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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第五章 空を渡る鎧

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第48話 黒い鎖と、空を裂く光


巨大な黒い鳥の胸部に埋め込まれた結晶が、赤黒い光を放った。


空気が震える。


床に刻まれた古代文字が次々と明滅し、天空の門そのものが悲鳴を上げているようだった。


「来るわよ! あの結晶から魔力が噴き出す!」


リュシアの叫びと同時に、黒い鳥の胸部が大きく開いた。


「全員、伏せて!」


ソアは反射的に叫び、肩当てと腰当てを前方へ飛ばした。


シードの蔓が伸び、負傷した小鳥を包み込む。


黒衣の男は両腕を広げた。


「《黒鎖》!」


床から無数の黒い鎖がせり上がり、鳥の両翼と脚を拘束する。


だが――。


「ぐっ……!」


黒い鳥が翼を振るった瞬間、鎖が悲鳴のような音を立てた。


次の瞬間。


胸部の結晶から、凄まじい魔力の奔流が放たれた。


「きゃあああっ!」


ソアの肩当てが吹き飛ばされ、腰当てが高速で回転する。


リュシアは風の流れを読み、床を蹴った。


「ソア! 正面から受けちゃ駄目! 魔力の流れを横へ逃がして!」


「横って、どっち!?」


「風が流れている方向よ!」


「風が多すぎて分かんないよぉ!」


「そこは自分で見て!」


「厳しいっ!」


泣き言を言いながらも、ソアの目は魔力の奔流を捉えていた。


黒い光は、ただ前方へ飛んでいるわけではない。


周囲の空気を巻き込みながら、わずかに右へと流れている。


ならば。


「肩当て、右!」


二枚の肩当てが飛び出し、魔力の奔流へ斜めに突っ込んだ。


甲高い音が響く。


金属の表面が焼け、緑色の光が散った。


「うわあああっ! 私の肩当てぇぇぇ!」


「今は鎧の心配をしている場合じゃないでしょう!」


「心配するよ! 高かったんだから!」


それでも、肩当ては役目を果たした。


奔流がわずかに逸れ、リュシアたちの頭上を通り抜けていく。


光は回廊の壁を直撃した。


轟音。


石壁が砕け、破片が雨のように降り注ぐ。


「今の一撃で、この遺跡の外壁まで傷ついたわ……!」


リュシアが顔をしかめた。


「このまま撃たせ続けたら、天空の門そのものが崩壊する!」


「それは困るね!」


ソアは宙に浮かぶ肩当てを呼び戻そうとした。


だが、二枚のうち一枚は表面が大きく歪み、もう一枚も留め具が外れかけている。


思い通りに動かない。


「くっ……! もうちょっとだけ頑張って!」


鎧に声援を送る少女。


その姿を見て、黒衣の男がわずかに目を見開いた。


「お前……装備を操っているのか?」


「操るというか、お願いしてるというか……」


「お願い?」


「だって、無理やり動かそうとすると私にぶつかってくるんだもん!」


「……意味が分からん」


「私もまだよく分かってない!」


胸を張るところではない。


しかし、ソアの言葉には妙な説得力があった。


彼女は鎧を単なる道具として扱っていない。


離れていても、壊れかけていても、どうすれば動いてくれるのかを必死に考えている。


そのとき、シードが声を上げた。


「……ソア。あの石」


「胸の結晶?」


「……魔力が、鳥を動かしてる。でも……鳥の魔力じゃない」


シードの金色の瞳が光る。


「……外から、つながれてる」


「つながれてる?」


「……結晶が、鳥と遺跡をつないでる。無理やり」


ソアは黒い鳥を見上げた。


赤い目。


ぎこちない動き。


そして、胸に埋め込まれた黒い結晶。


あの鳥は、敵なのだろうか。


それとも――。


「ねえ!」


ソアは黒衣の男へ振り返った。


「あなた、あの結晶を取り込んだんだよね?」


男の表情が険しくなる。


「……それがどうした」


「この結晶、力を吸い込むだけじゃなくて、何かを無理やり動かすこともできるんじゃない?」


男は答えなかった。


その沈黙だけで、ソアには十分だった。


「だったら、壊せばいいって話じゃないよね」


「何を言っている。あれを破壊しなければ、ここにいる全員が死ぬ」


「でも、乱暴に壊したら遺跡まで壊れちゃうかもしれない」


「この状況で、まだそんなことを――」


「助けられるなら、助けたいんだよ」


ソアは黒い鳥を見つめた。


「この子だって、好きで暴れてるわけじゃないと思うから」


肩の上で、小鳥が小さく鳴いた。


黒衣の男の指が、ぴくりと動いた。


一瞬だけ。


ほんの一瞬だけ、彼の瞳に別の景色が映ったように見えた。


崩れ落ちる街。


伸ばした手。


届かなかった誰か。


「……甘いな」


男は低くつぶやいた。


「甘いかもしれないけど、私はこっちがいい」


ソアは笑った。


「だから、手伝ってくれる?」


「敵に協力を求めるのか」


「うん!」


「……お前は本当に、何も疑わないな」


「疑ってるよ?」


ソアは即答した。


「あなたが何をしたいのか、まだ分からないし。さっきの結晶を取り込んだことも、よくないことだと思ってる」


男の眉が動いた。


「でも、今ここで一緒に戦えるなら、私は一緒に戦う。それだけだよ」


無邪気な笑顔。


けれど、その瞳はまっすぐだった。


男はしばらく黙っていたが、やがて黒い鎖を握り直した。


「……一度だけだ」


鎖が再び走る。


「結晶の周囲を拘束する。お前たちは、その隙に魔力の流れを止めろ」


「分かった!」


「ただし、俺の邪魔をすれば容赦はしない」


「うん。じゃあ、私も言っておくね」


ソアは歪んだ肩当てを構えた。


「鎧を壊したら、あとで修理代を請求するから!」


「……は?」


「冗談だよ!」


「本当に冗談だろうな……?」


ソアは答えず、シードへ目配せした。


「シード、結晶の魔力を少しでも止められる?」


「……できる。でも、長くは無理」


「十分!」


リュシアも風の流れを読みながら、杖代わりの短杖を掲げた。


「私が周囲の風を整える。魔力が暴走したとき、逃がす方向を作るわ!」


「よし!」


ソアは深く息を吸い込んだ。


黒衣の男が鎖を放つ。


鎖は黒い鳥の胸部へ絡みつき、結晶を締め上げた。


「今だ!」


シードの蔓が緑色に輝き、結晶の表面へ伸びる。


同時に、リュシアが風を操った。


回廊を渦巻いていた風が一本の流れへとまとまり、鳥の周囲を包み込む。


黒い鳥が激しく暴れた。


「ギィィィィィッ!」


胸部の結晶が、ひときわ強く輝く。


男の鎖に亀裂が走った。


「保たんぞ!」


「あと少し!」


ソアは腰当てと、無事な胸当てを前方へ飛ばした。


二枚の装甲が回転しながら、結晶の両脇へ滑り込む。


肩当てが風を受け、胸当てが魔力の流れを押し戻す。


三つの装甲が、それぞれ違う方向から力を加えた。


まるで、見えない手で結晶を包み込むように。


「お願い……!」


ソアは手を伸ばした。


鎧が、応える。


緑色の光が三枚をつなぎ、黒い結晶の周囲に薄い輪を作った。


「……つながった」


シードがつぶやく。


「今なら……!」


シードの蔓が結晶の表面に触れた。


黒い光が、ぴたりと止まる。


ほんの一秒。


だが、その一秒で十分だった。


「リュシアさん!」


「分かってる!」


風が一気に流れを変える。


黒い鳥の胸部から噴き出しかけていた魔力が、横へと逸れていった。


そして――。


結晶の表面に、細い亀裂が入った。


ピシッ。


黒衣の男が目を見開く。


「馬鹿な……!」


亀裂は少しずつ広がり、赤黒い光が弱まっていく。


黒い鳥の動きが止まった。


赤い目から光が消え、翼がゆっくりと下がる。


轟音が途絶えた。


回廊に、静寂が戻る。


「……止まった?」


ソアは恐る恐る尋ねた。


シードがうなずく。


「……うん。もう、無理やり動かされてない」


黒い鳥は膝をつくように床へ降りた。


胸部の結晶は、完全には砕けていない。


しかし、そこから伸びていた黒い魔力の糸は消えていた。


「よかった……!」


ソアは胸をなで下ろした。


そして、次の瞬間。


ガコンッ。


宙に浮いていた肩当てが床へ落ちた。


続いて、腰当てと胸当ても落下する。


ソアは慌てて駆け寄った。


「ちょっと待って! みんな、大丈夫!?」


肩当てには大きな傷。


腰当ての留め具は曲がり、胸当てにもひびが入っていた。


ソアは三枚を両腕で抱え込んだ。


「……修理代、いくらになるんだろう」


「第一声がそれか」


黒衣の男が呆れたようにつぶやく。


「だって、大切な鎧だもん」


ソアは装甲をそっと撫でた。


「頑張ってくれたから、ちゃんと直してあげないと」


男は何も言わなかった。


その表情から、彼の考えを読み取ることはできない。


ただ、黒い鎖を握る手から、わずかに力が抜けていた。


「……借りにしておく」


「え?」


「今の戦いだ。お前に助けられた。その借りは、いずれ返す」


「そっか!」


ソアはぱっと笑った。


「じゃあ、鎧の修理代も――」


「それは知らん」


「ええええええっ!?」


即答だった。


リュシアが額を押さえ、シードが小さく首を傾げる。


緊張が解けた回廊に、ソアの悲鳴が響いた。


けれど。


黒衣の男は、歩き出す直前に一度だけ振り返った。


床に座り込んで、傷ついた鎧を大切そうに抱える少女。


誰かを守るために、力を使う少女。


かつての自分が、救えなかったものを救おうとする少女。


「……なぜ、お前は手放せる」


誰にも聞こえない声で、男はつぶやいた。


「それほど大切なものを、失うかもしれないというのに」


ソアは顔を上げた。


「ん? 何か言った?」


「……何でもない」


男は前を向いた。


その先には、天空の門の最奥へ続く扉があった。


扉の中央には、翼を広げた鳥の紋章。


そして、その下には新たな文字が浮かび上がっていた。


『天翔の器を求める者よ』


『力を示した者に、翼を与える』


『ただし――』


文字の続きを見た瞬間、リュシアの表情が変わった。


ソアも息をのむ。


そこに刻まれていたのは、たった一文。


『翼を得る者は、必ずしも試練を越えた者とは限らない』


「……どういう意味?」


ソアの問いに、誰も答えられなかった。


黒衣の男だけが、扉を見つめたまま静かに目を細めていた。


まるで、その言葉の意味を知っているかのように。


天空の門の奥で、七つの光のうち一つが、ゆっくりと輝き始めた。

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