↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第九章 巡りの雫と、世界樹の記憶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
89/158

第89話 小さな雫が示す道


「……よし!」


ソア・ミュスカは、街道の真ん中で両手を腰に当てた。


全身を包むのは、新たに生まれ変わった《世界巡鎧》。


以前の鎧と同じように重厚で、金属の輝きも美しい。


けれど、関節の動きは滑らかで、歩くたびに感じていた不快な軋みもない。


「今日も鎧が最高!」


「朝から元気ね、ソア」


隣を歩くレイナが、呆れたように笑った。


「だって見てよ、レイナ! この肩当て! この胸当て! この腰の装甲!」


「昨日も見たわよ」


「昨日と今日では、見る角度が違うから!」


「そういうものなの……?」


「そういうものなの!」


ソアは堂々と言い切った。


その後ろでは、小さな植物の精霊シードが、ソアの姿をじっと見つめていた。


頭の葉っぱが、風に揺れる。


「……ソア」


「ん? どうしたの、シード?」


「……うれしい?」


「うん! すっごく!」


「……わたしも、うれしい」


シードは、ふにゃりと笑った。


レイナはその様子を見て、ふっと表情を和らげた。


「さて。鎧のお披露目も済んだことだし、そろそろ本題に入りましょう」


「本題?」


「次の目的地よ。ギルドから受け取った資料、確認したでしょう?」


「あっ!」


ソアは、慌てて腰のポーチを探った。


地図。


依頼書。


食料の残りを書いた紙。


修理費の請求書。


「……あれ?」


「最後の紙は何?」


「今月の修理費!」


「そんなものまで持ち歩いているの!?」


「大切な記録だよ!」


「もっと別のものを大切にしなさいよ……」


レイナは額を押さえた。


結局、目的の資料はポーチの奥から見つかった。


そこには、先日調査した炉心遺跡で発見された記録の写しと、周辺の古代遺跡の地図が記されている。


ソアは資料を広げた。


「ええと……この前の遺跡では、魔力が一か所に集まっていたんだよね」


「ええ。古代の装置が本来の機能を失っていた可能性が高いわ」


レイナが頷く。


「七つの器は、それぞれ別の力を持っている。でも、ただ集めるために作られたわけではない。力を循環させるためのものだった」


「うん。みんなで使えばいいのにね」


ソアは、以前と同じ感想を口にした。


「……あつめる。かえさない」


シードが小さく呟いた。


その言葉に、二人は表情を引き締める。


黒衣の男。


彼は、なぜ七つの器を集めようとしているのか。


大切な人を失いたくない。


その願いは理解できる。


けれど、すべての力を自分の中に集めることが、本当に誰かを守ることにつながるのだろうか。


答えは、まだ見つかっていない。


「……とにかく、次の遺跡を調べましょう」


レイナが地図を指さした。


「この山脈の向こうに、古代の魔力回路が残っている可能性がある場所が記されている。炉心遺跡とも、何らかのつながりがあるかもしれないわ」


「よし! 出発だね!」


ソアは元気よく歩き出した。


ガシャッ。


ガシャッ。


ガシャッ。


「……あれ?」


三歩進んだところで、ソアが立ち止まった。


「どうしたの?」


レイナが尋ねる。


ソアは胸元に手を当てた。


そこには、小さな雫型のペンダントが揺れていた。


銀白色の金属に、葉っぱの模様が刻まれている。


《巡りの雫》。


新しい鎧を作った際、余った《世界巡鋼》から鍛冶師が作ってくれたものだ。


「……光ってる?」


ペンダントの表面に、淡い緑色の光が浮かんでいた。


ほんのわずかな光。


日差しの反射かと思うほど弱い。


しかし、ソアが指で触れると――


ぽうっ。


今度は、はっきりと光った。


「わっ!?」


ソアは慌てて手を離した。


「な、何これ!?」


レイナが近づく。


「魔力に反応しているのかしら?」


「でも、私、何もしてないよ?」


「試しに、魔力を流してみて」


「分かった!」


ソアは目を閉じ、ペンダントへ魔力を流そうとした。


すると。


ぽうううっ。


緑色の光が強くなった。


同時に、世界巡鎧の表面を、細い光の筋が走る。


胸当てから肩当てへ。


肩当てから腕当てへ。


そして腰の装甲を通り、再び胸元へ。


まるで、鎧の中を何かが巡っているようだった。


「……すごい」


ソアは目を輝かせた。


「鎧が光ってる!」


「感想がそこなの!?」


レイナの突っ込みが響く。


しかし、次の瞬間。


シードが顔を上げた。


「……ちがう」


「え?」


「……ソアの、まりょくじゃない」


シードの金色の瞳が、ペンダントを見つめていた。


「この、ひかり……とおくから、きてる」


「遠くから?」


レイナが尋ねる。


シードは小さく頷いた。


「……うん。ずっと、とおく」


ペンダントの光が、ふっと揺れた。


そして――


ソアの胸元から、一本の細い光が伸びた。


光は街道の先へ向かって、まっすぐに漂っている。


まるで、何かを指し示す道標のように。


「……これ、進む方向を教えてくれているのかな?」


ソアが呟く。


レイナは地図を確認した。


光の示す方向。


そこには、古い山道と、記録の少ない地域がある。


そして、そのさらに先には――


小さな印が一つ。


古代遺跡の可能性がある場所だった。


「偶然にしては、できすぎているわね」


「行ってみようよ!」


ソアは即答した。


「危険があるかもしれないわ」


「うん!」


「罠があるかもしれない」


「うん!」


「魔物が出る可能性もある」


「うん!」


「……分かっているの?」


「だって、気になるんだもん!」


ソアは笑った。


「それに、シードも何か感じているんでしょう?」


シードは少しだけ考えた。


そして、胸元の葉っぱを揺らした。


「……よばれてる」


その言葉に、二人は黙り込んだ。


世界樹の森で、初めて聞いた言葉。


あの時も、シードは何かに呼ばれていた。


そして、その先で出会ったのは、世界樹の根と、小さな種だった。


「……また、世界樹に関係する場所なのかしら」


レイナが呟く。


ソアはペンダントを握った。


冷たいはずの金属が、ほんのりと温かい。


「だったら、確かめに行こう」


ソアは顔を上げた。


「この光が何なのか。シードが何に呼ばれているのか。それから……」


少しだけ、笑みを深める。


「七つの器が、本当は何のためにあるのか!」


「そうね。行きましょう」


レイナが頷いた。


シードも二人の間で、小さく手を伸ばす。


「……みんなで、いく」


「うん!」


ソアはシードの手を取った。


三人は、光の示す道へと歩き始めた。


ガシャッ。


ガシャッ。


ガシャッ。


新しい鎧の音が、静かな街道に響く。


その胸元では、小さな雫が淡い緑色の光を放ち続けていた。


◇


同じ頃。


山脈の向こうにある、名も失われた古代遺跡。


その最深部で、一人の男が立ち尽くしていた。


黒い外套。


顔を覆う影。


そして、その右腕に浮かぶ黒い紋様。


黒衣の男は、石壁に刻まれた七つの印を見つめていた。


そのうち二つは、すでに黒く染まっている。


そして今――


木の葉を模した小さな印が、かすかに緑色に輝いた。


「……何だ?」


男は目を細めた。


「まだ、動いていないはずだ」


彼は石壁に手を触れた。


すると、壁の奥から微かな振動が伝わってくる。


一度。


二度。


まるで、眠っていた何かが目を覚まそうとしているかのように。


「……世界樹の経路が、反応している?」


男の声に、わずかな戸惑いが混じった。


彼は、これまで集めてきた記録を思い返す。


七つの器。


古代の装置。


世界樹の力。


そのすべてを集めれば、失われたものを取り戻せる。


そう信じていた。


だが。


石壁の奥から伝わる魔力は、彼の知るものとは違っていた。


集めるための力ではない。


誰か一人に与えるための力でもない。


それは――


どこかから流れ込み、別の場所へと流れていく力だった。


「……循環、か」


男は低く呟いた。


そして、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げた。


「だが、今さら止まるわけにはいかない」


黒い紋様が、彼の腕の上で脈打つ。


「すべてを集めなければ……今度こそ、間に合わない」


男は踵を返した。


背後で、木の葉の印が再び光る。


その光は、黒い影に覆われながらも、完全には消えなかった。


◇


「……あっ!」


街道を歩いていたソアが、突然声を上げた。


「どうしたの?」


「お腹すいた!」


「……今!?」


レイナが空を仰いだ。


シードも、お腹に手を当てる。


「……わたしも」


「よし! お昼にしよう!」


ソアは勢いよく頷いた。


「ちょっと待ちなさい。遺跡の調査は?」


「お昼を食べてから!」


「……はぁ」


レイナはため息をついた。


けれど、ペンダントの光が示す道は、逃げたりしない。


焦る必要はないのだ。


三人は街道脇の木陰に腰を下ろした。


ソアが荷物を広げる。


パンが三つ。


干し肉が少し。


そして――


「……あれ?」


ソアの手が止まった。


「どうしたの?」


「パンが二つしかない」


「……誰が食べたの?」


レイナがゆっくりと尋ねた。


ソアは目をそらした。


「……朝ごはん、おいしかったから」


「あなたねえええええ!!」


山道に、レイナの怒声が響き渡った。


シードは二人を見上げ、くすくすと笑った。


胸元では、小さな雫が変わらず光り続けている。


世界を巡る大きな謎が、動き始めていた。


けれど、ソアたちの旅は、今日もいつもどおりだった。


――鎧と、仲間と、お腹いっぱいのごはんを求めて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。