第6話 全部解除してください
ダンジョンの奥。
ソアは、巨大な黒い魔物と対峙していた。
四本の腕。
全身を覆う黒い皮膚。
そして、その身体から立ち上る紫色の煙。
「……なんか、嫌な感じがする」
ソアは剣を構えた。
魔物が腕を振る。
「――っ!」
ガキィン!!
ソアは盾で受け止めた。
だが。
「重っ……!」
身体が大きく後ろへ吹き飛ばされる。
なんとか踏みとどまったものの、身体が妙に重い。
「……あれ?」
さっきまで普通に動けていたはずなのに。
腕が重い。
脚も重い。
魔力までうまく流れない。
「これ……もしかして」
ソアは紫色の煙を見た。
「呪い?」
その瞬間。
視界の端にステータスが浮かんだ。
【状態:呪縛】
【身体能力低下】
【敏捷低下】
【魔力低下】
「やっぱり!」
ソアは焦った。
まずい。
このままでは勝てない。
何か解除する方法は――。
「……そうだ」
頭に浮かんだのは、ひとつのスキルだった。
《全解除》。
まだ一度も使ったことがない。
説明も詳しくは分からない。
それでも。
「これしかない!」
ソアは覚悟を決めた。
「《全解除》!」
――パァンッ!!
何かが弾けるような音がした。
「……え?」
身体を包んでいた紫色の煙が、一瞬で消えた。
「やった!」
呪いが消えた。
身体の重さもなくなっている。
ソアは嬉しそうに笑った。
だが。
次の瞬間。
ガシャァン!!
「……え?」
胸当てが床に落ちた。
ガシャッ。
右肩の装甲。
ガシャッ。
左肩。
ガシャッ。
腕当て。
脚甲。
ベルト。
剣。
盾。
「……ちょっと待って?」
ソアの笑顔が引きつった。
装備していたものが、次々と床に落ちていく。
「え?」
さらに。
ポトッ。
「…………」
ソアは固まった。
服まで落ちていた。
「………………」
完全な沈黙。
ソアはゆっくりと自分の身体を見下ろした。
「…………え?」
装備もない。
防具もない。
服もない。
呪いもない。
本当に――全部なくなっていた。
「…………」
数秒後。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ダンジョン中に、ソアの悲鳴が響き渡った。
「なんで服まで解除されるの!?」
当然、スキルは答えてくれない。
「私が解除したかったのは呪いだけなんだけど!?」
答えはない。
「《全解除》って、そういう意味なの!?」
答えはない。
そして。
魔物が動いた。
「――っ!」
ソアは慌てて横へ飛んだ。
ドンッ!!
直前まで立っていた場所が粉々に吹き飛ぶ。
「……え?」
ソアは目を丸くした。
今の攻撃。
避けられた。
しかも――。
「速い……?」
魔物が再び腕を振る。
ソアは身体をひねった。
避ける。
さらに一撃。
跳ぶ。
避ける。
もう一撃。
身体を沈める。
避ける。
「……見える」
さっきまでとは、明らかに違う。
身体が軽い。
軽すぎる。
まるで重力から解放されたようだった。
「なに……これ……」
魔物が四本の腕を振り回す。
しかし、その攻撃が当たらない。
ソアは一歩。
また一歩。
魔物の懐へ入り込んだ。
「……今なら」
拳を握る。
「いける!」
ドンッ!!
拳が魔物の腹部にめり込んだ。
巨体が吹き飛ぶ。
そのまま壁へ激突した。
「…………」
ソアは自分の拳を見つめた。
「強い……」
今までとは比べものにならない。
力も。
速さも。
魔力も。
全部が異常なほど高まっている。
「これ……《全解除》のせい?」
ソアはステータスを確認した。
【レベル:4】
【体力:非常に高い】
【筋力:非常に高い】
【敏捷:非常に高い】
【魔力:高い】
【精神:非常に高い】
「…………」
しばらく画面を見つめる。
「……強い」
もう一度、自分を見る。
「…………」
顔が真っ赤になった。
「でもっ!!」
ソアは両手で身体を隠した。
「この状態で戦うのは無理ぃぃぃぃ!!」
強さと羞恥心。
どちらを取るか。
ソアに迷いはなかった。
「鎧!!」
ソアは床に散らばった装備へ走った。
「私の鎧ぃぃぃ!!」
戦闘中だというのに、まず鎧を拾い始める。
胸当て。
肩当て。
腕当て。
脚甲。
剣。
盾。
そして服。
「よし……!」
全部拾った。
壊れている。
ボロボロだ。
それでもソアは大事そうに抱えた。
「……持って帰れば、直せるかもしれない」
大切な鎧だ。
捨てるという選択肢は、最初からなかった。
そのとき。
魔物が立ち上がった。
「……あ」
ソアは振り返った。
魔物が咆哮する。
「そうだった」
ソアは小さくため息をついた。
「まだ終わってなかった」
魔物が突っ込んでくる。
ソアは装備を抱えたまま、一歩踏み込んだ。
「ごめんね」
次の瞬間。
ソアの姿が消えた。
――ズドンッ!!
凄まじい衝撃がダンジョンを揺らした。
魔物は、その一撃で完全に沈黙した。
*
戦闘が終わった。
ソアはその場にしゃがみ込み、拾い集めた装備を抱きしめていた。
「……強かった」
確かに強い。
《全解除》を使えば、とんでもない力を引き出せる。
今まで苦戦していた相手が、まるで相手にならなかった。
けれど。
「…………」
ソアは真顔になった。
「もう二度と使わない」
即決だった。
「絶対に使わない」
強さよりも、恥ずかしさが勝った。
ソアにとって《全解除》は――。
最強の力を引き出すスキルであると同時に。
絶対に使いたくないスキルになった。
そしてソアは、まだ知らない。
壊れた装備を修理して、再び身につけたとき。
《スキンブースト》によって積み重なっていた力まで、元に戻ってしまうことを。
このときのソアが考えていたことは、ただ一つ。
「……早く服を着たい」
それだけだった。




