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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第七章 鉄壁の答え

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第66話 鉄壁の再会と、守る者の資格


「……鎧の修理代、今回も高いなぁ」


聖都アルセリアの冒険者ギルド。


ソア・ミュスカは、カウンターに置かれた修理見積書を見つめていた。


胸当ての留め具の交換。


腰部装甲の補修。


肩当てのへこみ直し。


さらに、魔力を吸われた装甲の再調整。


合計金額は、ソアが期待していた報酬を大きく上回っていた。


「……どうして?」


「どうして、とは?」


受付嬢が首を傾げる。


「だって、街を救ったんですよ? ちょっとくらい割引とか……」


「街を救った功績については、聖堂騎士団から正式な報酬が支払われる予定です」


「本当ですか!?」


ソアの顔が輝いた。


「はい。ただし、支払いは調査が終わってからになります」


「……」


ソアの笑顔が止まった。


「今すぐじゃないんだ……」


「はい」


「……鎧の修理は?」


「先払いです」


「そんなぁぁぁぁ!」


ギルド中にソアの悲鳴が響いた。


隣の席で資料を読んでいたリュシアが、静かに顔を上げる。


「ソアさん。街を救った直後に、修理代で絶望しないでください」


「だって! だってぇ!」


ソアは見積書を抱きしめた。


「私、頑張ったのに!」


「頑張ったことは認めます」


「じゃあ、修理代を……!」


「それとこれとは別です」


「うわああああん!」


シードがソアの肩をぽんぽんと叩いた。


「……だいじょうぶ」


「シード……!」


「……お金は、あとで考えよう」


「そうだね! 今は前向きに考えよう!」


ソアは勢いよく立ち上がった。


「よし! 追加の依頼を受けて、お金を稼ごう!」


リュシアがため息をついた。


「……本当に、ぶれませんね」


◇


その時だった。


ギルドの扉が開いた。


カラン、カラン。


重い鎧の足音が、室内に響く。


入ってきたのは、長い金髪を後ろで束ねた女騎士だった。


肩には大剣。


背筋は真っ直ぐ。


歩き方にも、隙がない。


周囲の冒険者たちが、ざわめいた。


「……鉄壁のレイナ?」


「本物か?」


「なんで聖都に……」


レイナ・ヴァルハート。


A級冒険者。


鉄壁のレイナ。


彼女は受付へ向かい、冒険者証を提示した。


「レイナ・ヴァルハートだ。聖堂騎士団から呼び出しを受けた。地下遺跡の件で話があると聞いている」


受付嬢が慌てて立ち上がる。


「は、はい! すぐに担当者を呼びます!」


その声を聞いたソアが、勢いよく振り返った。


「……レイナさん!?」


レイナの動きが止まる。


ゆっくりと振り返った彼女の視線が、ソアを捉えた。


「……ソア?」


「レイナさぁぁぁん!」


ソアは駆け出した。


そして、勢いよくレイナに抱きつこうとする。


「会いたかったよぉぉぉ!」


「待て! その勢いで来るな!」


ガシッ!


レイナは反射的にソアの肩をつかんだ。


「……何をしている?」


「再会の抱擁!」


「必要ない!」


「ええっ!?」


ソアはショックを受けた。


「前はもっと優しかったのに!」


「前もこんな感じだっただろうが!」


リュシアが小さく笑った。


シードも頷く。


「……いつもどおり」


「シードまで!?」


レイナはソアを離し、深く息を吐いた。


「……まったく。お前といると調子が狂う」


しかし、その表情には、わずかな安堵が浮かんでいた。


「無事だったんだな」


「うん!」


ソアは笑顔で頷いた。


「いろいろあったけど、元気だよ!」


レイナはソアの装備を見た。


胸当てには補修跡。


肩当てには新しいへこみ。


腰部装甲の留め具は、応急処置のままだ。


「……また鎧を壊したのか」


「うっ」


「しかも、かなり派手に」


「……はい」


レイナは額を押さえた。


「お前は本当に……」


「でも、強くなったよ!」


ソアは胸を張った。


「前より空も飛べるし、鎧も少し動かせるようになったの!」


「鎧を動かす?」


「うん!」


ソアは腰の装甲を外した。


《全解除・パージ》。


カチン。


装甲がふわりと浮かび上がる。


ソアは手を動かした。


装甲が右へ。


左へ。


そして、ゆっくりと一回転した。


「ほら!」


レイナは目を細めた。


「……なるほど。魔力による遠隔操作か」


「そう! まだ一枚ずつが限界だけどね」


「いや、十分に異常だろう」


レイナは装甲を見つめた。


「それを応用すれば、離れた位置から盾を展開したり、敵の攻撃を受け流したりできるかもしれない」


「……盾!」


ソアの目が輝いた。


「そうか! 鎧だけじゃなくて、盾も動かせばいいんだ!」


「いや、今のは可能性の話であって――」


「やってみよう!」


「待て、ここはギルドだ!」


ソアが盾を浮かせようとした瞬間。


ゴンッ!


盾が近くの柱にぶつかった。


「……」


「……」


ソアはそっと盾を下ろした。


「……練習が必要だね」


「そうだな」


レイナは深く頷いた。


「まずは、周囲の物を壊さない練習から始めろ」


◇


その後、三人はギルドの奥にある会議室へ案内された。


聖堂騎士団の調査担当者が、地下遺跡の資料を広げる。


「今回の異常について、皆さんにご協力をお願いしたい」


担当者は地図を指差した。


「地下遺跡の最深部には、古代の守護装置が眠っています。その中心にあるのが、世界樹の七つの器の一つ――《絶対鏡盾》です」


レイナが腕を組む。


「やはり、そうか」


「ご存じなのですか?」


「北方古戦場で、同じ紋章が私の身体に浮かび上がった。守護の継承者として、試練へ参加するよう告げられた」


ソアが身を乗り出した。


「じゃあ、レイナさんが第三の器の継承者なんだ!」


「まだ決まったわけではない」


レイナは冷静に答えた。


「試練が私を選ぶとは限らない。資格がなければ、器は手に入らないのだろう」


「……そっか」


ソアは少し考えた。


「でも、レイナさんなら大丈夫だと思う!」


レイナは一瞬だけ目を見開いた。


「……簡単に言うな」


「だって、レイナさんは強いもん!」


「強さだけで決まるなら、試練など必要ない」


レイナは静かに続けた。


「守ることは、敵を倒すこととは違う。私は、それを理解しているつもりだ」


その言葉に、ソアは頷いた。


「うん。私も、そう思う」


黒衣の男の顔が、頭をよぎった。


彼もまた、誰かを守ろうとしている。


だが、守るためにすべてを自分の中へ集めようとしていた。


「……でも、あの人は」


ソアは呟いた。


「一人で全部守ろうとしてるんだよね」


レイナがソアを見る。


「黒衣の男のことか?」


「うん。あの人、何かを失ったことがあるみたいなんだ」


「だからといって、街の人々を危険にさらしていい理由にはならない」


「……うん」


ソアは真剣な顔で頷いた。


「だから、止める。でも……できれば、何があったのかも知りたい」


レイナは少し黙ったあと、静かに言った。


「お前らしいな」


そして、地図へ視線を戻す。


「まずは地下遺跡を調べる。器を取り戻し、街の異常を完全に解決する。それが先だ」


リュシアも頷いた。


「私も同行します。古代装置については、私の知識がお役に立てるはずです」


シードが小さく手を上げた。


「……ぼくも」


「もちろん!」


ソアは笑顔で答えた。


「私たちで力を合わせよう!」


◇


その日の夕方。


聖堂の地下へ続く大扉の前。


ソアたちは、聖堂騎士団の案内で最深部へ向かっていた。


扉には、古代文字が刻まれている。


『守る者よ。


己が守りたいものを示せ。


己が守れぬものを知れ。


その上で、なお手を伸ばす覚悟があるならば、道は開かれる』


レイナは、その文字を見つめた。


「……守れぬものを知れ、か」


ソアは隣に立った。


「難しいね」


「……ああ」


レイナは拳を握った。


「私は、守ると決めたものを守りたい。だが、すべてを守れるわけではない。それも理解している」


彼女は目を閉じた。


北方古戦場で、仲間を守るために立ち続けた日々。


何度も攻撃を受け、何度も障壁を張り直した。


守れた命もある。


守りきれなかったものもある。


「それでも、私は守る」


レイナは目を開いた。


「できないからといって、最初から諦めるつもりはない」


その瞬間。


胸元の紋章が、強く輝いた。


ゴゴゴゴゴ……。


大扉が開いていく。


その先には、広大な円形の広間があった。


中央に立つのは、巨大な石像。


片手には剣。


もう片方の手には、盾。


そして、その盾には七本の枝の紋章が刻まれていた。


《絶対鏡盾》。


石像の足元には、三つの台座が並んでいる。


一つ目には、剣。


二つ目には、盾。


三つ目には、何も置かれていない。


古代文字が浮かび上がった。


『第一の試練――攻撃を受け止めよ』


『第二の試練――受け止めた力を返せ』


『第三の試練――己の力だけでは届かぬものを守れ』


「……三つの試練か」


レイナは大剣を構えた。


「いいだろう」


ソアも盾を手に取った。


「私も手伝うよ!」


しかし、レイナは首を横に振った。


「いや。これは私の試練だ」


「……でも」


「お前には、お前の役目がある」


レイナはソアを見つめた。


「必要な時は助けを求める。だから今は、見ていてくれ」


ソアは少し驚いたあと、笑顔で頷いた。


「……分かった!」


レイナは前へ進んだ。


その瞬間。


石像の目が赤く光った。


ドォォォン!!


巨大な石の剣が振り下ろされる。


レイナは盾を構えた。


「《鉄壁》!」


ガァァァン!!


巨大な障壁が展開する。


剣がぶつかり、広間全体が揺れた。


だが、レイナは一歩も退かなかった。


「……この程度!」


障壁が光る。


石像が再び剣を振り上げる。


今度は、さらに強い魔力が集まっていた。


ソアは息を呑んだ。


「……すごい」


リュシアが小さく呟く。


「これが、鉄壁のレイナ……」


しかし、シードだけは違うものを見ていた。


石像の盾。


その裏側に、黒い線が走っている。


「……あれ」


シードの葉が揺れた。


「……黒いのが、いる」


ソアが振り返る。


「え?」


その瞬間。


石像の盾から、黒い魔力が噴き出した。


レイナの障壁が、大きく歪む。


「なっ……!?」


石像の攻撃とは別の力が、試練そのものに干渉していた。


そして、広間の奥から声が響いた。


『守る者よ。


その力で、すべてを守れるか』


レイナは歯を食いしばった。


「……望むところだ!」


障壁が、さらに強く輝く。


だが、ソアには分かった。


これは、ただ攻撃を受け止める試練ではない。


誰かが、試練を壊そうとしている。


そしてその力は――


黒衣の男のものと、同じだった。


◇


同じ頃。


聖都から遠く離れた古代研究施設。


黒衣の男は、巨大な装置の前に立っていた。


装置の中央には、三本目の光が浮かび上がっている。


「……守る者の試練が始まったか」


男は呟いた。


手元の黒い結晶が、かすかに震える。


「絶対鏡盾……」


男は目を閉じた。


「お前の力があれば、もう誰も失わずに済む」


その言葉は、祈りにも似ていた。


しかし、装置の奥から返ってきたのは、冷たい機械音だった。


【警告:世界樹経路への過剰干渉】


【継承試練の安定性――低下】


【対象者の固有能力との共鳴を検出】


男は目を見開いた。


「……共鳴?」


装置の中央に、淡い緑色の光が浮かぶ。


その光は、聖都にいるソアの翼と同じ色だった。


男の表情が凍りつく。


「……まさか」


彼は初めて、明確な恐怖を感じた。


世界樹の力を集めているのは、自分だけではない。


誰かが、力を巡らせようとしている。


しかも、その流れは――


自分が集めた力さえも、外へ戻そうとしていた。


「……ソア・ミュスカ」


男は、その名を呟いた。


「お前は、何を目覚めさせようとしている……?」


装置の奥で、七つの光が揺れた。


そして、そのうちの一つが、静かに緑色へと変わっていった。

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