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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第八章 灼熱の炉心と、生まれ変わる鎧

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第82話 最後の一撃と、砕けた鎧


 ゴーレムたちが崩れ落ちた炉心遺跡。


 静寂が戻ったはずの空間に、重い鼓動が響いていた。


 ドクン。


 ドクン。


 遺跡の最奥。


 巨大な炉の中央で、赤黒い光が脈打っている。


「……あれが、竜皇砲?」


 レイナが大剣を構え直した。


「おそらくな」


 炉の前に立つ黒衣の男が答えた。


「だが、まだ完全には目覚めていない」


「だったら、今のうちに止める!」


 ソアは盾を構えた。


 胸当ての留め具が、ギシリと鳴る。


 何度も修理してきた鎧だ。


 傷だらけで、継ぎ目も少しずつ弱くなっている。


 それでも、ソアにとっては大切な相棒だった。


「ソア、気をつけて」


 シードが小さな手で、ソアの腕に触れた。


「……あの、ひかり。いたい」


「痛い?」


「うん。ながれが、くるしい」


 シードの表情が曇る。


 炉心から放たれる魔力は、ただ強いだけではない。


 何かを無理やり引き寄せ、押し込めようとしている。


 まるで、巨大な心臓が本来の流れに逆らって鼓動しているようだった。


「……また、無理やり動かしてるんだね」


 ソアは黒衣の男を見た。


「これを動かしたら、何が起きるの?」


「世界樹への道が開く」


「それだけ?」


「……」


 男は答えなかった。


「だったら、どうしてそんなに急いでるの?」


「お前には関係ない」


「関係あるよ」


 ソアは一歩前へ出た。


「こんなに苦しそうな魔力を、放っておけないもん」


「お前に何が分かる!」


 男の声が炉心に響いた。


 黒い鎖が床から飛び出す。


 ガァンッ!


 ソアは盾で受け止めた。


「くっ……!」


 衝撃が腕を突き抜ける。


 足元の石床に、亀裂が走った。


「ソア!」


「大丈夫!」


 ソアは歯を食いしばった。


「このくらい……!」


 鎖が引き戻される。


 男が手をかざすと、炉心から黒い魔力が噴き上がった。


 その魔力が鎖にまとわりつき、巨大な刃へと姿を変える。


「ならば、力ずくで退いてもらう」


「……やっぱり、そうなるんだ」


 ソアは盾を構え直した。


「レイナ、シード! あの人を止めるよ!」


「了解した!」


「……うん!」


 レイナが右側へ回り込む。


 シードは床に根を伸ばし、炉心から広がる魔力の流れを探った。


 ソアは正面から男へ向かって走る。


 以前なら、こんな重い鎧で一直線に突っ込むことしかできなかった。


 今は違う。


 小さく踏み込む。


 相手の動きを見る。


 鎧の重さを利用して、身体の軸をぶらさない。


 男が黒い刃を振り下ろす。


「そこ!」


 ソアは盾を斜めに構えた。


 ガギィンッ!


 刃の軌道を横へ逸らす。


 生まれた隙に、レイナが大剣を振るった。


「はああっ!」


 男が後退する。


「……なるほど」


 男の視線がソアの鎧へ向いた。


「以前より、動きが洗練されているな」


「えへへ。練習したから!」


「褒めている場合ではないぞ、ソア!」


「分かってる!」


 ソアは盾を前に出した。


 黒い鎖が左右から迫る。


 一つを盾で受け、もう一つを身体をひねって避ける。


 鎧の脚甲が石床を踏みしめた。


 ガシャン!


 重い音が響く。


 それでも、ソアの身体は崩れなかった。


「……いける!」


 男の懐へ踏み込む。


 剣を振り上げた、その瞬間だった。


 ドクンッ!


 炉心が、ひときわ強く脈打った。


「なっ……!?」


 男が振り返る。


 炉心の中心に、巨大な光が集まり始めていた。


 赤い光。


 黒い光。


 そして、その奥に見える白い輝き。


 すべてが混ざり合い、膨れ上がっていく。


「まずい!」


 シードが叫んだ。


「……くる!」


 次の瞬間。


 炉心から、凄まじい魔力の奔流が放たれた。


 ドォォォォォンッ!!


「きゃあっ!」


 ソアの身体が吹き飛ばされる。


「ソア!」


 レイナが叫ぶ。


 しかし、魔力の奔流は止まらない。


 狙いはレイナとシード。


 二人のいる場所へ、巨大な光が迫っていた。


「……っ!」


 ソアは地面に剣を突き立て、無理やり身体を起こした。


 間に合わない。


 普通に走っても、届かない。


 魔力の奔流は、もう目の前まで来ている。


 ソアは考えるより先に、動いていた。


「二人とも、下がって!」


 盾を構える。


 全身の重さを、足元へ。


 腰を落とし、両足で床を踏みしめる。


 鎧の重さを、逃げるためではなく、受け止めるために使う。


「ソア、だめ!」


 シードの声が聞こえた。


 けれど、ソアは振り返らなかった。


「大丈夫!」


 盾を両手で握り直す。


「私の鎧は……!」


 魔力の奔流が、盾に激突した。


 ドォォォォォンッ!!


「ぐっ……ああああっ!」


 腕が痺れる。


 肩が軋む。


 足元の石床が砕けていく。


 それでも、ソアは踏みとどまった。


 一歩も退かない。


 盾の向こうに、シードがいる。


 その隣に、レイナがいる。


 二人を守る。


 そのために、今はここに立っている。


「まだ……!」


 ソアは声を絞り出した。


「まだ、耐えられる……!」


 鎧の胸当てから、嫌な音がした。


 ミシッ。


「……え?」


 視線を落とす余裕はない。


 魔力の奔流が、さらに激しさを増していく。


 ミシミシミシッ!


 胸当ての中央に、亀裂が走った。


 肩当ての留め具が弾ける。


 腕当てが歪み、脚甲の継ぎ目から火花が散った。


 長い時間をかけて修理してきた鎧。


 何度も冒険を共にした鎧。


 それが今、限界を迎えようとしていた。


「ソア! もういい! 逃げろ!」


 レイナが叫ぶ。


「……逃げない!」


 ソアは盾を握りしめた。


「だって……!」


 声が震える。


「二人を、守りたいから!」


 その言葉と同時に。


 胸当ての亀裂が、一気に広がった。


 バキィィィンッ!!


「――っ!」


 胸当てが砕け散った。


 破片が魔力の奔流に巻き込まれ、白い光の中へ消えていく。


 続いて、右肩の肩当てが弾け飛ぶ。


 左腕の装甲が砕ける。


 脚甲の留め具が、次々と外れていった。


 ガシャン!


 ガガガシャンッ!


 ソアの大切な鎧が、ひとつ、またひとつと壊れていく。


「……やだ」


 小さな声が漏れた。


「……やだ、よ」


 それでも、ソアは盾を下ろさなかった。


 最後まで。


 二人を守るために。


 そして――


 ドォォォォォンッ!!


 魔力の奔流が、ようやく途切れた。


 静寂。


 炉心の光が、ゆっくりと弱まっていく。


 ソアは、その場に膝をついた。


「……はぁ……っ」


 呼吸が荒い。


 腕が震えている。


 けれど。


「……二人、とも……」


 顔を上げる。


 レイナは無事だった。


 シードも、傷ひとつ負っていない。


「……よかった」


 ソアは、ほっと笑った。


 その直後。


 ガシャン。


 何かが床に落ちた。


 ソアはゆっくりと視線を下げた。


 足元に転がっていたのは、胸当ての大きな破片だった。


 見慣れた金属。


 何度も修理してきた、胸当ての一部。


 その表面には、深い亀裂が幾重にも走っていた。


「…………」


 ソアは手を伸ばした。


 破片を拾い上げる。


 指先が、かすかに震えた。


「……私の、鎧」


 残っていた肩当てが、音を立てて崩れ落ちた。


 腕当ても。


 脚甲も。


 もう、元の形を保っていない。


 魔法鋼の装甲は砕け、留め具はひしゃげ、継ぎ目は完全に裂けていた。


 何度修理しても、また一緒に冒険してきた鎧。


 傷が増えるたびに、思い出も増えていった鎧。


 それが。


 もう、鎧の形をしていなかった。


「……うそ」


 ソアは破片を胸元に抱えた。


「……そんな」


 いつもの笑顔は、もうなかった。


 レイナがゆっくりと近づいてくる。


「ソア……」


「……ごめんね」


「え?」


 ソアは鎧の破片を見つめたまま、小さく呟いた。


「……守ってくれたのに」


 何度も守ってくれた。


 転んだ時も。


 魔物に殴られた時も。


 崖から落ちた時でさえ。


 いつだって、この鎧があった。


 なのに。


 今度は、自分が鎧を守れなかった。


「……ごめんね」


 シードが、そっとソアの隣に座った。


「……ソア」


「……うん」


「……いたい?」


 ソアは首を横に振った。


「……私は、大丈夫」


 そして、手の中の破片を見つめた。


「……でも」


 声が、少しだけ掠れた。


「……この子は、もう……」


 言葉の先が続かなかった。


 炉心の奥では、まだ竜皇砲が脈打っている。


 黒衣の男も、倒れてはいなかった。


 戦いは、まだ終わっていない。


 それでも。


 ソアは、しばらく立ち上がることができなかった。


 大好きな鎧を抱きしめたまま。


 まるで、それが最後のぬくもりであるかのように。


 ――ソアの冒険を、ずっと支えてきた最初の鎧。


 それは今、二度と元には戻らない姿になっていた。

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