3 踏み出した恋心
「柚月さぼり?」
休み時間でざわつく教室に入ると、私の姿を見つけた水城里美水城里美が話しかけてきた。
「おはよう、里美。ちょっとね……。これから球技大会の話し合い? 間に合って良かった」
里美の質問をかわし、窓際の、一番後ろの自分の席に座る。
前の席にいる里美が、私を見たあと鏡を取り出した。
「うん、そうそう。この時期嫌だよね。どうせスポーツ科が優勝で決まっているのに。私達なんて毎回最下位だよ」
うんざりしながらも、里美が鏡とマスカラをそれぞれ手に持ち、化粧を直し始めた。
彼女の少し癖っ毛のある髪は、いつも頭の上でお団子にしている。私には絶対に似合わないスタイルで、羨ましくなるほど可愛い。
それに小柄で、どこから見ても、男が守ってあげたくなるような、小動物的雰囲気を持っている。
「ねえ、二人共。どの競技に出る? 適当に仲良い子同士で決めちゃいたいんだけど大丈夫?」
里美と話していたら、クラス委員長である瀬奈亜紀が手に紙を持ち、げんなりしながら近づいて来た。
すらりと背が高く、背中まである長い黒髪は、艶があって羨ましい。だが、耳には何本かの鉛筆がささっているのが残念だ。
それなのに知的に見えるのは、眼鏡のおかげか、はたまた瀬奈の顔立ちが整っているせいか、鉛筆のことなんて気にならない。
鉛筆が頭を飾る……。このクラスでは見なれた光景だったりする。
たまに、鉛筆をさしたまま他の棟へ行くと恥ずかしい思いもする。だが、そこは甘んじて笑いを受ける。
なにせ、個性が強い芸術学科だ。
「瀬奈も大変だね。この時期調整で」
里美がチークを取り出し瀬奈に声をかけた。
「そう思うなら協力してよ。このクラス、芸術家気取りが多くて自分勝手なのよね」
肩を落とす瀬奈に思わず笑ってしまった。
「しょうがないよ。未来の大芸術家だもん」
思わず軽口をたたく。
「もう柚月までそんなこと言わないでよ。それよりも、どれに出る? ドッジボールにバスケ。バドミントンにサッカー何がいい?」
「えっ、サッカーあるの?」
思わず反応してしまった。
「去年はなかったけど、今年からあるのよ。それじゃ、柚月と里美はサッカーね」
なぜか決められてしまった……。
「えっ、決まり?」
「決まりです」
瀬奈が、話は終わりとばかりに、別のグループへと行ってしまった。
「柚月。サッカーやったことあるの?」
化粧直しが終わったらしく、里美が鏡を片づけながら私を見た。
「……見るだけなら。ちなみにルールも知らない。ボールを相手のゴールに入れるスポーツとしか知らない」
「オフサイドとかは? もちろん何人でやるのかわかってるよね?」
いきなり、里美の口からサッカー用語が出てきて驚いた。
「里美。サッカー知ってるの?」
「うん。私、小学生の時にサッカー習ってたから」
意外すぎる! スポーツなんてやる気がないからって体育の時間でさえ、真面目にやらない里美がサッカーをやってたなんて……。衝撃だ。
「なによ。その意外そうな反応は。それで、柚月、サッカーは何人でやるの?」
狼狽えてしまった。
真面目にわからない。……少し考え、日本人特有の愛想笑いを見せる。
「わかんないかな」
「……十一人だよ、柚月。本当に大丈夫? 球技大会まで特訓が必要だわ。柚月はトロそうだから、ボールを蹴るのすら難しそう」
これには反論したい!
部活と言うか、同好会は、マイナーで認知されていないパズル部だけど、運動神経がない訳ではない。……多分。
「私が教えてもいいんだけど、放課後はバイトで忙しいから。誰か、他の子に練習頼もうか?」
里美は私が心配らしい。
「大丈夫だよ。こう見えても意外と運動神経良いんだよ」
軽く答えると、疑わしそうな視線を向けられる。
すると、チャイムが鳴り瀬奈の声が教室中に響いた。
「皆、これで決定よ。各自確認してね。言い忘れたけど、ドッジボール以外は今年から男女混合だから」
瀬奈の言い忘れに教室中、特に女子から悲鳴が上がった。
「うそ――! 瀬奈ひどい。そんなに大切な重要事項先に言ってよ! それなら私、サッカーにしたのに」
「そうよ、瀬奈! サッカー部の日下部君や榊君と近づいて、終わったら一緒に打ち上げとか誘えたのに」
教室中と言ってもいいほど、女子から悲鳴や不満が沸き起こる。この騒動でも、男子は素知らぬ顔だ。
すると、瀬奈が黒板をバン――と大きく叩き、ニヤリと笑った。
「甘いわね、皆。今回から自分の所属している部活には出られないの。つまり、サッカー部はサッカーに出ることが出来ない」
サッカーを選択した女子以外から黄色い悲鳴が上がった。
ここで歓声が上がるほど、纏まりのあるクラスは芸術学科ぐらいだろう。
芸術学科は二クラスのみ。
そして、基本的に同じメンバーで三年間学ぶ。
油絵や水彩画に陶芸や彫刻。将来の進む道によって授業の選択が違うため、三年間変わらない。
たまに進路の変更で何人かは入れ替わるけど、卒業までずっと一緒だ。
授業となれば、皆、ライバル。だけど普段は、のんびりと過ごしている。ちなみに普通科とスポーツ科は毎年クラス替えがある。
「そうなんだ。なら、サッカー部のエース達はいないのが。目の保養が出来ないのは残念だわ」
周りの騒ぎをよそに、里美が興味なさげに呟いた。鞄からポッキーを取り出すと食べ始める。里美に勧められるまま、私も手を伸ばした。
ちなみに、授業以外なら飲食は許可されている。私達と同じように、何人ものクラスメイトが机の上にお菓子を広げていた。
「ありがとう。今年から違うんだね。部活と違う競技を選ぶんだ」
「なになに柚月。誰か気になる人でもいるの?」
何気なく口に出すと、里美が興味津々で身を乗り出してくる。
しまった……。つい、レント君のこと考えちゃった。
「ち、違うよ。別に何でもない」
顔を逸らし、ポッキーをむしゃむしゃと頬張る。
まだ里美にも瀬奈にも内緒。もう少し、レント君と仲良くなったら話を聞いて貰うんだ。
そう言えば、レント君は部活しているのかな? 何も言ってなかったけど。球技大会はどの競技に出るのか気になる……。同じサッカーだと嬉しいな。
あのレント君のサッカーを、学校でも見たい。
「柚月……。その顔気持ち悪いよ」
レント君のことを考えていたら、自然と顔がにやけていたらしく、里美が引いていた。
「失礼な。気持ち悪くないから」
子供みたいに顔をぷいっと横に向けると、そこには幽霊のように、げっそりしている瀬奈の姿があって、小さく悲鳴をあげた。
「お、お疲れ。瀬奈も食べる? 里美のだけど」
「うん貰う。疲れた……」
近くから空いている椅子を引っ張ってくると、三人でポッキーを食べ始める。
普段から、この三人でいることが多い。気心の知れた二人がいると安心する。大切な友達だ。
「瀬奈も勿論サッカーでしょ?」
里美が瀬奈を見ながら、鞄から新たにチョコレートを取り出した。
「そうだよ。私は基本的になんでも出来るから、どの競技でも良かったんだけどね。でも、柚月がサッカー選んでくれて助かったよ。サッカー部のエースと同じ競技はちょっとね……」
……涼しい顔をして何気に凄いことを言っている瀬奈だけど、事実だから、里美も私もそこは何も言わない。
瀬奈は何でも出来る。
運動神経もいいし、勉強も出来る。それに芸術センスはクラスでもトップクラス。それが、たまらなく羨ましい。
でも、この葉にきせぬ物いいと、サバサバしている性格から、妬みや反感を受けることはなかった。頼もしいお姉さんの印象だ。
「確かに、あの榊や日下部の人気は凄まじいからね」
里美も瀬奈もお互いに頷きあっているけど、私には何のことだか、わからなかった。
「その二人は有名なの?」
ポッキーを三本取り出すと、そのまま口に入れた。
すると、二人が変な顔というか、憐れんだ瞳を向けてくる。
「柚月……。周りをもっとみなよ」
里美が大きなため息を吐く。
「柚月。この学校の有名人知らないの? 天然記念物だわ。もう二年になってるのに、あの有名人達知らないなんて」
里美に続き、瀬奈も、がっくりと肩をおとした。
「えっ。そんなに有名人なの? 聞いたことないけど」
これには、瀬奈が丁寧に、嫌味なほど詳しく教えてくれた。
榊君や日下部君は、私達と同じく二年生でスポーツ科の推薦入試組。
日本ジュニア選抜や、U―十七にも選ばれる逸材。現在もクラブユースに所属していて、将来を期待されている日本の秘密兵器とか何とか。
しかも、二人ともイケメン……。去年、全国に出場出来たのは、この二人のおかげだとも言われているらしい。
「へー。そうなんだ。凄いけど特に興味がないな」
頭に浮かんだのは、そんな二人ではなくレント君の姿。
レント君の方が凄いもん。でも、レント君は、何でスポーツ科じゃないのかな?
疑問が沸いた。
でも、すぐに顔が緩む。
放課後、一緒に帰ってくれるだけで心臓もたないかも。考えるだけで……落ち着かない。どうしよう。
「ちょっと柚月! いきなり自分の世界に入らないでよ」
瀬奈の大声に、一瞬にして現実に引き戻された。
「なんか柚月の様子変だけど。理由はなんなの、里美?」
眼鏡の奥にある瀬奈の洞察力に、顔を引き攣らせる。
「それが、わかんないの。何か隠しているのは見てればわかるけど。柚月が言うまで待とう。無理に聞き出すと、柚月泣くから」
里美と瀬奈。二人に、じっと見られると落ちつかない。視線を宙に泳がせた。
「まあ、言いたくないならいいけど。それよりも柚月「今日までにパズル仕上げて」って顧問が言ってたよ」
「今日まで?」
思わず椅子から立ち上がった。
「う、うん。三日後に原画を業者に持っていくから仕上げとけって。あとの二人は終わっているから柚月だけだって言ってたけど。何かあるの?」
私の剣幕に、瀬奈が少し椅子をずらす。
「大事な用事でもあったの? それなら、先生に言ってみたら?」
里美も怪訝な顔をしながらも、しゅんと落ち込んだ私に解決策を授けてくれた。
正直迷った。
レント君のこともだけど、パズルも大切だ。それに、私の都合で、あとの二人に迷惑をかける訳にはいかない。
がっくりと項垂れながら、首を横にふり椅子に座り直す。
「ううん。大切なパズルだから頑張って仕上げる」
せっかくレント君と一緒に帰れると期待してたのに、残念だ。放課後、レント君に謝ろうと決め、チョコレートを頬張った。




