第40話 空への試験と、重すぎる装備
「飛行魔法を使える人、知りませんか!」
翌朝。
冒険者ギルドに、ソアの元気な声が響いた。
受付の職員は、書類から顔を上げる。
「おはようございます、ソアさん。今日はずいぶんと勢いがありますね」
「おはようございます! 空を飛びたいんです!」
「……空を?」
「はい! できれば鎧を着たまま!」
受付は少し考えた。
「飛行魔法を使える冒険者なら、何人か知っています。ただ、北西山脈の上空まで飛ぶとなると、かなりの報酬が必要になりますよ」
「金貨数枚ですよね……」
「そうですね」
「…………」
ソアは両手で財布を握りしめた。
中身は、銀貨数枚。
そのうち何枚かは、鎧の修理代として消える予定だ。
「……自力で行くしかない!」
「そうですか?」
「はい!」
ソアは勢いよくうなずいた。
「風の道を使って、天空の門まで行きます!」
受付は目を丸くした。
「……天空の門?」
「あっ」
しまった、という顔をするソア。
古代遺跡の調査は、まだ正式に報告していなかった。
ソアは昨日の発見を説明した。
風見の塔。
七つの輪。
空へ続く風の道。
そして、雲の上に浮かぶ巨大な遺跡。
話を聞き終えた受付は、真剣な表情になった。
「それは……ギルドとしても、確認しなければならない情報ですね」
「ですよね!」
「ただし、危険度は未知数です。単独での進入はおすすめできません」
「……ですよねえ」
ソアは肩を落とした。
そのとき。
「だったら、私が案内しようか?」
背後から、聞き覚えのない声がした。
ソアが振り返る。
そこには、短い銀髪の女性が立っていた。
年齢は二十代半ばほど。
軽装の旅装に、腰には細身の剣。
背中には、小さな羽根を模した金属製の装置が取り付けられている。
女性はソアの鎧を見て、少しだけ目を細めた。
「あなたが、風見の塔を起動させた冒険者?」
「そうですけど……」
「なるほど。思ったより重そうね」
「最高の褒め言葉です!」
「褒めたつもりじゃなかったんだけど」
女性は苦笑した。
「私はリュシア。古代遺跡の調査を専門にしている冒険者よ」
彼女は背中の装置を軽く叩いた。
「それと、少しだけなら空を飛べる」
ソアの目が、輝いた。
「ぜひ! ぜひ教えてください!」
「話が早いわね」
リュシアは笑った。
「ただし、ひとつ条件がある」
「条件?」
「あなたが、天空の門にふさわしいかどうか。まずは試させてもらうわ」
◇
リュシアに案内され、ソアとシードは街の外れにある古い石造りの建物へ向かった。
そこは、かつて空を移動するための装置を研究していた施設らしい。
建物の中央には、大きな円形の床があった。
床には七本の線が刻まれ、中央には翼の紋章が描かれている。
「ここで何をするんですか?」
「簡単な試験よ」
リュシアは床の端に立った。
「この床は、風の流れを再現する古代装置。決められた場所までたどり着けば合格」
「それだけですか?」
「それだけ。ただし、普通に歩くと失敗する」
「……普通に?」
「風の流れに逆らえば、床から押し戻される。力任せに進もうとしても同じ。風の流れを読み、うまく利用しなければ進めないの」
ソアは、昨日の石板を思い出した。
『風に逆らう者は、空へ至れず』
『風を受ける者も、空へ至れず』
『風とともに進む者のみ、道を得る』
「なるほど……」
ソアはうなずいた。
「やってみます!」
リュシアは床の装置を起動した。
ゴウン……。
床の線が青白く光り、周囲に風が吹き始める。
「では、始めて」
ソアは一歩踏み出した。
ゴオッ!
風が正面から吹きつける。
ソアは足を踏ん張った。
しかし、身体はびくともしない。
「……あれ?」
リュシアが目を丸くした。
「ちょっと、今の風を受け止めたの?」
「え? はい!」
「普通は押し戻されるんだけど……」
「鎧が重いので!」
「そういう問題なの!?」
ソアは自信満々に次の一歩を踏み出した。
すると今度は、横から強い風が吹いた。
ゴオオオッ!
身体が傾く。
ソアはすぐに重心を移し、足を滑らせながら風の向きに合わせて進んだ。
一歩。
二歩。
三歩。
風が逆向きに変わる。
ソアは無理に逆らわず、身体をひねって流れに乗った。
そして――。
「……到着!」
円形の床の中央に、ソアがたどり着いた。
装置の光が消える。
リュシアはしばらく黙っていた。
「……合格よ」
「やったあ!」
ソアは両手を上げた。
「見た!? シード! 私、空に近づいたよ!」
「……まだ地上だよ?」
「細かいことは気にしない!」
リュシアは額に手を当てた。
「まさか、あの重装備で一度も転ばずに突破するなんて……」
彼女はソアの足元を見た。
「普通は、もっと身軽な装備で挑むものなんだけどね」
「えっ!?」
ソアは驚いた。
「鎧を脱いだほうがよかったんですか!?」
「そういう話をしているのよ!」
◇
試験のあと、リュシアは古い装置の記録を確認した。
ソアが中央へたどり着いたとき、床の紋様が一瞬だけ緑色に輝いたらしい。
「この反応……」
リュシアは記録板を見つめた。
「あなた、何か特殊なスキルを持っている?」
「はい。いくつか」
「いくつか?」
「《スキンブースト》と、《全解除》です!」
リュシアの手が止まった。
「……《全解除》?」
「はい!」
「それ、詳しく聞いてもいい?」
「いいですよ!」
ソアは胸を張った。
「全部、解除できます!」
リュシアは数秒ほど考えた。
「……それ、使わないで試験を受けて正解だったわね」
「えっ、どうしてですか?」
「いや、なんでもない」
リュシアは深く息を吐いた。
シードは二人のやり取りを見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「……ソア、ぜんぶ外すと、すごく強い」
「シード!?」
ソアが慌てて口を押さえようとしたが、もう遅い。
リュシアは、ゆっくりとソアを振り返った。
「……全部?」
「……あの、その……」
「今度、詳しく聞かせてもらうわ」
「できれば、聞かない方向でお願いします!」
「どうして?」
「恥ずかしいからです!」
ソアは顔を真っ赤にした。
リュシアは、とうとう吹き出した。
◇
その日の午後。
リュシアは、天空の門について知っていることを話してくれた。
「天空の門は、古代の飛行都市の中枢だったと考えられているわ。そこには、飛行装置を制御するための特別な宝具が眠っている」
「それが、《天翔の翼》?」
「そう。伝承では、翼を持つ者だけが使えるとされている」
ソアは自分の背中を振り返った。
もちろん、翼はない。
あるのは重たい鎧だけだ。
「……私、使えるかな?」
リュシアは即答しなかった。
「それは、試練を受けてみないと分からない。でも、ひとつ確かなことがある」
「なんですか?」
「天空の門は、ただ飛べるだけの人を求めているわけじゃない」
リュシアは、古い記録板を机に置いた。
「風を操る力よりも、風の流れを理解する力。自分の力だけで進むことよりも、流れを見極めること。それが重要らしいの」
ソアは考え込んだ。
自分の能力も、似ているのかもしれない。
鎧が壊れれば、強くなる。
装備を外せば、もっと強くなる。
けれど、それだけでは説明できないことが増えてきた。
風見の塔の装置が、自分に反応した理由。
《スキンブースト》と古代の紋様の関係。
そして、シードが見た黒い光。
まだ、分からないことばかりだ。
「……もっと、ちゃんと知りたいな」
ソアは小さくつぶやいた。
「自分のスキルのことも、世界樹のことも」
シードは彼女の手を握った。
「……いっしょに、調べよう」
「うん!」
ソアは笑った。
「でも、その前に……」
彼女は背中の装甲を確かめた。
留め具が、わずかに浮いている。
「……修理代を稼がなきゃ」
リュシアは、静かに天井を見上げた。
「……あなた、本当にそればっかりね」
◇
その夜。
リュシアは、ソアたちが宿へ戻ったあとも、古い記録板を調べていた。
試験装置に残された反応の記録。
緑色の光。
そして、見たことのない魔力の流れ。
「この反応……まさか」
彼女は、古代文字の一節を読み直した。
『世界樹の流れを継ぐ者、風の道を開く』
リュシアの表情が変わった。
「……世界樹?」
彼女は窓の外を見た。
雲の向こうに、天空の門が浮かんでいる。
その中心では、翼の紋章が淡く輝いていた。
◇
一方、遠く離れた山の上。
黒衣の男は、空を見上げていた。
手元の黒い結晶には、風見の塔の映像が映し出されている。
「試験装置が反応したか……」
男は目を細めた。
「やはり、あの娘は特別だ」
彼は懐から、翼の形をした金属片を取り出した。
古びた紋章。
かつて、誰かから託されたもの。
男はそれを強く握りしめた。
「……今度こそ、間違えない」
風が吹く。
雲の向こうで、天空の門が光を放った。
そして、門の入口に、ひとつの影が現れた。
誰もいないはずの空中回廊。
そこに立つ影は、静かにソアたちのいる地上を見下ろしていた。
試練の開始は、もうすぐだった。




