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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第五章 空を渡る鎧

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第47話 風の回廊と、黒い翼


「……なんだか、急に静かになったね」


ソアは、開かれた風の道を歩きながら呟いた。


先ほどまで吹き荒れていた強風は、嘘のように弱まっている。


足元には、淡い緑色の光が流れていた。


まるで、空中に見えない道が敷かれているかのようだ。


「試練を一つ突破したことで、風の流れが安定したのかもしれないわね」


リュシアが周囲を観察する。


「この遺跡は、風そのものを試練の仕組みに利用している。私たちが進むたびに、道が変わっているのよ」


「へえ……。じゃあ、私たちが頑張れば頑張るほど、道ができるんだ!」


「必ずしも、そうとは限らないけれどね」


「そっか!」


ソアは、納得したように頷いた。


リュシアは苦笑する。


「……本当に、あなたは前向きね」


「だって、せっかくここまで来たんだもん!」


ソアは胸を張った。


その直後、腕に抱えていた装甲板がずり落ちた。


ガシャン!


「わあっ! 危ない!」


慌てて拾い上げる。


リュシアは、じっとソアを見つめた。


「……ねえ。少し聞いてもいい?」


「なに?」


「その壊れた装備、全部持っていくつもり?」


「もちろん!」


「この先、まだ何があるかわからないのよ?」


「うん!」


「もっと危険な試練が待っているかもしれないわ」


「うん!」


「それでも?」


「だって、直せばまた使えるもん!」


ソアは、装甲板を大切そうに撫でた。


「それに、私の鎧はまだまだ現役だよ!」


「……あなたの鎧、ずいぶん苦労しているのね」


「えへへ。私と一緒に冒険してるからね!」


リュシアは、とうとう笑い出した。


「もういいわ。好きなだけ持っていきなさい」


「やった!」


「ただし、運ぶのは自分でね」


「……はい」


ソアの笑顔が、少しだけ曇った。


シードが、その様子を見て葉っぱを揺らした。


「……てつだう」


「シード……!」


ソアは感動したようにシードを抱きしめた。


「ありがとう! 大好き!」


「……くるしい」


「あっ、ごめん!」


リュシアは、また笑った。


三人の間に、穏やかな空気が流れる。


しかし、その平穏は長く続かなかった。


――ゴゴゴゴゴ……!


遺跡全体が、低く唸った。


足元の光が乱れ、風の流れが逆向きになる。


「な、なに!?」


ソアが身構える。


リュシアは、すぐに飛行装置を起動させた。


「何かが起きているわ! 風の流れが、さっきまでとまるで違う!」


シードが、ソアの肩で葉っぱを震わせた。


「……くろい」


「黒い?」


ソアが尋ねた、その瞬間。


回廊の奥から、黒い風が吹き込んできた。


それは普通の風ではなかった。


触れた床の光が消え、壁に刻まれた文字が次々と黒く染まっていく。


そして、黒い風の中心に、人影が現れた。


黒いローブ。


黒い鎖。


見覚えのある男だった。


「……あなた!」


ソアが声を上げる。


男は、静かにこちらを見た。


「先へ進むな」


「え?」


「ここから先は危険だ。引き返せ」


ソアは目を丸くした。


「……あなたが、それを言うの?」


男は答えなかった。


その右手には、黒い亀裂の入った黄金色の結晶が握られていた。


リュシアが息を呑む。


「まさか……試練の結晶を、無理やり取り込んだの!?」


男は、わずかに視線を向けた。


「取り込んだのではない。必要な力を得ただけだ」


「それが、遺跡全体を侵食しているのよ!」


「承知している」


男は淡々と答えた。


「だが、止めるつもりはない」


ソアは、男を見つめた。


「……どうして?」


「何?」


「そんなに危険なことをしてまで、力が欲しいの?」


男の表情が硬くなる。


「お前にはわからない」


「……うん。まだ、わからないよ」


ソアは正直に答えた。


「でも、あなたが苦しそうなのはわかる」


男の手が、わずかに震えた。


「黙れ」


「それに、力を手に入れたら、何でも守れるってわけじゃないと思う」


「黙れと言った!」


黒い鎖が、勢いよく飛び出した。


ソアは反射的に飛び退く。


鎖が床を砕き、石片が舞い上がった。


「……っ!」


リュシアがソアの前に出る。


「話し合いは、ここまでのようね!」


「待って、リュシアさん!」


ソアは彼女を止めた。


「でも……!」


「まだ、戦いたくない」


ソアは、男から目を離さなかった。


「だって、あの人……本当に悪い人なのかな」


男の目が、わずかに揺れた。


しかし、次の瞬間。


彼の背後で、巨大な影が動いた。


――ギィィィィィ……!


金属が擦れるような、不気味な音。


黒い風が渦巻き、回廊の壁が大きく開く。


その奥から現れたのは、巨大な鳥型の魔物だった。


ただし、先ほどソアが救った魔物とは違う。


身体は金属のような黒い装甲に覆われ、翼の先端には刃のような結晶が生えている。


目は赤く光り、胸の中央には、巨大な黒い結晶が埋め込まれていた。


「……あれは何?」


リュシアが呟いた。


男は、初めて明確な焦りを見せた。


「……守護機構か」


「知っているの!?」


「試練を強制的に破った者を排除するための存在だ」


男は鎖を構えた。


「私が力を取り込んだことで、目覚めたのだろう」


ソアは、呆れたように男を見た。


「……つまり、自分で起こしたんだね?」


「……そうだ」


「どうしてそういうことするの!?」


「必要だったからだ!」


「必要でも、危ないことは危ないよ!」


「お前に説教される筋合いはない!」


「ええっ!?」


ソアは思わず声を上げた。


「私、さっきリュシアさんに怒られたばっかりなのに!」


「そこを張り合うな!」


リュシアの突っ込みが響いた。


守護機構が翼を広げる。


風が、爆発した。


「来るわ!」


リュシアが叫ぶ。


巨大な翼から放たれた風の刃が、回廊を切り裂いた。


ソアは《全解除・パージ》を発動させる。


肩当てと腰の装甲が外れ、宙に浮かんだ。


「シード、お願い!」


「……うん!」


シードの蔓が伸び、ソアの装甲に絡みつく。


装甲が風に乗り、ソアの周囲を旋回した。


「よし……!」


ソアは風の流れを読む。


先ほどの戦いで学んだことを思い出す。


無理に操ろうとしない。


風に逆らわない。


装甲が進める道を作る。


「右へ!」


肩当てが風を受けて加速した。


「次は、上!」


腰の装甲が上昇する。


二枚の装甲が、守護機構の翼へと迫った。


ガキィン!


金属音が響く。


しかし、守護機構の装甲には傷一つつかない。


「か、硬い……!」


守護機構が翼を振るう。


二枚の装甲が吹き飛ばされた。


「わあああっ! 私の鎧!」


ソアは慌てて意識を集中させる。


「戻ってきて!」


装甲は風に乗り、ソアのもとへ戻ってくる。


その隙に、男が動いた。


黒い鎖が守護機構の脚へ巻きつく。


「動きを止める!」


男が腕を引く。


鎖が締まり、守護機構の動きが一瞬止まった。


「今だ、攻撃しろ!」


男が叫ぶ。


ソアは、すぐに首を横に振った。


「だめ!」


「何!?」


「胸の結晶、あれが暴走の原因かもしれない!」


ソアは、守護機構の胸を指さした。


黒い結晶の周囲には、紫色の魔力が渦巻いている。


先ほどの魔物と同じだ。


ただし、今回は結晶が大きすぎる。


そして、守護機構そのものが遺跡の魔力とつながっているようだった。


「無理に壊したら、遺跡まで壊れちゃうかもしれない!」


「……なら、どうする?」


男が尋ねた。


ソアは、少し驚いた。


この男が、自分の意見を聞いてくるとは思わなかったのだ。


「まず、あの結晶の魔力を弱める!」


「どうやって?」


「……今、考えてる!」


「考えてから動け!」


「だって、時間がないんだもん!」


守護機構が、黒い鎖を引きちぎった。


男が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


「ぐっ……!」


ソアは、とっさに装甲を動かした。


腰の装甲が男の前へ飛び、迫っていた破片を弾き飛ばす。


男は驚いたように顔を上げた。


「……なぜ、私を助けた?」


「え?」


ソアはきょとんとした。


「だって、危ないでしょう?」


「私は、お前の敵だぞ」


「うん。今のところはね」


ソアは、にこっと笑った。


「でも、目の前で誰かが危ない目に遭っていたら、助けるよ」


男は、何も言えなかった。


その一瞬。


ソアの腰の装甲が、淡い緑色に輝いた。


男を守るために動いた装甲。


離れていても、ソアの意志に応えた装甲。


その光は、今までよりもはっきりと強くなっていた。


シードが、驚いたように葉っぱを揺らす。


「……つながった」


「え?」


「……そあと、よろい」


シードは、装甲を指さした。


「……はなれても、つながってる」


ソアは、自分の手を見つめた。


これまでは、装甲を動かすことばかり考えていた。


でも、今は違う。


自分が何をしたいのか。


誰を守りたいのか。


その気持ちが、装甲を動かしている。


「……そっか」


ソアは、ゆっくりと笑った。


「私、やっと少しわかったかも」


そのとき、守護機構が大きく吠えた。


胸の黒い結晶が、まばゆい光を放つ。


リュシアが叫んだ。


「危ない! 大規模な魔力放出が来るわ!」


ソアは、前へ踏み出した。


「だったら、みんなで止めよう!」


彼女の周囲に、三枚の装甲が浮かび上がる。


そして、男の黒い鎖が、再び動き始めた。


二人の力が、初めて同じ敵へ向けられる。


天空の門が、激しく震えた。


次の瞬間。


守護機構の胸から、黒い光が放たれた。


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