第75話 鎧を着たまま強くなりたい!
「……納得できない」
朝。
宿の食堂で、ソア・ミュスカは腕を組んでいた。
目の前には、焼きたてのパン。
温かいスープ。
そして、冷めかけた目玉焼き。
しかし、ソアは食事に手をつけようとしなかった。
「……納得できない」
「二回言ったぞ」
向かいに座るレイナが、パンをちぎりながら答えた。
「何がそんなに納得できないんだ?」
「昨日の戦い!」
ソアは机を叩いた。
「鎧を脱いだら、すっごく動きやすかった!」
「そうだな」
「魔物もいっぱい倒せた!」
「そうだな」
「みんなに褒められた!」
「それはよかったな」
「でも!」
ソアは胸を張った。
「鎧を着たら、また遅くなった!」
「当たり前だろう!」
レイナの声が食堂に響いた。
周囲の冒険者たちが振り返る。
「……すまない」
レイナは小さく頭を下げ、声を落とした。
「いいか、ソア。お前の能力は、装備が減るほど強くなる。少なくとも、今までの経験ではそうだろう?」
「うん」
「なら、鎧を着ている時に動きにくくなるのは当然だ」
「……でも、私は鎧を着たい」
「知っている」
「鎧を着たまま、昨日みたいに動きたい!」
「……それは、まあ」
レイナは少し考えた。
「できるようになれば、理想的ではあるな」
「でしょ!?」
ソアの顔がぱっと明るくなった。
「だから、今日から特訓する!」
「……今日から?」
「うん!」
「炉心遺跡へ向かう予定は?」
「特訓しながら向かう!」
「……そうか」
レイナはスープを飲み干した。
「なら、まずは朝食を食べろ。話はそれからだ」
「はーい!」
ソアは元気よく返事をした。
そして、目玉焼きを口に運ぶ。
「……おいしい!」
「さっきまでの深刻な顔は何だったんだ……」
*
食事を終えた一行は、街の外れにある訓練場へ向かった。
ソアは全身鎧を身につけ、鉄の剣を握っている。
シードはその肩に座り、レイナは少し離れた場所で腕を組んでいた。
「よし!」
ソアは地面に引かれた白線を見つめた。
「まずは走る!」
「普通だな」
「次に曲がる!」
「それも普通だ」
「最後に、格好よく止まる!」
「……格好よく?」
ソアは深く腰を落とした。
「いくよ!」
ドスドスドスドスッ!
全力疾走。
そのまま白線を通過し――
「止まれぇぇぇ!」
ザザザザッ!
ソアの足が地面を削る。
しかし、身体は止まらない。
「ちょっ、止まらない!」
ドォン!
訓練場の木製の壁に激突した。
「…………」
「…………」
レイナは額を押さえた。
「……まず、止まる練習からだな」
「うう……」
ソアは壁から離れ、兜を押さえた。
「鎧が重い……」
「昨日、自分で言っていただろう」
「うん……」
「なら、どうすればいいと思う?」
ソアは真剣に考えた。
そして、顔を上げる。
「……もっと速く走る!」
「どうしてそうなる!?」
*
それから一時間。
ソアは走り、曲がり、止まる練習を繰り返した。
最初は壁に激突していたが、少しずつ距離を調整できるようになった。
急な方向転換は難しい。
だが、足の運び方を工夫すれば、以前よりは小さく曲がれる。
「……なるほど」
ソアは剣を構えた。
「鎧を着ている時は、鎧の重さも考えて動けばいいんだ!」
「ようやく気づいたか」
レイナがうなずく。
「重さを無視するのではなく、重さを利用する。踏み込みや体当たりなら、お前の鎧は武器にもなる」
「重さを利用……」
ソアは自分の胸当てを見下ろした。
「……つまり」
目が輝く。
「鎧で体当たりすれば、強い!」
「そうだが、むやみに突っ込むなよ」
「分かった!」
ソアは訓練用の木人形に向き直った。
そして――
「いっくよー!」
ドスドスドスドスッ!
「そりゃああああ!」
ドゴォン!!
木人形が吹き飛んだ。
頭部が宙を舞い、胴体が地面を転がる。
「…………」
レイナは沈黙した。
ソアは拳を握った。
「やった!」
「……木人形は、もう少し手加減して壊せ」
「えっ!?」
ソアは慌てて木人形の残骸に駆け寄った。
「ご、ごめんね! 大丈夫!?」
「木人形に謝るな!」
*
昼過ぎ。
特訓を終えたソアたちは、街道沿いの草原で休憩していた。
ソアは鎧を着たまま、木陰に座っている。
シードは隣で、小さな花をじっと眺めていた。
「……きれい」
「本当だね」
ソアは微笑んだ。
「シードは、花が好きなの?」
「……うん」
シードは花に触れようとして、そっと手を止めた。
「……こわさない」
「優しいね」
「……たいせつ、だから」
ソアはその言葉に、少しだけ目を細めた。
「そっか。大切なものは、壊したくないよね」
「……うん」
シードはうなずいた。
そして、ソアを見上げる。
「……ソアも?」
「え?」
「……よろい。たいせつ?」
ソアは一瞬、驚いた。
それから、いつもの笑顔になった。
「うん! もちろん!」
胸当てを軽く叩く。
「この鎧は、私の大切な相棒だからね!」
「……あいぼう」
シードは、その言葉を小さく繰り返した。
「……ソアの、あいぼう」
「そうそう!」
「……よろい、あいぼう」
シードは納得したようにうなずいた。
その様子を見ていたレイナが、ふと口を開く。
「シードは最近、言葉を覚えるのが早くなったな」
「そうかな?」
「以前は、もっと短い言葉しか話さなかっただろう」
ソアはシードを見つめた。
確かに、そうかもしれない。
出会ったばかりの頃は、ひとつの言葉を口にするだけでも時間がかかっていた。
それが今では、少しずつ言葉をつなげられるようになっている。
「……シード、成長してるんだね」
「……せいちょう?」
「うん。いろんなことが分かるようになってるんだよ」
シードはしばらく考え込んだ。
それから、ソアの顔を見た。
「……ソア」
「ん?」
「……ソア、すき」
「…………っ!」
ソアの顔が、一瞬で赤くなった。
「シ、シード……!」
「……?」
「そんなこと言われたら……!」
ソアはシードを抱きしめた。
「私も大好きだよー!」
「……くるしい」
「あっ、ごめん!」
慌てて腕を緩める。
レイナは微笑みながら、その様子を眺めていた。
「……いいものだな」
「でしょ?」
ソアは嬉しそうに笑った。
その時。
シードが、もう一度口を開いた。
「……ソア」
「なに?」
「……ソアは、ソア」
「…………え?」
ソアは目を瞬かせた。
シードは不思議そうに首を傾げている。
「……ソアは、ソア」
言葉はまだ短い。
けれど、以前のように名前の音を確かめるだけではなかった。
シードは、ソアという存在を見つめていた。
鎧を着ていても。
鎧を脱いでいても。
強くても。
弱くても。
ソアはソア。
そんな意味が込められているように聞こえた。
「…………」
ソアは、そっとシードの頭を撫でた。
「……うん」
優しく笑う。
「私はソアだよ」
シードの頭の上で、小さな葉が揺れた。
その葉は、以前よりほんの少し大きくなっていた。
*
「……さて」
休憩を終えたレイナが立ち上がった。
「そろそろ出発しよう。炉心遺跡までは、まだ距離がある」
「うん!」
ソアも立ち上がる。
「今日の特訓で、少し分かった気がする!」
「ほう。何が分かった?」
「鎧を着ている時は、鎧の重さを考えて動けばいい!」
「その通りだ」
「それから!」
ソアは拳を握った。
「もっと練習すれば、鎧を着たままでも、もっと強くなれる!」
レイナは満足そうにうなずいた。
「いい心がけだな」
「そして、いつか!」
ソアは空を指さした。
「鎧を着たまま、空を自由に飛んで、魔物を一撃で倒して、格好よく着地する!」
「……目標が大きすぎないか?」
「大きな目標は大事だよ!」
「まずは木人形を壊さずに倒せるようになれ」
「……はい」
ソアは少しだけ肩を落とした。
その隣で、シードが小さく手を挙げた。
「……ソア」
「なに?」
「……わたしも、せいちょうする」
ソアは笑顔になった。
「うん! 一緒に成長しようね!」
「……うん!」
三人は再び街道を歩き始めた。
目指すは、火山地帯に眠る炉心遺跡。
七つの器の謎も、黒衣の男の目的も、まだ解けてはいない。
けれど、今のソアには新しい目標ができた。
鎧を捨てることなく、鎧とともに強くなること。
そしてシードもまた、少しずつ自分の言葉を育てている。
「……あっ!」
歩きながら、ソアが声を上げた。
「どうした?」
レイナが振り向く。
「……鎧を着たまま、もっと速く走れるようになったらさ!」
ソアは満面の笑みを浮かべた。
「修理代を稼ぐために、もっとたくさん依頼を受けられるね!」
「……結局そこか!」
レイナの叫びが、街道に響き渡った。
そしてシードは、二人を見上げながら、小さく笑った。
「……ソア、レイナ」
二人が振り向く。
「……なかよし」
「うん!」
ソアは元気よく答えた。
「私たちは仲良しだよ!」
「……うん」
シードは満足そうにうなずいた。
その頭の上で、小さな葉が風に揺れていた。




