第77話 火山の町と、鎧少女の暑すぎる一日
「……暑い」
ソア・ミュスカは、街道の真ん中で立ち止まった。
「……暑いね」
肩に乗ったシードも、小さな葉をぱたぱたと揺らしている。
「……暑いな」
最後尾を歩いていたレイナも、額の汗をぬぐった。
三人の目の前には、赤茶色の山々が連なる雄大な景色が広がっていた。
その山の一つから、細い煙が立ち上っている。
火山地帯。
竜皇砲が眠るという、炉心遺跡のある場所だ。
そして現在。
太陽は高く、地面は熱く、空気はむっとするほど暑かった。
「……ねえ、レイナ」
「なんだ?」
「この鎧、暑い」
「知っている」
「すっごく暑い」
「見れば分かる」
「脱いでいい?」
レイナは足を止めた。
ソアは真剣な顔をしている。
「……どうした?」
「鎧を脱いで、涼しくなってから、もう一度着る!」
「それでは意味がないだろう!」
「でも、暑いんだよ!?」
「自分で鎧を着ると決めたんだろう!」
「そうだけど!」
ソアは胸当てをぱたぱたと扇いだ。
当然、涼しくはならなかった。
「……鎧に冷却機能があればいいのに」
その言葉に、シードが反応した。
「……れいきゃく?」
「そう! 冷たい風が出る機能!」
「……かぜ」
シードはソアの胸当てに手をかざした。
ふわり。
小さな風が吹いた。
「……おおっ!?」
ソアの目が輝く。
「シード! 今の、もう一回!」
「……うん」
ふわわわわっ。
今度は、少し強い風が吹いた。
兜の隙間から風が入り、ソアの髪を揺らす。
「涼しい……!」
ソアは感動した。
「これがあれば、火山地帯でも快適に過ごせるよ!」
レイナが眉をひそめる。
「待て。シードにずっと風を出させるつもりか?」
「……あ」
ソアは固まった。
シードは不思議そうに首を傾げている。
「……だめ?」
「いや、だめではないが……」
ソアはしばらく考え込んだ。
そして、胸を張った。
「よし! 自分で涼しくなる方法を考えよう!」
「最初からそうしてくれ……」
*
火山地帯の入口には、小さな町があった。
町の名は、ラーヴァ。
火山から採れる鉱石や魔石を扱う、鉱夫と鍛冶職人の町である。
大通りには金属を打つ音が響き、あちこちの工房から煙が立ち上っていた。
「おお……!」
ソアの目が輝く。
「鍛冶屋さんがいっぱい!」
「そうだな」
「武器屋さんもある!」
「そうだな」
「防具屋さんも!」
「……ソア」
レイナが嫌な予感を覚えた。
「まさか、寄り道するつもりじゃないだろうな?」
「しないよ!」
ソアは即答した。
「今日は炉心遺跡の情報を集める日だから!」
「ならいいが……」
「ただし!」
ソアは人差し指を立てた。
「鎧の修理に使える部品が安く売っていたら、買う!」
「それを寄り道と言うんだ!」
ソアは笑顔で歩き出した。
「まずは情報収集だよ!」
「……本当に分かっているのか?」
その時だった。
ガァン!
ひときわ大きな金属音が響いた。
ソアが振り向く。
そこには、巨大な金床の前で槌を振るう女性がいた。
背は高く、腕は太い。
額には汗が浮かび、腰には何本もの工具を下げている。
その背後には、完成したばかりらしい大きな胸当てが置かれていた。
ソアは立ち止まった。
じっと見る。
胸当てを見る。
女性を見る。
もう一度、胸当てを見る。
「…………」
レイナが肩をつかんだ。
「ソア」
「……なに?」
「目が完全に防具屋を見つけた人の目になっているぞ」
「違うよ」
「何が違うんだ」
「これは……」
ソアは真剣な顔で答えた。
「職人さんへの敬意!」
「その敬意を向けている先が胸当てだろう!」
*
結局、三人は工房へ立ち寄った。
「いらっしゃい。何か用かい?」
職人の女性が槌を置いた。
「こんにちは! 私はソア・ミュスカです!」
「レイナだ」
「……シード」
女性はソアの全身鎧を見て、目を細めた。
「へえ。立派な鎧だね」
「ありがとうございます!」
「魔法鋼かい?」
「はい!」
「関節部分は少し古い構造だね。ずいぶん使い込んでいる」
「はい! 何度も壊れて、何度も直しています!」
「……壊れて?」
女性はソアの胸当てを見た。
確かに、修理の跡がいくつもある。
「なるほど。ずいぶん激しい戦いをしてきたんだね」
「はい!」
ソアは誇らしげに胸を張った。
「この鎧は、私の大切な相棒なんです!」
職人は少しだけ笑った。
「いいねえ。道具を大切にする人は嫌いじゃないよ」
「……!」
ソアの目が輝いた。
「分かってくれますか!?」
「ああ。けど、道具を長持ちさせるのも職人の仕事だ。壊れやすいところがあるなら、直すだけじゃなくて、壊れにくくする方法も考えないとね」
「壊れにくく……!」
ソアは身を乗り出した。
「できますか!?」
「状態を見てみないと何とも言えないけどね」
「お願いします!」
「ちょっと待て、ソア」
レイナが慌てて割って入った。
「今は炉心遺跡の情報を集めに来たんだろう?」
「……あ」
ソアは固まった。
職人が首を傾げる。
「炉心遺跡?」
「はい。そこに竜皇砲という伝説の武器があると聞いています」
レイナが説明した。
女性の表情が変わった。
「……竜皇砲か」
工房の空気が、少しだけ静かになった。
「その遺跡に行くつもりなのかい?」
「はい」
「なら、忠告しておくよ」
女性は槌を置き、三人を見た。
「今の炉心遺跡には、近づかない方がいい」
*
「……どういうことですか?」
レイナが尋ねた。
職人は、工房の奥にある椅子を指した。
「少し前から、火山の魔力が不安定になっているんだ」
「魔力が?」
「ああ。地面の下を流れる魔力が、急に強くなったり、弱くなったりする。鉱山では魔石が暴走するし、火山の近くじゃ魔物まで凶暴になっている」
ソアの表情が引き締まった。
「……それは、黒い結晶と関係があるかもしれません」
「黒い結晶?」
レイナがソアを見る。
ソアはうなずいた。
これまでの遺跡でも、魔力の流れが乱れた場所には黒い結晶が存在していた。
そして、その裏には黒衣の男がいる。
職人は考え込んだ。
「実は、昨日も妙なことがあってね」
「何があったんですか?」
「山の方から、青白い光が見えたんだ。火山が噴火する前触れかと思ったが、地震も煙もなかった」
「青白い光……」
ソアはレイナと顔を見合わせた。
シードが小さく口を開く。
「……ひかり」
「シード?」
「……したから、くる」
その声は、いつもより少しはっきりしていた。
シードは胸に手を当てている。
「……あつい。すごく、あつい」
ソアは心配そうにシードを見た。
「大丈夫?」
「……うん。でも……」
シードは火山の方を見つめた。
「……よばれてる」
その言葉に、三人は黙り込んだ。
世界樹の種であるシードは、古代遺跡や世界樹に関係する場所で、不思議な反応を示すことがある。
今回も、何かを感じ取っているのかもしれない。
「……分かった」
ソアは立ち上がった。
「炉心遺跡へ行こう」
レイナがうなずく。
「ただし、準備を整えてからだ。魔力が不安定なら、今まで以上に慎重に進む必要がある」
「うん!」
ソアは職人に向き直った。
「情報を教えてくれて、ありがとうございます!」
「なに、気をつけて行きな」
女性はソアの鎧を見て、ふと思い出したように言った。
「そうだ。鎧の関節部分なら、少し補強できるかもしれない。旅から戻ったら、もう一度見せにおいで」
「……本当ですか!?」
ソアの目が輝いた。
「はい! 絶対に来ます!」
「ソア、今は遺跡だ!」
「分かってるよ!」
ソアは元気よく答えた。
「遺跡を攻略して、帰ってきて、鎧を補強してもらう!」
「……順番は合っているが、何かが違う気がする」
*
工房を出た三人は、町の宿へ向かった。
ソアは歩きながら、何度も自分の鎧を確認していた。
「……関節の補強かあ」
「気になるのか?」
レイナが尋ねる。
「うん。鎧を着たまま、もっと自由に動けるようになるかもしれないでしょ?」
「そうだな」
「それに、壊れにくくなったら修理代も減る!」
「……そっちが本音か」
「もちろん!」
ソアは笑った。
その横で、シードがぽつりと呟いた。
「……ソア」
「なに?」
「……よろい、だいじ」
「うん。大事だよ!」
「……でも」
シードは少し考え込んだ。
「……ソアも、だいじ」
ソアは足を止めた。
レイナも、思わずシードを見た。
シードは二人の反応が不思議なのか、首を傾げている。
「……?」
ソアはゆっくりと笑顔になった。
「……ありがとう、シード」
そして、小さな身体を優しく抱きしめる。
「私も、シードが大事だよ」
「……うん」
シードは嬉しそうにうなずいた。
その頭の上で、小さな葉が揺れた。
以前より、また少しだけ大きくなっている。
*
その夜。
ラーヴァの町から離れた山中では、黒衣の男が古い石段を下りていた。
足元には、黒い結晶が淡い光を放っている。
石段の先には、巨大な扉。
その中央には、竜の形をした紋章が刻まれていた。
男は扉に手を触れた。
「……ようやく、ここまで来た」
黒い結晶が輝く。
ゴゴゴゴゴ……。
扉の奥から、低い振動が伝わってきた。
男は目を細めた。
「竜皇砲……」
その声には、喜びよりも焦りがにじんでいた。
「今度こそ、間に合わせなければ」
扉の隙間から、青白い光が漏れ出す。
男の手元に浮かぶ七つの紋章。
そのうち、いくつかが弱く明滅していた。
「……残された時間は、少ない」
男は振り返り、暗闇の向こうを見つめた。
「すべてを集めるまで、誰にも邪魔はさせない」
そして、扉の向こうから。
ドクン。
何かが脈打つような音が響いた。
ドクン。
ドクン。
まるで、巨大な心臓が目覚めようとしているかのように。
*
翌朝。
ソアは宿の食堂で、真剣な顔をしていた。
「……よし」
目の前には、山盛りのパン。
スープ。
焼き魚。
そして、追加で注文した大きなオムレツ。
レイナが眉をひそめる。
「……ソア。そんなに食べるのか?」
「うん!」
「昨日、鎧が暑いと言っていたのは誰だ?」
「私!」
「なら、少しは体力を温存したらどうだ?」
ソアはオムレツを口に運んだ。
「……もぐもぐ」
そして、笑顔で答えた。
「おいしいものを食べると、元気になるから!」
「……まあ、間違ってはいないが」
シードも、小さなパンを両手で持っていた。
「……おいしい」
「でしょ?」
ソアは笑った。
そして、食事を終えると、勢いよく立ち上がった。
「よし! 炉心遺跡へ出発!」
「準備はいいか?」
レイナが確認する。
「うん!」
ソアは胸を張った。
「鎧もよし! 剣もよし! 修理代を稼ぐ覚悟もよし!」
「最後のは必要なのか!?」
シードが小さく手を挙げた。
「……ソア」
「なに?」
「……いっしょに、いく」
ソアは優しく笑った。
「うん。一緒に行こう!」
三人は宿を出た。
火山地帯の奥。
竜皇砲が眠る炉心遺跡へ。
その先に何が待ち受けているのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは――
「……あっ!」
歩き出してすぐ、ソアが声を上げた。
「どうした?」
レイナが振り返る。
「……鎧の関節、ちょっときしんでる」
「……ソア」
「うん?」
「帰ったら、必ず補強してもらえ」
「うん!」
ソアは満面の笑みを浮かべた。
「だから、絶対に帰ってこようね!」
その言葉に、レイナは静かにうなずいた。
シードも、二人を見上げる。
「……うん。みんなで、かえる」
小さな葉が、朝の風に揺れた。
三人の新たな冒険が、始まろうとしていた。




