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『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第四章 七つの迷宮

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第36話 鑑定できないスキル


「スキルを調べたい?」


冒険者ギルドの受付嬢は、ソアの言葉を聞いて首を傾げた。


「はい! 自分のスキルについて、もっと詳しく知りたいんです!」


ソアは勢いよく頷いた。


昨日、武器屋の店主に言われたことが、ずっと頭に残っていた。


自分の鎧は、決して安物ではない。


それなのに、戦闘のたびに装備が壊れ、その直後に身体能力が上がる。


偶然にしては、あまりにも不自然だった。


「それなら、町の東側に鑑定士の先生がいますよ。冒険者のスキルや魔法について詳しい方です」


「鑑定士!」


ソアの目が輝いた。


「ありがとうございます!」


「ただし、鑑定にはお金がかかりますからね」


「…………」


ソアの笑顔が止まった。


「……いくらですか?」


「基本的な鑑定なら銀貨一枚です」


「銀貨一枚……」


ソアは財布を取り出し、中身を確認した。


銀貨。


銅貨。


そして、わずかな小銭。


しばらく数えたあと、彼女は静かに財布を閉じた。


「……シード」


「……なに?」


「今日のお昼、どうしよう」


「……ぱん」


「そうだね……パンだね……」


ソアは遠い目をした。


しかし、ここで諦めるわけにはいかない。


自分の能力を理解できれば、無駄な装備の損傷を減らせるかもしれない。


長い目で見れば、銀貨一枚など安い投資だ。


「よし! 行こう、シード!」


「……うん!」


二人は鑑定士のもとへ向かった。


もちろん、帰りにパンを買うお金が残ることを祈りながら。


     ◇


鑑定士の店は、町の中心部から少し離れた場所にあった。


看板には、古びた水晶玉の絵が描かれている。


扉を開けると、薬草と古い紙の匂いが漂ってきた。


「失礼しまーす!」


「……いらっしゃい」


奥から現れたのは、白い髭を蓄えた老人だった。


眼鏡の奥の瞳は鋭く、ソアの姿を上から下まで眺めている。


「冒険者か。何を鑑定してほしい?」


「自分のスキルです! 特に、この二つ!」


ソアは自分のステータスを表示した。


そこには、二つの固有スキルが記されている。


《スキンブースト》


《全解除》


老人は目を細めた。


「……ほう。珍しいスキルを持っているな」


「やっぱり珍しいんですか?」


「少なくとも、わしは見たことがない」


老人は水晶玉の前に座り、ソアに手を差し出した。


「では、少し詳しく見てみよう」


ソアは期待に胸を膨らませた。


ついに、自分の能力の秘密がわかるかもしれない。


老人が水晶玉に手を触れる。


淡い光が広がり、ソアの身体を包み込んだ。


数秒後。


老人の眉間に、深いしわが寄った。


「……これは」


「どうしました?」


「《スキンブースト》……。肉体に何らかの強化作用を与えるスキルのようだが、通常の強化魔法とは仕組みが違う」


「強化作用!」


ソアは身を乗り出した。


「やっぱり、強くなるスキルなんですね!?」


「そうらしい。ただし、何を条件として強化が発生するのかまでは読み取れん」


老人は水晶玉を操作した。


「装備に関係しているようにも見えるが……いや、これは少し違うか」


「装備?」


「君のスキルは、一般的な装備強化の魔法とは異なる。装備そのものを強化しているわけではなさそうだ」


ソアは考え込んだ。


装備を強くするのではない。


では、何を強くしているのだろう。


自分の身体だろうか。


しかし、鎧が壊れたときに限って、身体能力が上がるのはなぜなのか。


「……うーん」


ソアが首を傾げていると、老人はもう一つのスキルを調べ始めた。


「こちらの《全解除》も興味深いな」


「それ、すごく便利なんです!」


「ほう?」


「状態異常を解除できるんです! ただ……」


ソアは、あのときのことを思い出した。


呪いを解除しようとしたら、鎧も服も全部消えてしまった。


「……ちょっと、困ったこともあって」


「困ったこと?」


「……いえ、何でもありません!」


ソアは勢いよく首を振った。


あの話だけは、絶対にしたくない。


老人は不思議そうな顔をしながら、鑑定を続けた。


やがて、水晶玉の光が消えた。


「《全解除》は、対象に付与された何らかの効果を取り除く能力のようだ。だが、どこまでが解除対象になるのか、詳しい条件はわからん」


「じゃあ、二つとも、まだ謎が多いんですね……」


「ああ。特に固有スキルは、持ち主自身にしか理解できない部分も多い。鑑定は手がかりを得るためのものだ。すべての答えがわかるわけではない」


ソアは肩を落とした。


せっかく銀貨一枚を払ったのに、すべての謎が解けたわけではない。


しかし、老人はふと思い出したように顔を上げた。


「そういえば、君のステータスには妙なところがあるな」


「妙なところ?」


「スキル欄ではない。もっと別の部分だ」


老人は水晶玉を覗き込んだ。


「通常の鑑定では、肉体の状態や魔力の流れなどを確認する。しかし君の場合、表面上の情報と、実際に観測できる魔力の流れに、わずかな差がある」


「差……?」


「何か別の力が、君の成長に干渉しているようにも見える。だが、正体はわからん」


ソアは目を丸くした。


「それって、悪いものなんですか?」


「そこまでは判断できん。君に害を与えているとも限らないし、逆に助けている可能性もある」


老人は水晶玉から手を離した。


「今は、無理に答えを出そうとしないことだ。戦闘の記録をつけ、自分の能力がどんなときに変化するのか観察してみなさい」


ソアは真剣な顔で頷いた。


「わかりました! ありがとうございます!」


「なに、これも仕事だ」


老人は笑った。


「ただし、次に来るときも鑑定料は必要だからな」


「……はい」


ソアは静かに財布をしまった。


銀貨一枚。


パンが何個買えただろう。


いや、考えるのはやめよう。


     ◇


店を出たソアは、町の広場にあるベンチに腰を下ろした。


「……結局、全部はわからなかったね」


「……うん」


シードは隣で、ソアの鎧を見つめていた。


「でも、少しだけわかったよ」


「……なにが?」


「私のスキルは、装備そのものを強くするわけじゃないんだって」


ソアは自分の手を握った。


「それに、何か別の力が私の成長に干渉しているかもしれないって」


「……べつの、ちから」


「うん。ちょっと不思議だよね」


ソアは空を見上げた。


自分はなぜ、この世界に転生したのだろう。


なぜ、二つの固有スキルを与えられたのだろう。


そして、なぜ鎧を壊すたびに強くなるのだろう。


わからないことばかりだ。


それでも。


「……まあ、少しずつ調べていこう!」


ソアは立ち上がった。


「まずはお金を稼いで、鎧を直して、それから天空の門を目指す!」


「……うん!」


シードも立ち上がる。


そのとき、ソアのお腹が小さく鳴った。


「……あ」


シードが顔を上げる。


「……おなか、すいた?」


「……うん」


ソアは力なく頷いた。


「鑑定料を払ったら、お昼代がなくなっちゃった……」


「……ぼくの、ぱん」


シードが、自分の手に持っていたパンを差し出した。


「……はんぶんこ」


ソアは一瞬、驚いた顔をした。


そして、柔らかく笑った。


「ありがとう、シード」


二人はパンを半分に分けた。


小さなパンだったが、ソアにはとてもおいしく感じられた。


     ◇


その頃、天界。


女神は水晶を覗き込み、鑑定士の言葉を聞いていた。


「……成長に干渉している力、ですか」


女神は苦い顔をした。


鑑定士が言ったことは、間違いではない。


ソアの成長には、《成長誘導》が関わっている。


しかし、通常の鑑定で、その正体まで見抜けるはずはなかった。


「……危うく気づかれるところでしたね」


女神は、そっと胸をなで下ろした。


もっとも、鑑定士が見抜いたのは、あくまでも何かが干渉しているという事実だけだ。


隠し加護の名前も、その目的も、まったくわかっていない。


それでも女神は、気が気ではなかった。


「このままでは、いずれ隠し加護の存在に気づく者が現れるかもしれません……」


彼女は水晶に指を向け、ソアの状態を確認した。


【固有スキル:スキンブースト】


【固有スキル:全解除】


【隠し加護:成長誘導】


【対象者の能力理解度:上昇中】


「……よかった。少しずつですが、理解が進んでいますね」


女神は安堵した。


だが、その直後。


水晶の表示が一瞬だけ乱れた。


【警告:固有スキルと隠し加護の連動率が上昇しています】


「……え?」


女神は表示を凝視した。


「連動率……?」


その数値は、女神が当初想定していた範囲を超え始めていた。


成長誘導は、あくまでソアの能力理解を助けるための補助的な加護だった。


しかし、ソアの《スキンブースト》は、単なる肉体強化の能力ではない。


装備を手放すこと。


付与された力を解除すること。


そして、本来の自分を取り戻すこと。


その根底には、世界樹の力と似た性質があった。


女神は、まだその事実を知らない。


彼女が与えたつもりの力と、ソアが生まれ持った固有スキルが、想定外の形で結びつき始めていることを。


「……少し、様子を見ましょう」


女神は自分に言い聞かせた。


「きっと、問題ありません。きっと……」


その声は、あまり自信がなさそうだった。


     ◇


夜。


宿の部屋で、ソアは机に向かっていた。


手元には、紙とペン。


鑑定士の助言どおり、自分の戦闘記録をまとめているのだ。


「えーっと……」


ソアは、これまでの出来事を思い返した。


ゴブリンとの戦闘。


胸当てが壊れたとき。


肩当てが壊れたとき。


すね当てが壊れたとき。


そして、《全解除》を使ったとき。


「……やっぱり」


ソアはペンを止めた。


「装備が壊れたり、外れたりしたときに、身体能力が上がっている」


その傾向は、明らかだった。


だが、それだけではない。


新しい装備を身につけると、以前のような身体能力に戻ってしまう。


そのことも、すでに経験している。


「……ということは」


ソアは紙に大きく書いた。


『装備が少なくなるほど、強くなる?』


しばらく眺めたあと、彼女は首を傾げた。


「でも、なんで?」


答えは、まだ出ない。


ソアはペンを置き、ベッドに倒れ込んだ。


「……うーん。難しい!」


それから、鎧を見つめた。


傷だらけの、愛しい全身鎧。


「……でも、鎧は好きなんだよね」


ソアは微笑んだ。


「だから、もっと上手に付き合える方法を見つけよう」


鎧を捨てるつもりはない。


強くなるために、好きなものを諦めるつもりもない。


自分にとって大切なものを守りながら、自分の力を理解する。


それが、今のソアの目標だった。


彼女は灯りを消し、目を閉じた。


まだ知らない。


その答えが、やがて彼女自身だけでなく、この世界そのものを変えることになるのを。


そして天界では、女神がもう一度、深いため息をついていた。


「……お願いですから、鎧だけは、もう少し長持ちしてくださいね……」


もちろん、その願いが届く保証はなかった。

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