第67話 鉄壁の限界と、届かない手
地下神殿に、重い衝撃音が響いた。
ドォォン!!
巨大な石像が振り下ろした剣を、レイナは大剣で受け止めていた。
「くっ……!」
足元の石畳に亀裂が走る。
それでも、レイナは一歩も退かなかった。
「《鉄壁》!」
青白い魔力が広がり、彼女の前に巨大な防御障壁が出現する。
石像の剣が弾かれ、轟音とともに床へ叩きつけられた。
「……第一の条件は、これでいいのかしら」
レイナが息を整える。
攻撃を受け止めること。
自分の力を過信せず、耐えること。
それが、この試練の第一段階だった。
「すごい……」
ソアは思わず声を漏らした。
「レイナ、やっぱり強いね!」
「当然よ。私はA級冒険者なんだから」
レイナは胸を張った。
「それに、守ることに関しては誰にも負けないわ」
「うん! 頼もしい!」
「……ところでソア」
「なに?」
「あなたの胸当て、また壊れていない?」
「えっ?」
ソアが慌てて胸元を確認する。
「……あっ。本当だ」
「本当だ、じゃないでしょう!」
「でも、今回はまだ使えるよ!」
「そういう問題じゃないわよ!」
いつもの調子で言い合う二人。
しかし、その直後だった。
ゴゴゴゴゴ……。
神殿の奥から、低い振動が伝わってきた。
石像がゆっくりと顔を上げる。
その盾に、黒い筋が走っていた。
「……あれ?」
ソアの表情が変わる。
「レイナ、盾を見て!」
「盾?」
石像の盾に刻まれた紋様。
その一部が、墨を流したように黒く染まっている。
黒い筋は紋様を伝い、石像の腕へと伸びていた。
シードが小さな葉を揺らした。
「……くろい、ながれ」
「やっぱり、あの男の仕業かな……」
ソアが呟く。
「何か分かるの?」
レイナが尋ねた。
「まだはっきりとは分からない。でも、普通の魔力じゃないよ」
ソアは目を細めた。
黒い筋の周囲だけ、魔力の流れが不自然に歪んでいる。
まるで、本来流れるはずの力を無理やり別の方向へ引っ張っているようだった。
「……試練の邪魔をしているんだ」
ソアが一歩踏み出しかける。
しかし、レイナが手を上げて制した。
「待って」
「レイナ?」
「これは私の試練よ。まずは自分で確かめる」
レイナは大剣を構え直した。
「あなたたちは、異常が広がったときに備えていて」
「……分かった」
ソアは頷いた。
助けたい。
けれど、レイナが自分で向き合おうとしていることも分かっていた。
だからこそ、ソアは一歩だけ後ろへ下がった。
「危なくなったら、絶対に呼んでね」
「ええ。約束するわ」
レイナは前を向いた。
「さあ、次は何を見せてくれるの?」
石像の胸部が青く輝く。
その瞬間、床に三つの魔法陣が浮かび上がった。
一つはレイナの足元。
もう一つは石像の前方。
そして最後の一つは――神殿の奥。
「……三つ?」
レイナが眉をひそめた。
石像が動く。
今度は剣ではなく、盾を前へ突き出した。
ゴォォォッ!!
盾から放たれた衝撃波が、一直線にレイナへ迫る。
「《鉄壁》!」
障壁が展開される。
ドォン!!
衝撃波がぶつかり、青白い障壁が激しく揺れた。
「ぐっ……!」
レイナは歯を食いしばる。
衝撃が腕から全身へ伝わる。
だが、障壁は崩れなかった。
やがて衝撃波が消え、神殿に静けさが戻る。
レイナは大きく息を吐いた。
「……これも、受け止めたわ」
すると、石像の盾が淡く輝いた。
床の二つ目の魔法陣へ、青い光が流れ込む。
「今度は……何?」
レイナが警戒する。
石像が再び盾を構えた。
今度の攻撃は、先ほどよりも強い。
正面から受け止めれば、障壁が耐えられるか分からない。
レイナは盾を見つめた。
「……そういうことね」
彼女は大剣を地面に突き立てた。
「受け止めるだけでは、次へ進めない」
衝撃波が迫る。
レイナは障壁の形を変えた。
正面で受け止めるのではなく、斜めに傾ける。
「受けた力を――返す!」
障壁が衝撃波を受け流す。
その力が弧を描き、石像へと跳ね返った。
ドォォン!!
石像の身体が大きく揺れた。
同時に、二つ目の魔法陣が青く輝く。
「成功……?」
ソアが小さく呟いた。
シードも頷く。
「……かえした」
レイナは大剣を握り直した。
「なるほど。守るだけではなく、受けた力を正しく返すことも必要なのね」
しかし、彼女の表情にはまだ緊張が残っていた。
最後の魔法陣。
神殿の奥にある、三つ目の魔法陣。
そこだけは、まだ何も起きていない。
レイナが一歩踏み出す。
すると――
ピシッ。
小さな音が響いた。
石像の盾に刻まれた黒い筋が、突然広がった。
「……っ!?」
黒い魔力が噴き出す。
本来なら青いはずの魔法陣が、どす黒い紫色に染まっていった。
「レイナ、危ない!」
ソアが叫ぶ。
石像が大剣を振り上げた。
先ほどまでとは、明らかに動きが違う。
試練のための攻撃ではない。
明確な殺意を帯びた一撃だった。
「くっ……!」
レイナは《鉄壁》を展開する。
ドゴォォォン!!
障壁に巨大な剣が叩きつけられた。
一撃。
二撃。
三撃。
「ぐ、ううっ……!」
障壁に亀裂が走る。
「レイナ!」
ソアは反射的に駆け出しかけた。
だが、彼女は踏みとどまった。
レイナはまだ立っている。
自分の力で、守ろうとしている。
ならば――。
「シード、あの黒い魔力の流れを見て!」
「……うん」
シードが両手を広げる。
細い根が床を這い、黒く染まった魔法陣の周囲へ伸びていった。
「……みつけた」
「どこ!?」
「……たて。なか」
石像の盾。
その内部に、黒い結晶の欠片が埋め込まれていた。
それが、試練の魔力を吸い上げ、無理やり暴走させている。
「やっぱり、外から干渉してるんだ……!」
ソアは腰の装甲板に手をかけた。
だが、すぐには外さなかった。
「一枚だけじゃ、届かないかも……」
今のソアなら、装甲板を浮かせて操ることができる。
けれど、遠くにある小さな標的を狙い、黒い結晶だけを正確に砕くほどの制御は、まだ身についていない。
焦って動けば、レイナの試練そのものを壊してしまうかもしれない。
「……どうする?」
ソアは考えた。
そして、レイナを見た。
彼女は傷ついた障壁を維持しながら、必死に石像の攻撃を受け止めている。
強い。
本当に強い。
けれど――。
「レイナ!」
ソアは叫んだ。
「盾の中に、黒い結晶がある! それが試練を壊してる!」
「……分かったわ!」
レイナは一瞬だけ目を閉じた。
そして、障壁を維持したまま、石像を見据える。
「つまり、ただ耐えているだけでは駄目なのね……!」
大剣を握る手に力がこもる。
「なら、私が――」
「待って!」
ソアが声を張り上げた。
「全部、一人でやろうとしないで!」
レイナの動きが、一瞬止まった。
「……!」
「私たちはここにいるよ!」
ソアは自分の腰の装甲板を指で叩いた。
「私も、できることを探すから! レイナが守るものを、私たちにも教えて!」
レイナは唇を噛んだ。
守る。
自分が前に立ち、攻撃を受け止め、誰も傷つかないようにする。
それが自分の役目だと思っていた。
だからこそ、誰かに助けを求めることを、いつの間にか忘れていた。
しかし――。
障壁の亀裂が、さらに広がる。
「……っ!」
レイナは、ついに決断した。
「ソア! 石像の盾を狙って! でも、黒い結晶を砕くのは私が合図してからよ!」
「分かった!」
「シード、黒い魔力が流れ込む経路を押さえて!」
「……うん!」
「ルシア、風で魔力の流れを乱せる?」
「できるわ。ただし、長くは持たない!」
「それで十分よ!」
レイナの声が、神殿に響き渡った。
一人で耐えるための声ではない。
仲間を信じ、役割を託す声だった。
「全員、準備して!」
ソアは装甲板を一枚だけ外した。
カシャン。
魔力を込めると、装甲板がふわりと浮かび上がる。
まだ少し不安定だ。
それでも、今度は目を逸らさなかった。
レイナが守る。
シードが流れを押さえる。
ルシアが風を操る。
そして、自分は――届かない場所へ、手を伸ばす。
「……いくよ!」
黒い魔力が、石像の盾へと集まっていく。
レイナは障壁を維持したまま、大きく息を吸った。
「私は……!」
彼女の瞳に、迷いのない光が宿る。
「私は、強いから守るんじゃない!」
大剣を握る手が、震えながらも力強く柄を握り直した。
「守ると決めたから――強くなるのよ!」
その言葉に応えるように、彼女の障壁が再び輝いた。
青白い光が、黒い魔力を押し返す。
「今よ!」
レイナが叫ぶ。
ソアの装甲板が宙を走った。
シードの根が黒い流れを締めつける。
ルシアの風が、石像の盾へ吹きつけた。
そして――。
キィィン!
装甲板の先端が、盾の紋様に触れた。
黒い結晶が、わずかに露出する。
だが、まだ砕けてはいない。
石像が咆哮し、盾を大きく振り上げた。
「しまっ……!」
レイナの障壁が、限界を迎えようとしていた。
ソアは浮かぶ装甲板を見つめる。
あと少し。
ほんの少しだけ、狙いを正確にしなければならない。
けれど、焦れば外れる。
「……落ち着いて」
ソアは小さく呟いた。
装甲板を無理に動かすのではなく、魔力の流れに乗せる。
風に逆らわず、風の向きを読む。
空を飛んだときと同じだ。
「そこ……!」
装甲板が、静かに軌道を変えた。
そして――。
パキンッ!
黒い結晶に、細い亀裂が入った。
石像の動きが止まる。
神殿を満たしていた黒い魔力が、一瞬だけ揺らいだ。
「……効いてる!」
しかし、結晶はまだ壊れていない。
むしろ、最後の抵抗をするように、紫色の光を強く放ち始めた。
レイナは障壁を維持しながら、仲間たちを見た。
「みんな……もう一度、力を貸して!」
その声に、誰一人として迷わなかった。
ソアは装甲板を構え直す。
シードは根を伸ばす。
ルシアは風を集める。
そしてレイナは、大剣を握りしめた。
試練の最後に求められているもの。
それは、どれほど強固な壁を作れるかではない。
自分の手が届かないものを、どう守るのか。
その答えを、レイナは今まさに見つけようとしていた。
地下神殿に、再び青白い光が満ちていく。
――第三の試練が、始まろうとしていた。




