14 最後の一ピース
「……出来た」
一息吐くと達成感に包まれた。
イーゼルに置かれたキャンバスを見つめ、自分でもここまで描けたのが不思議なくらい。
――今までにない最高の出来映えだった。
「出来たの? 柚月にしては、初めて見る色合いだね」
左隣で同じように絵を描いていた里美が、私のキャンバスを覗き込む。
「うん……。こんな色を自分でも出せるんだって驚いてるよ」
「確かに。壁を乗り越えた柚月の新境地に見えるよ」
右隣で筆を握っていた瀬奈も、大きく身を乗り出して唸っていた。
「そうかな。そうだとしたら嬉しいな」
キャンバスに描いたのは、あの球技大会。
だけど、絵にしたのは競技風景ではなくて、ランチ風景だ。
中庭で輪になって、大きな木の下で、風を感じながら語り合うスポーツ科のイケメン達。
レント君を想う友情をキャンバスに閉じ込めた。
もちろん皆の顔までは描いていない。
遠くからの視点で、庭の木々も細かく描き、爽やかさを心がけた。
「これ夏のコンテスト用でしょ? もしかしたら、柚月いい線いくかもよ」
そう言う瀬奈も私のライバルだ。
今は褒めてくれているけど、瀬奈もコンテストになると容赦ない。
モチーフをとらえる鋭さや構図、個性的な色合いは独特の感性だ。他人には真似できない瀬奈の大きな武器。
そこまではまだ届かないけど、今の私にはこれが精一杯。
……満足だ。これからまだ一年と半年残っている。時間はあるから頑張ろう。そう目標を持てる一枚になった。
学生生活で一番上手く描けた絵を聞かれたら、私は間違いなく、この作品をあげるだろう。
「ありがとう瀬奈。里美」
「私はこれも好きだけど、やっぱりあの絵が好きかな。柚月の気持ちが伝わってくるあのパズル。島津君がサッカーしてる絵」
里美がどの絵をさしているのかがわかって、思わず頬が緩んだ。
「あの絵、いつ渡すの? 渡さなかったら勿体ないよ。そして告白の返事も一緒に聞いてきな」
瀬奈の声は真剣で、心配してくれているのが凄くわかる。それは里美も同じで、球技大会から一か月経った今も変わらない。
あの球技大会から、私はレント君を避けるようになった。
校内で会わないように、なるべく普通科の棟には足を踏み入れないようにしている。
あの日決めた約束を守るために。――もう会わないと決めたから。
「返事は……聞かなくてもわかるよ。だから必要ないよ」
もう大丈夫だからと明るく振る舞うけど、二人は、私の強がりだとわかっているみたいで辛そうな顔をする。
大丈夫……。そう自分に何度も言い聞かせた。
「島津君、二学期からスポーツ科へ移るらしいよ」
自分のキャンバスに向かって筆をはしらせながら、瀬奈が呟く。
「……そうなんだ」
瀬奈と日下部君は上手くいっているらしい。
しっかり者の瀬奈と、どこか子供っぽい日下部君は、とても良い雰囲気だと里美と話している。
確かに瀬奈の雰囲気が少し柔らかくなった気がする。日下部君の日だまりのような、ほんわかした雰囲気のおかげかも知れない。
やっぱり話に聞くように、女の子は恋をすると変わるらしい。
親友の幸せを感じていると、瀬奈が突然手を止めて、勢いよく私を見た。
「本当にいいの? 柚月、告白の答え貰ってないでしょ? 聞いてきなよ。それ渡す時に……じゃないと後悔するよ」
瀬奈の声は大きくて教室中に響き渡った。
おかげで教室中の視線は私が独占状態だ。
そうは言っても、クラスメイトの半分は教室を抜け出している。今いるのは十五人ほどだ。それでも今の状態は居たたまれない。
だって、皆、会話を止めて、私を伺っているから。
あの球技大会から一カ月が経っていた。なのに、試合中にレント君の腕を掴んでいた噂は、まだ消えていない。
あの試合以来、レント君の人気は凄まじい。私も廊下を歩くたびに、好奇心丸出しの視線を浴びていた。
ありがたいことにクラスメイト達は、私の落ち込む姿に何かを悟ってくれたらしく、いつも通りに接してくれる。
さすがは一年と半年、同じクラスで過ごしただけのことはある。正直ありがたい。
「柚月。もう島津君のことを忘れたいなら一区切りつけてきなよ。でないと一生引きずるよ」
いつもは冷静な瀬奈が、ここまで感情的になるなんて珍しかった。
里美はというと、今にも泣き出しそうな顔で私を見ている。
確かにこのままだと、私が前に進めない気がする。毎日、いつもどこかでレント君のことを考えてしまっているから。
一日何回もレント君の顔が浮かぶ。物凄く重症だ。
私のそんな状態を、瀬奈も里美も見抜いている。それに、何も言わないけど裕兄や卓兄もだ。
自分で思っているよりも、周りから見たら落ち込んでいるらしい。
「……あれを渡しても受け取ってくれなかったら?」
ずっと考えていた。渡そうかどうかを。でも勇気がでなかった。避けられてしまうんじゃないかって……怖かった。
「なんだ。そんなことで悩んでいたの? 受け取らなかったら学園祭に出しなよ。どうせ横顔だから誰だかわかんないよ。この学校、全校生徒何人いると思っているの?」
瀬奈が椅子に座り直す。
クラスメイト達も自分の作品に戻り始めた。
「えっ? そんなことって……でも、ばれないかな?」
横顔と言っても、見る人が見れば絶対にレント君だとわかる。
「大丈夫だよ、柚月。球技大会の絵を描いている人結構いるから。私もその一人だよ。ほら?」
里美も自分のスケッチブックを取り出して見せてくれた。そこにはバスケの構図案が描かれていた。それも、私よりも顔がはっきりわかる。
「えっ。里美はいつの間にバスケを見に行っていたの?」
「柚月がスポーツ科の所に行っていた時だよ。バスケは時間が早かったみたいで見学してたの。これを私も学園祭で出すつもりだよ」
里美が私の背中を「大丈夫だよ」と強く叩く。
「柚月は何でも気にしすぎ。それに、あの絵は水彩画でしょう? あれ素敵だった。自信を持って」
一度、あのパズル絵を受けとった時、二人にも見せていた。
あのレント君の絵からだ。私が水彩画を好んで使うようになったのは。
あの瞬間は重厚なタッチではなく、新緑のように爽やかなタッチで残したかったから。
「ありがとう……。凄く嬉しい」
素直に言葉が出る。
「私もあれは学園祭向きだと思う。原画出せばいいよ。パズルを受け取って貰えなかったら、これと一緒に展示しよう」
瀬奈が立ち上がり、奥にあるロッカーから四角い箱を取り出した。
「ありがとうね、柚月。凄く良い思い出になる。一生大事にして、悩んだらこれを見るから」
「うん……。私もこれを見て初心に帰るつもり」
瀬奈があける箱を三人で囲んだ。
――そこには、もう一枚のパズルが入っていた。
悩んでいた時に仕上げたパズル。
レント君が傍にいたから描くことが出来た、思い出のパズルだ。
瀬奈と里美。そして私の三人が笑っている姿。原画を業者に渡して今日届いたばかりだったりする。
本当はもっと早く届くはずが、私がレント君の絵を、もう一枚追加したから遅くなった。
「私も瀬奈と柚月と同じ気持ちだよ。これを見て、来年から別のクラスでも頑張るよ」
里美も晴れやかな笑顔でパズルを覗き込んだ。
里美は、三年次から、もう一つのクラスへの移動が決まった。
二年次まではこのままだけど、選択学科は陶芸に合わせるため、一学期までしか油絵を専攻しない。
「渡しておいで、柚月。島津連斗に。受け取らなかったら、私と里美が一生持っているから。半年交代で」
「行って来なよ、柚月。後悔はするなって言ったじゃん」
瀬奈の頼もしい言葉と、前にも同じ言葉を教えてくれた里美。何度も『後悔はするな』と。
「わかった……。今日渡してくるよ」
時間をおくと決心が鈍りそうだから……今日行動に移す。
二人に背中を押されて私はキャンバスを見つめた。




