第76話 護衛依頼と、鎧少女の大失敗
「護衛依頼?」
ソア・ミュスカは、街道沿いの小さな町で依頼書を眺めていた。
【荷馬車の護衛】
目的地:火山地帯手前の交易村
報酬:銀貨十枚
備考:街道に魔物が出没するため、護衛を募集。
「……いいね!」
ソアは依頼書を掲げた。
「これなら、旅費も稼げるし、鎧を着たまま戦える!」
「護衛対象を忘れるなよ」
隣でレイナが釘を刺す。
「分かってるよ!」
「本当か?」
「もちろん! 荷馬車も守るし、御者さんも守るし、鎧も守る!」
「最後のはお前の個人的な目標だろう!」
その横で、シードが依頼書を覗き込んだ。
「……にもつ、まもる?」
「うん! 荷物を守る仕事だよ」
「……たいせつなもの?」
「そうだね。荷物も、運んでいる人にとっては大切なものだから」
シードはしばらく考えた。
「……じゃあ、まもる」
小さな手を握る。
「……わたしも、てつだう」
ソアは嬉しそうに笑った。
「うん。一緒に頑張ろうね!」
レイナは二人を見て、満足そうにうなずいた。
「よし。では、受けに行こう」
「……あっ」
ソアが突然、真剣な顔になった。
「どうした?」
「報酬が銀貨十枚ってことは……」
「うん?」
「鎧の修理代を払ったら、どれくらい残るかな?」
「依頼を受ける前から修理代を計算するな!」
*
荷馬車の御者は、気のよさそうな中年の男性だった。
「おお、護衛を引き受けてくれるのか! 助かるよ」
「お任せください!」
ソアは胸を張った。
ガシャッ。
胸当てが鳴る。
ガシャッ。
肩当てが鳴る。
ガシャッ。
脚甲が鳴る。
御者は少し驚いた顔をした。
「……ずいぶん立派な鎧だねえ」
「ありがとうございます!」
「重くないのかい?」
「重いです!」
「即答!?」
ソアは笑顔で続けた。
「でも、そこがいいんです!」
「そ、そうか……」
御者は困ったように笑った。
「まあ、頼りにしているよ」
「はい!」
こうして、三人は荷馬車とともに町を出発した。
*
街道は穏やかだった。
風が吹き、草原が揺れる。
荷馬車の車輪が、ゆっくりと土の道を進んでいく。
ソアは馬車の横を歩きながら、何度も自分の足元を確認していた。
「……よし」
一歩。
タッ。
二歩。
タッ。
三歩。
タッ。
「……いい感じ」
「何をしているんだ?」
レイナが尋ねた。
「歩き方の練習!」
「歩き方?」
「うん。鎧の重さを考えながら歩く練習!」
ソアは真剣だった。
「今までは、鎧が重いから動きにくいって思ってたけど……鎧の重さを利用できれば、もっと上手に動けるはずなんだよ!」
「なるほどな」
レイナは感心した。
「自分の弱点を理解して、工夫する。それは大事なことだ」
「でしょ?」
ソアは嬉しそうに笑った。
そして、少しだけ歩幅を広げる。
タッ。
タッ。
タッ。
「……あれ?」
「どうした?」
「……ちょっと速くなった!」
「本当か?」
「うん!」
ソアはその場で軽く走ってみた。
ダッ!
以前より、わずかに動きが滑らかだった。
鎧の重さに振り回されるのではなく、重さを受け止めて、次の動きにつなげる。
まだぎこちない。
それでも、確かな進歩だった。
「……やった!」
ソアは小さく拳を握った。
シードが肩の上で拍手する。
「……ソア、じょうず!」
「ありがとう!」
ソアは満面の笑みを浮かべた。
その瞬間。
ガクンッ!
脚甲が地面の小石に引っかかった。
「えっ?」
ズルッ!
「うわあああああ!」
ドシィン!
ソアは見事に転んだ。
「…………」
「…………」
レイナは目を閉じた。
「……まだまだだな」
「うう……」
ソアは地面に手をついたまま、悔しそうに呟いた。
「今のは、小石が悪い……」
「小石のせいにするな!」
*
昼過ぎ。
街道の先から、低いうなり声が聞こえた。
グルルルル……
御者の顔色が変わる。
「ま、魔物か!?」
レイナが剣を抜いた。
「全員、警戒しろ!」
草むらから現れたのは、狼型の魔物が三匹。
鋭い牙。
赤く光る目。
そして、普通の狼よりも一回り大きな身体。
「グルルッ!」
三匹は荷馬車を囲むように広がった。
「……三匹か」
レイナが前に出ようとする。
その時、ソアが一歩進んだ。
「待って!」
「ソア?」
「私にやらせて!」
ソアは剣を構えた。
「鎧を着たまま、ちゃんと戦えるところを見せたいんだ!」
レイナは少しだけ迷った。
しかし、ソアの目は真剣だった。
「……分かった。ただし、荷馬車から離れるな。危なくなったらすぐに援護する」
「うん!」
ソアは狼型の魔物を見据えた。
一匹目が飛びかかる。
「そこ!」
ソアは盾を持ち上げる。
ガァン!
牙が盾にぶつかった。
衝撃で腕が痺れる。
だが、ソアは踏みとどまった。
「……よし!」
以前なら、衝撃に押されて転んでいたかもしれない。
しかし今は、足を広げて重心を落とし、鎧の重さも利用して身体を支えている。
魔物が着地する。
ソアは剣を振った。
ザシュッ!
一匹目が倒れた。
「やった!」
しかし、喜んでいる暇はなかった。
残る二匹が左右から迫る。
「左右か……!」
ソアは焦らず、片方の魔物に向き直った。
右からの攻撃を盾で受ける。
ガァン!
そして、その衝撃を利用して身体を回転させる。
「今!」
回転の勢いに乗せて剣を振る。
二匹目が倒れた。
「……できた!」
ソアの顔が輝いた。
最後の一匹が、少し離れた場所で唸っている。
「グルルル……」
ソアは剣を構え直した。
「……さあ、来て!」
魔物が飛びかかる。
ソアは一歩だけ横へ動いた。
以前なら、身体全体が遅れていた。
しかし今は、足を先に動かし、鎧の重さがついてくるタイミングを意識できる。
牙が空を切る。
「そこだよ!」
剣の柄で魔物の頭を打つ。
ドンッ!
魔物が地面に倒れた。
静寂。
ソアは剣を下ろした。
「…………」
そして。
「やったあああああ!」
両手を上げた。
「鎧を着たまま、三匹とも倒せた!」
シードが嬉しそうに手を叩く。
「……すごい!」
レイナも満足そうにうなずいた。
「よくやったな、ソア。動き方が変わってきている」
「本当!?」
「ああ。鎧の重さを考えて動けるようになってきた。まだ無駄は多いが、確実に進歩しているぞ」
「えへへ……!」
ソアは嬉しそうに胸当てを撫でた。
「ありがとう、私の鎧!」
「いや、礼を言うなら自分の努力にも言ってやれ!」
*
戦闘を終えた一行は、再び街道を進んだ。
御者は何度もソアに礼を言った。
「いやあ、本当に助かったよ! あんなに強いとは思わなかった!」
「いえいえ!」
ソアは照れくさそうに頭をかいた。
「まだまだ修行中です!」
「これなら、もっと高難度の依頼も受けられるんじゃないか?」
「……高難度?」
ソアの目が輝いた。
「報酬も高いですか!?」
「ソア、そこに食いつくな!」
レイナがすかさず突っ込む。
その横で、シードは荷馬車を見つめていた。
「……ソア」
「なに?」
「……まもったね」
ソアはうなずいた。
「うん。荷物も、御者さんも、みんな無事だよ」
「……よかった」
シードは胸に手を当てた。
「……たいせつなもの、まもれた」
「……うん」
ソアは優しく笑った。
「シードも、ちゃんと一緒に守ってくれたよ」
シードは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、小さく笑った。
「……わたしも、できた」
「もちろん!」
ソアは元気よく答えた。
*
夕方。
一行は交易村に到着した。
御者は約束どおり、報酬の銀貨十枚を渡してくれた。
「本当にありがとう。おかげで助かったよ」
「こちらこそ、ありがとうございました!」
ソアは報酬を受け取り、丁寧に頭を下げた。
そして、銀貨を数える。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
六枚。
七枚。
八枚。
九枚。
十枚。
「……十枚!」
ソアの顔が輝く。
「やった……!」
レイナが苦笑した。
「また修理代の計算か?」
「うん!」
ソアは即答した。
「今日の戦いで、鎧は無事だったけど……」
胸当てを確認する。
肩当てを確認する。
脚甲を確認する。
「……よし! 新しい傷はない!」
「それはよかったな」
「うん!」
ソアは銀貨を大切にしまった。
「これで、少しずつ修理代を貯められる!」
「……強くなるための努力より、そっちの方が嬉しそうだな」
「どっちも嬉しいよ!」
ソアは満面の笑みを浮かべた。
その時。
シードが、そっとソアの手を握った。
「……ソア」
「ん?」
「……きょう、かっこよかった」
「…………!」
ソアは固まった。
「シ、シード……!」
「……?」
「もう一回言って!」
「……かっこよかった」
「もう一回!」
「……かっこよかった」
「もう一回!」
「ソア、しつこいぞ」
レイナが呆れた声を出した。
しかし、ソアは聞いていなかった。
「……シードに褒められた……!」
両手で顔を覆う。
「今日は最高の日だ……!」
シードは不思議そうに首を傾げた。
そして、少し考えてから、もう一度言った。
「……ソア、すき」
「うわあああああ!」
ソアはその場でしゃがみ込んだ。
「かわいい! シードがかわいい!」
「……ソア、だいじょうぶ?」
「大丈夫! 全然大丈夫!」
レイナは深いため息をついた。
「……魔物と戦っている時より、よほど動揺しているな」
*
その夜。
宿の部屋で、ソアは鎧を磨いていた。
胸当てを磨く。
肩当てを磨く。
脚甲を磨く。
「……今日はありがとう」
小さく呟く。
「あなたのおかげで、少しだけ上手に戦えたよ」
鎧は答えない。
けれど、ソアは満足そうに笑った。
「これからも、一緒に強くなろうね」
その様子を、ベッドの上からシードが眺めていた。
「……ソア」
「なに?」
「……よろい、うれしい?」
ソアは手を止めた。
そして、少し考えてから答えた。
「……どうかな」
鎧を見つめる。
「でも、私は嬉しいよ」
シードはゆっくりとうなずいた。
「……そっか」
それから、いつもより少しだけはっきりした声で言った。
「……ソアが、うれしいなら」
小さな葉が、ふわりと揺れた。
「……わたしも、うれしい」
ソアは微笑んだ。
「……ありがとう、シード」
窓の外では、夜風が静かに吹いていた。
明日もまた、旅は続く。
鎧を着たまま強くなるために。
大切なものを守れるようになるために。
そして、シードもまた、少しずつ言葉を覚えながら成長していく。
「……よし!」
ソアは立ち上がった。
「明日も頑張ろう!」
「……うん」
「鎧の修理代を稼ぐために!」
「そこは変わらないんだな……」
レイナの呆れた声が、部屋に響いた。
こうして三人の夜は、更けていった。




