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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第七章 鉄壁の答え

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第69話 絶対鏡盾と、守る者の答え

崩れかけた地下神殿に、静寂が戻っていた。


砕けた石像。


ひび割れた床。


そして、最後まで崩れ落ちなかった石橋。


その向こう側には、試練を終えたレイナが立っていた。


「…………」


レイナは、自分の手を見つめていた。


最後の試練で、彼女は一人で子供を救おうとはしなかった。


ソアに足場を作ってもらい、リュシアに風を操ってもらい、シードに根を伸ばしてもらった。


そして、自分自身は障壁を維持し、みんなが進める道を守った。


一人では届かなかった場所へ。


仲間と一緒に、手を伸ばしたのだ。


「……私、合格したのか?」


レイナがつぶやいた、その時だった。


ゴォォォォ……!


神殿の奥から、低い地鳴りが響いた。


「えっ、なに!?」


ソアが慌てて振り返る。


石造りの祭壇が淡く光り始めた。


その中央に、一枚の盾が浮かび上がる。


銀色の表面には、鏡のような輝き。


縁には、世界樹の枝を思わせる繊細な模様。


そして、盾の中央には七つの紋章が刻まれていた。


「……絶対鏡盾」


リュシアが息をのんだ。


「伝説の器の一つ。守護の力を受け継ぐ者にしか、その姿を現さないと言われているわ」


盾はゆっくりとレイナの前へ移動した。


そして――。


カァァァン!


澄んだ音が、神殿に響き渡った。


レイナが手を伸ばす。


指先が盾に触れた瞬間、まばゆい光が広がった。


【伝説の器:絶対鏡盾】


【適合者:レイナ・ヴァルハート】


【守護の力:認証】


【試練:突破】


レイナは目を見開いた。


「……認められた、のか」


盾を両手で持ち上げる。


ずっしりとした重み。


けれど、不思議と負担には感じなかった。


まるで、ずっと前から自分の手に馴染んでいたかのようだった。


「レイナ!」


ソアが駆け寄ってくる。


「おめでとう!」


「……ああ」


レイナは盾を見つめたまま、静かに答えた。


「ありがとう、ソア」


「えへへ。すごいね! 伝説の武器だよ!」


「武器というより、防具だな」


「細かいことはいいの!」


「細かくないだろう……」


レイナは苦笑した。


その顔には、いつもの自信に満ちた笑みが戻っていた。


けれど、その笑みには、試練を受ける前とは違う何かがあった。


「……私は、ずっと勘違いしていたのかもしれない」


レイナがぽつりと言った。


ソアは首を傾げる。


「何を?」


「守るということをだ」


レイナは絶対鏡盾を見つめた。


「私は強くなれば、誰でも守れると思っていた。誰にも頼らず、誰にも背中を預けず、自分一人で立ち続ければいいのだと」


試練の中で、障壁が崩れかけた瞬間を思い出す。


自分一人では、どうにもならなかった。


それでも、助けを求めた時、仲間たちは応えてくれた。


「だが、違った」


レイナはソアたちを見た。


「私は強いから守るんじゃない。守ると決めたから、強くなるんだ」


ソアは、にっこりと笑った。


「うん! それ、いい言葉だね!」


「……お前は本当に、難しいことを考えているのか、いないのか分からないな」


「考えてるよ?」


「本当に?」


「鎧の修理代とか!」


「それは今、関係ないだろう!」


リュシアが思わず吹き出した。


シードも、ソアの肩の上で小さく葉を揺らしている。


張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。


だが、その時。


ピシッ。


「……ん?」


ソアの胸元から、小さな音がした。


全員の視線が、ソアの胸当てへ集まる。


そこには、新しい亀裂が走っていた。


「…………」


ソアの笑顔が固まった。


「…………うそ」


もう一度、胸当てを見る。


亀裂は、間違いなくそこにあった。


「…………また?」


「……まただな」


レイナが気まずそうに答えた。


「いやぁぁぁぁぁぁ!!」


神殿に、ソアの悲鳴が響き渡った。


「せっかく直したばっかりなのに! まだそんなに戦ってないのに! 修理代が! 修理代がぁぁぁ!」


「落ち着け、ソア!」


「落ち着けるわけないでしょぉぉぉ!」


「……いや、気持ちは分かるが」


レイナは困ったように笑った。


「私も、できる限り修理を手伝おう」


「本当!?」


ソアが勢いよく顔を上げる。


「もちろんだ。今回の試練では、お前にも助けられたからな」


「レイナ……!」


ソアの目が潤んだ。


「ありがとう! 大好き!」


「……そ、そうか」


レイナは少しだけ顔を赤くした。


その様子を見て、リュシアが微笑む。


「ふふ。よかったわね、ソア」


「うん! これで修理代が少し浮く!」


「感動するところが違わないか?」


レイナのツッコミが、神殿に響いた。


◇


神殿を出る前に、リュシアは祭壇の周辺を調べていた。


「……おかしいわね」


「どうしたの?」


ソアが胸当ての亀裂を押さえながら近づく。


「ここを見て」


リュシアが指さしたのは、祭壇の裏側だった。


石の表面に、黒い染みのようなものが残っている。


「これ……」


「黒い結晶の痕跡よ。試練が始まる前から、ここにあったみたい」


レイナの表情が引き締まる。


「やはり、あの黒衣の男が関わっていたのか」


「その可能性は高いわ。試練の途中で石像の盾が黒く染まったのも、偶然ではなかったはず」


リュシアは慎重に黒い染みへ魔力を流した。


すると――。


パァァッ!


空中に、ぼんやりとした映像が浮かび上がった。


黒い鎖。


巨大な装置。


七つの紋章。


そして、その中央に立つ、一人の男。


黒いローブに身を包んだ人物だった。


『守るためなら、私はすべてを集める』


低く、静かな声。


映像は、そこで途切れた。


「…………」


誰も口を開かなかった。


ソアは、男が消えた場所を見つめていた。


「……全部、集めるって」


レイナが盾を握り直す。


「七つの器のことだろうな」


「でも、どうして?」


ソアは首を傾げた。


「集めたら、何が起きるの?」


「それは、まだ分からない」


リュシアが答えた。


「ただ、あの男は器を集めるために、各地の遺跡へ手を伸ばしている。今回の試練にも干渉していた。放っておくわけにはいかないわね」


シードが、ソアの肩から顔を出した。


そして、映像が消えた場所を見つめる。


「……ななつの、うつわ」


「シード?」


ソアが振り返る。


シードは、小さな手を胸の前で握った。


「……つながってる」


「七つの器が?」


シードはゆっくりとうなずいた。


「……せかいじゅと」


リュシアの目が大きく開いた。


「世界樹……!」


彼女は急いで、手帳に記録を書き留め始めた。


七つの器。


黒い結晶。


世界樹。


そして、すべてを集めようとする黒衣の男。


これらがつながっているのなら、世界樹の力をめぐる何かが、再び動き始めているのかもしれない。


「……もっと調べる必要があるわね」


リュシアは小さくつぶやいた。


その言葉を聞きながら、ソアは自分の胸当てを見下ろした。


亀裂は、さっきよりも少しだけ広がっているように見えた。


「…………」


ソアは、そっと胸当てを撫でた。


「……鎧も、世界も」


小さく息を吸う。


「どっちも、壊れる前に直さなきゃね」


レイナがうなずいた。


「ああ。今度は、私たち全員でな」


リュシアも、シードも、静かにうなずいた。


彼女たちは、まだ知らない。


七つの器が本来持っていた役割も。


黒衣の男が、なぜすべてを集めようとしているのかも。


そして、世界樹が失った力の本当の意味も。


けれど、確かなことが一つだけある。


守るために必要なのは、すべてを一人で抱え込むことではない。


誰かに手を伸ばし、その手を受け取り、力をつなぐこと。


レイナは絶対鏡盾を背負い直した。


「行こう。まだ、やるべきことがある」


「うん!」


ソアは元気よく返事をした。


そして、歩き出そうとした瞬間――。


ガシャン。


胸当ての破片が、足元に落ちた。


「…………」


「…………」


「…………修理代ぃぃぃぃぃ!!」


地下神殿に、再びソアの悲鳴が響き渡った。

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