表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

15 決断の時

「柚月、今日は帰りにアイス買ってやる」

「は? 裕兄なんで? 夜に食べると太るからいらないよ」

 学校が終わって家に帰ると、くつろいでいた裕兄に、フットサルの練習について行きたいと伝えた。


 その日はちょうど水曜日で、裕兄はフットサルの練習日。タイミングが良かった。

 少し大きめの箱を両手に抱えて、裕兄と夜道を歩いている。

 ずっと何も言わなかったのに、なぜにいきなりアイスなのか……。

「ご褒美だ。柚月が一つ大人になった」

 ぽんぽんと頭を軽く叩かれた。

 大人って……。裕兄もわかっているんだ。私がレント君に会いに行く決心をしたって。そうだよね、いきなり連れて行って欲しいって言えばわかるよね。


「柚月、綺麗な月だぞ」

 裕兄に言われて空を見上げた。

 そこには、絵に描いたような綺麗な丸い月が浮かんでいた。

「……今日って満月なの?」

「いや、少しかけてる。満月は明日だ。……満月より少し欠けていた方が願いは叶うから、願えば?」

 裕兄がよくわからないことを言った。

 満月の方が縁起が良いと思うのに。

「不思議そうだな。少し欠けていた方が、その分頑張ろうと思うんだよ。全部が完璧だとそこで満足して成長が止まる。だから、少し欠けていた方が前進できるだろ?」

 そう言われ、もう一度月をじっと見る。


 ……これが終われば少しは成長出来るかな。前を向いてまた歩き出せるかな……。


「そうだね……」

「最初から実る恋なんてほとんどないぞ。後悔はしないように頑張れ」

 まさか兄貴に励まされるなんて変な気分。しかも、里美と同じことを言う。

「……うん、泣いたらアイス買ってね」

「…………太るぞ」

 あきれたように笑った裕兄が頭をくしゃりと撫でてくれた。

 段々と、レント君に近づいていると思うと足取りが重くなる。だけど、裕兄が隣にいてくれるから逃げ出さずにすんだ。私、一人だと、やっぱり逃げていただろう。

 口には照れくさくて言い出せないけど、とても感謝している。ありがとうね、裕兄。

 心の中でこっそりと呟き、夜道に響く二人分の足音に誓いを立てた。

絶対に後悔しないように頑張ると。


「じゃあ、あっちにいるから。何かあったら連絡しろ。危ないから、泣いても一人で帰るなよ」

「うん。わかった」

 私が返事を返すと、フットサル場に向かって裕兄は歩いて行った。裕兄を見送ってから、緊張で重い足を一歩踏みだした。


 一カ月前までは、レント君に会えると思うだけで足取りは軽かった。なのに、今は泥沼の中を歩いているように足取りが重い。

 何度も深呼吸を繰り返して月を見上げた。

 レント君が、これだけでも受けとってくれますように。勇気を出せますように。

 月に願いを強く込めて、抱えている箱を抱き締めた。

 月明かりの下、人工的な照明の光が照らされるグラウンドは、普段よりも少し明るく感じた。


 その月の光はあの時、レント君を初めて見たスポットライトと同じで、遠目からでも一目で彼を見つけることが出来た。

 ――レント君だ。

 一カ月ぶりに見かけるレント君は、相変わらず皆の中心にいて、楽しそうにボールを追い駆けていた。あの頃と変わらないレント君がそこにいた。

 フェンスに近づき目をこらす。

 猫のように身軽にボールを追いかける姿も、真剣にパスを出し、声をかけている姿も見惚れてしまう。

 今でも、一瞬にして心が奪われる。今でも好き。レント君が大好き。

 心の中で叫ぶたびに胸が切なくて、辛くて、泣きそうになった。

 目が離せなくて、レント君をいっぱい見ていたくて、しばらくじっと練習を見守っていた。


 ホイッスルの音で我に返り時計を見ると、ここに着いてから三十分も時間が経っている。

 ……あ、練習終わったんだ。どうやって、これを渡そう。

 そう言えば、ここに来ることに夢中で、レント君と話す手段を考えていなかった。ケン君が私に気付いてくれたらいいけど。

 そのケン君を見つけられない。

 レント君はすぐに見つけられるのに、やっぱり私は、まだレント君を好きなままだ。


 フェンスに更に近づき目を凝らす。だが、試合が終わるとクラブハウスに向かったり、その場に座り込んだりと人がいっぱいで、良くわからない。

 ……どうしよう。

 あ、レント君が行っちゃう。

 フィールドに座り込んでいたレント君が立ち上がり、クラブハウスへと歩いて行く。

 あ、待って……。

 思わず駆け出した。


「あ、あのレント君」

 ここまで来たら、帰るという選択肢はない。と、震える声でレント君の名前を呼んだ。その声は、思ったよりも大きくて、レント君の周りにいた男子達も一斉に私を見る。

 気まずくてすぐに逃げだしたくなったけど、これが最後かも知れないと、毅然と顔を上げた。

 レント君は驚いたように私を見るが、すぐに私の後ろへと視線を向けた。

 ……なんでだろう。私の他には誰もいないけどな。

 不思議に思って首を傾げていると、レント君がチームメイトから離れて私の傍へと歩いてくる。


「一人で来たの?」

 良かった。話して貰えるんだ。

 無視されると辛かったから嬉しくなった。

「あ、あのね……。私これを――」

「一人で来たの?」

 早く渡さないと、と気が焦る。箱を差し出そうとすると、レント君が固い声でもう一度同じことを口にした。

 その声が何だか怒っているように感じて、箱を差し出す手が止まった。


「あ、ううん。裕兄がフットサルにいるから。私だけここに来たの」

「なら、早く戻った方がいいよ。ここ暗いから危ないよ。あのさ……」

 私に何かを言いかけようとしたけど、後ろからレント君を呼ぶ声が聞こえた。すると、その声に反応してレント君が私に背を向けた。

 あ、行っちゃう。これだけでも渡さないと。


「あ、あのね、レント君これを……」

「ごめん。俺、用事があるんだ。悪い……」

 私の引き止めようとした声は、そのまま夜空へと消えていった。

 レント君は私を気にしながらも、何度も名前を呼ばれて、私に「早く戻れ」とだけ言って早足でいなくなってしまった。

 渡すことも、何も伝えることも出来ないまま終わってしまった。

 残された私は、俯いたまま、興味津々のクラブチームの面々からジロジロと見られて居たたまれない。

 違う……それだけじゃない。

 レント君が、話を聞いてくれなかったから泣いているんだ。

 ぽたりぽたりと手に持っている箱に滴が落ちて、箱の色が変わっていく。

 こんなに嫌われていたんだ。まだ私のことを、少しでも気にかけてくれているかも知れないと、己惚れていたんだ。


「……大丈夫か?」

 ぼやける視界の先に黒いサッカーシューズが飛び込んできた。

 誰だろうと顔を上げる。そこには、私よりも少しだけ背が高い榊君が立っていた。その顔は凄く気まずそうで、榊君も困っているらしい。

 でも、今の私は気を使えないくらい弱っている。だから、大人の対応は無理だ。


「大丈夫じゃ、ない……よ」

 それだけ伝えるのが精一杯。

 嗚咽を抑える。これ以上誰かに慰められると、自分が可哀想だと言われているようで、ここで大泣きして榊君に迷惑をかけそうだ。

「あのさ。レントはあんな態度だけど、あんたのこと気にかけてた。今日はタイミングが悪くて。あいつ今――」

 榊君なりに励ましてくれているらしい。それが嬉しくもあるけど辛くもある。もう、ここに居たくなくて、逃げたくてたまらなくなった。


「榊君、これ、レント君に渡して貰えないかな? いらなかったら捨ててもいいからって……伝えて。ミサンガの代わりって言えばわかるから」

 榊君の言葉を無理やり遮った。押し付けるように箱を差し出す。

「それは良いけど。直接渡さなくていいのか? 明日なら、レントも余裕ができると思うけど」

 榊君が迷いながらも箱を受け取ってくれた。


「……うん、もういいの。お願いします。じゃあもう行くね」

「おい!一人で帰るのか? もう遅いから危ないぞ」

 榊君は、不愛想だけど根は優しく心配性みたいだ。

「うん、大丈夫。ありがとう」

 そう言うと、榊君に背を向けて走り出した。

 一人になりたかった。誰にも邪魔されないように、誰にも居ない場所で気兼ねなく泣きたかったから。


 榊君から逃げるように帰路につく。

 とぼとぼと歩いていると、月の光に照らされて、歩くたびに黒い影が揺れた。傷ついているせいか、夜なのに、不思議と怖いと思う気持ちがなかった。

 長く伸びる影を見ていると「我慢しなくても大丈夫」と言われているように思えて、涙が溢れてくる。

 何度も頬に落ちてくる涙を、乱暴に拭った。

 早くお風呂に入って、温かいベッドへと入り何も考えずに眠りたかった。

 明日は学校サボろうかな……。失恋記念日と言うことで。そうだ、そんな記念日もいいと思う。


 この恋は届かなかった……。終わってしまったけど、また新しい恋が出来るように、心をリセットしよう。

 すぐには新しい恋は出来ないけど、月日が流れると、この痛みも薄れるかな? また、恋が出来るのかな?


 ――ねえ、教えてお月様。


 誰かに縋りたくて、道路の真ん中で月を見上げていると、いきなり後ろから腕をつかまれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ