第81話 暴走する炉心と、守るための戦い
ゴゴゴゴゴ……!
遺跡全体が大きく揺れた。
床の溝を流れていた青白い魔力が、まるで生き物のように脈打っている。
「きゃっ!?」
ソアは足を踏ん張った。
「な、何これ!?」
「魔力の流れが逆転しているのよ!」
レイナが叫ぶ。
「このままでは遺跡全体が崩れるかもしれない!」
「崩れる!?」
ソアは天井を見上げた。
頭上から小さな石片が落ちてくる。
カツン。
カツン。
そして――。
ドガァン!
巨大な岩が床に落ちた。
「うわぁぁっ!」
ソアは慌てて飛び退いた。
「危なかった……!」
「ソア、こっちへ!」
レイナがシードをかばいながら叫ぶ。
ソアは二人のもとへ走った。
ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ!
重い鎧が鳴る。
以前なら、こういう不安定な足場では転んでいたかもしれない。
けれど、今は違う。
ソアは歩幅を小さくし、足を置く場所を確かめながら進んだ。
一歩。
二歩。
三歩。
「……よし!」
無事に二人のもとへたどり着く。
レイナが少しだけ目を見開いた。
「今の、ずいぶん安定していたわね」
「えっ?」
「以前なら、途中で転んでいたんじゃない?」
「……ひどい!」
「事実でしょう?」
「うっ……!」
ソアは言い返せなかった。
シードが小さく頷く。
「……ソア、じょうず」
「シードまで!?」
ソアは頬を膨らませた。
「もう! 私だって成長してるんだからね!」
その直後。
ドゴォォン!
壁の一部が爆発した。
「きゃあっ!?」
ソアは盾を構えた。
「……今のは、私のせいじゃないよね!?」
「誰もそんなことは言っていないわ!」
レイナが叫んだ。
*
爆発した壁の向こうから、何かが這い出してきた。
赤黒い岩の身体。
青白く輝く結晶。
そして、以前倒した魔物と同じ紋様。
「……また魔物?」
ソアが剣を抜く。
しかし、現れたのは一体ではなかった。
二体。
三体。
さらに奥から、次々と同じ魔物が姿を現す。
「ちょっと待って!」
ソアの顔が引きつった。
「多くない!?」
「炉心の魔力に反応しているのよ!」
レイナが大剣を構えた。
「このまま放っておけば、遺跡の外まで出ていくかもしれない!」
「そんなのダメ!」
ソアは盾を構えた。
「町にまで行ったら大変だよ!」
シードが魔物たちを見つめる。
「……くろい、まじってる」
魔物の胸に埋め込まれた結晶。
その内部には、黒い筋が走っていた。
「やっぱり、黒衣の男が……?」
レイナが眉をひそめる。
「彼が直接操っているのか、それとも、以前から仕掛けられていたものなのか……」
「どっちにしても、止めなきゃ!」
ソアが踏み出した。
先頭の魔物が腕を振り下ろす。
ドォン!
ソアは盾で受け止めた。
「ぐっ……!」
衝撃が腕を駆け抜ける。
だが、今度は後ろへ押し戻されなかった。
ソアは足を踏ん張り、腰を落とす。
そして、魔物の腕が止まった瞬間――。
「えいっ!」
盾を押し返す。
魔物の巨体がわずかに傾いた。
「レイナ!」
「任せて!」
レイナが大剣を振る。
ガァン!
魔物の脚が砕け、巨体が床へ倒れ込んだ。
「やった!」
ソアは笑顔になった。
「今の、うまくいったよね!?」
「ええ! でも、まだ来るわ!」
「ですよねぇぇぇ!」
次の魔物が迫る。
ソアは盾を構え直した。
*
戦闘は長引いた。
レイナが前線を支え、ソアが魔物の動きを崩す。
シードは床を走る魔力の流れを観察していた。
しかし、魔物を倒しても、すぐに別の魔物が現れる。
「……きりがないわね」
レイナが息を吐いた。
「このままでは体力がもたない」
ソアも肩で息をしていた。
鎧の内部には熱がこもり、額から汗が流れている。
「はぁ……はぁ……」
「ソア、一度下がって!」
「でも……!」
「無理をしたら倒れるわ!」
ソアは歯を食いしばった。
目の前には、まだ魔物がいる。
その向こうには、青白い光を放つ炉心の装置。
そして、装置へ向かって流れ込む黒い魔力。
「……あれを止めれば」
ソアは呟いた。
「魔物も止まるんじゃないかな?」
レイナが振り返る。
「装置を止めるということ?」
「うん。魔物を全部倒すより、魔力の流れを止めた方が早いかもしれない」
レイナは一瞬考え、頷いた。
「可能性はあるわ。でも、装置まで近づけるかしら」
その時、シードが顔を上げた。
「……できる」
「シード?」
シードは床の溝を指さした。
「……ながれ、ここ。ここから、あそこ」
細い蔓が床を伝い、壁の一角へ伸びていく。
そこには、黒い結晶が埋め込まれていた。
「……あれが、逆流させてる」
レイナの目が鋭くなった。
「つまり、あの結晶を壊せば、魔力の流れが戻るかもしれないのね」
シードは頷いた。
「……うん。でも、まもられてる」
結晶の周囲には、魔物たちが集まっていた。
一体や二体ではない。
五体以上。
「……なるほどね」
ソアは盾を構えた。
「じゃあ、私が道を作る!」
「ソア、待って!」
レイナが呼び止める。
「一人で突っ込むつもり?」
「ううん!」
ソアは首を振った。
「三人でやろう!」
その言葉に、レイナが微笑んだ。
「……そうね。それがいいわ」
*
ソアが先頭に立つ。
レイナが右側を支え、シードが左側から蔓を伸ばす。
「行くよ!」
ソアが走り出した。
ガシャッ!
鎧の重さを感じながら、足元を確認する。
一歩。
二歩。
魔物の腕が迫る。
ソアは盾を構え、正面から受け止めた。
ドォン!
衝撃で身体が沈む。
けれど、倒れない。
「……まだ!」
ソアは盾を押し返し、魔物の腕を外側へそらした。
その隙にレイナが横を抜ける。
「はあっ!」
大剣が魔物の脚を打ち砕いた。
魔物が倒れる。
その向こうへ、シードの蔓が伸びた。
「……いま!」
蔓が結晶の周囲に絡みつく。
黒い魔力が激しく脈打った。
「……っ!」
シードの顔が歪む。
「シード!」
ソアが叫ぶ。
「……だいじょうぶ!」
シードは蔓を離さなかった。
「……ソア、いま!」
ソアは頷いた。
そして、盾を構え直す。
最後に残った魔物が、真正面から突進してきた。
「ゴォォォォ!」
「来いっ!」
ソアは逃げなかった。
魔物が腕を振り上げる。
その瞬間、ソアは半歩だけ横へ動いた。
ドォン!
拳が床に突き刺さる。
ソアは、その腕を盾で押さえ込んだ。
「今だよ、レイナ!」
「ええ!」
レイナが踏み込む。
大剣が魔物の胸を打ち、体勢を崩させた。
その隙に、シードが蔓を引いた。
パキィン!
黒い結晶が砕け散った。
次の瞬間――。
青白い光が広間を満たした。
ゴゴゴゴゴ……!
床を流れていた魔力が、ゆっくりと向きを変えていく。
逆流が止まった。
魔物たちの身体から、赤い光が消えていく。
一体。
また一体。
最後の魔物が崩れ落ちると、広間は静寂に包まれた。
*
「……止まった?」
ソアは、盾を下ろした。
シードが床に手を触れる。
しばらくして、小さく頷いた。
「……ながれ、もどった」
「よかった……!」
ソアはその場に座り込んだ。
「疲れたぁぁぁ……!」
レイナも壁に背中を預けた。
「……本当にね」
三人はしばらく、その場で息を整えた。
やがて、ソアが自分の鎧を見下ろす。
胸当てには新しい傷が増えていた。
肩当てにも、細い亀裂が走っている。
「…………」
ソアは静かに胸当てを撫でた。
「……頑張ってくれて、ありがとう」
レイナが横目で見る。
「鎧にお礼を言っているの?」
「うん」
ソアは頷いた。
「だって、今日も守ってくれたから」
レイナは何も言わなかった。
シードも、ソアの鎧にそっと手を触れる。
「……ソアも、がんばった」
「……えへへ」
ソアは少し照れたように笑った。
以前なら、鎧の重さに振り回されていた。
今も重い。
暑いし、動きづらい。
それでも、少しずつ扱えるようになってきた。
「……もっと上手に動けるようになりたいな」
ソアは呟いた。
「鎧を着たまま、もっと強くなりたい」
レイナが頷く。
「なれるわよ。今のあなたなら」
「本当?」
「ええ。ただし――」
レイナはソアの胸当てを指さした。
「帰ったら、鍛冶師に見てもらうこと」
「……はい」
「絶対よ」
「……はい」
ソアはしょんぼりと頷いた。
その時だった。
遺跡の奥から、低い音が響いた。
ドクン。
三人は同時に顔を上げた。
ドクン。
音は、さらに奥から聞こえてくる。
シードの葉が、ぴんと立った。
「……まだ、いる」
ソアは剣を握り直した。
「……黒衣の男?」
シードはゆっくりと頷く。
「……もっと、おく」
レイナが大剣を持ち上げた。
「行きましょう。今度は、何が起きても三人で対処する」
ソアは立ち上がった。
鎧が、ガシャリと鳴る。
「うん!」
三人は、さらに奥へと続く通路を見つめた。
その先には、まだ見ぬ炉心の中枢が待っている。
そして、青白い光の奥で――。
黒衣の男は、砕けた結晶の反応を感じ取っていた。
「……止めたか」
男は目を閉じた。
「だが、もう遅い」
巨大な装置の中央で、光が強く脈打つ。
ドクン。
「竜皇砲は、目覚め始めている」
男は静かに顔を上げた。
「……今度こそ、間に合わせる」
その声が消えたあとも、炉心の鼓動は止まらなかった。




