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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第九章 巡りの雫と、世界樹の記憶

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第90話 世界樹につながる古代遺跡



「……あそこかな?」


ソアは、山道の先を見つめた。


木々の隙間から、巨大な石造りの建造物が見えている。


苔に覆われた壁。


崩れかけた柱。


地面に半分埋まった石段。


長い年月、人の手が入っていないことは明らかだった。


「地図にあった遺跡と位置が一致しているわね」


レイナが資料を確認する。


「記録によれば、ここは古代の魔力観測施設だったらしいわ」


「魔力観測?」


「魔力の流れを調べる施設、ということね。詳しい用途までは分かっていないけれど」


「へえ……」


ソアは胸元のペンダントを見下ろした。


《巡りの雫》は、先ほどから淡い緑色の光を放ち続けている。


光の筋は、遺跡の入口へ向かっていた。


「やっぱり、ここで間違いなさそうだね!」


「そうね。ただし、何があるか分からないわ。慎重に進みましょう」


「分かった!」


ソアは元気よく返事をした。


そして、堂々と一歩踏み出す。


ガシャッ。


二歩目。


ガシャッ。


三歩目。


ガキンッ!


「……ん?」


ソアが止まった。


レイナも止まる。


シードが、ソアの足元を見た。


「……ソア」


「うん?」


「……ひも」


「え?」


ソアが足元を見ると、古い石柱の根元から伸びた金属線が、脚甲に引っかかっていた。


その先には、小さな石板がある。


石板が、わずかに傾いていた。


「…………」


レイナが静かに口を開いた。


「慎重に進むって、言ったわよね?」


「うん」


「あなた、何をしたの?」


「……歩いた?」


「どうして疑問形なのよ!」


次の瞬間。


カチッ。


石板が元の位置へ戻った。


三人は固まった。


「……何も起きなかった?」


ソアが恐る恐る呟く。


その直後。


ゴゴゴゴゴ……!


遺跡の奥から、重い音が響いた。


壁の一部が動き、石の扉がゆっくりと開いていく。


「……」


「……」


「……開いたね!」


「あなたが罠を踏んだからでしょうが!」


「でも、結果的には大成功!」


「結果だけで評価しないで!」


レイナの叫びが、遺跡の入口に響き渡った。


シードは二人を見上げ、首を傾げる。


「……あいた」


「うん、開いたね!」


「……ソア、すごい?」


「でしょ?」


「褒めてないわよ!」


そんなやり取りをしながらも、三人は警戒を怠らず、開いた扉の向こうへ進んだ。


     ◇


遺跡の内部は、外から想像した以上に広かった。


天井は高く、壁には細かな紋様が刻まれている。


床には、円形の溝が幾重にも走っていた。


その溝の一部には、淡い緑色の光が流れている。


「……魔力が通っている?」


レイナがしゃがみ込み、床を観察した。


「ええ。でも、全部ではないわ。動いている部分と、止まっている部分がある」


ソアは、鎧の膝を曲げて床を覗き込んだ。


「これ、川みたいだね」


「川?」


「うん。ここから流れて、こっちに行って……あっちに流れてる」


ソアは指で溝をたどった。


「途中で分かれて、また合流してるよ」


レイナは、はっとしたように顔を上げた。


「……なるほど。単なる魔力の通路ではなく、流れを分配する仕組みなのね」


シードが床に手を触れた。


すると、頭の葉っぱが淡く光る。


「……ながれてる」


「何が?」


「……ちいさな、ひかり」


シードは目を閉じた。


「……いっぱい。ずっと、とおくまで」


ソアは、胸元の《巡りの雫》を握った。


ペンダントの光が、床の溝と同じ色に変化している。


「この遺跡も、世界樹につながっているのかな?」


「可能性は高いわね」


レイナは立ち上がった。


「ただ、気になることがある」


「何?」


レイナは床の一角を指さした。


そこには、黒く変色した溝があった。


緑色の光は、そこで途切れている。


さらに、その先の石床には、何かを無理やり取り付けたような傷が残っていた。


「ここだけ、明らかに様子がおかしいわ」


ソアの表情が引き締まった。


「……黒い結晶?」


「まだ分からない。でも、自然に壊れた跡には見えないわね」


シードが黒い溝を見つめた。


「……いたい」


その小さな声に、ソアはシードの隣にしゃがみ込んだ。


「この場所が、痛いの?」


シードはゆっくりと頷く。


「……ながれが、くるしい」


ソアは、そっと床に手を置いた。


冷たい石の奥から、微かな振動が伝わってくる。


まるで、何かが無理やり引っ張られているような感覚だった。


「……ここで、何かが起きたんだね」


ソアが呟く。


その時。


ペンダントが、強く光った。


ぽうっ!


床の溝に緑色の光が走る。


止まっていた魔力が、ほんの一瞬だけ動き始めた。


そして、三人の目の前の壁に、淡い光の映像が浮かび上がった。


「なっ……!?」


レイナが身構える。


映像には、七つの紋章が描かれていた。


巨神の籠手。


翼。


鏡盾。


鎖。


砲。


剣。


そして、木の葉のような紋章。


それぞれの紋章から、細い光の線が伸びている。


線は別々の方向へ広がり、やがて大きな樹木の形を作り上げた。


その中心には、巨大な幹。


そこから伸びる枝。


枝の先には、無数の光の粒が浮かんでいた。


「……世界樹」


ソアが呟いた。


シードは映像を見上げている。


「……おおきい」


映像の中で、七つの紋章が順番に輝いた。


一つ目。


二つ目。


三つ目。


それぞれの光は、樹木の幹へ集まる。


そして――


幹から枝へ。


枝から光の粒へ。


光の粒から、さらに遠くへ。


光は、絶え間なく流れていた。


まるで、世界そのものに血液を送り込むかのように。


「……これが、魔力の循環なのね」


レイナが息を呑んだ。


「七つの器は、それぞれが独立した宝具ではない。世界樹の力を各地へ届けるための仕組みの一部だったんだわ」


ソアは、映像を見つめた。


「じゃあ……」


ゆっくりと口を開く。


「七つの器を全部、一人の人が持っちゃったら?」


レイナの表情が曇る。


「……流れが止まるかもしれない」


「全部の力が、その人のところに集まっちゃうんだね」


「ええ。そうなれば、世界樹から各地へ力を届ける仕組みそのものが壊れてしまう可能性がある」


ソアは唇を結んだ。


黒衣の男の言葉が脳裏をよぎる。


――すべてを、私の中に。


「……やっぱり、止めなきゃ」


ソアは拳を握った。


「七つの器を集めることが悪いわけじゃない。でも、力を独り占めするのは違うよ」


シードが、ソアの手に小さな手を重ねた。


「……みんな、つながる」


「うん」


「……ひとり、じゃない」


ソアは微笑んだ。


「そうだね。みんなでつながればいいんだ」


     ◇


映像が消えた後、レイナは壁の紋様を詳しく調べ始めた。


「この記録は、まだ一部しか再生されていないみたいね」


「全部見られないの?」


「魔力が不足しているのか、それとも途中で記録が壊れたのか……」


レイナは壁の下部を指でなぞった。


「ここに古代文字があるわ」


ソアは覗き込んだ。


「何て書いてあるの?」


「少し待って。読んでみる」


レイナは、持参した資料と照らし合わせながら、ゆっくりと文字を読み解いていった。


「……『七つの枝は、世界を支えるために生まれた』」


ソアが頷く。


「うん」


「『一つの幹に集めるためではない』」


三人は黙り込んだ。


さらに、その下には別の文章が続いていた。


『器は流れを受け、流れを送り、流れを守る。


いずれか一つに力が留まるとき、世界の枝は枯れ始める』


「……やっぱり」


レイナは険しい顔をした。


「七つの器を集める行為そのものが、世界樹の仕組みと矛盾しているのね」


「でも、黒衣の男は、それを知らないのかな?」


ソアが尋ねる。


「分からないわ。知っていて無視している可能性もあるし、別の記録を信じているのかもしれない」


その時、シードが壁の隅を指さした。


「……ここ」


そこには、七つの紋章とは異なる、小さな葉の模様が刻まれていた。


《巡りの雫》が、再び淡く輝く。


ソアはペンダントを近づけた。


すると、葉の模様の下に、文字が浮かび上がった。


『記憶を受け継ぐ者が、最後の流れを開く』


「……記憶を受け継ぐ者?」


レイナが眉をひそめる。


「最後の流れって、何かしら」


ソアはシードを見た。


シードもまた、文字をじっと見つめていた。


「……わたし?」


小さな声だった。


「シード?」


「……この、はっぱ。なんだか、しってる」


シードは胸元に手を当てた。


「……でも、まだ、わからない」


ソアは、シードの頭をそっと撫でた。


「分からなくても大丈夫だよ。ゆっくり調べていこう」


シードは頷いた。


「……うん」


その時。


遺跡の奥から、カチリという音が聞こえた。


三人が振り返る。


壁の向こうで、何かが動いている。


レイナは剣を抜いた。


「……まだ、何かあるみたいね」


ソアも盾を構える。


「よし。今度は罠を踏まないように進もう!」


「最初からそうしなさい!」


「……気をつけます!」


三人は警戒しながら、遺跡のさらに奥へ進んでいった。


その先にあるのは、世界樹の記憶なのか。


それとも――


誰かが残した、新たな罠なのか。


まだ、誰にも分からなかった。


     ◇


一方。


別の古代遺跡。


黒衣の男は、黒い結晶が埋め込まれた装置を見下ろしていた。


装置の表面には、七つの紋章が刻まれている。


そのうち、三つ目の紋章がかすかに輝いた。


「……また反応したか」


男は低く呟いた。


「誰かが、循環の記録に触れたな」


彼は装置に手を置く。


黒い結晶が、どくん、と脈打った。


一瞬だけ、緑色の光が結晶の内部を走る。


しかし、すぐに黒い闇がそれを覆い隠した。


「……余計なことを知る必要はない」


男は手を離した。


「今度こそ、すべてを集める」


装置の奥で、何かが静かに動き始める。


男はまだ知らない。


彼が集めようとしている力が、彼自身の知らない場所へと流れ始めていることを。


そして、その流れに気づいた存在が、すでに動き始めていることを。


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