第70話 古代遺跡に眠る、黒い記録
「……で、結局、修理代はいくらになるの?」
聖都アルセリアの冒険者ギルド。
机の上には、ソアの鎧から外れた胸当ての破片が並んでいた。
ソアは破片を一つずつ確認しながら、深刻な顔をしている。
「この亀裂……前より大きくなってる気がする」
「気のせいではないと思うぞ」
レイナが真面目に答えた。
「気のせいって言ってほしかった!」
「事実を曲げるわけにはいかないだろう」
「うう……」
ソアは胸当ての破片を両手で包み込んだ。
「でも、直す。絶対に直すからね……!」
「分かっている。私もできる限り手伝おう」
「レイナ……!」
ソアの目が輝く。
「修理代も半分……?」
「そこまでは言っていない」
「ですよねぇ……」
肩を落とすソアの隣で、リュシアは机に広げた古代文字の写しを見つめていた。
彼女の表情から、いつもの軽やかさが消えている。
「みんな、少しいいかしら」
その声に、全員が顔を上げた。
「例の黒い結晶について、分かったことがあるの」
リュシアは小さな容器を取り出した。
中には、あの黒衣の男が残した結晶の破片が入っている。
「この結晶、ただ魔力を吸収するだけじゃないわ」
「魔力を逆流させることもできるんだよね?」
ソアが尋ねる。
「ええ。それもある。でも、もっと厄介な性質がある」
リュシアは容器の横に、古代文字の写しを置いた。
「結晶の内部に、微弱な記録が残っていたの。さっき、絶対鏡盾の試練で見えた映像と同じものよ」
レイナの表情が引き締まった。
「黒衣の男の記憶か」
「正確には、彼が結晶に刻み込んだ記録……だと思う」
リュシアは結晶に魔力を流した。
黒い破片が淡く光る。
すると、机の上にぼんやりとした映像が浮かび上がった。
石造りの広大な空間。
床には、七つの紋章が円を描くように刻まれている。
その中央には、巨大な装置があった。
無数の光が、装置へ向かって流れ込んでいる。
だが、その光は中央に集まるばかりで、外へ流れていく様子がない。
やがて装置の一部が黒く染まり、光の流れが乱れ始めた。
映像はそこで途切れた。
「……今のは?」
ソアが身を乗り出す。
「七つの紋章……」
レイナがつぶやいた。
「絶対鏡盾の試練で見たものと似ている」
シードがソアの肩から顔を出す。
「……ながれ、ない」
「え?」
「……ひかりが、もどらない」
シードは映像が消えた場所をじっと見つめていた。
「……いれるだけ。かえさない」
リュシアが小さく息をのむ。
「そういうことね……」
彼女は急いで別の資料を広げた。
「古代文明の記録には、魔力を循環させる巨大な装置が存在したと書かれているわ。各地の遺跡に残された装置は、それぞれ独立しているように見えて、実際には一本の経路でつながっていたらしいの」
「一本の経路……」
ソアは自分の胸元に目を落とした。
世界樹の森で感じた、不思議な魔力。
風の神殿で触れた、空へと続く道。
そして、絶対鏡盾が認めたレイナの力。
それらは、別々のものではなかったのかもしれない。
「つまり、七つの器も……その経路につながっている?」
レイナの問いに、リュシアはうなずいた。
「おそらくね。ただし、器を一か所に集めることと、経路を正しくつなぐことは別の話よ」
「でも、あの男は七つの器を集めようとしている」
レイナが言った。
「守るためなら、すべてを集める……そう言っていたわね」
ソアは黒い結晶を見つめた。
あの男は、街を守るために結晶を使った。
その結果、街の結界から魔力を奪ってしまった。
間違った方法だった。
けれど、彼が本当に誰かを守ろうとしているのなら――。
「……どうして、全部集めなきゃいけないんだろう」
ソアがぽつりと言った。
「みんなで使えばいいのに」
「ソアらしい考え方だな」
レイナが微笑んだ。
「そうかな?」
「ええ。あなたはいつもそうね」
リュシアも小さく笑った。
「ただ、その考え方が古代文明の記録と一致している可能性はあるわ」
「えっ?」
ソアが顔を上げた。
リュシアは別の石板の写しを指さした。
そこには、古代文字とともに、枝が広がるような図が描かれていた。
中心から伸びた枝の先には、それぞれ異なる紋章が刻まれている。
そして、枝の間を光が行き来していた。
「この図、何だと思う?」
「木……?」
ソアが答える。
「うん。世界樹の枝を表しているように見えるわね」
シードの葉がぴくりと動いた。
「……せかいじゅ」
「この図の下には、こう書かれているの」
リュシアは古代文字の翻訳を読み上げた。
「――力は、一つの器に留めるためにあらず。命から命へ、枝から枝へ。巡ることで、世界を支える」
部屋が静かになった。
「……巡ることで、世界を支える」
レイナが言葉を繰り返す。
「なら、あの男のやろうとしていることは……」
「古代文明が大切にしていた仕組みとは、正反対なのかもしれない」
リュシアはそう答えた。
「ただし、まだ断定はできないわ。この石板だけでは、何が起きて循環が止まったのかも、なぜ七つの器が必要なのかも分からない」
「もっと調べないといけないんだね」
「ええ。しかも、この記録には続きがあるはずなの」
リュシアは机の上の地図を広げた。
そこには、これまで訪れた遺跡の位置が記されている。
風の神殿。
浮遊遺跡。
聖都アルセリアの地下神殿。
そして、まだ調査されていない古代遺跡の数々。
リュシアは地図の一点を指でなぞった。
「それぞれの遺跡に、同じ仕組みの一部が残されている。記録も、装置も、紋章も……別々の場所に分散しているのよ」
「全部を調べれば、何が起きたのか分かる?」
ソアが尋ねた。
「その可能性は高いわ」
リュシアはうなずいた。
「でも、今の私たちには時間がない。あの男も、すでに動き始めている」
「だったら、先に見つけよう!」
ソアが勢いよく立ち上がった。
「七つの器を全部集める前に、止めればいいんだよね!」
「簡単に言うが、相手は伝説の器すら奪える人物だぞ」
レイナが冷静に指摘する。
「うっ……」
「それに、相手が何をしようとしているのか分からないまま戦えば、また同じように力を奪われるかもしれない」
「ううう……」
ソアは椅子に座り直した。
「……じゃあ、調べるのも大事なんだね」
「そういうこと」
リュシアが微笑む。
その時だった。
シードが机の上へ降り、古代文字の写しに小さな手を伸ばした。
「……ここ」
指さしたのは、地図に描かれた七つの紋章のうち、まだ誰も調べていない場所だった。
山脈の向こう。
地図上では、古い街の跡地として記されている。
「この場所、何か知っているの?」
リュシアが尋ねる。
シードは首を横に振った。
「……わからない。でも……」
小さな葉が揺れる。
「……よばれてる、きがする」
ソアはシードの隣にしゃがんだ。
「世界樹から?」
「……たぶん」
リュシアは地図をじっと見つめた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「決まりね。次はこの遺跡を調べましょう」
「よーし!」
ソアが拳を握る。
「遺跡探索だね! お宝があるかな?」
「記録の調査が目的よ」
「お宝もあるかもしれないよね?」
「……否定はしないけれど」
「じゃあ、鎧の修理代が見つかるかもしれない!」
「遺跡に修理代は落ちていないと思うぞ」
レイナが即座に突っ込んだ。
「そんなぁ……」
ソアは机に突っ伏した。
その姿を見て、リュシアは笑った。
けれど、すぐに真剣な表情へ戻る。
地図の上に広がる、無数の遺跡。
それぞれに眠る、古代文明の記録。
そして、そのすべてを集めようとする黒衣の男。
彼が何を失い、何を守ろうとしているのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つ、確かなことがあった。
七つの器は、誰か一人が力を独占するために存在しているのではない。
それを示す記録が、確かに残されていたのだ。
リュシアは地図を巻き取り、静かに言った。
「……世界中の遺跡を調べる必要がありそうね」
その言葉が、彼女自身の未来を変えることになるとは――この時の彼女は、まだ知らなかった。




