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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第七章 鉄壁の答え

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第65話 絶対鏡盾と、守れなかったもの


ドォォォン!!


聖堂の中庭が、大きく揺れた。


地面からせり上がった巨大な盾。


その表面には、七本の枝の紋章が刻まれている。


しかし、何重にも巻きついた黒い鎖が、緑色の輝きを押さえ込んでいた。


「……あれが、第三の器」


ソア・ミュスカは空中で翼を広げた。


視線の先では、黒衣の男が鎖を操っている。


「その盾をどうするつもり!?」


「必要なものを、必要な場所へ運ぶだけだ」


「それ、どう見ても盗んでるよね!?」


「所有するつもりはない」


男は静かに答えた。


「ただ、すべての力を一つに集める」


「それを所有って言うんだよ!」


ソアが叫ぶ。


男は答えなかった。


代わりに、黒い鎖を強く握りしめる。


ギギギギギ……!


鎖が盾へ食い込み、緑色の光が弱まっていく。


その瞬間だった。


聖堂の地下から、黒い波動が噴き出した。


「きゃっ!」


ソアの翼が乱れる。


「ソアさん!」


リュシアが飛び上がり、彼女の身体を支えた。


「魔力の流れが変わっています! あの盾から、周囲の魔力が吸い取られている!」


「このままだと、街のみんなが……!」


ソアは下を見た。


広場では兵士たちが住民を避難させている。


防護結界は、すでに半分近くが黒く変色していた。


「……止めなきゃ」


ソアは翼を傾けた。


男のいる中庭へ向かう。


「待ってください! 正面から行くのは危険です!」


「分かってる!」


ソアは腰の装甲を外した。


《全解除・パージ》。


カチンッ!


外れた装甲が、空中でふわりと浮かぶ。


「一枚だけなら……!」


ソアは魔力を流した。


装甲が動く。


以前よりも滑らかに。


ソアの手の動きに合わせ、装甲が右へ旋回した。


「よし!」


装甲を盾の横へ回り込ませ、黒い鎖へぶつける。


ガァンッ!


鎖が揺れた。


しかし、切れない。


「硬っ!」


男がソアを見上げた。


「その程度では止められない」


黒い鎖が、空中へ跳ね上がる。


「えっ!?」


鎖が装甲を絡め取った。


次の瞬間、装甲から魔力が吸い上げられる。


「うわっ、ちょっと! それ、私の鎧!」


ソアは慌てて魔力の流れを切った。


装甲が鎖から離れ、勢いよく戻ってくる。


ゴンッ!


「いたっ!」


額に直撃した。


「……」


「……ソアさん?」


リュシアが心配そうに声をかける。


ソアは額を押さえながら、涙目で呟いた。


「……この鎖、絶対に許さない」


「怒るところ、そこですか!?」


◇


黒衣の男は、盾を見つめていた。


絶対鏡盾。


世界樹の七つの器の一つ。


その力は、単に攻撃を防ぐものではない。


受けた力を受け止め、反射し、必要な場所へと返す。


守るためにこそ存在する器。


男はそれを知っていた。


「……これがあれば」


小さく呟く。


「もう、誰も失わずに済む」


彼の脳裏に、再び過去の光景が蘇った。


燃える街。


崩れ落ちる塔。


泣き叫ぶ人々。


そして、瓦礫の向こうにいた少女。


「お兄ちゃん……!」


伸ばされた手。


届かなかった手。


男は目を閉じた。


「……もう、あんな思いはしない」


黒い鎖が、さらに強く輝いた。


その瞬間。


盾の中央に、緑色の光が走った。


男は目を見開く。


「……何?」


盾が震えている。


拒絶しているのだ。


力を集めようとする男を。


「……なぜだ」


男は鎖を握り直した。


「私は、守るために必要な力を集めているだけだ!」


黒い魔力が噴き出す。


盾の輝きが、さらに弱まった。


そして、盾の表面に文字が浮かび上がる。


『守護とは、すべてを抱えることにあらず』


男の顔が歪んだ。


「黙れ……!」


『一人で支えようとする者は、いずれ己自身に押し潰される』


「黙れぇぇぇっ!!」


黒い鎖が盾へ食い込む。


その時。


「……それ、あなたにも当てはまるんじゃない?」


ソアの声が響いた。


男が振り返る。


ソアは額を押さえながら、空中に浮かんでいた。


「誰かを守りたいんでしょ?」


「……何が言いたい」


「一人で全部やろうとしてるよね」


ソアは、真っ直ぐに男を見つめた。


「私も前はそうだったから、少し分かるよ」


男は黙っていた。


「自分が頑張ればいい。自分が強くなればいい。自分が全部持っていれば、誰も困らないって」


ソアは自分の胸元に手を当てた。


「でも、それじゃ駄目だったんだよ」


前世の記憶が、胸をよぎる。


雨に濡れた道路。


飛び出していく小さな子供。


考えるより先に動いた自分。


そして、二度と戻れなかった人生。


「……守りたいって思う気持ちは、悪くないよ」


ソアは続けた。


「でも、全部を自分だけで守ろうとしなくてもいいんじゃない?」


男の表情が、わずかに揺れた。


「……お前に何が分かる」


低い声だった。


「大切なものを失ったこともないくせに」


「……あるよ」


ソアは静かに答えた。


男が目を見開く。


「私も、前の人生で……守れたものもあれば、守れなかったものもあった」


ソアは拳を握った。


「それでも、誰かを守ろうとしたことを、後悔してない」


風が吹いた。


ソアの銀白色の翼が、淡く光る。


「だから、あなたのことを全部分かったなんて言わない。でも……」


ソアは、男へ手を伸ばした。


「今からでも、一人で全部抱えるのをやめることはできるよ」


男は、その手を見つめた。


一瞬だけ。


本当に、一瞬だけ。


黒い鎖の輝きが弱まった。


しかし――


「……遅い」


男は呟いた。


「もう、遅すぎるんだ」


彼は手を振り払うように、黒い鎖を引いた。


盾が大きく揺れる。


「私は、すべてを取り戻す」


黒い光が爆発した。


「たとえ、お前を倒してでも!」


◇


その瞬間。


聖堂の地下から、巨大な衝撃波が放たれた。


「きゃああっ!」


ソアの身体が吹き飛ぶ。


翼が風をつかみ損ね、地面へ落ちていく。


「ソアさん!」


リュシアが追いかける。


しかし、間に合わない。


ソアは歯を食いしばった。


「……まだ!」


背中の翼へ魔力を流す。


だが、魔力が逆流している。


男の鎖が、翼の魔力まで吸い取っていた。


「うそ……!」


地面が迫る。


ソアはとっさに肩当てを外した。


《全解除・パージ》。


カチン!


肩当てが浮かび上がる。


ソアはそれを自分の下へ滑り込ませた。


ガンッ!


肩当てが地面にぶつかる。


その反動で、ソアの身体がわずかに浮いた。


ドサッ!


どうにか着地したものの、肩当てには新たなへこみができていた。


「……あああああっ! また傷がぁぁぁ!」


「ソアさん! 無事ですか!?」


「身体は無事! 鎧は重傷!」


「今は鎧より、ご自身の心配をしてください!」


シードが駆け寄り、ソアの腕に触れた。


「……ソア、魔力が乱れてる」


「うん。あの鎖のせいだね」


ソアは立ち上がった。


黒衣の男は、まだ盾を拘束している。


このままでは、街の結界が完全に崩壊する。


そうなれば、街の人々が危険にさらされる。


「……正面から鎖を壊すのは無理」


ソアは周囲を見渡した。


盾。


鎖。


魔力の流れ。


そして、聖堂の床に刻まれた古代文字。


ふと、気づいた。


黒い鎖は盾を拘束しているだけではない。


聖堂の地下にある装置ともつながっている。


つまり、鎖が魔力を吸い上げる経路を変えれば――


「……そうか!」


ソアは顔を上げた。


「鎖を切らなくても、流れを変えればいいんだ!」


リュシアが目を見開く。


「どうするつもりですか?」


「鎖が吸い上げてる魔力を、別の場所へ流す!」


「そんなことができるんですか!?」


「……一回だけなら、何とか!」


ソアは腰の装甲をもう一枚外した。


さらに、左腕の小さな装甲板も外す。


三枚の装甲が、空中に浮かぶ。


以前なら、ここまで同時に動かすことはできなかった。


だが、あの暴走した加護の中で経験した感覚が、まだ身体に残っている。


完璧ではない。


それでも、流れを感じることはできる。


「シード! 床の溝をつないで!」


「……うん!」


緑色の根が伸び、床の魔力経路に触れた。


「リュシアさん! 風を右側へ流して!」


「分かりました!」


リュシアが飛行装置を操作する。


風が広間を駆け抜けた。


ソアは三枚の装甲を動かした。


一枚目で風を受け止める。


二枚目で、魔力の流れを変える。


三枚目で、黒い鎖の接続部分を押さえる。


「……今!」


装甲が、鎖の根元に触れた。


カチッ。


小さな音。


次の瞬間。


黒い鎖の光が、一瞬だけ緑色に変わった。


「いけた!」


鎖を流れていた魔力が、聖堂の床へ戻り始めた。


街の防護結界が、少しずつ元の色を取り戻す。


「……そんな馬鹿な」


黒衣の男が目を見開いた。


「力を奪っているのに、なぜ……!」


ソアは必死に魔力を調整した。


「奪ってるんじゃなくて、流れを止めてるだけだから!」


しかし、負担は大きかった。


翼が震える。


三枚の装甲が不規則に揺れる。


「うっ……!」


魔力が途切れそうになる。


その時、シードの根がソアの足元に絡みついた。


「……支える」


緑色の光が広がる。


ソアの魔力が安定した。


「……ありがとう、シード!」


ソアは最後の力を込めた。


三枚の装甲が、同時に回転する。


そして――


バチィィン!!


黒い鎖の一部が、弾け飛んだ。


盾が自由を取り戻す。


緑色の光が、聖堂全体へ広がった。


【魔力循環――正常化】


【第三の器への外部干渉を一部解除】


【継承試練――継続中】


黒衣の男は、後方へ跳び退いた。


その表情には、怒りと驚きが入り混じっていた。


「……お前は、いったい何者なんだ」


ソアは息を切らしながら答えた。


「ただの……鎧が好きな冒険者だよ!」


「……」


「あと、鎧の修理代に困ってる冒険者!」


「……それは聞いていない」


「私にとっては重要なの!」


緊迫した空気が、一瞬だけ崩れた。


だが、男はすぐに表情を引き締めた。


「……今日は、ここまでだ」


黒い鎖が男の足元へ集まる。


「次に会う時は、必ず器を手に入れる」


「待って!」


ソアが叫ぶ。


男は一瞬だけ立ち止まった。


「……何だ」


「あなたの名前、まだ聞いてない!」


男は答えなかった。


ただ、少しだけ寂しそうに笑った。


「……名前など、今の私には必要ない」


次の瞬間。


黒い光が男を包み込み、その姿が消えた。


残されたのは、地面に落ちた小さな黒い破片だけだった。


ソアは、それを拾い上げた。


「……また、逃げられちゃった」


「ですが、今回は大きな成果です」


リュシアが周囲を見渡した。


街の結界は、完全ではないものの安定を取り戻している。


地下装置の魔力も、正常な流れに戻りつつあった。


「ソアさんがいなければ、この街は危なかったでしょう」


「……そっか」


ソアは、ほっと息を吐いた。


そして、空中に浮かんだままの三枚の装甲を見る。


「……私、三枚も動かせたんだ」


シードが頷く。


「……うん。前より、ずっと上手」


「えへへ……」


ソアは嬉しそうに笑った。


「でも、まだまだだね。今度は四枚に挑戦しようかな!」


「まずは三枚を安定して扱えるようになってください!」


リュシアの声が響いた。


◇


その頃。


北方古戦場。


レイナ・ヴァルハートは、馬を走らせていた。


胸元の紋章が、緑色に輝いている。


「……第三の器」


レイナは呟いた。


「絶対鏡盾……か」


彼女は自分の大剣を見つめた。


これまで、彼女は剣と盾を使い、仲間を守ってきた。


だが、守るために必要なのは、ただ攻撃を防ぐことだけなのだろうか。


「……考えるのは、着いてからだな」


レイナは手綱を握り直した。


「待っていろ。必ず行く」


馬が速度を上げる。


その先には、聖都アルセリアへ続く街道が伸びていた。


◇


聖堂の地下。


黒い鎖が消えた場所に、緑色の光が残っていた。


絶対鏡盾は、まだ完全には姿を現していない。


だが、その輝きは確かに強くなっていた。


そして、石板に新たな文字が浮かび上がる。


『守る者は、すべてを抱えず。


己の手が届かぬものを知り、


それでもなお、手を伸ばす者であれ』


その文字を見つめながら、ソアは静かに呟いた。


「……レイナさんなら、きっと分かるよね」


シードは、ソアの肩に頬を寄せた。


「……うん」


その時。


ソアの頭の中に、再びあの声が響いた。


【固有能力の理解度――上昇】


【世界樹経路との接続――安定化】


【新規能力の発現条件を確認】


ソアは目を見開いた。


「……新しい能力?」


しかし、その表示はすぐに消えた。


「……ええっ!? ちょっと待って! 今の、もう一回見せてよ!」


当然、返事はない。


リュシアが不思議そうに振り返った。


「どうしました?」


「今、何か新しい能力が出そうだったの!」


「出たんですか?」


「……出る前に消えちゃった」


「……そうですか」


リュシアは深くため息をついた。


「では、まずは街の復旧を手伝いましょう」


「はーい……」


ソアは壊れた鎧の破片を鞄にしまった。


そして、空を見上げる。


雲の向こうには、まだ見ぬ遺跡がある。


その先には、七つの器が待っている。


そして、黒衣の男が守ろうとしているものも。


ソアは小さく拳を握った。


「……次は、ちゃんと話を聞かせてもらうからね」


風が、彼女の翼を揺らした。


物語は、少しずつ核心へ近づいていた。

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