第59話 空の旅と、空に浮かぶ村
「……本当に、これで行くの?」
リュシアは、目の前に並べられた荷物を見つめていた。
食料。
水筒。
薬品。
依頼書。
そして――
大量の鎧の部品。
「うん!」
ソア・ミュスカは元気よくうなずいた。
「背中の装甲板が二枚、肩当てが一組、すね当てが二つ。それから予備の留め具!」
「……多くない?」
「必要になるかもしれないでしょ?」
「普通、空を飛ぶために予備の装甲板を持ち歩く冒険者はいないわよ」
「えっ!?」
ソアは目を丸くした。
「みんな持っていかないの!?」
「持っていかないわよ」
「そ、そんな……!」
ソアはショックを受けたように肩を落とした。
「空の冒険って、もっと鎧に優しいものだと思ってた……」
「その認識、どこから来たの?」
シードが、ソアの荷物の隣にちょこんと座った。
「……おもい?」
「大丈夫! これくらいなら持てるよ!」
ソアは荷物を持ち上げた。
ズシッ。
「……」
もう一度、持ち上げる。
ズズッ。
「……あれ?」
三度目。
「ううううう……!」
荷物は、びくともしなかった。
リュシアが無言で近づき、荷物を二つに分ける。
「半分ずつ持ちましょう」
「……お願いします」
「だから、装甲板を全部持っていく必要はないって言ったのに」
「でも、壊れた時に困るし……」
「壊れることを前提に旅の準備をするの、あなたくらいよ」
「えへへ」
「褒めてないわ」
◇
依頼先は、山脈の向こうにある小さな集落だった。
正式な名前は、風渡りの村。
険しい山々に囲まれ、地上から訪れるには長い山道を越えなければならない。
そのため、村では古代の魔導装置を利用して、空中輸送を行っていた。
しかし、数日前から装置の調子が悪くなり、荷物を運べなくなっているという。
「原因が分かれば、報酬も上乗せされるそうよ」
リュシアが依頼書を確認する。
「それに、村の近くには古代の建造物が残っているらしいわ」
「古代の建造物……」
ソアの目が輝いた。
「もしかして、世界樹の紋章があるかも!」
「可能性はあるわね。ただし、調査が目的じゃないから、勝手に奥へ入らないこと」
「分かってる!」
「本当に?」
「……たぶん!」
「ソア」
「はい。ちゃんと依頼を優先します」
リュシアは深くため息をついた。
この少女は、悪気がないからこそ厄介だった。
◇
山脈のふもと。
三人は、古代の輸送装置が設置された広場に到着した。
そこには、大きな円形の台座があった。
台座の中央には、青白い結晶。
周囲には、翼を思わせる金属板が何枚も取り付けられている。
「これが空中輸送用の魔導装置よ」
リュシアが説明した。
「台座の魔力を利用して、荷物を載せた浮遊台を空へ持ち上げる仕組みらしいわ」
ソアは装置の周囲をぐるぐる回った。
「すごい……!」
金属板に触れる。
「これ、魔法鋼かな?」
「似ているけれど、少し違う素材ね。古代の技術だから、今の鍛冶職人には再現できない部分も多いらしいわ」
ソアは目を輝かせた。
「これで空を飛べたら、鎧を着たままでも移動できるんだよね!」
「そうね。でも、装置が動かなければ意味がないわ」
「……そっか」
ソアはしょんぼりした。
その時、村の男性が三人に近づいてきた。
「冒険者の方ですか?」
「はい。ギルドから依頼を受けて来ました」
リュシアが依頼書を見せる。
男性はほっとした表情を浮かべた。
「ありがとうございます。実は、この装置が動かなくなってから、村への薬や食料の輸送が止まってしまっているんです」
「故障の原因は分かっていますか?」
「それが……魔力を流すと、一度は浮き上がるんですが、すぐに落ちてしまうんです。以前は安定して飛んでいたのに」
リュシアは台座を調べ始めた。
シードも地面に手を当てる。
「……ちから、へん」
「魔力の流れがおかしいの?」
「……うん。ここから、あっちへ。ぐるぐる……でも、もどってる」
ソアは首を傾げた。
「戻ってる?」
シードは地面に枝で線を描いた。
台座の中央から外へ向かう線。
そして、外側から中央へ戻る線。
「……ながれが、ぶつかる」
リュシアの表情が変わった。
「魔力の循環が乱れている……?」
彼女は台座の結晶を確認した。
その裏側。
金属板に隠れた部分に、黒い小さな結晶が埋め込まれていた。
「……これね」
ソアが近づく。
「黒い結晶……!」
風鳴り渓谷で発見したものと、よく似ていた。
「また、これが原因なの?」
リュシアは慎重に結晶を観察した。
「断定はできないけれど、可能性は高いわ。魔力を吸収し、流れを変える性質があるなら、この装置の循環を乱しているのかもしれない」
ソアは拳を握った。
「じゃあ、これを外せば直る?」
「そう簡単にはいかないと思う。無理に外せば、台座に蓄えられた魔力が一気に放出される危険があるわ」
「……うーん」
ソアは装置を見つめた。
力を押しつけるだけでは動かない。
風を無理に操るのではなく、流れを読む。
最近の訓練で、何度も学んできたことだ。
「だったら、まずは魔力の流れを調べよう」
リュシアがうなずいた。
「ええ。シード、流れを追える?」
「……やってみる」
シードが両手を台座につけた。
足元から細い根が伸び、石の隙間へ入り込んでいく。
やがて、シードの頭の葉っぱが小さく震えた。
「……みつけた」
「何が分かったの?」
「……くろいの、まんなかにいる。でも……」
シードは困ったように首を傾げた。
「……ほかにも、ある」
「ほかにも?」
その時だった。
ゴォォォォッ!!
台座が突然、低い音を立てた。
中央の青白い結晶が激しく輝く。
「えっ!?」
ソアが飛び退く。
地面が揺れ、装置の金属板が一斉に展開した。
「危ない! 離れて!」
リュシアが叫ぶ。
しかし、台座の上に置かれていた輸送用の小さな浮遊台が、ひとりでに浮き上がった。
一メートル。
二メートル。
三メートル。
「浮いてる……!」
ソアは思わず声を上げた。
ところが――
ガクンッ!
浮遊台が大きく傾いた。
積まれていた木箱が滑り落ちる。
「危ない!」
ソアは反射的に背中の翼を広げた。
魔力を流す。
風を読む。
そして、飛び出した。
「間に合って!」
身体が宙に浮く。
以前よりも、風の流れがはっきり感じられた。
ソアは木箱へ向かって手を伸ばした。
しかし、鎧の重さで速度が足りない。
「くっ……!」
木箱が落ちていく。
その瞬間、ソアは腰の留め具に触れた。
《全解除・パージ》。
ガシャン!
腰の装甲が外れた。
身体が軽くなる。
ソアは風の流れに乗り、落下する木箱の下へ滑り込んだ。
「よしっ!」
木箱を抱き止める。
そのまま、風を受けてゆっくりと地面へ降りた。
ドスン。
「……ふぅ」
木箱は無事だった。
周囲から歓声が上がる。
「おおっ!」
「助かった!」
ソアは照れくさそうに笑った。
「えへへ……」
しかし、次の瞬間。
ガシャン。
腰の装甲が地面に落ちた。
さらに、背中の翼の光が弱まっていく。
「……あ」
ソアは青ざめた。
「ま、待って。まだ浮遊台が……!」
ゴォォォッ!!
浮遊台はさらに高く浮き上がり、空中で激しく回転していた。
台座から黒い光が漏れている。
このままでは、装置そのものが壊れてしまうかもしれない。
リュシアが叫んだ。
「ソア、無理に飛び上がらないで! 魔力の流れが安定していないわ!」
「でも、あれを止めないと!」
ソアは空を見上げた。
浮遊台の周囲で、風が渦を巻いている。
飛び込めば、巻き込まれる危険がある。
それでも、ソアは目をそらさなかった。
「……考えよう」
いつものように突っ込むのではなく。
風を押さえつけるのでもなく。
どうすれば、あの流れを整えられるのか。
ソアは地面に落ちた腰の装甲を拾い上げた。
そして、ふと気づいた。
装甲の表面に、風が沿うように流れている。
「……あ」
ソアの目が見開かれた。
「そうか。装甲を、風の道にすればいいんだ!」
リュシアが振り返る。
「何をするつもり?」
「まだ分からない!」
「分からないのにやるの!?」
「でも、試してみたい!」
ソアは装甲を握りしめた。
「鎧に風を受けてもらうんだよ!」
その背中で、銀白色の翼が再び光を帯び始めた。
シードが顔を上げる。
「……そあ。つながってる」
「うん!」
ソアは笑った。
「今度は、落とさないからね!」
ただし――。
彼女の足元には、修理が必要になったばかりの腰の装甲があった。
「……これ以上壊れたら、ほんとにお金がないんだけどね!」
その叫びは、風の音にかき消された。
◇
山脈の反対側。
古い石造りの施設の中で、黒衣の男が目を開けた。
目の前に置かれた黒い結晶が、淡く光っている。
「……反応があったか」
男は結晶に手をかざした。
その表面に、風渡りの村の魔導装置を示す紋章が浮かび上がる。
そして、その中央に小さな銀白色の光が現れた。
「また、お前か……ソア・ミュスカ」
男の声には、苛立ちと、かすかな戸惑いが混じっていた。
彼が魔力の流れを乱した場所では、必ず何かが起きる。
そして、あの少女は決まって、流れを元に戻そうとする。
力を集める自分と。
力を巡らせようとする彼女。
二人の進む道は、明らかに違っていた。
男は黒い結晶を握りしめた。
「……まだだ」
結晶の表面に、細い亀裂が走る。
「今は、まだ……」
男は目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、遠い昔の光景。
崩れ落ちる建物。
燃え上がる街。
伸ばされた小さな手。
そして――届かなかった、自分の手。
「今度こそ、必ず守る」
男は立ち上がった。
「そのために、私はすべてを手に入れる」
黒い鎖が床を這う。
その先には、天空の門よりもさらに古い遺跡への道があった。
そして、その遺跡の奥には――。
七つの枝のうち、まだ誰も見つけていない紋章が、静かに眠っていた。




