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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第八章 灼熱の炉心と、生まれ変わる鎧

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第85話 世界巡鋼と、受け継がれたもの


 青白い炎が、静かに揺れていた。


 その中心を、淡い緑色の光が流れている。


 まるで炎そのものが、何かを包み込むように。


「…………」


 ソアは、火口の前から動けずにいた。


 つい先ほどまで、そこには大切な鎧の破片があった。


 胸当て。


 肩当て。


 腕当て。


 脚甲。


 何度も修理し、何度も身につけてきたもの。


 それらは今、すべて炎の中に消えている。


「……本当に、なくなっちゃったんだね」


 ソアは小さく呟いた。


 返事はない。


 ただ、青白い炎が揺れるだけだった。


 レイナが、そっと隣に立つ。


「……後悔しているか?」


「……ううん」


 ソアは首を横に振った。


「寂しいけど、後悔はしてないよ」


 少し考えてから、続けた。


「だって、私が決めたことだから」


 レイナは静かに頷いた。


「そうか」


「うん」


 ソアはもう一度、炎を見つめた。


「……でも、ちょっとだけ不思議」


「何がだ?」


「鎧がなくなったのに……なんだか、ここにいる気がするんだ」


 自分でも、うまく説明できなかった。


 金属の破片は、もう手元にない。


 あの鎧を着ることもできない。


 それなのに、完全に失ってしまったとは思えなかった。


 シードが、火口の縁にそっと手を触れた。


「……ソア」


「うん?」


「……きこえる」


「何が?」


「……ちいさな、こえ」


 シードは目を閉じた。


 頭の葉が、淡い緑色に輝く。


「……かたちは、かわる。でも……つながってる」


 その言葉と同時に、火口の奥で何かが動いた。


 ゴウン……。


 古代の鍛造炉が、低い音を立てる。


 床に広がる魔法陣が、ひとつ、またひとつと光り始めた。


「な、何だ!?」


 レイナが大剣を構える。


「危険なのか?」


「……ちがう」


 シードは首を横に振った。


「……うけいれてる」


「受け入れてる?」


「……うん。ソアの、きもちも」


 ソアは、目を見開いた。


「……私の?」


 シードは頷いた。


「……まもりたい。いっしょに、いたい。ありがとう」


 シードは一生懸命に言葉を探しながら、続けた。


「……そういうの、ぜんぶ」


 ソアは胸に手を当てた。


 そこには、もう胸当てはない。


 けれど、胸の奥に残っているものは、確かにあった。


「……そっか」


 ソアは小さく笑った。


「……ちゃんと、伝わったんだね」


     *


 突然、火口の中央から強い光が立ち上がった。


 ゴォォォォッ!


 青白い炎が渦を巻き、緑色の魔力を巻き込みながら、ひとつの塊を形作っていく。


「……あれは?」


 レイナが目を凝らした。


 炎の中心にあるのは、金属のようなものだった。


 しかし、普通の金属とは違う。


 表面には銀色の輝きがあり、その奥を緑色の光がゆっくりと流れている。


 赤い光が一瞬走ると、表面に細かな模様が浮かび上がった。


 まるで、金属の中に血管が通っているかのようだった。


「……きれい」


 ソアは思わず呟いた。


 塊は少しずつ形を変えながら、火口の中央に浮かんでいる。


 やがて炎が落ち着き、金属の塊が静かに降りてきた。


 カン……。


 石造りの台座に、軽い音を立てて着地する。


 そこにあったのは、拳ほどの大きさの金属塊だった。


 ソアは恐る恐る近づいた。


「……触ってもいいのかな?」


「待て。まだ熱いかもしれないぞ」


 レイナが制止する。


「……だいじょうぶ」


 シードが金属塊に手を伸ばした。


 葉から淡い緑色の光が流れ、金属の表面を包み込む。


 すると、金属塊は静かに輝いた。


 熱気は感じられない。


 むしろ、手を近づけると、心地よい温もりが伝わってきた。


「……ソア。さわって、いいよ」


「本当?」


「……うん」


 ソアは、そっと手を伸ばした。


 指先が金属に触れる。


 その瞬間。


 ふわり、と温かな感覚が伝わってきた。


「……あ」


 ソアは息を呑んだ。


 懐かしい感覚だった。


 もちろん、金属そのものが以前の鎧と同じわけではない。


 色も違う。


 形も違う。


 けれど、その奥にある魔力の流れは――


「……なんだか、知ってる感じがする」


 ソアは、両手で金属塊を持ち上げた。


 ずっしりと重い。


 見た目以上に、しっかりとした重さがある。


 その重さが、なぜだか嬉しかった。


「……重い」


「そこが嬉しいのか?」


 レイナが呆れたように尋ねる。


「うん!」


 ソアは満面の笑みを浮かべた。


「やっぱり、重い金属っていいよね!」


「……お前は本当に変わらないな」


 レイナは、呆れながらも微笑んだ。


     *


 金属塊を台座に戻すと、壁の一部が淡く光り始めた。


 古代文字が浮かび上がり、その下に新たな文字が刻まれていく。


 シードが、ゆっくりと読み上げた。


「……せかいを、めぐる……ちから」


 続いて、別の文字が浮かぶ。


「……ひとつに、とどめず……すべてへ、かえす」


 レイナが眉をひそめた。


「世界を巡る力……すべてへ返す、か」


「……うん」


 シードは頷いた。


「……この、きんぞく。まりょくを、ためるだけじゃない」


「じゃあ、どうするの?」


 ソアが尋ねる。


「……ながす。うけとって、かえす」


 シードは金属塊に触れた。


「……せかいの、ながれと、いっしょ」


 ソアは、じっと金属塊を見つめた。


 世界を巡る力。


 受け取って、返す。


 それは、あの石碑に刻まれていた言葉と同じ意味を持っている気がした。


「……世界樹の力と、火の力が混ざったのかな?」


「おそらくな」


 レイナが答えた。


「この鍛造炉は、ただ金属を溶かす場所じゃない。魔力の流れを整え、素材そのものを作り変える施設だったのかもしれない」


「じゃあ、私の鎧は……」


 ソアは言葉を止めた。


 その先を口にするのが、少し怖かった。


 新しい金属が生まれた。


 けれど、それは元の鎧ではない。


 同じ形には戻らない。


 同じ傷も、同じ留め具も、同じ胸当てもない。


 ソアは、そっと金属塊を撫でた。


「……ねえ」


 小さく呟く。


「あなたは、あの子の続きなの?」


 金属塊は何も答えない。


 ただ、その表面を緑色の光が静かに流れた。


 シードが、ソアを見上げる。


「……なくなって、ないよ」


「……うん」


「……かたち、ちがう。でも、つづいてる」


 ソアは目を閉じた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……そっか」


 胸の奥が、少しだけ温かくなった。


     *


 その時。


 金属塊の前に、淡い光の文字が浮かび上がった。


【古代鍛造炉:再起動】


【素材変換:完了】


【新規素材を確認】


【名称:世界巡鋼】


【特性:魔力循環】


【特性:高耐熱性】


【特性:衝撃分散】


【特性:装備者の固有能力との共鳴】


「……世界巡鋼」


 ソアは、その名前をゆっくりと口にした。


「せかい、じゅんこう……」


 レイナが表示を確認する。


「魔力を循環させる金属か。耐熱性も高い。竜皇砲のような強力な魔力を扱う場所で生まれたのなら、相応の強度もあるのだろう」


「……じゃあ、すごく強い金属なんだね!」


「そうだな。だが、これだけで何でも解決するわけではないだろう」


「……うん」


 ソアは素直に頷いた。


 この金属があれば、どんな攻撃も受け止められる。


 どんな魔物にも負けなくなる。


 そんな都合のいい話ではない。


 鎧が強くなっても、自分が何もしなくていいわけではない。


 大切なのは、この力をどう使うかだ。


 ソアは、先ほどの戦いを思い出した。


 盾を構え、足を踏ん張り、二人を守ろうとした瞬間。


 自分の鎧は砕けた。


 それでも、二人を守ることはできた。


「……私、もっと上手に動けるようになりたい」


 ソアは呟いた。


「鎧が強くなるだけじゃなくて。私も、ちゃんと強くなりたい」


 レイナが頷いた。


「その気持ちを忘れなければ、きっと強くなれる」


「……うん!」


 ソアは笑った。


 そして、もう一度、世界巡鋼を見つめる。


「……ねえ、シード」


「……なに?」


「この金属で、鎧を作れるかな?」


 シードは金属塊に触れた。


 緑色の光が、表面をゆっくりと巡る。


「……できると、おもう」


「本当!?」


「……でも、ここでは、むり」


「えっ」


 ソアの顔が固まった。


「ここで鎧を作れるんじゃないの!?」


「……ちがう。これは、ざいりょう」


「ざいりょう……」


 ソアは金属塊を見つめた。


 そして、ゆっくりと頷く。


「……そっか。材料なんだね」


「……うん」


「じゃあ……」


 ソアの表情が、少しずつ明るくなった。


「鍛冶屋さんにお願いすればいいんだ!」


「……そうだな」


 レイナが苦笑した。


「ラーヴァの鍛冶師なら、何か方法を知っているかもしれない」


「よし!」


 ソアは両手を握りしめた。


「帰ろう!」


 その勢いに、レイナが目を瞬かせる。


「……もういいのか?」


「うん!」


 ソアは頷いた。


「まだ寂しいよ。前の鎧が戻ってくるわけじゃないし……」


 少しだけ、表情が曇る。


 それでも、すぐに前を向いた。


「でも、この子が残してくれたものを使って、新しい冒険ができるなら……私は、それが嬉しい」


 シードが、そっとソアの手を握った。


「……ソア。うれしい?」


「うん!」


「……わたしも、うれしい」


 ソアはシードを抱き上げた。


「ありがとう、シード!」


「……わっ」


 突然抱き上げられ、シードが目を丸くする。


「……ソア、ぎゅう、つよい」


「あ、ごめん!」


 ソアは慌てて力を緩めた。


「……でも、もうちょっとだけ!」


「……うん」


 シードは、小さく笑った。


     *


 鍛造炉を離れる前。


 ソアは、もう一度だけ振り返った。


 青白い炎は、穏やかに燃え続けている。


 もう、あの鎧の破片はない。


 けれど、その代わりに生まれたものがある。


 世界巡鋼。


 世界の魔力を巡らせ、受け取った力を返す金属。


 それは、ただ強いだけの素材ではなかった。


 失われたものを、なかったことにするためのものでもない。


 これまでの冒険を受け継ぎ、これからの冒険へとつなぐためのものだった。


「……またね」


 ソアは小さく呟いた。


「今度は、新しい姿で会おうね」


 そして、世界巡鋼を大切に抱え、歩き出した。


 目指すのは、ラーヴァの町。


 待っているのは、新しい鎧を作るための職人。


 そして――


 ソア自身が、これからどんな鎧と歩んでいくのかという、新しい選択だった。

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