えしてありますよ」


「先生!」


「……世間では魔女ともてはやされていますが、私の本分はただの研究者です。あの秘面は南の遺跡から出土した遺物でした。厳重に封印がなされており重要な遺物であることは明白でした。そして同時に見つかった古文書には『―――すべての魔術を無効化する―――』と一文が添えられていた。その調査のために私がお預かりしていたモノです」


 出自は知っていると言いたげなグラムを女性は目で制して続ける。


「アナタもご存じの通り古今東西のあらゆる魔術をあの秘面は無効化しました。いえ、正確には秘面に選ばれた者が装着した時だけその力を発揮しました。いったいどのような仕組みなのか、他にどんな特性があるのか、更なる実証実験が必要なのです。かわいい一番弟子がその役を買って出てくれたようなので、その後の事は私よりもあなたの方がおくわしいと思います」


「そんなハズはない。アナタは最初からラグネイトが秘面を扱えることを知っていた。そうでなければ貴重な遺物をただの一弟子の従者に委ねた説明がつきません」


「おやおや、そうでしたかね。ただの気まぐれ、と言っても納得はしなさそうですね。……困りましたね。では一つ昔話をして差し上げましょう」


 ローブの女性は何もない空間から傘を取り出すと、それを広げてみせる。

 これで研究者と自認しているのだから目も当てられない。


「これも遺跡から出土したモノです。日差しを100%防ぐという説明書きがあったので私はこれを知人の吸血種にお譲りしたのです。これで太陽の下をいつでも自由に歩くことができると大層喜ばれましてね。一緒にお散歩しようということになったのですが、彼女は館を出た瞬間、燃え尽きて灰になってしまいました」


 悲しそうに目を伏せる女性。

 そもそも他人のことで気落ちするような性格ではない。

 とんだ茶番だと内心呆れるが、そんな弟子を無視してローブ姿の女性は続ける。


「あれは悲劇でした。そこで私は学んだのです。絶対的なモノなどこの世にはありえないのだと。あの傘が造られた時代の太陽と今の太陽は違ったのかもしれない。100%というのはそもそもある条件下のみでの100であって普遍的なものではなかったのかもしれない。単純に年数が経ったことで劣化してしまったのかもしれない。ありとあらゆる可能性を考慮するべきでした」


「秘面もそうだとおっしゃりたいのですか?」


「今の魔術と過去の魔術が同じとは限らないでしょう。当時の最先端が時の流れと共に陳腐化してしまうなどよくある話ではありませんか」


 女性はこれで終わりだと言わんばかりに手を叩く。

 結局この魔女は何の説明責任も果たしていない。

 今後の指針を立てるに当たって、少しでも秘面の情報を引き出さなければならないというのに。


 グラムは砂時計を見る。

 異空間での時間経過を測るために魔加工しておいた砂の残りは、すでに半分以下になっていた。


「僕は自分の魔術を先生にだけは試したことはなかった。アナタとは対等な関係でいたかったからです。でもこれ以上話を逸らすならその誓いを破ることになります。ですからどうかお願いです。真実を教えていただけませんか」


「…………」


「先生!」


「…………」


「…………先生…………」


 グラムはがっくりとうなだれる。そして自らの瞳に魔力を込める。

 グラムは生まれながらに誘惑の魔眼を持っており、この瞳で見つめられればどんな異性もグラムの虜となってしまう。

 例外はない。

 この部屋を提供してくれた身持ちが固いと評判の通信局長の妻ですら一瞬で陥落した。

 魔力で生み出された異空間で果たして通用するかは分からなかったが、試す価値はあるだろう。


「一つ、あるとすれば」


 その時、魔女が口を開いた。

 先ほどと比べトーンが一段下がっている。

 グラムは顔を上げる。

 

「秘面に添えられていた古文書は見切れていました。完全なものではなかったのです。もし『―――すべての魔術を無効化する―――』というあの一文に前置きや続きがあったとするならば、どんな言葉だったのだろうかと夢想することはありますね」


「……先生はなんとお考えなのですか」


 グラムは確信する。

 やはり魔女は全てを知っていたのだと。知った上で伏せているのだと。

 これから語られることこそが秘面の真実。


「そうですね。秘面は何重にも封印がなされた鋼鉄の箱の奥底で溶かした銀に覆われた状態で発見されました。一目で触れ得ざるモノだと分かるように。ですからきっとこう書かれていたのだと思います」


 そして唇が言葉を紡ぎ出す。

 やがてすべてを言い終わった魔女の姿が透明度を増していく。

 四方に貼りつけられた呪符から煙が上がる。

 ムリヤリつなげていた空間が音と光を飲み込みながら、元の世界へと回帰していく。

 

 一人きりになったグラムは、ゆっくりと最後の言葉を反すうしていた。

 なぜ師匠がかたくなだったのかを、グラムは理解していた。

 と同時に背筋に冷たいものが走っていくのを感じた。


『警告:この秘面は―――すべての魔術を無効化する―――のみならず、ありとあらゆる事象を消し去り世界を終焉に導く呪いを秘めている。制御は不可能であるためここに厳重なる封印を施す。何人たりともこの封印を解いてはならない。この封印を解くことは世界の終わりと同意儀だと知れ』


「……さすがに冗談ですよね。そんな恐ろしいモノの実証実験を僕らにさせているなんて」


 その問いに答える者はすでにこの部屋のどこにもいなかった。



―――――――――――――――――――――



 大男、バアトルはラグネイトを引きずりながらゆっくりと歩いていた。

 全身から激しい痛みが断続的に襲ってきていたが、分泌されるアドレナリンの量が痛みのシグナルを完全に遮断しており興奮が勝っていた。

 憎き仇敵をこの手で討ち倒したこと。そしてそれを可能にした男の存在。

 黒コゲの皮膚の合間からのぞく表情筋が、ピクピクと痙攣しているのは微笑んでいるからだろうか。


「なに、安心なされいラグネイトどの。アナタはこのようなところで命を落とす方ではありませぬ。アナタはこの地獄を救うために神が遣わした伝説のザンブレイブさまなのですからな―――」


 ガッハッハと笑うと、バアトルは黒いカーテンをくぐって魔道研究所の奥へと足を踏み入れる。

 その先には先ほど討ち倒した仲間の成れの果て、生命の樹が横たわっていた。



―――――――――――――――――――――――


「ルーナ、はやくおいでよー」


 友人が手招きしている。

 少し特殊な立場にいるルーナにも分け隔てなく接してくれるルーナにとって大切な友人。

 その求めに応じたかったが、ルーナは立ち止まって背後を振り返る。


(今日もお休みだった……)


 すこし前に友人と一緒に訪れたパン屋。

 店主がイケメンだとウワサを聞きつけた彼女の付き合いで訪れただけだったが、あの日以来、ルーナはずっとあの店のことを考えるようになっていた。


 店主はウワサ通りの容姿で、所作も美しくたしかに目を引く存在だったが、それよりも印象に残ったのは下働きのカカシの男性、ラグネイトの方だった。


 ケガを治癒してあげたと思ったら泣き出し、そして治癒したはずの自分に対して敵意丸出しの表情を向け、最後にはすこしはにかんだかのような表情を見せた男性。

 そのコロコロ変わる顔はいま思い出しても笑ってしまいそうになる。

 

 そしてカカシと言えばたいていが諦念を表情に張り付け目にも光がないのが当たり前なのに、彼の目だけはギラギラと輝いていた。


 その輝きにルーナは不思議な感覚を覚え、いつしかあの輝きをもう一度間近で見たいと強く願うようになっていた。

 

 かといって一人で店に行くことには気恥ずかしさもあったので、治癒の経過を見たいからとムリヤリ友人を連れだしてみたものの今日も空振りに終わってしまった。


 聞けば一か月近くも休業しているらしい。

 そうなればもてはやしていた娘たちも薄情なもので、もはや誰一人としてこのパン屋のことを話題に上げる者はいなくなっていた。


「ねえ早くってばルーナぁ。早くしないと新作スイーツが売り切れちゃうんだよぉ~」


 友人がしびれを切らして再度声をかけてくる。

 これ以上待たせるワケにはいかないだろう。

 


「また、会えますよね……?」


 ルーナは虚空に向かって問いかけてみる。

 その小さな声は未だ厳戒態勢の解けないオルティスの風にさらわれて、すぐに消えていった。


挿絵(By みてみん)

 

 

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