第80話 竜の紋章と、黒衣の先客
「……また分かれ道?」
ソア・ミュスカは、目の前に広がる三本の通路を見比べた。
左の通路は赤く輝いている。
中央の通路は青白い光に包まれている。
そして右の通路は――。
「……真っ暗だね」
「そうね」
レイナが頷いた。
「どれも奥へ続いているようだけど、何があるかは分からないわ」
「じゃあ、どれに行く?」
「調べてから決めるのよ」
「なるほど!」
ソアは元気よく頷いた。
そして、中央の通路へ一歩踏み出す。
「まずはここから――」
「待ちなさい!」
レイナが襟元をつかんだ。
「まだ調べてないでしょう!」
「……あっ」
ソアは足を止めた。
「そうだった」
「あなた、今の説明を聞いていた?」
「聞いてたよ!」
「本当に?」
「うん! 調べてから進むんだよね!」
「そうよ」
「だから、進みながら調べようと思って!」
「そういう意味じゃないわ!」
レイナの声が遺跡に響いた。
シードは二人を見上げ、小さく首を傾げる。
「……ソア、いそぐ?」
「ううん。レイナが慎重に行こうって!」
「……レイナ、ただしい」
「ありがとう、シード」
「……でも」
シードはソアを見た。
「……ソアも、ただしい?」
「えっ、私も!?」
ソアの顔がぱっと明るくなる。
「そうだよね! 進まなきゃ何も始まらないもんね!」
「……そういう意味ではないと思うわ」
レイナは頭を抱えた。
*
三人は、まず左右の壁を調べることにした。
壁には古代文字がびっしりと刻まれている。
レイナは一つずつ確認していったが、すぐに眉をひそめた。
「……この文字、同じ言葉が何度も繰り返されているわね」
「何て書いてあるの?」
「正確には分からないけれど……」
レイナは壁の一部を指さした。
「ここは『熱』。その隣が『流れ』。そして、これは……『心臓』かしら」
「心臓?」
ソアは首を傾げた。
「この遺跡に心臓があるの?」
「比喩かもしれないわ。装置の中心部を指している可能性もある」
シードが壁に手を当てた。
すると、頭の葉がぴくりと揺れた。
「……ここ」
「何か分かった?」
「……あつい、ながれ」
シードは壁の奥を指さした。
「……おくに、あつまってる」
レイナはすぐに理解した。
「魔力が、この先へ集まっているのね」
「じゃあ、中央の通路が正解?」
「まだ決まったわけじゃないわ」
レイナは慎重に周囲を見回した。
その時だった。
ソアが、右の通路の入口に刻まれた小さな傷を見つけた。
「……あれ?」
しゃがみ込んで確認する。
岩壁の一部が、鋭い刃物で削られたようになっていた。
その近くには、黒い粉のようなものが付着している。
「レイナ、これ見て」
レイナが近づき、表情を変えた。
「……黒い結晶の破片?」
シードもそっと手を伸ばす。
「……あのひと」
「黒衣の男が通った跡?」
シードは頷いた。
「……うん。さきに、いった」
ソアは立ち上がった。
「……やっぱり、先に来てるんだ」
彼が何をしようとしているのかは、まだ分からない。
けれど、ここまで来て何もしないはずがない。
ソアは剣の柄を握った。
「急ごう。でも、罠には気をつける!」
「ええ」
レイナも頷いた。
今度は、ソアも勝手に走り出さなかった。
*
三人は、黒い痕跡が続く右の通路へ入った。
しばらく進むと、巨大な扉が現れた。
その中央には、竜の紋章。
周囲には七つの円が刻まれている。
しかし、そのうち二つは黒く染まっていた。
「……これって」
ソアは紋章を見つめた。
以前、別の遺跡でも似たような図を見たことがある。
七つの器を示す印。
「七つの器……?」
レイナは扉の周囲を調べた。
「この扉、普通の鍵では開かないようね」
「押してみる?」
「壊すつもり?」
「……ちょっとだけ」
「ダメよ」
「はい……」
ソアはしょんぼりした。
その時、シードが扉に近づいた。
「……ここ、ちがう」
「何が違うの?」
「……扉じゃない」
レイナが目を細める。
「どういうこと?」
シードは中央の竜の紋章を指さした。
「……いれる、ところ」
ソアは目を瞬かせた。
「何かを入れるの?」
シードは頷いた。
「……まほう」
レイナが床を見る。
扉の前には、小さなくぼみがあった。
その周囲には、魔力を流すための細い溝が伸びている。
「なるほど……魔力を注ぐことで起動する仕組みなのね」
「じゃあ、私の魔力を使えば――」
「待って」
レイナがソアの腕をつかんだ。
「誰が仕掛けたか分からない装置よ。慎重にいきましょう」
「……分かった」
ソアは一歩下がった。
シードがそっと、くぼみの近くに手を置く。
すると、扉の表面に淡い緑色の光が広がった。
ピィィィン。
七つの円のうち、一つが光る。
しかし、すぐに消えた。
ゴゴゴ……。
扉が僅かに震えたものの、開くことはなかった。
「……だめ?」
ソアが尋ねる。
シードは首を振った。
「……ちがう。たりない」
「何が足りないの?」
「……ながれ」
シードは扉の奥を見つめた。
「……ここだけじゃ、うごかない」
レイナは考え込んだ。
「別の装置と連動しているのかもしれないわね」
「つまり、別の場所で魔力を流せばいいの?」
「そう考えるのが自然ね」
ソアは扉を見上げた。
「……じゃあ、黒衣の男はどうやって先に進んだんだろう?」
その疑問に答えるように、扉の向こうから声が聞こえた。
「――そこにいるのか」
三人の動きが止まった。
聞き覚えのある声。
低く、落ち着いた男の声だった。
黒衣の男。
「……やっぱり、いるんだ」
ソアは剣を抜いた。
「待って!」
レイナが制止する。
しかし、ソアは扉を見つめたままだった。
「……話を聞きたいの」
「ソア……」
「もちろん、危なかったら戦うよ。でも、まずは話をしたい」
その言葉には、迷いがなかった。
扉の向こうで、男が静かに答えた。
「話をする時間はない」
次の瞬間。
ドクン。
扉の向こうで、強い魔力が脈打った。
七つの円が一斉に光り、そのうち二つが黒く輝く。
「……っ!」
シードが胸元を押さえた。
「……いたい」
ソアが振り返る。
「シード!?」
「……ながれ、くずれる……!」
ゴゴゴゴゴ……!
遺跡全体が激しく揺れ始めた。
床の溝を流れていた魔力が、逆方向へと流れ始める。
「何が起きているの!?」
レイナが叫ぶ。
扉の向こうから、男の声が響いた。
「……まだ足りない」
ドクン。
「もっと集めなければ」
ドクン。
「今度こそ、失うわけにはいかない」
その声が消えた瞬間、扉の中央に亀裂が走った。
そして、隙間から青白い光があふれ出す。
ソアは盾を構えた。
「レイナ! シードをお願い!」
「分かったわ!」
レイナがシードをかばうように立つ。
ソアは扉の前に踏みとどまった。
鎧の関節が軋む。
ガシャン。
けれど、足は引かなかった。
「……誰かを守りたいのは、私も同じだよ」
扉の向こうにいる男へ、ソアは静かに告げた。
「でも、だからって……全部を一人で抱えなくてもいいんじゃないの?」
返事はなかった。
ただ、青白い光がさらに強くなる。
そして――。
扉の向こうから、巨大な機械が動き出す音が響いた。
ゴゴゴゴゴ……!
炉心遺跡の奥で、何かが目を覚まそうとしていた。




