11 球技大会①
「良い天気だね。里美」
「そうだね。このまま昼寝したいよ」
呑気にそう答えると、里美は私と同じく頷いた。
このまま初夏の陽気にのんびりしたいところだが、今日は球技大会。そんな訳にはいかない。
各クラスが一丸となって戦っているのに、我が芸術学科は例年通りの結果。
全競技、全試合で惨敗している。
ため息でいっぱいだ。
「……ま、自分の部活と同じ競技には出ることが出来なくても、スポーツ科はレベルが違うよね。毎日授業時間を使って練習している連中と、一緒に球技大会やることが間違いなのよ」
里美が卵焼きを食べながら残念そうに呟いた。
お昼のお弁当を食べるために、グラウンドの片隅でピクニックシートを広げている。そこら中で、私達と同じように生徒達がお弁当を食べていた。
「あー疲れた。予想通りニ年の芸術学科は全種目負けてるわ」
すでにお弁当を食べ始めている私達の元に、役員の仕事を終えた瀬奈がやって来た。
いつもと違い、黒い髪をポニーテールにしている瀬奈は新鮮だ。競技結果を手に持ち、暑そうに手で仰ぎ、私の隣に座った。
「先に食べてるよ、瀬奈」
瀬奈にお茶のペットボトルを差し出すと、喉が渇いていたらしく、ごくごくと飲み始める。
「お疲れ。サッカーと同じで、ドッジボールもバドミントンもバスケも惨敗?」
里美が、預かっていた瀬奈のお弁当箱を渡した。
「ありがとう。うん、予想通りよ。いくら同学年、総当たりのリーグ戦と言えどもきついよね。身体能力が高いスポーツ科の有利は変わらないよ」
三人で食べながら、瀬奈が持っていたリーグ表を確認する。
……これは酷い。真っ黒ばっかり。芸術学科だけ一勝もしていないんだ。しかも得点差も凄い。バスケなんて、六対六七なんて……泣く。 まあ、サッカーも人のことは言えないけど。四対〇とかだし……。
それも、二年だけではなくて、一年と三年も同様の結果に魂が抜けそうだ。
「でも、思った通り、ドッジボール以外は男女混合だからか、ラフプレーも多いみたいで苦情が多くてさ。来年は、また男女別かもね」
瀬奈がおにぎりをかじりながら、リーグ表を手に持ち、難しい顔を見せた。
げんなりしている様子を見ると、女子から訴えられたのだろう。
「確かに。サッカーもラフプレーあったからね。柚月はもっと気を付けなよ。結構危なかったんだから……見ていて、私がハラハラするよ」
私を見ながら、里美が心配そうに声をかけてきた。
それには曖昧に笑うことしか出来ない。
ボールを持つたびに取られるのはしょうがないとして、何度か転びそうになった。それも、進路を塞がれ足をかけられそうになったこともある。
でも、サッカーはそんなものかと納得したけど、里美が言うには違うみたいだ。
「柚月はどこか、のんびりしているから狙われやすいんだよ。島津君のことばかり考えていたら本当に危ないよ」
瀬奈も里美と同じことを言う。
「うん。気を付けるよ。ありがとう」
昨日のメールが蘇る。
だめ、嫌な記憶は忘れないと……。
思い出さないようにと、何とか頭の奥底に押し返す。
「そう言えば、島津君サッカーに出てなかったね。姿は見かけたけど」
里美が思い出したようにそう言うと、瀬奈が私を見たあと口を開く。
「島津君。噂のせいもあって、先生達と話し合ったみたいだよ。何か、怪我がどうのって聞いた」
学級委員は球技大会の実行委員も兼ねているからか、瀬奈の元には色々な情報が入ってくるらしい。
怪我……。言われてみれば、サッカー教えてくれている間も左足を何度か抑えていた。古傷が悪化したせいで出られないのかな……私のせいで。
そう思ったら食欲が一気になくなった。
「……柚月のせいじゃないよ。元気出して。それに、私達、午後は島津君のクラスとあたるよ。もしかしたら出るかもよ」
瀬奈がリーグ表を覗き込む。
レント君のクラスとは午後にあたるのは知っていた。でも、レント君と一緒のフィールドに立つと泣いてしまうかも知れない。
嫌でも思い出しちゃう……レント君に嫌われたことを。
「柚月。食べて……。体持たないよ。島津君、多分出ないよ……」
瀬奈は情報通だから、瀬奈が言うのなら出ない確率が高い。
それでも、私の心は落ち込んだままで、お弁当を少しずつ口へと運ぶけど味がわからない。食べる気力がなくて蓋を閉じた。
「柚月。他の競技応援に行こうよ。サッカー部のエースでも見に行こう。気分転換に」
里美が思いついたように声を弾ませる。
サッカー部のエース。確か日下部君と榊君だっけ。
そこで、あることを思い出した。
「瀬奈! 里美! スポーツ科の島津健君って知ってる? どの競技に出ているかわかる?」
そうだ。ケン君はレント君の今の様子を知っているはずだ。会うのはハードルが高いけど、レント君が気になる。
「スポーツ科の島津君? 珍しい苗字なのに、島津君って二人いるの? えっと、ちょっと待ってよ」
私の言葉に首を傾げながらも、瀬奈は携帯を取り出して、誰かに電話をかけ始めた。対する里美は、知らないと首をふる。
「スポーツ科に島津君? 聞いたことないけど島津連斗と関係があるの?」
瀬奈が電話をしている間、里美が残りのお弁当を小鳥のように口いっぱいに詰め込んだ。もぐもぐと頬張り私を見る。
「うん、レント君の従兄。会ったことあるんだ」
「聞いたことないな。サッカー部なの?」
あれ? そう言われると自信ない。私はサッカーだと思っていたけど違うのかな? サッカー部なら榊君や日下部君達と同じだ。それに、ケン君もレント君ほどでもないけど、顔は整っているから女子の間で噂になるはず。なのに、里美も瀬奈も知らないなら、他の部活なのかな?
考えていると、瀬奈が電話を切り私を見た。
「柚月、わかったよ。島津健君はドッジボールで、今は中庭でお弁当食べてるって。午後はしばらく時間があるから中庭にしばらくいるって」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
瀬奈が教えてくれたのは嬉しいけど、どうしてそこまでわかったのか不思議でならない。
「どうしてそこまでわかるの? 瀬奈」
里美も同じことを思ったらしく不思議そうに瀬奈を見る。
「あ、二人に言っとくね。私さっき彼氏出来たの。スポーツ科よ」
話をぶった切った瀬奈の爆弾発言に、私達は悲鳴をあげた。
「ええ――! 瀬奈ちょっと待って。一切、何も聞いてないけど。それよりも、スポーツ科の誰? 私達が知っている人?」
私よりも、素早く状況を理解した里美が、興奮気味に瀬奈に詰め寄った。
私も話を聞きたい。意外だった。いつもクールで何でも出来る瀬奈は、恋とか好きとか、一切興味がないように思えた。
私や里美が恋バナに花を咲かせていても、どこか一線置いているようだったのに。いつの間に。
「……日下部君よ。内緒だからね」
私と里美から、声にならない悲鳴が上がった。
意外すぎる……。サッカー部と言うか、我が校のエースと瀬奈とは。でも、瀬奈も芸術学科では有名だけど、その組み合わせに開いた口が塞がらない。
どこで知り合ってそうなったのか興味津々だ。
「えっとね。日下部君も学級委員で、この球技大会を通して仲良くなったかな……。何かそんな感じ……。さっき告白されて付き合うことになりました」
いつも冷静な瀬奈が頬を赤く染めた。照れながらの報告は、聞いているこっちが恥ずかしくなる。何よりも羨ましい。
「瀬奈がまさかの日下部君なんて凄い。でも、瀬奈も柚月も、ここだけの秘密よ。日下部君が彼氏だと知られると妬まれるわ。どんな嫌がらせがあるか。あっちは学校だけではなくて日本中のサッカーファンで知られている存在なんだから」
そんなにも有名なのか……日下部君は。
瀬奈よりも里美が興奮しているようにも見える。
「まあ、私の話はあとにして、柚月。島津健君に会わなくていいの? 日下部君達と一緒にいるって言ってたよ」
悩んだけど行動に移すことにした。
考えているだけじゃ、悩んでいるだけでは事態が何もかわらないと思ったから。
「そうなんだ。行ってくる……。瀬奈も行くでしょ?」
瀬奈も日下部君に会うものだと思っていたから立ち上がると、瀬奈が首を横にふった。
「柚月一人で行って。一緒に行ってあげたいんだけど、私はこれから実行委員の仕事があるの。あと、私達のことはスポーツ科でも内緒でよろしく!」
手を合わせて拝む瀬奈に大きく頷いた。
里美にも聞いてみたけど、先生に呼び出されているようで、私一人でケン君に会いに行くことになった。
不安だけど、自分に「頑張れ」と言い聞かせて、お弁当を食べ終わると立ち上がった。




