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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第七章 鉄壁の答え

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第72話 それぞれの道と、託された記録


「……世界中の遺跡を調べる、か」


冒険者ギルドの一室。


リュシアは机に広げた地図を見つめていた。


風の神殿。


浮遊遺跡。


聖都アルセリアの地下神殿。


そして、まだ誰も足を踏み入れていない古代遺跡の数々。


それぞれの場所に、世界樹と七つの器に関する記録が眠っている。


問題は、それらがあまりにも広い範囲に散らばっていることだった。


「……一つずつ回っていたら、時間がかかりすぎるわね」


「リュシア?」


声をかけられ、彼女は顔を上げた。


入口に立っていたのはソアだった。


いつもの全身鎧を身につけている。


胸当てには修理の跡が残っていたが、本人は満足そうだった。


「どうしたの? 難しい顔して」


「少し、考え事をね」


「また古代文字?」


「ええ。七つの器と世界樹の力をつなぐ仕組みについて、もっと調べたいの」


ソアは地図をのぞき込んだ。


「いっぱいあるねぇ……」


「そうなの。しかも、どの遺跡に何が残っているのか、まだ分からない」


「じゃあ、みんなで回ればいいんじゃない?」


ソアはあっさり言った。


「私たちが遺跡を見つけて、リュシアが調べる!」


「……それも考えたわ」


リュシアは微笑んだ。


「でも、今は七つの器をめぐる争いが始まっている。ソアたちには、器を守るために動いてほしいの」


「リュシアは?」


「私は、古代文明の記録を調べる」


ソアは首を傾げた。


「それって……別々に行動するってこと?」


リュシアはすぐには答えなかった。


窓の外では、聖都の人々がいつもと変わらない日常を送っている。


この街の結界が危機に陥ったことも。


地下神殿で危険な試練が行われていたことも。


今はもう、ほとんどの人が知らない。


「……そうね。一時的に、別行動を取ることになると思う」


ソアの表情から、笑顔が消えた。


「そっか……」


ほんの少しの沈黙。


「……寂しくなるね」


リュシアは目を瞬かせた。


「ソア……」


「だって、リュシアがいないと、遺跡の文字が読めないもん!」


「……そこなの?」


「あと、分からないことがあったらすぐ聞けるし!」


「それは、確かに大切ね」


「それに!」


ソアはリュシアの手を握った。


「一緒に冒険するの、楽しかったから!」


リュシアは、しばらく何も言えなかった。


やがて、柔らかく微笑む。


「……ありがとう。私もよ」


◇


その日の夕方。


ギルドの食堂には、ソア、シード、レイナ、リュシアの四人が集まっていた。


テーブルには、簡単な食事と、リュシアがまとめた調査資料が並んでいる。


「本当に、一人で大丈夫なのか?」


レイナが尋ねた。


「大丈夫よ。古代遺跡の調査は、私の得意分野だもの」


「だが、黒衣の男が動いている。遺跡にも危険があるはずだ」


「もちろん、それは分かっているわ」


リュシアは資料を一冊ずつ配った。


「だから、見つけた記録は必ず共有する。危険な遺跡に入るときは、冒険者ギルドにも情報を残すつもりよ」


「連絡はどうするの?」


ソアが尋ねた。


「各地のギルドを経由して手紙を送るわ。急ぎの情報は、魔力通信が使える遺跡ならそれも利用する」


「なるほど!」


ソアはうなずいた。


そして、少し考え込む。


「……じゃあ、私からも手紙を送るね!」


「ええ。待っているわ」


「鎧が壊れたら、修理方法も聞いていい?」


「それは鍛冶屋さんに聞いてちょうだい」


「そんなぁ!」


レイナが吹き出した。


「ははっ! リュシアも大変だな」


「本当にね」


リュシアも笑った。


けれど、その笑顔の奥には、少しだけ寂しさがあった。


この旅で、彼女は多くのものを見た。


世界樹の森。


空へ続く遺跡。


黒い結晶に侵食された装置。


そして、仲間たちが困難を乗り越える姿。


特にソアは、出会った頃とは変わってきている。


鎧が壊れるたびに慌てていた少女は、今では壊れた装備を使って仲間を助け、風と魔力をつなぎ、危険な仕組みを動かすまでになった。


それでも、鎧を愛する気持ちは変わらない。


「……ソア」


「ん?」


「あなたは、これからもあなたらしく進んでね」


「もちろん!」


ソアは胸を張った。


「鎧を着て、魔物を倒して、世界を救う!」


「最後が大きすぎないか?」


レイナが突っ込む。


「だって、もう世界の危機なんでしょ?」


「……まあ、そうだが」


「じゃあ、世界を救うしかないよね!」


ソアは笑った。


リュシアも、つられて笑った。


「そうね。お願いするわ」


◇


翌朝。


聖都の門の前。


リュシアは、小さな荷物を背負って立っていた。


調査用の手帳。


古代文字の写し。


魔力測定器。


そして、これまで集めた記録の一部。


準備は整っている。


「それじゃあ、行ってくるわね」


「うん!」


ソアが大きく手を振った。


「気をつけてね!」


「あなたたちも。特にソア、鎧を壊しすぎないように」


「えっ……」


ソアの動きが止まった。


「それは……努力します!」


「努力でどうにかなるものなのか?」


レイナが呆れる。


「なるよ! たぶん!」


「たぶんか……」


リュシアは笑いながら、ソアに一枚の紙を渡した。


「これ、今までの調査結果をまとめたものよ。七つの器について、分かっていることを書いてあるわ」


ソアは両手で受け取った。


「ありがとう。大事にするね!」


「それと、もし黒衣の男について新しい情報が分かったら、必ず知らせて」


「うん。約束する!」


リュシアはレイナにも目を向けた。


「レイナ、絶対鏡盾のこと、よろしくね」


「ああ。使い方を学びながら、守るべきものを守ってみせる」


最後に、リュシアはシードの前にしゃがんだ。


「シード。あなたが感じている世界樹の変化についても、何か分かったら教えてね」


「……うん」


シードは小さな手を伸ばした。


リュシアがその手に指先を触れさせる。


「また会いましょう」


「……また」


短い言葉。


けれど、そこには確かな約束があった。


リュシアは立ち上がり、門の外へ歩き出した。


数歩進んだところで、振り返る。


「ソア!」


「なにー?」


「鎧を大切にね!」


「もちろん!」


ソアは満面の笑みで答えた。


「私の鎧は、世界で一番だから!」


「……ふふっ」


リュシアは微笑み、今度こそ歩き出した。


その背中が街道の向こうへ小さくなっていく。


ソアは、見えなくなるまで手を振り続けた。


やがて、そっと手を下ろす。


「……行っちゃったね」


「ああ」


レイナが隣に立った。


「だが、別れたわけではない。また会える」


「うん。分かってる」


ソアは胸当てに触れた。


そこには、修理の跡が残っている。


壊れたところを直して、また身につける。


失ったものをすべて元に戻せるわけではない。


それでも、直しながら進んでいくことはできる。


「……私たちも、行こう!」


ソアは顔を上げた。


「次は炉心遺跡! 竜皇砲を探すんだよね!」


「そうだ。だが、火山地帯は危険だ。十分に準備を整えてから向かう」


「分かった!」


ソアは元気よく返事をした。


そして、歩き出そうとした瞬間。


ガシャン。


胸当ての留め具が外れ、金属片が地面に落ちた。


「…………」


「…………」


レイナが静かに目を閉じた。


「……ソア」


「はい」


「まずは、鍛冶屋に行こう」


「……はい」


ソアは涙目になった。


「リュシアぁぁぁ……! もう一回、修理方法を教えてぇぇぇ!」


もちろん、返事はない。


ただ、朝の風が街道を吹き抜けていった。


◇


その頃。


遠く離れた古代遺跡の地下で、リュシアが手帳を開いていた。


彼女は新しいページに、こう記していた。


『七つの器は、世界樹の力を独占するためのものではない』


『それぞれが異なる役割を持ち、力を循環させる仕組みの一部だった可能性が高い』


『黒衣の男は、その循環を一か所に集めようとしている』


そして、最後に。


『彼は、なぜそこまでして力を集めようとしているのか』


ペンを止め、リュシアは窓の外を見た。


遠くの山々の向こうに、古代遺跡の影が見える。


「……必ず、真実を見つけてみせるわ」


ソアたちが器を守るために戦うのなら。


自分は、彼らが戦うべき相手と、その目的を明らかにする。


それが今の自分にできることだった。


リュシアは手帳を閉じ、次の遺跡へ向けて歩き出した。


それぞれの道を進む仲間たち。


けれど、彼らが目指す場所は同じだった。


世界樹が失った力の真実。


そして、誰か一人がすべてを抱え込まなくてもいい世界。


その答えへ向かって、物語は新たな段階へと進み始めていた。

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