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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第五章 空を渡る鎧

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第40話 空への試験と、重すぎる装備


「飛行魔法を使える人、知りませんか!」


翌朝。


冒険者ギルドに、ソアの元気な声が響いた。


受付の職員は、書類から顔を上げる。


「おはようございます、ソアさん。今日はずいぶんと勢いがありますね」


「おはようございます! 空を飛びたいんです!」


「……空を?」


「はい! できれば鎧を着たまま!」


受付は少し考えた。


「飛行魔法を使える冒険者なら、何人か知っています。ただ、北西山脈の上空まで飛ぶとなると、かなりの報酬が必要になりますよ」


「金貨数枚ですよね……」


「そうですね」


「…………」


ソアは両手で財布を握りしめた。


中身は、銀貨数枚。


そのうち何枚かは、鎧の修理代として消える予定だ。


「……自力で行くしかない!」


「そうですか?」


「はい!」


ソアは勢いよくうなずいた。


「風の道を使って、天空の門まで行きます!」


受付は目を丸くした。


「……天空の門?」


「あっ」


しまった、という顔をするソア。


古代遺跡の調査は、まだ正式に報告していなかった。


ソアは昨日の発見を説明した。


風見の塔。

七つの輪。

空へ続く風の道。

そして、雲の上に浮かぶ巨大な遺跡。


話を聞き終えた受付は、真剣な表情になった。


「それは……ギルドとしても、確認しなければならない情報ですね」


「ですよね!」


「ただし、危険度は未知数です。単独での進入はおすすめできません」


「……ですよねえ」


ソアは肩を落とした。


そのとき。


「だったら、私が案内しようか?」


背後から、聞き覚えのない声がした。


ソアが振り返る。


そこには、短い銀髪の女性が立っていた。


年齢は二十代半ばほど。


軽装の旅装に、腰には細身の剣。


背中には、小さな羽根を模した金属製の装置が取り付けられている。


女性はソアの鎧を見て、少しだけ目を細めた。


「あなたが、風見の塔を起動させた冒険者?」


「そうですけど……」


「なるほど。思ったより重そうね」


「最高の褒め言葉です!」


「褒めたつもりじゃなかったんだけど」


女性は苦笑した。


「私はリュシア。古代遺跡の調査を専門にしている冒険者よ」


彼女は背中の装置を軽く叩いた。


「それと、少しだけなら空を飛べる」


ソアの目が、輝いた。


「ぜひ! ぜひ教えてください!」


「話が早いわね」


リュシアは笑った。


「ただし、ひとつ条件がある」


「条件?」


「あなたが、天空の門にふさわしいかどうか。まずは試させてもらうわ」


     ◇


リュシアに案内され、ソアとシードは街の外れにある古い石造りの建物へ向かった。


そこは、かつて空を移動するための装置を研究していた施設らしい。


建物の中央には、大きな円形の床があった。


床には七本の線が刻まれ、中央には翼の紋章が描かれている。


「ここで何をするんですか?」


「簡単な試験よ」


リュシアは床の端に立った。


「この床は、風の流れを再現する古代装置。決められた場所までたどり着けば合格」


「それだけですか?」


「それだけ。ただし、普通に歩くと失敗する」


「……普通に?」


「風の流れに逆らえば、床から押し戻される。力任せに進もうとしても同じ。風の流れを読み、うまく利用しなければ進めないの」


ソアは、昨日の石板を思い出した。


『風に逆らう者は、空へ至れず』


『風を受ける者も、空へ至れず』


『風とともに進む者のみ、道を得る』


「なるほど……」


ソアはうなずいた。


「やってみます!」


リュシアは床の装置を起動した。


ゴウン……。


床の線が青白く光り、周囲に風が吹き始める。


「では、始めて」


ソアは一歩踏み出した。


ゴオッ!


風が正面から吹きつける。


ソアは足を踏ん張った。


しかし、身体はびくともしない。


「……あれ?」


リュシアが目を丸くした。


「ちょっと、今の風を受け止めたの?」


「え? はい!」


「普通は押し戻されるんだけど……」


「鎧が重いので!」


「そういう問題なの!?」


ソアは自信満々に次の一歩を踏み出した。


すると今度は、横から強い風が吹いた。


ゴオオオッ!


身体が傾く。


ソアはすぐに重心を移し、足を滑らせながら風の向きに合わせて進んだ。


一歩。


二歩。


三歩。


風が逆向きに変わる。


ソアは無理に逆らわず、身体をひねって流れに乗った。


そして――。


「……到着!」


円形の床の中央に、ソアがたどり着いた。


装置の光が消える。


リュシアはしばらく黙っていた。


「……合格よ」


「やったあ!」


ソアは両手を上げた。


「見た!? シード! 私、空に近づいたよ!」


「……まだ地上だよ?」


「細かいことは気にしない!」


リュシアは額に手を当てた。


「まさか、あの重装備で一度も転ばずに突破するなんて……」


彼女はソアの足元を見た。


「普通は、もっと身軽な装備で挑むものなんだけどね」


「えっ!?」


ソアは驚いた。


「鎧を脱いだほうがよかったんですか!?」


「そういう話をしているのよ!」


     ◇


試験のあと、リュシアは古い装置の記録を確認した。


ソアが中央へたどり着いたとき、床の紋様が一瞬だけ緑色に輝いたらしい。


「この反応……」


リュシアは記録板を見つめた。


「あなた、何か特殊なスキルを持っている?」


「はい。いくつか」


「いくつか?」


「《スキンブースト》と、《全解除》です!」


リュシアの手が止まった。


「……《全解除》?」


「はい!」


「それ、詳しく聞いてもいい?」


「いいですよ!」


ソアは胸を張った。


「全部、解除できます!」


リュシアは数秒ほど考えた。


「……それ、使わないで試験を受けて正解だったわね」


「えっ、どうしてですか?」


「いや、なんでもない」


リュシアは深く息を吐いた。


シードは二人のやり取りを見ながら、ぽつりとつぶやいた。


「……ソア、ぜんぶ外すと、すごく強い」


「シード!?」


ソアが慌てて口を押さえようとしたが、もう遅い。


リュシアは、ゆっくりとソアを振り返った。


「……全部?」


「……あの、その……」


「今度、詳しく聞かせてもらうわ」


「できれば、聞かない方向でお願いします!」


「どうして?」


「恥ずかしいからです!」


ソアは顔を真っ赤にした。


リュシアは、とうとう吹き出した。


     ◇


その日の午後。


リュシアは、天空の門について知っていることを話してくれた。


「天空の門は、古代の飛行都市の中枢だったと考えられているわ。そこには、飛行装置を制御するための特別な宝具が眠っている」


「それが、《天翔の翼》?」


「そう。伝承では、翼を持つ者だけが使えるとされている」


ソアは自分の背中を振り返った。


もちろん、翼はない。


あるのは重たい鎧だけだ。


「……私、使えるかな?」


リュシアは即答しなかった。


「それは、試練を受けてみないと分からない。でも、ひとつ確かなことがある」


「なんですか?」


「天空の門は、ただ飛べるだけの人を求めているわけじゃない」


リュシアは、古い記録板を机に置いた。


「風を操る力よりも、風の流れを理解する力。自分の力だけで進むことよりも、流れを見極めること。それが重要らしいの」


ソアは考え込んだ。


自分の能力も、似ているのかもしれない。


鎧が壊れれば、強くなる。


装備を外せば、もっと強くなる。


けれど、それだけでは説明できないことが増えてきた。


風見の塔の装置が、自分に反応した理由。


《スキンブースト》と古代の紋様の関係。


そして、シードが見た黒い光。


まだ、分からないことばかりだ。


「……もっと、ちゃんと知りたいな」


ソアは小さくつぶやいた。


「自分のスキルのことも、世界樹のことも」


シードは彼女の手を握った。


「……いっしょに、調べよう」


「うん!」


ソアは笑った。


「でも、その前に……」


彼女は背中の装甲を確かめた。


留め具が、わずかに浮いている。


「……修理代を稼がなきゃ」


リュシアは、静かに天井を見上げた。


「……あなた、本当にそればっかりね」


     ◇


その夜。


リュシアは、ソアたちが宿へ戻ったあとも、古い記録板を調べていた。


試験装置に残された反応の記録。


緑色の光。


そして、見たことのない魔力の流れ。


「この反応……まさか」


彼女は、古代文字の一節を読み直した。


『世界樹の流れを継ぐ者、風の道を開く』


リュシアの表情が変わった。


「……世界樹?」


彼女は窓の外を見た。


雲の向こうに、天空の門が浮かんでいる。


その中心では、翼の紋章が淡く輝いていた。


     ◇


一方、遠く離れた山の上。


黒衣の男は、空を見上げていた。


手元の黒い結晶には、風見の塔の映像が映し出されている。


「試験装置が反応したか……」


男は目を細めた。


「やはり、あの娘は特別だ」


彼は懐から、翼の形をした金属片を取り出した。


古びた紋章。


かつて、誰かから託されたもの。


男はそれを強く握りしめた。


「……今度こそ、間違えない」


風が吹く。


雲の向こうで、天空の門が光を放った。


そして、門の入口に、ひとつの影が現れた。


誰もいないはずの空中回廊。


そこに立つ影は、静かにソアたちのいる地上を見下ろしていた。


試練の開始は、もうすぐだった。


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