第54話 風を巡らせる依頼
翌朝。
「おはようございます!」
宿の部屋に、ソアの元気な声が響いた。
その背中では、銀白色の翼が小さく揺れている。
昨夜、翼を広げて修理部品を床にぶちまけたことなど、もう気にしていないらしい。
「今日はギルドに報告して、鎧を修理して、それから飛行訓練だね!」
「うん。予定を立てるのはいいことだよ」
リュシアが微笑む。
「ただし、訓練の前に修理代を確認しようか」
「……はい」
ソアの声が急に小さくなった。
冒険者ギルドに到着すると、受付の職員が三人を出迎えた。
「お帰りなさい。天空の門の調査、お疲れさまでした。報告をお願いできますか?」
「はい! 浮遊遺跡を発見して、試練を受けて、翼をもらいました!」
「……翼?」
受付の職員が瞬きをする。
ソアはくるりと背を向けた。
ぱさっ。
銀白色の翼が広がる。
「…………」
「…………」
受付の職員は、しばらく言葉を失った。
「えっと……ソアさん。それは、装備品でしょうか?」
「たぶん、そうです!」
「たぶん?」
「まだ自由には飛べないので!」
「そうですか……」
受付の職員は深く息を吸い、報告書を取り出した。
「では、順番に説明していただけますか?」
こうして、天空の門で起きた出来事が報告された。
古代遺跡の発見。
風の試練。
黒い結晶に侵された守護機構。
そして、黒衣の男による宝具への干渉。
報告を聞くにつれて、受付の職員の表情は険しくなっていった。
「人工的な黒い結晶が、また見つかったのですね……」
「はい。以前、森で見つけたものと似ていました」
ソアはうなずいた。
「魔物だけじゃなく、古代遺跡にも影響を与えているみたいです」
「わかりました。調査部門にも共有しておきます」
報告が終わると、受付の職員は報酬の入った袋を差し出した。
「今回の調査協力に対する報酬です。危険度を考慮して、追加分も含めてあります」
「ありがとうございます!」
ソアは袋を受け取り、中身を確かめた。
ちゃりん。
銀貨が数枚。
ソアは笑顔のまま、そっと袋を閉じた。
「……鎧の修理代、いくらだったかな」
「現実に戻るのが早いね」
リュシアが苦笑する。
◇
装備店では、いつもの鍛冶職人がソアの鎧を確認していた。
「また留め具が曲がってるな。背中の装甲板も傷が深い。剣は修理より買い替えたほうが早いぞ」
「剣まで……」
「それと、こっちの肩当て。表面は直せるが、接合部は交換だ」
職人が見積もりを書き出す。
ソアはじっと数字を見つめた。
「…………」
「どうした?」
「職人さん。分割払いってできますか?」
「前にも聞いたな、それ」
「成長しました! 今回はちゃんと先に聞きました!」
「そこは成長するところじゃねえ!」
店内に職人の声が響いた。
結局、ソアは最低限の修理だけを依頼することにした。
剣は応急処置で使える状態に戻し、鎧の留め具を優先して交換する。
残りの修理は、次の報酬を得てからだ。
「鎧が全部直ったら、飛行訓練ももっと安心してできるのに……」
「飛行訓練で鎧を壊す前提なの?」
「えっ?」
「えっ、じゃないよ」
リュシアの冷静な指摘に、ソアは首をかしげた。
◇
午後。
三人はギルドの掲示板の前にいた。
「翼に魔力を巡らせる方法を探したいんだよね」
リュシアが言う。
「なら、風属性の魔力が集まる場所を調べる依頼がいいかもしれない」
「風属性の魔力が集まる場所?」
「自然の風と魔力の流れが重なる場所だよ。古代の人々は、そういう場所を利用して飛行装置を動かしていたらしい」
ソアは掲示板を見上げた。
そこに、一枚の依頼書が貼られていた。
『北東の風鳴り渓谷における魔力異常の調査』
『渓谷内で風の流れが不安定になり、運搬用の飛行魔道具が相次いで停止。原因調査に協力できる冒険者を募集』
「……飛行魔道具!」
ソアの目が輝いた。
「これなら、翼のこともわかるかもしれない!」
「確かに、魔力と風の両方を調べられそうだね」
リュシアも依頼書を確認する。
報酬は、危険度に応じて追加される仕組みだった。
ソアは迷わず依頼書を手に取った。
「これ、受けます!」
受付の職員が依頼書を確認し、少し考え込む。
「風鳴り渓谷は、最近、魔物の動きもおかしいそうです。単なる自然現象ではない可能性があります。十分に気をつけてください」
「はい!」
ソアは力強く返事をした。
そのとき。
「……ソア」
シードが、依頼書の端を指さした。
「ん?」
「……ここ」
依頼書には、渓谷で確認された現象について、小さく追記があった。
『風の流れに逆らうように、魔力が一か所へ吸い寄せられている』
ソアの表情が変わった。
「魔力が……吸い寄せられてる?」
天空の門で見た、黒い結晶。
黒衣の男が使った、すべてを取り込もうとする力。
そして、世界樹の記録に残されていた言葉。
――力を蓄えることなかれ。
「……調べてみよう」
ソアは依頼書を握りしめた。
「もし誰かが魔力を集めているなら、放っておけないよ」
リュシアがうなずく。
「私も同行するよ。風の扱いなら、少しは役に立てると思う」
「ありがとう、リュシアさん!」
シードも小さく手を挙げた。
「……いっしょに」
「うん。三人で行こう!」
◇
その夜。
町から遠く離れた、風鳴り渓谷の奥。
崖の間を吹き抜ける風が、不自然にねじれていた。
岩壁の隙間には、黒い結晶が埋め込まれている。
結晶から伸びた細い光が、周囲の魔力を吸い寄せていた。
その前に、黒衣の男が立っていた。
「風の流れを変えれば、空への道も変えられる……」
彼は手の中の銀白色の羽根を見つめた。
羽根の端には、黒い筋が走っている。
「まだ足りない。七つの器を集めるには、世界樹の力へ至る道を開かなければ」
結晶が、低く唸った。
男は顔を上げた。
「今度こそ……誰も失わせない」
その言葉は、吹き抜ける風にかき消された。
そして翌朝。
ソアたちは、風鳴り渓谷へ向けて出発する。
翼に力を巡らせる方法を知るために。
そして、世界の魔力の流れを乱す何者かに近づくために。




