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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第五章 空を渡る鎧

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第45話 翼を求める者と、譲れないもの


「翼を手にするのは、一人だけだ」


黒いローブの男が、静かに告げた。


その足元では、黒い結晶から染み出した魔力が、風の流れを歪めている。


ソアは男を睨んだ。


「……あなた、また宝具を奪いに来たの?」


「必要なものを、必要な者が手にする。それだけだ」


「それ、奪われる側の気持ちは考えてる?」


「考えている」


男は、わずかに顔を伏せた。


「だからこそ、私はすべてを手に入れなければならない」


ソアには、その言葉の意味がわからなかった。


けれど、男の声には、ただ力を求める者のものとは違う響きがあった。


怒り。


焦り。


そして、何かを失うことを恐れるような響き。


「……あなた、何をそんなに怖がってるの?」


男の目が、ぴくりと動いた。


「何?」


「だって、さっきから全部手に入れるって言ってるでしょう? そんなに急いで集めなくても、いいんじゃないの?」


「……何も知らない者が、軽々しく口にするな」


風が、激しく吹き荒れた。


黒い鎖が石床を走り、ソアたちの足元を囲む。


リュシアが警戒して、飛行装置を起動させた。


「ソア、気をつけて! この人、風の流れまで変えているわ!」


「うん!」


ソアは腰の装甲に手をかけた。


けれど、その瞬間。


ゴォォォォッ!


天空の門全体が、大きく震えた。


扉の中央に刻まれた翼の紋章が、強烈な光を放つ。


黒い鎖が弾き飛ばされ、床に刻まれた文字が浮かび上がった。


『天翔の器を求める者よ』


『その翼は、ただ一人の所有物にあらず』


『求める者は、己の欲するものを示せ』


『そして、己が手放せぬものを知れ』


「……何これ?」


ソアが首を傾げた。


リュシアは、文字を読みながら眉をひそめる。


「試練の条件が変わった……? いえ、違うわ。これが本来の試練なのかもしれない」


男は、扉を見つめていた。


「……始まったか」


その声には、わずかな緊張があった。


次の瞬間、床が左右に分かれた。


ソアたちの足元に、透明な風の壁が立ち上がる。


「きゃっ!」


リュシアがソアの腕をつかんだ。


しかし、二人の間を風の壁が遮った。


「リュシアさん!」


「ソア! 無理に突破しないで!」


声は届く。


けれど、壁を越えることはできない。


シードがソアの肩から飛び降り、蔓を伸ばそうとした。


その瞬間、緑色の光が弾けた。


「……っ!」


シードの蔓が、途中で止まる。


まるで、空間そのものに拒まれているかのようだった。


そして、ソアの目の前に文字が浮かび上がった。


『試練の参加者、ソア・ミュスカ』


『己の力を示せ』


『己の限界を知れ』


『そして、手放すべきものを選べ』


「……手放すべきもの?」


ソアは、自分の鎧を見下ろした。


「まさか……鎧?」


その言葉を口にした瞬間、壁の向こうにいる男が笑った。


「そうだ。お前にとって、それが何よりも手放せぬものなのだろう」


「……違うよ」


ソアは、すぐに答えた。


「鎧は大好きだよ。ずっと一緒にいたい」


「ならば、翼は手に入らない」


「えっ!?」


男は冷たく告げた。


「何かを手に入れるためには、何かを捨てなければならない。お前は、それができない」


ソアは、唇を尖らせた。


「……うーん」


しばらく考える。


そして。


「でも、鎧を手放すことと、鎧を嫌いになることは違うんじゃない?」


男の表情が、わずかに変わった。


「……何?」


「私、鎧が好きだから大切にしてるんだよ。だから、壊れたら修理するし、落としたら拾うし、できるなら全部持って帰りたい」


「……」


「でも、さっきは鎧を飛ばすために、一度手から離したよ」


ソアは、腰の装甲をそっと撫でた。


「離したからって、鎧を大切に思う気持ちまでなくなったわけじゃないもん」


男は何も答えなかった。


ソアは、少しだけ笑った。


「だから、私は鎧を手放せないんじゃないよ。必要なら、ちゃんと離せる」


「……ならば、なぜそこまで執着する?」


「好きだから!」


即答だった。


「好きなものを、好きって思っちゃいけないの?」


「……」


男は、言葉を失ったようだった。


その一瞬。


ソアの目の前に、別の文字が浮かび上がった。


『問いに対する答えを確認』


『次の試練を開始する』


足元が光る。


ソアは、とっさに身構えた。


すると、目の前に三つの道が現れた。


一つ目は、黄金色に輝く道。


二つ目は、青白い光に包まれた道。


三つ目は、何もない暗闇へ続く道。


それぞれの入り口には、文字が刻まれていた。


『力』


『守護』


『解放』


「……三つ?」


ソアは、じっと見比べた。


力の道は、巨大な風の渦が奥へと続いている。


守護の道には、傷ついた小さな鳥の姿が映し出されていた。


そして、解放の道は、何も見えない。


ただ、暗闇が広がっている。


「どれを選べばいいのかな……」


ソアが考えていると、肩の小鳥が鳴いた。


「ピィ!」


その小さなくちばしが、守護の道を指している。


ソアは、微笑んだ。


「……そっか。あなたは、そっちがいいんだね」


彼女は迷わず、守護の道へ歩き出した。


その瞬間。


『選択を確認』


『試練を開始する』


光が弾けた。


ソアの目の前に、巨大な鳥型の魔物が現れた。


その翼は傷つき、身体には黒い結晶が埋め込まれている。


魔物は苦しそうに鳴き、周囲の風を暴れさせた。


「……また、黒い結晶」


ソアは、眉をひそめた。


「この子も、誰かに操られているの?」


魔物が大きく羽ばたいた。


強風が吹き荒れ、ソアの胸当てが激しく揺れる。


ガキンッ!


留め具の一つが外れた。


「わっ! 胸当てまで!?」


ソアの身体が軽くなる。


《スキンブースト》が働き、力が増していく。


しかし、ソアはすぐには攻撃しなかった。


魔物の動きには、明らかな苦痛があった。


「……大丈夫。助けてあげるからね」


ソアは、両手を構えた。


「《全解除・パージ》!」


肩当てが外れ、腰の装甲が浮かび上がる。


ソアはそれらを、魔物へ向けて放った。


「いけっ!」


装甲板が風に乗り、魔物の翼の周囲を旋回する。


一枚が、魔物の爪を弾く。


もう一枚が、黒い結晶の周囲に張りつく。


「よし……!」


ソアは意識を集中させた。


鎧を無理やり動かすのではない。


風に乗せ、その流れを少しだけ変える。


装甲板が結晶の表面を叩いた。


カンッ!


小さな亀裂が入る。


魔物が苦しそうに鳴いた。


「もう少し!」


ソアが力を込めた、そのとき。


魔物が暴れ、強烈な風を巻き起こした。


装甲板が吹き飛ばされる。


ソアも足を取られ、床を滑った。


「きゃあっ!」


身体が、風の壁へと押しつけられる。


その先には、底の見えない空洞。


落ちれば、助からないかもしれない。


「ソア!」


壁の向こうから、リュシアの声が聞こえた。


しかし、彼女は助けに来られない。


ソアは歯を食いしばった。


「……まだ、終わってない!」


右腕を伸ばす。


遠くに飛ばされた肩当てが、かすかに光った。


ソアは、その光を見つめる。


離れていても。


手から離れていても。


自分の力は、まだつながっている。


「戻ってきて!」


肩当てが、わずかに揺れた。


今度は、額にぶつかってこない。


ゆっくりと。


風の流れに沿って。


ソアの手元へ戻ってくる。


彼女はそれをつかみ、足場にした。


そして、体勢を立て直す。


「……よし!」


ソアは、魔物を見据えた。


「鎧を離したって、私は一人じゃない!」


肩に乗った小鳥が、力強く鳴いた。


「ピィィッ!」


ソアは笑った。


「うん。一緒に助けよう!」


彼女は、再び魔物へ向かって走り出した。


その頃。


壁の向こうにいた黒いローブの男は、別の道を進んでいた。


彼の前に現れたのは、崩れ落ちる街の幻影。


炎に包まれた建物。


逃げ惑う人々。


そして、瓦礫の向こうから伸びる、小さな手。


男は足を止めた。


「……やめろ」


幻影の中で、誰かが叫ぶ。


『助けて!』


男は拳を握りしめた。


「……もう、二度と」


黒い魔力が膨れ上がる。


「誰も失わせない」


男は幻影を打ち砕き、暗闇の先へ進んだ。


その先には、黄金色に輝く道があった。


『力』


男は迷わず、その道を選んだ。


「すべてを手に入れればいい」


彼は、自分に言い聞かせるように呟いた。


「すべてを持てば、もう誰も失わずに済む」


その声は、どこか震えていた。


天空の門は、二人の選択を記録していた。


一人は、手放すことを恐れず、つながりを信じる者。


もう一人は、失うことを恐れ、すべてを抱え込もうとする者。


そして、天翔の器は、まだどちらにも翼を与えてはいなかった。


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