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12 球技大会②

 建物に囲まれている中庭へと向かっていると、何だかとっても不思議なくらい視線を感じた。


 なんでだろう? 女子もいるけど、男子が圧倒的に多い気がする。もしやスポーツ科って、全学年一緒に食べているの? 特別な理由があって、固まってお昼食べているのかな?

 気になって気になって仕方がない。

 瀬奈に教えて貰った通り、中庭の奥にある大きな木の下に行くと、何人もの男子がお弁当を広げていた。


 ……これは声をかけにくい。しかも、ケン君が何処にいるのかわからない。まず、瀬奈の彼氏の日下部君を探すべきだろうか? でも、瀬奈は秘密と言っていたから、それは出来ない。

 思わず足が止まった。

 なんて声をかければいいのだろう? ケン君が何処にいるか聞きたいだけなのに、勇気が出ない。

 なぜなら「同じ高校生か?」と思うくらい私とオーラが違う。どこにいるのよ、ケン君は。

 きょろきょろと辺りを見渡しケン君の姿を探す。


「誰か探してんの? 告白なら今日はやめて。俺達、成績かかってるから」

「わっ……!」

 いきなり背後から声をかけられ、驚きすぎて飛び上がった。

 振り返ると、知らない男子が二人、うんざりしている様子で私を見ている。どうやら私は、招かれざる客のようだ。

「誰を探してんの?」

 言葉遣いはきつく、どこかぴりぴりしている。

 もしかしたら、ケン君の居場所を教えてくれるかも知れない。思い切って尋ねてみた。


「あの、島津健君はどこにいるかわかりますか?」

「島津か……」

 二人が顔を見合わせ周りに視線を向けた。

「ケン――! 客が来てるぞ」

 中庭中に聞こえるくらいの大声で呼ばれ、周りにいる生徒達の視線が一斉に、私に突き刺さる。

 ……恥ずかしい。

 赤くなる顔を抑え恥ずかしさに耐えていると、さっき見た大きな木の下から声が聞こえた。


「いいよ、通して。知り合い」

 聞き覚えのある声はケン君で、大勢の中から手を振っている。

 ケン君が返事をすると、門番みたいな二人はどこかへと行ってしまった。

 ……どうなっているんだろう。スポーツ科って。

 困惑しながらも、ケン君のいる場所を目指し歩くが足がもつれそうだ。不躾な視線が全身に突き刺さり戸惑ってしまう。

 ……やだな。いつもは個人行動で動いて女子率高いから緊張する。


「柚月ちゃん……。よく場所わかったね。何か用?」

 転ばずにケン君の近くまで行くが、ケン君が私を見て立ち上がる気配はない。

 食事中の他の男子達は、素知らぬ顔をしてるけど絶対に話を聞いている。だって、誰も会話していない。


「うん、聞きたいことがあってケン君の居場所教えて貰ったの」

「ふーん、俺に聞きたいことね。ところで柚月ちゃん、サッカーどうだったの? レントから教えて貰った練習の成果出た?」

 あの夜と同じで何だかとっても意地悪だ。ううん、それ以上かも知れない。

「……今の所、全敗なの」

 落ち込みながらそう答えると、ケン君は隠すことなく笑った。それにつられるように、周囲からも微かな笑い声が耳に届く。


「レントが教えたかいがないね。時間の無駄だった」

 そこまで言わなくてもいいのに。レント君の名前を出されると更に落ち込んだ。 泣きそうになるのを、ぐっと我慢する。

「どうして勝てないかわかる? 確かに身体能力の差と、日頃の運動量の差もあると思う。でも、問題は勝つという強い意思の差にある。それが、スポーツ科とその他の学科との違いだよ」

 何を言われているのか、わからなかった。


「スポーツ科はね……。球技大会は全勝を求められるの。あたり前にね。それで単位が与えられるんだ」

「……そうなんだ」

 知らなかった。球技大会はただの学校行事の一つだと思っていたのに。そんな意味合いがあったなんて。

「だから、むかつくんだよね。遊びでやっている普通科や、やる気のない芸術学科は」

 そこまで言わなくてもいいのに……。私達だって一生懸命やってる。それに、今の私達が弱いだけで、過去には、スポーツ科と同等の成績を残した年もあったって聞いたことがある。

「勝たなければ後がない。そういう覚悟でやっている僕達とは、最初から違うんだ」

 レント君との練習を、遊びでやっていたと言われているような気がして心が痛んだ。でも、これは芸術学科への侮辱でもある。


「……なら聞くけど、スポーツ科は学園祭では何をしているの? 去年見た限りじゃ、ただ遊んでいただけみたいだけど」

「…………は?」

 私が泣くとでも思っていたのか、ケン君が見たこともないような間抜けな顔を見せた。

「学園祭よ……。私達はそこで進級とコンテストへの出場権をかけるわ」

 スポーツ科にはスポーツ科なりのルールがあるように、芸術学科には芸術学科なりのルールがある。

 まずは十月に行われる学園祭で、全員が作品を三作品出さなければならない。

 私達のクラスは、油絵、水彩画、日本画。それも、ただ出すだけでは意味がなかった。

 一定のクオリティも求められ、それは内申にも関わる。S評価が貰えれば、某コンテストへの出場権利が与えられる。

 それは、学生コンテストでは一番権威ある賞で、そこに出すこと自体が名誉なこと。

 進学にも就職にも有利になる。

 それと、全作品A評価を取らなければ、進級出来ない可能性が出てくるのだ。誰にも頼れない自分だけの孤独な戦い。


「スポーツ科はチームプレイで助け合うことが出来る。でも、私達は自分自身しか頼れない。自分達だけが大変だと思いこまないでよ!」

 はぁはぁと肩で息をして青ざめた。冷静さを取り戻すと顔が引き攣り、逃げだしたくなった。

 ……やばい。

 つい説教じみたことを言ってしまった。しかも、今は球技大会で学園祭は関係ない。

 その場にいる全員の驚いた視線を一身に浴び、居たたまれない。あの意地悪なケン君でさえ、呆気にとられた顔を見せている。

 これは、もう、レント君のことを相談できる雰囲気ではなさそうだ。……よし、逃げよう。


「くっ、柚月ちゃん面白すぎ。なに芸術学科ってそんなに大変なの?」

 逃げようとタイミングを計っていたら、なぜかケン君が笑い出した。

 しかもお腹を抱えながら。

「ケン……可哀想だろ。もう止めろよ」

「お前、相変わらず性格悪いな」

 今まで静かだった、ケン君のクラスメイト達から一斉にブーイングが沸き起こった。


「お前達が決めたんだろ? 女が来たら追い払うって。落ち着いてランチしながら作戦練るからって……」

 追い払う? スポーツ科は一体何をしているのだろう?

 首を傾げていると、その中の一人が立ち上がった。

「大丈夫? ケンのことは気にしないで。実は、けっこう図々しい子が来るから自衛のために追い返しているんだ。適当に座って……。ケンの知り合いでしょ? なら問題ないと思うからさ」

 私に声をかけてくれたのは、黒髪のどことなくウサギを感じさせる母性本能をくすぐる可愛い系男子。

 このクラス……。里美が言うように、イケメンを集められている気がする。この二人以外も……眩しい。


「……だって。座ったら柚月ちゃん」

「あ、うん、ありがとう」

 何事もなかったように、ケン君が場所をあけてくれた。

 言われるままに、ピクニックシートの上にちょこんと座った。

 すると、なぜかまたケン君達が笑い出した。

「柚月ちゃん普通すぎる。日下部から声かけられたら、普通の女子なら顔赤くするか、凄い勢いで話し出すのに」

「えっ……?」

 日下部君って瀬奈の彼氏?

 気になって、ケン君の隣にいた日下部君を、ガン見した。

 この人が……意外だ。瀬奈のタイプからして、大人っぽい雰囲気の人を選ぶと思っていたのに。まさかの人懐っこそうなウサギタイプとは。

 どちらかと言うと中世的な可愛い系だ。

 でも、言われてもピンと来ない。私は今日初めて見た。この学校の有名人で、サッカー部のエースでもある日下部君。


「そうなんだ」

 特に興味のない返事に、またしても笑いが上がった。

「柚月ちゃんはレント一筋だからしょうがないか」

「ちょっとケン君!」

 レント君の名前を出されて狼狽えてしまった。

「柚月ちゃんの用事ってレントのことでしょ? ああ、気にしなくていいよ。ここの連中クラブにもいる奴多いから……。何気に事情通」

 驚いて皆の顔を見るけど見覚えがあまりない。


「……誰がいたか、わかんないでしょ。柚月ちゃん」

「う、そんなことない……よ。ほら、昼間の学校と夜とじゃ服装も違うから」

 ごにょごにょと語尾を濁すが、ケン君達にはばれているらしい。私が誰一人として覚えていないと。

「いいよ、覚えてなくても。それよりも、レント出てないんだって? 俺達、楽しみにしてたんだ。レントがサッカーする姿」

 ケン君がそういうと周りからも同意する声が上がる。

 思ったよりも皆、レント君のことを知っているようだ。


「あいつが俺達以外の前でボール蹴るなんて、ここ一年半全然なかったから……。楽しみにしてたのに、あの噂は痛いよな」

「私、誰にも言ってないよ……レント君のこと」

 レント君に誤解されたことが悲しくて、ついケン君に八つ当たりしてしまった。

「……は? 誰も柚月ちゃんが噂の元だなんて思ってないから……。もしかして、レントに何か言われたの?」

 私の落ち込んだ姿がそんなにも暗すぎたのか、珍しくケン君が困惑した声をあげる。

「……ううん、何でもない」

 言えない。もう、レント君が私に話しかけてもくれないなんて。


「あのさ。噂なんて七十五日って言うだろ? それにさ、ここにいる皆、嬉しかったんだよ。球技大会と言えども、レントがサッカーを選んでくれて。それに、あいつ、今、学校に来てる。昔ならサボってたよ。面倒とか難癖つけて絶対に来てない。柚月ちゃんのおかげ」

 私のおかげ……。でも、レント君の力になれなかった。

 ケン君もわかっているはずだ。レント君が苦しんでいたことを。

「きっかけを待っていたから、この噂には感謝してる。何も起こらなかったら、あいつ、ここまで悩んでサッカーと向き合わなかっただろうし」

 ケン君がそう言うと、日下部君も、周りの男子達も頷いた。

「きっかけ……」

「柚月ちゃんさ、レントに何か言ったろ? あいつ怒りながらも迷って考えてたよ。だから、……酷いこと言ったかも知れないけど嫌いにならないでよ。レントのこと」

 まさかケン君が、こんなことを言うなんて思わなかった。それに、レント君は、いい仲間に恵まれている。

 すべてがライバルで、心を許せる友達がいないかと思ってたのに……良い人達だ。


「みんなレント君大好きだね」

 幸せな気分になってそう言うと、周りはどっと笑いに包まれた。

 ケン君一人だけが渋い顔をしている。

「柚月ちゃん最高だね! 普通そんなこと言わないから」

 日下部君が大爆笑している。

 しかも、私のこと名前呼び……瀬奈に怒られそうだ。

「本当にあきないね、柚月ちゃん。普通なら、ここに日下部や榊がいるだけで大騒ぎなのに」

 ケン君がにやにやしながら見ている視線の先には一人の男子。

 皆の輪から少し離れた場所にいて、足を投げ出し座っている。皆に比べて身長が低くて小柄な印象だ。

 あれが、もしや榊君かな?


「やっぱり柚月ちゃん榊の顔も知らないんだ。どんだけレント大好きなの?」

「ちょっとケン君!」

 またしても抗議するがケン君は笑うばかり。

 すると、いきなり真面目な顔をしてこっちを見た。

「あのさ。柚月ちゃんにお願いがあるんだけど。レントを引っ張り出して来て。もう時間がなくて待てないんだ」

 これがアスリートの顔つき? そう思うくらいケン君が違う人に見えた。

 何て言ったらわからず戸惑っていると、日下部君が立ち上がった。


「ケンと同じでお願いしてもいいかな? ……時間がないんだ。あいつと一緒に全国でプレーしたいから、引きずり出して来て」

 可愛い顔をして日下部君が凄いことを言う。

 すでに今年の全国行きを決めているような余裕の表情は凄みがあった。エースと呼ばれることはある。


「俺にも言わせろ……。お前の怪我なんて幻想だ。あんなこと気にしないでさっさと戻れよ。皆が待っているから。そう伝えて。レントの彼女だろ?」

 最後に、皆と離れていた榊君がとんでもないことを言った。

「違う! 彼女じゃないから」

 慌てて否定しても、皆はにやにやと笑うだけで誰一人として聞いてくれない。

 この纏まった一体感はなんだろう。これだから団体スポーツは……。

「もう行くね。時間だし」

 午後の試合が迫っているのを思い出して立ち上がった。

「レントを頼むよ、柚月ちゃん。連れて来て。フィールドに」

 ケン君のお願いは無理かも知れない。

 でも、私もレント君がサッカーをしている姿が見たい。そのためなら、嫌われたままでも良い。全力を尽そう。


「――うん、頑張って来る!」


 私が力強く伝えると、ケン君は満足そうに笑った。

 さあ、決戦だ――――。


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