第5話 初めてのダンジョン
「ここが……ダンジョン」
ソアは目の前にそびえる巨大な洞窟を見上げていた。
街から半日ほど歩いた先。
山の斜面にぽっかりと開いた巨大な穴。
入口にはいくつもの松明が並び、冒険者たちが出入りしている。
剣を持った者。
杖を持った者。
弓を背負った者。
そして――。
「やっぱり、いるんだ」
ソアは周囲を見回した。
自分と同じように、全身鎧を着た冒険者が何人かいる。
「……格好いい」
思わず目を輝かせる。
しかし。
「…………」
ソアは自分の鎧を見る。
胸当てには大きなひび。
右肩は半分欠けている。
左腕の籠手もない。
足の装甲も片方しか残っていない。
「……私のほうがボロボロだ」
ちょっと悲しくなった。
だが、すぐに気を取り直す。
「よし!」
ソアは拳を握った。
「お金を稼ごう!」
目的は明確だった。
魔物を倒す。
素材を集める。
売る。
鎧を修理する。
完璧な計画である。
「……できれば、ちょっと強い鎧も欲しい」
小さく付け加えた。
ダンジョンに入ってすぐ。
「……暗い」
ソアは松明を見上げた。
洞窟の壁には、淡く光る鉱石が埋め込まれている。
そのおかげで完全な暗闇ではない。
「これなら見える」
ソアは剣と盾を構えた。
その瞬間。
「グルル……」
前方から唸り声。
「来た!」
三匹の魔物が姿を現した。
狼に似た姿。
だが、普通の狼よりも一回り大きい。
「三匹か」
ソアは盾を構える。
一匹が飛びかかってくる。
ガンッ!
盾で受け止める。
「くっ!」
衝撃で身体が少し後ろへ下がる。
だが、倒れない。
「今!」
剣を振る。
ザシュッ!
一匹目を倒す。
「よし!」
二匹目。
横から飛びかかってくる。
ソアは身体をひねった。
「――避ける!」
爪が鎧をかすめる。
ギィン!
火花が散った。
「危なっ!」
反撃。
ザンッ!
二匹目も倒れる。
最後の一匹が背後から迫る。
ソアは振り返った。
「そこ!」
盾を叩きつける。
ドンッ!
魔物が吹き飛んだ。
そこへ剣を突き出す。
戦闘終了。
「…………」
ソアは息を整えた。
「勝った」
三匹。
しかも、思ったより簡単だった。
ソアは倒した魔物を見る。
「……私、強くなってる」
ゴブリン一匹に苦戦していたときとは、明らかに違う。
今は三匹を相手にしても、ちゃんと戦える。
「やっぱり……」
ソアは自分の鎧を見る。
「鎧が壊れたから?」
そのとき。
「――ピシッ」
「……え?」
嫌な音。
右肩。
ソアがゆっくりと振り向く。
「…………」
右肩の装甲に亀裂が入っていた。
「いやいやいや」
ソアは慌てて押さえる。
「まだダメ!」
ピシッ。
「お願い!」
ピシッ。
「今日は修理費を稼ぎに来たんだから!」
ピシッ。
「壊れないで!」
ガシャァン!
右肩の装甲が地面に落ちた。
「…………」
ソアは固まった。
足元の装甲を見る。
そして。
ゆっくり身体を動かしてみる。
右腕を回す。
「……軽い」
一歩。
「……速い」
もう一歩。
「…………」
ソアは眉をひそめた。
「やっぱり」
確信に近いものがあった。
「壊れると、強くなってる」
ソアは右肩の装甲を拾い上げた。
「でも……」
装甲を見る。
「どうして?」
当然の疑問だった。
鎧がなくなった。
だから軽くなった。
それだけなら分かる。
しかし。
ソアは自分の手を握る。
「力も……上がってる気がする」
握った拳を見る。
試しに近くの岩を軽く殴る。
ドンッ!
岩にひびが入った。
「…………え?」
ソアは自分の拳を見る。
もう一度、岩を見る。
「……私、こんな力あった?」
答えはない。
「…………」
ソアは少し考えた。
そして。
「……まあ、いいか」
考えるのをやめた。
「強くなってるなら、いい!」
ソアは右肩の装甲を袋にしまった。
「あとでちゃんと直してもらわないと」
さらに奥へ進む。
魔物。
魔物。
また魔物。
ソアは一匹ずつ倒していった。
戦うたびに、身体が少しずつ動かしやすくなっていく。
そして。
「……あ」
また鎧が壊れた。
ガシャッ。
今度は左腕の装甲だった。
「…………」
ソアは腕を振る。
「やっぱり」
さらに軽い。
さらに動く。
そして――。
「…………楽しい」
思わず笑ってしまう。
「これ、面白い!」
今までなら、鎧が壊れるたびに悲鳴を上げていた。
けれど。
「壊れると強くなるなら……」
ソアは残った鎧を見る。
「もしかして、全部壊れたら……」
想像する。
胸当てがなくなる。
肩当てがなくなる。
腕の装甲がなくなる。
足の装甲もなくなる。
「…………」
ソアは首を振った。
「いやいや」
さすがにそれは怖い。
大好きな鎧が全部なくなるのは嫌だ。
それに。
「そもそも、服までなくなったら困るし」
ソアは苦笑した。
このときの彼女はまだ知らない。
その「もし全部なくなったら」という疑問が――
やがて、自分自身の能力の核心へとつながっていくことを。
しばらく進むと、開けた場所に出た。
そこには古びた木箱が置かれている。
「……宝箱?」
ソアの目が輝いた。
「これ、宝箱だよね?」
慎重に近づく。
周囲を確認する。
罠らしきものはない。
「……開けるよ?」
誰もいないのに、なぜか確認する。
カチャ。
蓋を開く。
中に入っていたのは――。
「…………」
ソアは沈黙した。
銀貨。
数枚。
そして、小さな魔石。
「…………」
ソアの目が輝く。
「お金!」
宝箱を抱える。
「やった!」
その場で飛び跳ねる。
「これで鎧を修理できる!」
しかし。
着地した瞬間。
ガシャッ。
残っていた胸当てに新しい亀裂が入った。
「…………」
ソアはゆっくり胸元を見る。
「……今のジャンプで?」
ピシッ。
「え?」
ピシッ。
「ちょっと待って」
ガシャァン!
胸当ての一部が落ちた。
「…………」
ソアは天井を見上げた。
「神様」
返事はない。
「私、何か悪いことしましたか?」
もちろん返事はない。
ソアはしばらく黙っていたが。
「……まあ」
足元の胸当てを見る。
そして、自分の身体を動かす。
「強くなったし」
少しだけ笑う。
「……いいか」
その日の夕方。
ソアはダンジョンの入口まで戻ってきた。
背中には大きな袋。
中には魔物の素材。
魔石。
そして、宝箱から手に入れた銀貨。
さらに、その下には――今日の戦いで壊れた鎧の部品が入っていた。
右肩の装甲。
左腕の籠手。
すね当て。
そして、ひびの入った胸当て。
どれも傷だらけだ。
それでも、ソアは大切そうに袋を抱えた。
「ちゃんと直してもらわないとね」
壊れた装備も、ソアにとっては大切なものだった。
「だって、せっかく買った最高の鎧なんだから」
ソアは袋を背負い直す。
ずしりと肩に重さがかかる。
けれど――。
「……これくらいなら平気」
以前なら、壊れた装備をまとめて背負えば歩くのも大変だっただろう。
今では、それほど苦ではない。
「やっぱり……」
ソアは自分の身体を見る。
「私、本当に強くなってる」
その言葉に、少しだけ嬉しくなる。
だが。
彼女の頭には、一つの疑問が残っていた。
――鎧が壊れるたびに、自分は強くなっている。
偶然なのか。
それとも。
何か能力が関係しているのか。
「……スキンブースト」
ソアは自分の固有スキルの名前を呟いた。
鑑定で見ても、詳細は分からない。
ただ、名前だけ。
「皮膚……?」
ソアは首を傾げる。
「でも、私が外してるのは鎧だよね」
考える。
考える。
そして。
「…………」
五秒ほど悩んだあと。
「まあ、いっか」
やっぱり考えるのをやめた。
「早く帰って、鎧を直してもらおう」
ソアは街へ向かって歩き出す。
背中には、壊れた鎧。
手には、今日集めた素材。
そして胸の中には――。
少しずつ強くなっているという、確かな実感。
その一方で。
ソアが去ったダンジョンの奥。
誰もいない暗闇の中で。
彼女が落とした小さな金属片が――
淡く光った。
《スキンブースト》
その力は。
すでに、ソア自身が思っている以上に深く――
彼女の身体に根付き始めていた。




