↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第五章 空を渡る鎧

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/158

第46話 鎧は離れても、つながっている


「待っててね。今、助けるから!」


ソアは、巨大な鳥型の魔物を見上げた。


魔物の身体には、黒い結晶が埋め込まれている。


その周囲では紫色の魔力が渦巻き、翼を動かすたびに強烈な風が吹き荒れていた。


魔物は苦しんでいる。


それでも、身体に埋め込まれた結晶のせいで、自分の動きを止められないのだ。


「……あの結晶、前に見たものと同じだわ」


壁の向こうから、リュシアの声が届いた。


「おそらく、魔物の魔力を無理やり増幅させているのよ! 結晶を壊せば、暴走が止まるかもしれない!」


「わかった!」


ソアは頷いた。


しかし、すぐに顔を曇らせる。


魔物の翼は大きい。


近づけば、風に吹き飛ばされてしまう。


先ほどの攻撃でも、鎧を飛ばされてしまった。


「うーん……。普通に近づくのは難しいよね」


ソアは、周囲に浮かぶ自分の装甲を見た。


肩当てが二枚。


腰の装甲が一枚。


そして、胸当ては留め具が外れかけている。


「……よし」


ソアは、にこりと笑った。


「今度は、鎧に頑張ってもらおう!」


『頑張る』と言われても、鎧は何も答えない。


それでもソアは、真剣だった。


彼女は肩当てを一枚、魔物の正面へ向ける。


「まずは、風に乗せて……」


装甲が動き出した。


魔物の翼が生み出す風に乗り、ゆっくりと上昇する。


「そうそう。そのまま……」


ソアは、装甲の動きを意識した。


右へ。


少し上へ。


そして、結晶の近くへ。


ところが、装甲は結晶の手前で大きく揺れた。


魔物が翼を動かしたのだ。


「わっ!」


装甲が風に押され、あらぬ方向へ飛んでいく。


「そっちは違うよー!」


ソアは慌てて意識を集中させた。


しかし、思いどおりに動かない。


装甲が遠くへ離れるほど、動きを感じ取りにくくなる。


まるで、手を伸ばしても届かない場所にあるものを、無理やり動かそうとしているようだった。


「……距離が遠いと、難しいんだ」


ソアは唇を噛んだ。


そのとき。


肩に乗っていた小鳥が、ぴょんと跳ねた。


「ピィ!」


「どうしたの?」


小鳥は、ソアの肩当てと、彼女の手を交互に見ている。


ソアは首を傾げた。


「……もしかして、私が力を入れすぎているのかな?」


装甲を動かそうとする。


遠くから、思いどおりに動かそうとする。


そのことばかりに集中していた。


でも、風見の塔で学んだことは違う。


風を押さえつけるのではなく、流れを読む。


鎧を無理やり動かすのではなく、動きやすい道を作る。


「……そうだ!」


ソアは、両手を広げた。


「鎧を動かすんじゃなくて、鎧が動けるようにするんだ!」


彼女は、二枚目の肩当てを外した。


《全解除・パージ》。


淡い光が走り、肩当てが宙に浮く。


一枚目は、魔物の正面へ。


二枚目は、その少し上へ。


二枚の装甲が、風の流れに沿って並んだ。


そして、ソアは一枚目を動かすのをやめた。


風に任せる。


二枚目だけ、ほんの少し角度を変える。


すると――。


二枚の装甲の間に、細い風の流れが生まれた。


一枚目が、その流れに乗って前へ進む。


「……いけた!」


装甲は、魔物の翼のすぐそばを通り抜けた。


ソアは思わず拳を握った。


「やった! 今の、すごくない!?」


「すごいけれど、喜ぶのはまだ早いわ!」


リュシアの声が飛ぶ。


「結晶に当てるのよ!」


「そうだった!」


ソアは気を引き締めた。


装甲は結晶の近くまで到達している。


あとは、角度を合わせるだけ。


けれど、魔物が突然身体をひねった。


装甲が、結晶の表面をかすめる。


カンッ!


小さな火花が散った。


結晶には、細い傷が入った。


「あと少し……!」


ソアは、もう一度風を読む。


魔物の翼が上がる。


風が左へ流れる。


その直後、風が一瞬だけ弱くなった。


「今だ!」


ソアは、装甲の角度を変えた。


肩当てが風に押されて加速する。


そして――。


ガキィンッ!


黒い結晶に、直撃した。


亀裂が走る。


紫色の魔力が激しく明滅した。


魔物が大きく鳴いた。


「やった!」


しかし、結晶はまだ壊れていない。


魔物の身体から、さらに強い風が吹き出した。


装甲が弾き飛ばされる。


「きゃっ!」


ソアも後ろへ押し戻された。


その瞬間、胸当ての留め具がついに外れた。


ガシャン!


胸当てが宙へ浮かぶ。


身体が軽くなる。


視界が鮮明になり、風の流れがはっきりと感じられた。


「……!」


ソアは、胸当てを見つめた。


いつもなら、装備が外れることを残念に思う。


もちろん、今回も修理代は気になる。


けれど今は、それ以上にわかったことがあった。


装備が外れると、身体が軽くなる。


それだけではない。


風を読む余裕が生まれる。


そして、離れた鎧の動きにも、少しずつ意識を向けられる。


「……これが、私の力なんだ」


ソアは、小さく呟いた。


《スキンブースト》。


《全解除・パージ》。


二つの能力は、ただ装備を外したり、身体を強くしたりするだけではないのかもしれない。


自分にくっついているものを手放すことで、今まで気づかなかったものを感じ取れる。


そんな気がした。


「よし……。もう一回!」


ソアは、浮かぶ胸当てを見つめた。


「今度は、三枚でいこう!」


「三枚!?」


リュシアが叫んだ。


「さっきまで二枚だったでしょう!?」


「うん! でも、三枚あったほうが、風の道を作りやすいと思うんだ!」


「理屈はわかるけれど、危険なのよ!」


「大丈夫! 今度は無理をしないから!」


リュシアは、しばらく黙った。


それから、ゆっくりと息を吐いた。


「……わかったわ。ただし、私の合図で中止すること。危険だと判断したら、すぐに戻る。それが条件よ」


「うん!」


ソアは笑った。


三枚の装甲を浮かせる。


一枚目は、風を受ける。


二枚目は、流れを整える。


三枚目は、結晶を狙う。


それぞれの装甲が、別々の役割を持つ。


ソアは、一枚一枚を無理に動かそうとしなかった。


風の流れを感じながら、必要なときだけ、少しだけ角度を変える。


「……お願いね」


彼女は、装甲へ語りかけた。


「一緒に、この子を助けよう」


装甲が動き出した。


一枚目が風を受け、二枚目が流れを整える。


三枚目が、ゆっくりと加速していく。


魔物が翼を振り上げた。


強風が吹き荒れる。


けれど、三枚の装甲は風に逆らわなかった。


流れに沿って進み、魔物の翼を回り込み、結晶の正面へと向かう。


「今!」


ソアが意識を集中させた。


三枚目の装甲が、結晶へ向かって突き進む。


ガァンッ!


黒い結晶が、砕け散った。


紫色の魔力が一気に消える。


魔物の翼が止まり、吹き荒れていた風が静まった。


巨体が、ゆっくりと床へ降りてくる。


ソアは駆け寄った。


「大丈夫!?」


魔物は、しばらくソアを見つめていた。


やがて、ゆっくりと頭を下げた。


「……よかったぁ」


ソアは、ほっと胸を撫で下ろした。


その瞬間。


カラン、カラン、カラン。


三枚の装甲が、次々と床へ落ちた。


ソアは、ゆっくりと振り返る。


装甲は三枚とも、無事だった。


ただし、一枚には新しい傷がついている。


もう一枚は、留め具が少し曲がっていた。


そして最後の一枚には、見覚えのないへこみができていた。


「…………」


リュシアが、そっと声をかける。


「ソア?」


「……修理代」


「え?」


「修理代が、また増えちゃった……!」


ソアは両手で顔を覆った。


「強くなった。でも、お金がない……!」


「そこは、喜んでいいところでしょう!?」


「でも、鎧がぁ……!」


ソアは、傷ついた装甲を一枚ずつ拾い上げた。


そして、汚れを払い、大切に抱えた。


「……ごめんね。あとで、ちゃんと直してあげるからね」


リュシアは、呆れたように笑った。


「あなた、本当に鎧が好きなのね」


「うん!」


ソアは、満面の笑みで答えた。


「大好き!」


そのとき。


魔物が、静かに翼を広げた。


先ほどまでの暴走は、もうない。


魔物はソアを見つめると、彼女の前に一枚の羽根を落とした。


淡い緑色に輝く、大きな羽根だった。


「……これ、くれるの?」


魔物は、小さく鳴いた。


ソアは羽根を拾い上げた。


不思議な温かさが、手のひらに広がる。


その瞬間、床に新しい文字が浮かび上がった。


『試練の参加者、ソア・ミュスカ』


『他者を救うために力を用いたことを確認』


『次の道を開く』


目の前の風の壁が、ゆっくりと消えていく。


リュシアが、驚いたように息を呑んだ。


「……あなた、試練を一つ突破したのね」


「えっ! 本当!?」


ソアは目を輝かせた。


「やったあああっ!」


シードも、嬉しそうに葉っぱを揺らした。


「……そあ、すごい」


「ありがとう、シード!」


ソアは笑った。


けれど、すぐに真剣な表情に戻る。


「……ねえ、リュシアさん」


「何?」


「この試練って、強い人を選んでいるわけじゃないんだよね?」


リュシアは、壁に刻まれた文字を見つめた。


「そうね。少なくとも、力の強さだけを見ているわけではないと思う」


「じゃあ……」


ソアは、手の中の羽根を見た。


「私たちが何のために力を使うのか。それを見ているのかな?」


「……おそらくね」


ソアは、少しだけ考えた。


そして、いつもの笑顔を取り戻す。


「よし! じゃあ、次も頑張ろう!」


「その前に、装備を確認しましょう」


リュシアは、ソアの胸元を指さした。


「胸当てが外れたままよ」


「あっ!」


ソアは慌てて、自分の装備を確認した。


胸当て。


肩当て。


腰の装甲。


脚部の装甲。


そして、手元に抱えた三枚の装甲。


「……うん。全部ある!」


「壊れた装備まで全部数えているのね……」


「当然だよ! 私の大切な鎧なんだから!」


ソアは、胸当てを抱きしめた。


その背後で、シードが小さく笑ったように見えた。


そして三人は、開かれた風の道へと進んでいった。


***


一方、その頃。


黒いローブの男は、黄金色の道の奥に立っていた。


目の前に広がるのは、巨大な広間。


天井も壁もなく、ただ黄金色の風が渦巻いている。


その中央には、一本の剣が浮かんでいた。


いや。


剣の形をした、巨大な風の結晶だった。


『力を求める者よ』


声が響いた。


『お前は、何のために力を求める』


男は、迷わず答えた。


「守るためだ」


『何を守る』


「すべてを」


『すべてを守るために、すべてを手に入れるのか』


「そうだ」


男は拳を握った。


「私がすべてを持てば、もう誰も争わない。誰も奪われない。誰も失わない」


『……ならば、示せ』


黄金色の風が、男の身体を包み込んだ。


『お前が手放せぬものを』


男の目の前に、再び幻影が現れた。


崩れ落ちる街。


燃え盛る炎。


そして、瓦礫の向こうにいる、一人の少女。


少女は、男へ向かって手を伸ばしていた。


『助けて』


男の身体が震えた。


「……やめろ」


『お願い……』


「やめろと言っている!」


男は、黒い魔力を放った。


幻影が砕け散る。


けれど、その一瞬。


男は、確かに見てしまった。


自分が、あの日。


伸ばした手を、最後まで届かせられなかったことを。


「……私は、もう二度と失わない」


男は、目を閉じた。


そして、目の前の風の結晶へ手を伸ばす。


「すべてを、私に渡せ」


黒い魔力が、黄金色の風を侵食していく。


広間が、大きく震えた。


『警告』


『試練の規定から逸脱した魔力を検知』


男は構わず、力を注ぎ込んだ。


「私は、もう失いたくないんだ……!」


黄金色の結晶に、黒い亀裂が走る。


そして、広間の奥で、何かが目を覚ました。


天空の門は、まだ二人の選択を見届けている。


一人は、手放すことを学び始めた少女。


もう一人は、手放すことを拒み続ける男。


二人が求める翼は、同じものだった。


けれど、その翼が導く先は――。


まだ、誰にもわからない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。