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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第六章 風の循環と、空中都市

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第60話 風をつかむ鎧と、空中輸送の危機


「鎧に、風を受けてもらう!」


ソア・ミュスカは、腰の装甲板を握りしめた。


頭上では、暴走した浮遊台が激しく回転している。


ゴォォォォッ!!


渦巻く風が地面の砂を巻き上げ、周囲の木々を揺らしていた。


「……言っておくけど、具体的にはどうするつもり?」


リュシアが尋ねた。


「えっと……」


ソアは装甲板を見つめた。


「こう、風を受けて……ビューンって!」


「説明になってないわ!」


「私もそう思う!」


「自覚はあるのね……」


リュシアは頭を抱えた。


一方、シードは台座に伸ばした根を通じて、魔力の流れを探っていた。


「……まんなか。くろいのが、ながれをかえてる」


「やっぱり、あの黒い結晶が原因なんだね」


「……うん。でも、ぜんぶじゃない」


「全部じゃない?」


シードは小さくうなずいた。


「……くろいのが、ながれをかえる。だけど、まんなかの結晶も、ながれをためてる」


リュシアがはっとした。


「そうか……! 黒い結晶が魔力の流れを乱し、台座の中央にある結晶が、その乱れた魔力を蓄積してしまっているのね」


「じゃあ、黒い結晶を取り除けば……」


「蓄積された魔力が一気に放出される可能性があるわ。下手をすれば、浮遊台だけでなく、台座そのものが吹き飛ぶ」


「……それは困るね」


ソアは空を見上げた。


浮遊台は、もう地上から十メートル近い高さに達している。


このままでは、いつ制御を失って落下してもおかしくない。


しかも、浮遊台の上には、村へ運ぶための薬品や食料が積まれていた。


「よし……」


ソアは装甲板を構えた。


「まずは、浮遊台を落ち着かせよう!」


「その方法が問題なのよ!」


「大丈夫! きっと何とかなる!」


「その台詞、今まで何度聞いたかしら……」


◇


ソアは地面に膝をつき、装甲板を置いた。


表面を指先でなぞる。


これまで、彼女にとって鎧は身を守るためのものだった。


攻撃を受け止める。


身体を守る。


敵の一撃に耐える。


けれど、天空の門で翼を得てから、少しずつ考え方が変わってきた。


鎧は、ただ攻撃を受け止めるだけのものではない。


風を受けることもできる。


離れていても、魔力でつながることができる。


そして、使い方次第では、自分の身体を助けてくれる。


「……鎧は、守るだけじゃないんだ」


ソアは小さくつぶやいた。


「一緒に進むこともできる」


背中の翼が、淡い銀白色の光を放った。


ソアは魔力を流す。


身体から翼へ。


翼から装甲板へ。


けれど、魔力は途中で乱れ、装甲板の表面を走るだけで消えてしまった。


「……あれ?」


もう一度。


今度は、ゆっくりと。


魔力を無理に押し込むのではなく、身体の中を巡る流れに沿わせる。


すると――。


装甲板の縁が、かすかに光った。


「……つながった?」


ソアは目を輝かせた。


装甲板が、地面から数センチ浮き上がる。


しかし、次の瞬間。


クルンッ!


装甲板は裏返り、ソアの額に直撃した。


ゴンッ!


「いたぁっ!?」


装甲板が地面に落ちる。


カラン。


リュシアは静かに目を閉じた。


「……やっぱり、そうなるのね」


「い、今のは練習だから!」


ソアは額を押さえながら、装甲板を拾い上げた。


「でも、少しだけ動いたよ!」


シードがうなずく。


「……つながった」


「うん! 今度こそ!」


ソアは再び装甲板を浮かせた。


今度は裏返らないように、魔力の流れを調整する。


装甲板がゆっくりと傾いた。


右へ。


左へ。


そして、風を受ける角度で静止した。


「できた……!」


ソアの顔がぱっと明るくなる。


「浮かせられたよ!」


「ええ。けれど、まだ制御は不安定ね」


「分かってる!」


ソアは装甲板を見つめた。


風が表面を滑り、装甲板の下へ回り込んでいく。


ほんのわずかだが、風に押されて前へ進んでいた。


「……そっか」


ソアは気づいた。


「私が全部動かそうとしなくてもいいんだ」


装甲板を無理に押すのではなく、風が進みたい方向へ向けてあげる。


魔力は、そのためのつながりを作る。


「風が進む道を作ってあげればいいんだね」


リュシアが微笑んだ。


「その通りよ。風を操るのではなく、風が流れやすい形を作るの」


ソアは勢いよく立ち上がった。


「よし! じゃあ、あの浮遊台にも!」


「待って。まだ練習が必要――」


「いってきます!」


「ソア!?」


◇


ソアは翼を広げ、地面を蹴った。


ダッ!


身体が宙に浮く。


同時に、装甲板も浮き上がった。


「よし……!」


装甲板はソアの横を飛んでいる。


少し不安定だが、先ほどよりも動きが滑らかだった。


「そのまま、風に乗って……!」


ソアは浮遊台へ近づいた。


しかし、台座から吹き上がる風は複雑に入り乱れている。


右から突風。


左から逆風。


そして、下からは魔力を含んだ強烈な上昇気流。


「うわっ!?」


ソアの身体が横へ流された。


装甲板も回転する。


「ちょ、ちょっと! そっちは違う!」


クルクルクルッ!


装甲板が勢いよく回転した。


「わあああっ! 私の鎧ぃぃぃ!」


ソアは必死に魔力を流す。


しかし、力を込めるほど装甲板の動きが乱れていった。


その時。


シードの声が響いた。


「……そあ。ちから、ぬいて」


「えっ!?」


「……かぜ、きいて」


風を聞く。


ソアは、はっとした。


力を込めるのをやめる。


魔力の流れを落ち着かせる。


そして、風の音に意識を向けた。


ヒュウウウ……。


強い風の中に、わずかな規則性があった。


右から吹きつける風。


その直後に生まれる、左向きの流れ。


そして、浮遊台の下から吹き上がる風。


「……今だ!」


ソアは装甲板の角度を変えた。


風が装甲板の下を通り抜ける。


装甲板は、その流れに乗って前へ進んだ。


「動いた!」


今度は、回転しない。


ソアの翼も風を受け、身体を押し上げる。


二つの動きが重なった。


少しずつ。


確実に。


ソアは浮遊台へ近づいていった。


「あと少し……!」


浮遊台の端に手が届く。


その瞬間、台座から黒い光が噴き出した。


バチバチバチッ!!


「きゃあっ!」


黒い光が風を乱す。


浮遊台が大きく傾いた。


その上から、薬品の箱が滑り落ちる。


「危ない!」


ソアは装甲板を動かした。


箱の下へ滑り込ませる。


ガンッ!


装甲板が箱を受け止めた。


しかし、衝撃で留め具が外れ、装甲板が大きく傾く。


「うわっ……!」


ソアは慌てて魔力を流した。


けれど、今度は押し戻そうとしない。


装甲板の向きを整え、風が支えられる角度を探す。


すると、装甲板は箱を載せたまま、ゆっくりと浮遊台の近くへ戻っていった。


「よし……!」


ソアは箱を浮遊台の上へ押し戻した。


そして、ようやく一息つく。


「……ふぅ」


浮遊台はまだ不安定だ。


けれど、先ほどのように激しく回転することはなくなっていた。


「これなら……!」


ソアが笑顔を浮かべた、その時だった。


パキッ。


嫌な音がした。


「……え?」


ソアの視線が、自分の腰へ落ちる。


装甲板を制御するために魔力を流し続けたせいか、腰の装甲を固定していた留め具が限界を迎えていた。


パキパキッ。


「……うそ」


ガシャン!


腰の装甲が、空中で外れた。


「ええええええええ!?」


ソアの身体が一気に軽くなる。


同時に、翼の動きが変化した。


風を受ける角度が変わり、身体が急上昇する。


「ちょっと待ってぇぇぇ!」


ソアは浮遊台の上を通り越した。


そのまま空高く舞い上がる。


「飛びすぎぃぃぃ!!」


◇


「……あれは、何をしているの?」


地上から見上げていたリュシアは、呆然としていた。


シードが空を見上げる。


「……とんでる」


「それは見れば分かるわ!」


ソアは空中で必死に姿勢を整えていた。


翼を広げ、風の流れを探す。


以前なら、ここで慌てて魔力を使い切っていただろう。


けれど、今は違う。


「落ち着いて……!」


ソアは深呼吸した。


風を感じる。


翼へ魔力を流す。


そして、周囲の風とつながる。


身体がゆっくりと水平になった。


「……できた」


ほんの数秒。


それでも、ソアは自分の意思で空中にとどまることができた。


「私……今、自分で飛んでる!」


顔が自然とほころぶ。


眼下には、山脈のふもとの集落。


遠くには、雲の間から顔を出す山々。


そして、さらに向こうには、空に浮かぶ小さな影が見えた。


「……あれ?」


ソアは目を細めた。


山脈の向こう。


雲の上に、何かが浮かんでいる。


建物のようなもの。


その周囲には、細い橋のような構造物が伸びていた。


「……空に、村がある?」


リュシアも気づいたらしい。


彼女は目を見開いた。


「まさか……あれは、浮遊遺跡?」


ソアは翼を動かしながら、遠くを見つめた。


天空の門で見た、古代の記録。


七つの光の道。


その先に存在する、まだ知られていない場所。


「……あそこに、何かあるのかな」


その時。


ソアの頭の中に、あの不思議な声が響いた。


【対象者の飛行適性、上昇を確認】


【魔力循環率――改善】


【新規経路を検出】


「……え?」


ソアは思わず周囲を見回した。


誰も何も言っていない。


リュシアもシードも、遠くの浮遊遺跡を見つめている。


「……また、聞こえた」


声は続いた。


【未登録の世界樹経路を確認】


【接続条件――未達】


その瞬間、ソアの翼が淡い緑色に輝いた。


遠くの浮遊遺跡でも、小さな光が瞬いた。


まるで、ソアの存在に気づいたかのように。


「……あそこに、何かある」


ソアは確信した。


まだ理由は分からない。


けれど、あの場所には、世界樹に関係する何かが眠っている。


そして、それは彼女の翼とつながっているのかもしれない。


◇


しばらくして。


ソアは無事に地上へ戻った。


もっとも、着地の瞬間に少し転がったため、鎧には新しい傷が増えていた。


「……」


ソアは腰の装甲を抱きしめた。


「ごめんね……。また壊しちゃった……」


リュシアが苦笑する。


「でも、浮遊台は助かったわ。装置も完全には壊れていない」


「……ほんと?」


「ええ。シードが魔力の流れを整えてくれているから、あとは黒い結晶を安全に取り除けば、再び使える可能性があるわ」


シードがうなずく。


「……もうすこし」


ソアはほっと胸をなで下ろした。


「よかったぁ……」


そして、腰の装甲を見下ろす。


「……修理代は、よくないけど」


「そこは諦めなさい」


「ううう……」


その時、村の男性が駆け寄ってきた。


「皆さん! 装置が安定してきました!」


「本当ですか!?」


「はい! これなら、少しずつ輸送を再開できそうです!」


男性は深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございます。皆さんがいなければ、村はもっと困ったことになっていました」


ソアは慌てて手を振った。


「い、いえ! まだ原因の調査は終わっていませんから!」


「それでも、十分助かりました」


男性は笑顔を浮かべた。


「報酬についても、追加分をギルドへ申請します。どうか、引き続き調査をお願いします」


「はい!」


ソアは元気よく答えた。


空を飛ぶ練習もできた。


新しい鎧の使い方も分かった。


そして、空に浮かぶ謎の遺跡も見つけた。


「……うん」


ソアは翼を見つめた。


「少しずつ、進んでる」


その言葉に、シードがうなずく。


「……そら、もっととべる」


「うん! 今度は十五メートル!」


リュシアが即座に口を挟んだ。


「その前に、十メートルの着地を成功させましょう」


「……はい」


ソアはしょんぼりとうなずいた。


それから、ふと思い出したように顔を上げる。


「そうだ! あの浮遊遺跡まで飛べるようになれば、空の道をもっと調べられるよね!」


「確かに、そうだけど……」


「よし! まずは鎧を修理して、それから飛行訓練!」


「修理代が足りるといいわね」


「…………」


ソアの動きが止まった。


「……依頼、追加報酬が出るんだよね?」


「その予定よ」


「……よかったぁぁぁ!」


ソアは空を見上げた。


翼が小さく揺れる。


風が吹き抜ける。


その風は、彼女の背中を押すように、遠くの空へと流れていった。


◇


一方、山脈の奥にある古代施設。


黒衣の男は、壁に浮かび上がった光景を見つめていた。


そこには、空中輸送装置を修復しようとするソアの姿が映っていた。


そして、彼女の翼が緑色に輝いた瞬間。


男の手の中にある銀白色の羽根も、わずかに光った。


「……新しい経路が見つかったか」


男は低くつぶやいた。


「世界樹は、まだ道を残している……」


彼の視線は、壁に刻まれた七つの紋章へと移る。


そのうちの一つ。


まだ誰も触れていない紋章が、かすかに輝いていた。


「だが、今度こそ……」


男は黒い結晶を取り出した。


その表面には、細い亀裂が走っている。


「すべてを巡らせるだけでは、守れないものがある」


彼の脳裏に、再びあの日の光景がよみがえった。


届かなかった手。


失われた命。


そして、何もできなかった自分。


男は拳を握りしめた。


「私は、もう二度と失わない」


黒い光が、施設の奥へと広がっていく。


その先には、古代の地図にも記されていない遺跡があった。


七つの紋章の最後の一つ。


世界樹の力を巡らせるための、帰る場所。


その存在を、男はまだ知らない。


けれど、彼の手にある黒い結晶は、確実にそこへ近づこうとしていた。


そして、空の向こうでは――。


ソアの翼が、再び淡く光った。


【新規経路への接続準備を開始】


その声を、彼女はまだ知らない。


空の旅は、始まったばかりだった。

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