第62話 浮遊遺跡への道と、動き出した七つの器
「……止まった?」
風渡り村の広場。
空中輸送装置の浮遊台は、村の上空で静かに停止していた。
さっきまで激しく回転し、荷物をまき散らしていたとは思えないほどの静けさだ。
ソア・ミュスカは、浮遊台の縁に腰を下ろした。
「……よかったぁ」
全身から力が抜ける。
「もう少しで、村ごと空の彼方に飛んでいくところだったね」
「そんなことになったら、依頼どころではありませんでしたね」
隣に立つリュシアが、呆れたように笑った。
「でも、ソアさん。最後の魔力制御……あれは一体?」
「え?」
「風の流れを変えながら、魔力の逆流を止めて、装置の制御までしていましたよね。しかも、鎧を三つも同時に動かして」
「うーん……」
ソアは首を傾げた。
「なんか、できちゃった?」
「できちゃった、で済ませていい技術ではないと思うのですが……」
「でも、今はもうできないよ?」
ソアは手をかざした。
近くに転がっていた肩当てが、ふわりと浮かび上がる。
「おっ!」
そのまま右へ。
少しだけ左へ。
そして――
ゴンッ。
自分の頭にぶつかった。
「いたっ!」
肩当てが地面に落ちる。
「……」
「……」
リュシアが額を押さえた。
「できていないじゃないですか」
「ち、違うよ! 今のは着地の練習!」
「頭への着地ですか?」
「鎧が私に会いにきたんだよ!」
「会いに来る鎧が、主人の頭を殴りますか?」
「……ちょっと不器用な子なのかも」
ソアは肩当てを拾い上げ、傷が増えていないか確認した。
「よかった。傷は増えてない」
「そこは気にするんですね……」
◇
その後、村の人々が集まり、空中輸送装置の安全確認が行われた。
中央の青い結晶は無事だった。
金属板の下に埋め込まれていた黒い結晶も、ソアたちが取り外して保管している。
魔力の流れは正常に戻り、浮遊台はゆっくりと地上へ降りてきた。
「本当にありがとうございました!」
村長が深々と頭を下げた。
「これで、また荷物を運べます。薬も食料も、山向こうの集落へ届けられます!」
「いえいえ。無事に直ってよかったです!」
ソアは笑顔で答えた。
そして、少しだけ視線を落とす。
「……ところで」
「はい?」
「今回の依頼報酬なんですけど」
リュシアが横を向いた。
シードはソアの顔を見上げた。
「……おかね」
「そう! お金!」
ソアは力強く頷いた。
「鎧の修理代が必要なんです!」
「……そこは、ぶれませんね」
村長は事情を察したように笑い、依頼報酬に加えて、特別な謝礼を用意してくれた。
さらに、輸送装置の修理に使うはずだった予備の魔法鋼板も、必要なら持っていってほしいと言う。
ソアの目が輝いた。
「魔法鋼!?」
「ええ。古いものですが、鎧の補修には使えると思います」
「ありがとうございます!!」
ソアは両手で鋼板を受け取った。
「このご恩は、鎧の一部として大切に受け継ぎます!」
「人への感謝も忘れないでくださいね」
リュシアがすかさず突っ込んだ。
「もちろん! 村のみんなにも感謝してるよ!」
ソアは満面の笑みを浮かべた。
「鎧にも、みんなにも!」
「なら、よかったです」
シードが小さく頷く。
「……よかった」
こうして、風渡り村の依頼は無事に完了した。
そしてソアたちは、思いがけないものを手に入れることになる。
それは、報酬だけではなかった。
◇
村長の家。
ソアたちは、空中輸送装置の記録を確認していた。
装置には、異常が起きる直前までの魔力の流れが記録されていたらしい。
「黒い結晶が魔力を吸収していたことは間違いありません」
リュシアが記録板を指でなぞる。
「ですが、奇妙なのはその先です」
「その先?」
「吸収した魔力の一部が、装置の外へ向かって流れているんです。それも、一定の方向に」
ソアは記録板を覗き込んだ。
複雑な線がいくつも描かれている。
その中の一本だけが、村から遠く離れた山脈の向こうへ伸びていた。
「……これって」
「はい。昨日、ソアさんが空中で見つけた浮遊遺跡。あの場所と方向が一致しています」
ソアの表情が変わった。
あの時、翼を広げて空へ上がった瞬間。
遠くの雲の向こうに、淡く光る建造物が見えた。
そして、頭の中に響いた謎の声。
【新規経路を検出】
【未登録の世界樹経路を確認】
あの表示と、何か関係があるのだろうか。
「……あそこに、何かあるんだね」
「そう考えるのが自然でしょう」
リュシアは頷いた。
「ただし、普通の方法では近づけないと思います。周囲の風が異常に乱れているうえ、記録によれば、あの遺跡は長い間、誰も到達できていません」
「でも、道があるんだよね?」
「ええ。今回の装置に残された記録が正しければ」
ソアは、自分の背中に生えた銀白色の翼に触れた。
まだ自由自在とはいかない。
それでも、以前よりずっと風を感じられるようになっていた。
「……行ってみたい」
「そう言うと思っていました」
リュシアは苦笑した。
「ですが、その前にギルドへの報告と、装備の点検です」
「うっ……」
「それから、飛行訓練も必要です」
「ううっ……」
「最後に、壊れた鎧の修理ですね」
「うわあああああっ! やることが多い!」
ソアは頭を抱えた。
「せっかくお金が入ったのに、また修理代で消えちゃう!」
「予備の魔法鋼板をもらえたじゃないですか」
「そうだった!」
ソアはすぐに顔を上げた。
「村長さん、ありがとう!」
「切り替えが早いですね……」
シードがソアの袖を引いた。
「……ソア」
「ん? どうしたの?」
シードは記録板の一点を指差した。
「……ここ」
そこには、魔力の流れとは別に、小さな紋章が刻まれていた。
七本の枝が、輪のようにつながった紋章。
世界樹を示す印だった。
しかし、その一部が黒く塗りつぶされている。
「……黒い」
シードの声が、いつもより低くなった。
「これ、前にも見たことがあるの?」
ソアが尋ねる。
シードはしばらく紋章を見つめた。
「……うん」
「どこで?」
「……根っこ」
世界樹の根元。
シードが生まれた場所だ。
「……同じ。でも、こっちは壊れかけてる」
リュシアの顔から笑みが消えた。
「世界樹の紋章が、ですか……?」
シードは頷いた。
「……誰かが、流れを変えてる」
部屋の中に、重い沈黙が落ちた。
ソアは記録板を見つめた。
黒い結晶。
乱れた魔力。
世界樹の紋章。
そして、浮遊遺跡へ続く謎の経路。
別々の出来事だと思っていたものが、一本の線でつながり始めていた。
「……急ごう」
ソアは静かに言った。
「次の遺跡に行こう。何が起きているのか、ちゃんと確かめたい」
リュシアは頷いた。
「分かりました。準備ができ次第、出発しましょう」
シードも、小さく頷く。
「……いっしょに」
「うん!」
ソアは笑顔を取り戻した。
「それに、空を飛べるようになれば、遠くの遺跡にもすぐ行けるしね!」
「目的が一つ増えましたね」
「あと、鎧も直す!」
「そちらが本命では?」
「どっちも本命!」
◇
その頃。
山脈の向こうにある、古代遺跡。
地中深くに埋もれた大きな扉の前に、黒衣の男が立っていた。
扉には、世界樹の紋章が刻まれている。
七本の枝。
そのうち、二本が黒く染まっていた。
男は手の中の銀白色の羽根を見つめた。
羽根の根元には、細い黒い線が走っている。
「……ここなら」
男は羽根を扉へ近づけた。
すると、羽根が淡く光った。
ゴゴゴゴゴ……。
地鳴りとともに、扉がゆっくりと開いていく。
内部には、巨大な円形の装置があった。
中央には、空中輸送装置と同じような青い結晶。
しかし、その周囲には無数の黒い結晶が埋め込まれている。
まるで、何かの力を一か所へ集めるための装置だった。
「七つの器……」
男は呟いた。
「これを動かせば、残る器への道が開く」
装置の中央に手を置く。
黒い鎖が伸び、結晶へ絡みついた。
次の瞬間。
青い光が黒く染まった。
ドクン。
装置が脈打つ。
ドクン。
遺跡全体が震えた。
遠く離れた空の彼方。
雲に隠れていた浮遊遺跡が、かすかに輝き始める。
さらにその奥。
地図にも記されていない、巨大な空中神殿。
その中心部で、眠っていた何かが目を開いた。
【世界樹経路への干渉を検出】
【七つの器――接続条件が変化しました】
【継承試練を再構成します】
機械的な声が、誰もいない神殿に響く。
男は顔を上げた。
「……始まったか」
その瞳には、決意と、消えない悲しみが宿っていた。
「今度こそ、失わない」
男は拳を握りしめる。
「たとえ、世界のすべてを敵に回しても」
黒い鎖が、さらに強く結晶へ食い込んだ。
そして。
世界樹の根元では、小さな芽が淡い光を放っていた。
シードが眠っていた場所。
その奥深くから、何かが応えるように脈打っている。
まだ誰も知らない。
世界樹の力を巡らせようとする少女と、すべてを集めようとする男。
二人の歩みが、再び交わろうとしていることを。
◇
翌朝。
ソアは修理を終えた鎧を身につけ、村の出口に立っていた。
背中の翼は、以前より少しだけ滑らかに動く。
肩当てを外して、ふわりと浮かせる。
右へ。
左へ。
そして、ゆっくりと自分の手元へ戻す。
今度は頭にぶつからなかった。
「……できた!」
ソアは拳を握った。
「よし! 少しずつ分かってきた!」
「一枚だけなら、ですね」
リュシアが念を押す。
「三枚同時に動かすのは、まだ無理ですよ」
「分かってるって!」
ソアは肩当てを装備し直した。
カチッ。
「だから、次は二枚!」
「段階を踏んでください!」
シードがソアの肩に乗り、遠くの山脈を見つめた。
「……あそこ」
「うん。次の目的地だね」
ソアは翼を広げた。
風が、背中を優しく押す。
以前なら、風に逆らって無理やり飛ぼうとしていた。
でも今は、少しだけ分かる。
風を押さえつける必要はない。
魔力を無理に使い切る必要もない。
流れを見つけて、その流れと一緒に進めばいい。
「……よし!」
ソアは笑顔で前を向いた。
「行こう! 次の遺跡へ!」
そして、彼女は空へ飛び立った。
まだ完璧ではない。
時々ふらつくし、着地も危なっかしい。
けれど、その翼は確実に成長していた。
そして今度の冒険は、ただ新しい宝具を手に入れるためのものではない。
世界樹を巡る力の異変。
黒衣の男が進める計画。
そして、自分の中で目覚め始めた、未知の力。
そのすべてを知るための旅が、始まろうとしていた。




