第88話 新しい鎧と、初めての実戦
翌朝。
「よーし! 今日は新しい鎧の初陣だ!」
宿の前で、ソア・ミュスカは元気よく拳を突き上げた。
全身を包むのは、銀白色の《世界巡鎧》。
胸元では、小さな雫型のペンダントが揺れている。
「……ソア。げんき」
「もちろん! だって、新しい鎧だよ!?」
「昨日も同じことを言っていたぞ」
レイナが呆れたように言った。
「昨日は完成した日! 今日は冒険する日!」
「つまり、毎日騒ぐつもりか」
「うん!」
「……即答するな」
シードがソアの胸元を見つめた。
「……ぺんだんと。きらきら」
「えへへ。かわいいでしょ?」
ソアはペンダントを指先でつまんだ。
「鍛冶師さんが作ってくれたんだ。前の鎧から生まれた金属でできてるんだよ」
「……たいせつ?」
「うん。とっても」
ソアは微笑んだ。
そして、ペンダントを鎧の内側へそっと収める。
「よし! それじゃ、行こう!」
*
今日の依頼は、ラーヴァの町から少し離れた岩場での魔物討伐だった。
火山地帯の魔力が落ち着き始めたことで、周辺の魔物が活動範囲を広げているらしい。
依頼書には、こう書かれていた。
――岩場に出現した溶岩トカゲの群れを討伐せよ。
「溶岩トカゲか……」
レイナが依頼書を確認する。
「熱に強く、硬い鱗を持つ。動きも速いらしい」
「なるほど……」
ソアは真剣な顔で頷いた。
「つまり、鎧の出番だね!」
「いや、いつだって鎧の出番だろう」
「それもそうだね!」
「……お前は本当にぶれないな」
レイナはため息をついた。
だが、ソアは気にしない。
むしろ、いつも以上に真剣だった。
新しい鎧で、初めての実戦。
以前の自分なら、重さに振り回されていた。
けれど、今は違う。
鍛冶師が作ってくれた鎧の性能を確かめたい。
そして何より――。
「……ちゃんと、使いこなしたいな」
ソアは小さく呟いた。
前の鎧が守ってくれたように。
今度は、自分の力で、この鎧を扱えるようになりたい。
*
岩場に到着すると、さっそく魔物の姿が見えた。
赤黒い鱗。
太い尾。
口元から漏れる、熱い息。
五匹の溶岩トカゲが、岩の隙間で身体を温めていた。
「……いたな」
レイナが剣を構える。
「三匹は私が引き受ける。残りを頼むぞ、ソア」
「了解!」
ソアも剣と盾を構えた。
その時。
溶岩トカゲの一匹が、こちらに気づいた。
「ギャアアッ!」
地面を蹴り、猛然と突進してくる。
「来た!」
ソアは盾を構えた。
以前なら、重い鎧ごと押し飛ばされていたかもしれない。
けれど、今はただ受け止めるだけじゃない。
相手の進行方向を見極める。
足を半歩ずらす。
盾を正面からぶつけるのではなく、わずかに角度をつける。
「そこっ!」
ガァンッ!
溶岩トカゲの突進が、盾の表面を滑った。
巨体が横へ流れる。
「……よし!」
ソアはすぐに踏み込んだ。
重い脚甲が地面を捉える。
身体の重心を崩さず、剣を振り下ろす。
ザシュッ!
鱗の隙間を斬られた溶岩トカゲが、悲鳴を上げて倒れた。
「……えっ?」
ソアは剣を止めた。
「倒せた……?」
「自分で倒したんだろうが!」
離れた場所からレイナの声が飛んできた。
「いや、そうなんだけど!」
ソアは自分の腕を見つめた。
動きが、思ったよりも滑らかだった。
鎧は重い。
それは間違いない。
けれど、その重さに身体を引っ張られる感覚が少ない。
踏み込んだ時も、方向を変えた時も、以前より安定している。
「……すごい」
ソアは胸当てを見た。
「この鎧、すごい!」
その隙を狙って、別の溶岩トカゲが飛びかかってきた。
「うわっ!?」
ソアは慌てて盾を上げる。
ガァンッ!
衝撃が腕に伝わる。
しかし、足は滑らなかった。
重い脚甲が地面を捉え、身体を支えている。
「……あ」
ソアは気づいた。
以前は、鎧の重さが動きを妨げていた。
けれど、重さそのものが悪いわけじゃない。
足元が安定していれば、攻撃を受けた時にも踏ん張れる。
重さを利用すれば、盾で相手の動きを逸らすこともできる。
「……そっか」
ソアは笑った。
「重いから、できることもあるんだ!」
溶岩トカゲが再び襲いかかる。
「今度は――!」
ソアは半歩踏み込み、盾で相手の頭を押し流した。
そして、空いた胴体へ剣を叩き込む。
ズバッ!
溶岩トカゲが倒れた。
「よしっ!」
ソアは嬉しそうに拳を握った。
遠くでは、レイナも残りの魔物を片づけていた。
「……ふむ」
戦いながら、レイナはソアの動きを見ていた。
単純な力だけなら、以前からソアは十分に強かった。
だが、重い鎧に振り回されるせいで、その力をうまく使えていなかった。
今は違う。
無駄な動きが減っている。
盾で受けるだけでなく、相手の力を利用している。
鎧の重さを、弱点ではなく武器として扱い始めていた。
「……ようやく、鎧と息が合ってきたか」
レイナは小さく笑った。
*
討伐を終えたあと。
ソアたちは岩場の近くで休憩していた。
「いやー、楽しかった!」
ソアは鎧を着たまま、岩に腰掛けていた。
「前より動きやすいし、ちゃんと踏ん張れるし! 最高だよ、この鎧!」
「そうだな。少なくとも、以前より無駄に転ぶ回数は減りそうだ」
「レイナ、それどういう意味?」
「そのままの意味だ」
「……むぅ」
ソアは頬を膨らませた。
シードは倒した魔物の近くにしゃがみ、鱗の表面を観察していた。
「……あつい。でも、さっきより、まほうが、おちついてる」
「魔力が?」
ソアが尋ねる。
シードは頷いた。
「……このへん。ながれ、もどってる」
火口での戦い以来、周囲の魔力の流れは少しずつ安定している。
それでも、場所によっては乱れが残っているらしい。
「世界樹の力が、少しずつ巡り始めてるのかな?」
「……たぶん」
シードはソアの胸元を見た。
「……あ」
「どうしたの?」
「……ぺんだんと」
ソアは首元を確かめた。
ペンダントが、淡い緑色に光っている。
「……え?」
光は、ごく小さなものだった。
鎧の表面を巡る光と同じように、ペンダントの中にも、淡い緑色の筋が走っている。
ソアはそっと鎖を持ち上げた。
「……昨日は、こんなふうに光らなかったよね?」
「……うん」
シードはペンダントに手を伸ばした。
触れる直前、ぴたりと止まる。
「……ここ。ながれが、ある」
「流れ?」
「……でも、ちがう。ソアのまほうとも、わたしのまほうとも、ちがう」
シードは不思議そうに首を傾げた。
「……もっと、とおくから、きてる」
ソアはペンダントを見つめた。
世界巡鋼は、魔力を内部で循環させる性質を持っている。
だから、周囲の魔力に反応して光っただけなのかもしれない。
そう考えれば、不思議ではない。
「……うーん」
ソアは首を傾げた。
「鍛冶師さんに聞いてみようかな?」
「それがいいだろうな」
レイナも頷いた。
「ただの装飾品だと思っていたが、何か性質があるのかもしれない」
「……うん。大切なものだから、ちゃんと知りたいな」
ソアはペンダントを鎧の内側へ戻した。
その瞬間、光がすっと弱まった。
まるで、何かの呼びかけに応えたあと、静かに眠りについたようだった。
*
その頃。
遠く離れた古代遺跡では、黒衣の男が巨大な装置の前に立っていた。
壁面に刻まれた七つの紋章。
そのうち、いくつかは黒く染まっている。
男は装置に手を置き、魔力を流し込んだ。
しかし、装置は一瞬だけ光ったあと、再び沈黙した。
「……まだ足りないか」
男は拳を握った。
「竜皇砲だけではない。残る器も、すべて集めなければ……」
その時。
装置の隅に刻まれた、小さな枝葉の紋様が淡く光った。
「……何だ?」
男は顔を上げた。
光は一瞬で消えた。
だが、その反応は、これまでの記録にはなかったものだった。
「世界樹の経路が……別の場所で反応した?」
男はしばらく黙っていた。
やがて、低い声で呟いた。
「……誰かが、循環を取り戻そうとしているのか」
男の脳裏に、銀白色の鎧を身につけた少女の姿が浮かぶ。
何度壊れても鎧を身につけ直し、それでも前へ進む少女。
「……ソア・ミュスカ」
男は装置を見つめた。
「君は、いったい何を目覚めさせようとしている?」
装置は答えない。
ただ、壁面の枝葉の紋様が、もう一度だけ淡く光った。
そして、静かに消えた。
*
夕方。
ソアたちは町へ戻る道を歩いていた。
「新しい鎧、初陣成功!」
ソアは満足そうに胸を張った。
「それに、ペンダントも光ったし!」
「まだ原因は分かっていないだろう」
レイナが釘を刺す。
「分からないから、調べるんだよ!」
ソアは元気よく答えた。
シードが、そっとソアの手を握る。
「……ソア」
「なあに?」
「……その、ぺんだんと。だいじにして」
ソアは少し驚いた。
けれど、すぐに優しく微笑んだ。
「うん。もちろん!」
胸元のペンダントに触れる。
「これは、前の鎧が残してくれたものだから」
ソアは前を向いた。
「大切にするよ。ずっとね」
ペンダントは、何も答えない。
けれど、その小さな金属の奥には、確かに何かが息づいていた。
世界樹へと続く、遠い魔力の流れ。
まだ誰も知らない、失われた循環の記憶。
それは、少しずつソアのもとへ近づき始めていた。




