↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第十章 深淵の呪鎖

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/158

第98話 鎖が呼ぶもの


 翌朝。


 東方古代魔法都市エルディアは、いつもと変わらない朝を迎えていた。


 露店には焼きたてのパンが並び、魔法仕掛けの荷車が石畳を走る。


 空中に浮かぶ観測装置は、今日も規則正しく回転していた。


 ――ただ一つを除いて。


「……止まってる?」


 ミレイユは、街の中央広場で足を止めた。


 広場の中心には、古代文明時代から稼働している魔力観測塔がある。


 普段なら、塔の周囲には青白い光が流れているはずだった。


 だが今朝は、その光が消えていた。


 代わりに、塔の根元に黒い筋が走っている。


「嫌な感じね……」


 ミレイユが杖をかざす。


 魔力の流れを探る。


 すると。


 ゾクリ。


 背筋に冷たいものが走った。


「……魔力が吸い込まれている?」


 塔の内部から、周囲の魔力が少しずつ奪われていた。


 しかも、その流れは地面の下へと続いている。


「昨日の記録と関係があるのかしら」


 ミレイユは塔を見上げた。


 黒い筋が、まるで生き物のようにわずかに脈打った。


 その瞬間。


 パキンッ!


 塔の一部が砕けた。


「きゃあああっ!」


 広場に悲鳴が響く。


 石の破片が落下する。


「危ない!」


 ミレイユは杖を振った。


「《呪鎖》!」


 紫色の鎖が空中に走り、落下する石片を次々と絡め取る。


 そのまま勢いを殺し、広場の端へと下ろした。


 ドサドサッ!


 人々が慌てて逃げていく。


「皆さん、広場から離れて!」


 ミレイユは声を張り上げた。


「塔には近づかないで! 魔力が不安定になっているわ!」


 研究者たちが駆け寄ってくる。


「ミレイユさん! いったい何が!?」


「私にも分からないわ。だから、まずは人を遠ざけて!」


 彼女は再び塔へ向き直った。


 黒い筋が、今度は地面へと伸びている。


 その先には、昨日訪れた図書塔があった。


「……なるほど」


 ミレイユの表情が険しくなる。


「私が封印資料を調べたから、というわけではなさそうね」


 むしろ――


 何かが、彼女の調査に反応したのだ。


     *


 図書塔の地下。


「これは……!」


 司書が、青ざめた顔で記録板を見つめていた。


 封印区域の扉に、黒いひびが走っている。


 内部から、規則的な音が響いていた。


 ドクン。


 ドクン。


 まるで、何かが心臓を動かしているかのようだった。


「封印が弱まっている……?」


 司書が震える手で制御盤を操作する。


 しかし、装置は反応しない。


【魔力経路の異常を検出】


【外部からの強制接続を確認】


【封印維持機能――低下】


「そんな……!」


 司書が後ずさった。


 そのとき、背後から声がした。


「どいて」


 ミレイユだった。


「ミ、ミレイユさん! ここは危険です!」


「だから来たのよ」


 彼女は封印扉を見つめた。


 黒い筋が、扉の隙間から漏れ出している。


「これは普通の呪いじゃないわ」


 杖の先に紫色の魔力が灯る。


「誰かが、ここにある魔力経路を外から無理やりつないでいる」


「外から……?」


「ええ。しかも、かなり強引にね」


 ミレイユは目を細めた。


 古代記録にあった言葉が脳裏をよぎる。


 ――鎖は、暴れる力を受け止め、次の器へと渡すために作られた。


 ならば、今起きていることは。


「……流れを止めて、無理やり一か所に集めようとしている?」


 その瞬間。


 封印扉が大きく揺れた。


 ドォンッ!


「下がって!」


 ミレイユが叫ぶ。


 扉の隙間から、黒い魔力が噴き出した。


 それは床を這い、壁を伝い、周囲の魔法装置へと絡みついていく。


 装置の光が次々と消えた。


「まずい……!」


 ミレイユは杖を振り上げた。


「《百呪領域》!」


 紫色の魔法陣が床一面に広がる。


 黒い魔力の動きを遅らせ、封印扉へ押し戻そうとする。


 しかし。


 ギギギギギ……!


 黒い魔力は、呪いそのものを吸い込み始めた。


「なっ……!?」


 ミレイユの顔から余裕が消える。


「私の呪いを……食べている?」


 普通の魔物ではない。


 これは魔力を吸収するだけでなく、魔法の仕組みそのものに干渉している。


 黒い魔力が、ミレイユの呪鎖を逆流した。


「くっ……!」


 彼女は即座に鎖を解除する。


 間一髪。


 だが、床に広がった魔法陣はすでに半分ほど黒く染まっていた。


「……厄介ね」


 ミレイユは歯を食いしばった。


「だったら、別の方法で止めるまでよ!」


     *


 封印扉の向こう側。


 黒い魔力の中から、異形の影が現れた。


 人の形をしている。


 しかし、顔も手足も曖昧で、身体の表面には無数の魔法文字が浮かんでいた。


 その胸元には、紫色の鎖が埋め込まれている。


「……封印された呪術を、無理やり動かした結果か」


 ミレイユは相手を観察した。


 古代文明が封じた危険な魔法。


 その残骸に、外部から流し込まれた黒い魔力が結びついている。


 影が腕を伸ばした。


 床から黒い鎖が飛び出す。


「《呪鎖》!」


 ミレイユも紫色の鎖を放つ。


 二つの鎖がぶつかった。


 ガキィンッ!


 紫と黒。


 色こそ似ているが、性質はまるで違った。


 ミレイユの鎖は相手の動きを制限しようとする。


 黒い鎖は、ミレイユの魔力を奪おうとする。


「力比べをするつもりはないわ!」


 ミレイユは鎖を横へ流し、相手の腕を壁に固定した。


 さらに別の鎖を床へ伸ばす。


「《拘束陣》!」


 魔法陣が展開され、異形の足元を封じる。


 動きが止まった。


「よし……!」


 しかし、次の瞬間。


 黒い鎖が、壁に固定された腕からほどけた。


 そして、ミレイユの鎖へ絡みつく。


「しまっ――!」


 バキンッ!


 紫色の鎖が砕けた。


 ミレイユの魔力が、一気に吸い取られる。


「ぐっ……!」


 膝が崩れかけた。


 相手は、その隙を逃さなかった。


 黒い鎖が彼女の足元へ伸びる。


 逃げるには遅い。


 ミレイユは杖を地面に突き立てた。


「《百呪・反転》!」


 自分にかけた魔力制御の呪いを一時的に反転させ、拘束を振りほどく。


 身体が軽くなった瞬間、横へ跳んだ。


 黒い鎖が石床を砕く。


 ドガァンッ!


「……危なかった」


 ミレイユは息を吐いた。


 正面から戦えば不利だ。


 しかも、相手の魔力供給源が分からない。


 このままでは、いずれ押し切られる。


 ならば――


 ミレイユは、異形の胸元に埋め込まれた紫色の鎖を見つめた。


「あれが核ね」


 黒い魔力に侵食されているが、完全に同化しているわけではない。


 あの鎖を外せば、異形を止められるかもしれない。


 しかし、鎖に触れれば、こちらの魔力まで吸われる可能性が高い。


「……厄介な仕掛けを作ったものね」


 ミレイユは笑った。


 いつもの、少し意地の悪い笑みだった。


「でも、私を誰だと思っているの?」


 杖を構え直す。


「百呪の魔女よ。呪いの扱いなら、誰にも負けないわ!」


     *


 ミレイユは、攻撃をやめた。


 代わりに、床へ無数の小さな魔法陣を展開する。


 ひとつひとつは弱い。


 黒い魔力を押し返すことも、異形を拘束することもできない。


 だが――


 それぞれの魔法陣が、異なる方向へ魔力を逃がしていた。


 吸い込まれる流れを、少しずつ分散させている。


「……流れを変えるのは、力ずくである必要はない」


 昨日読んだ記録の言葉を思い出す。


 鎖は、力を奪うためにあるのではない。


 受け止め、つなぎ、次へ渡すためにある。


「だったら……こうよ!」


 ミレイユは最後の魔法陣を起動した。


「《百呪・分流》!」


 黒い魔力が、異形の胸元から四方へ分かれた。


 一瞬、黒い鎖の動きが止まる。


「今!」


 ミレイユは踏み込んだ。


 杖の先から細い呪鎖を伸ばす。


 狙うのは、異形の胸元に埋め込まれた紫色の鎖。


 あと少し。


 あと一歩。


 だが、異形が顔のない頭をこちらへ向けた。


 黒い鎖が、ミレイユの腕に絡みつく。


「っ……!」


 魔力が吸い取られる。


 それでも、ミレイユは鎖を放さなかった。


「ここで……止めるのよ!」


 呪鎖が、紫色の鎖へ届いた。


 カチリ。


 小さな音。


 胸元の鎖が、ほんの少しだけずれた。


 その瞬間。


 異形の身体が大きく震えた。


 黒い魔力が、暴走する。


「しまっ――!」


 ミレイユは反射的に腕を引いた。


 ドォォォンッ!!


 黒い光が地下書庫を包み込んだ。


     *


 静寂。


 崩れた棚。


 砕けた記録板。


 床に広がる、消えかけた魔法陣。


 ミレイユは壁際に倒れていた。


「……っ、いたた……」


 なんとか身体を起こす。


 異形の姿は消えていた。


 封印扉も、元の位置に戻っている。


 だが、扉の中央には黒い亀裂が残っていた。


「……完全には止められなかった、か」


 ミレイユは悔しそうに唇を噛んだ。


 それでも、被害は地下書庫の一部で収まった。


 地上へつながる魔力経路も、ひとまず安定している。


 司書が駆け寄ってきた。


「ミレイユさん! ご無事ですか!?」


「ええ……なんとかね」


「いったい、何が起きたのですか?」


「誰かが、古代の魔法経路を外から無理やり動かしているみたい」


 ミレイユは立ち上がり、封印扉を見つめた。


「そして、この封印の中には……まだ何かが残っている」


 司書の顔が青ざめる。


「そんな……封印は何百年も維持されていたはずです!」


「その維持機能が、外から壊されかけているのよ」


 ミレイユは杖を握り直した。


「このまま放置すれば、次はもっと大きな被害が出る」


「では、どうすれば……」


「まずは魔力経路を調べる。それから、封印を立て直す方法を探すわ」


 彼女は少しだけ笑った。


「それに……気になることもできたしね」


     *


 その夜。


 ミレイユは宿へ戻ると、机の上に古書を置いた。


 《深淵の呪鎖》。


 封印の異変に反応していた、あの本だ。


 表紙には、昨日と同じ紫色の鎖が描かれている。


 ミレイユは指先で、その模様をなぞった。


「……あなたは、何をつなぎ留めようとしているの?」


 返事はない。


 しかし、古書の表面に、かすかな光が浮かんだ。


 そこに現れたのは、一つの短い文章だった。


『鎖は、願いを映す』


 ミレイユは目を細めた。


「願い……」


 自分は何を願っているのだろう。


 誰かを守りたい。


 誰かを失いたくない。


 その二つは、よく似ている。


 けれど、同じではない。


 守りたいのなら、相手が自分の手を離れていくことも受け入れなければならない。


 失いたくないのなら――


 離れていくことそのものを、止めたくなる。


「……私は」


 ミレイユは言いかけて、口を閉じた。


 まだ、答えは出せなかった。


 そのとき。


 机の端に置いていた通信結晶が光った。


 ギルドからの連絡だ。


 ミレイユは手を伸ばし、魔力を流した。


『ミレイユさん、聞こえますか?』


「ええ。何かあった?」


『北方の古代遺跡で、黒い魔力による異常が確認されたそうです。詳しいことは分かりませんが、各地の魔力経路に影響が出始めている可能性があります』


 ミレイユの表情が険しくなった。


「……やっぱり、ここだけの問題じゃないのね」


『調査を続ける場合は、十分に注意してください』


「分かったわ。ありがとう」


 通信が切れる。


 ミレイユは椅子から立ち上がった。


 窓の外では、古代魔法都市の明かりが静かに揺れている。


 その地下深くで、今も何かが動いている。


 そして、遠く離れた場所では、ソアたちもまた、世界樹の流れに関わる戦いへ足を踏み入れているはずだった。


「……ソア」


 ミレイユは小さく呟いた。


「あなた、また厄介なことに首を突っ込んでいるんじゃないでしょうね」


 少しだけ笑う。


 だが、その笑みはすぐに消えた。


「……無茶はしないでよ」


 誰に聞かせるでもない声だった。


 ミレイユは古書を閉じ、杖を手に取った。


 次に異変が起きたとき。


 今度こそ、原因を突き止める。


 そして、《深淵の呪鎖》が何のために存在していたのかも。


 彼女はまだ知らない。


 その鎖が、彼女自身の願いを映し出す日が近づいていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。