↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第四章 七つの迷宮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/158

第35話 空への手がかり


翌朝。


「……お金がない」


冒険者ギルドのテーブルに突っ伏しながら、ソアは呟いた。


「……おかね、ないね」


隣では、シードも同じように机に頬をくっつけている。


二人の前には、朝食のパンが一つ。


正確には、ソアが買ったパンをシードと半分こしているところだった。


「昨日の依頼で銀貨はもらえたけど……」


ソアは指を折って数え始めた。


「鎧の修理代に、剣の買い替え。それから宿代と食費……」


一本目の指を折る。


二本目も折る。


三本目を折ったところで、ソアの動きが止まった。


「……あれ?」


「……どうしたの?」


「計算したら、足りないんだけど」


「……うん」


「うん、じゃないよおおお!」


ソアは頭を抱えた。


冒険者とは、魔物を倒して報酬を得る仕事である。


しかしソアの場合、魔物を倒すたびに装備が壊れ、報酬の大半が修理代に消えてしまう。


強くなっているはずなのに、生活は一向に楽にならない。


「……私、冒険者に向いてないのかな」


「……そんなことない」


シードが顔を上げた。


「……ソア、つよい」


「シード……!」


「……でも、おかねはない」


「そこは言わなくていいの!」


二人が騒いでいると、受付カウンターから声がかかった。


「ソアさん。少しお話があるのですが」


受付嬢が、古びた書類を手に立っていた。


ソアは勢いよく顔を上げる。


「もしかして、追加報酬ですか!?」


「違います」


「ですよね……」


ソアは再び机に突っ伏した。


「ですが、昨日持ち込んでいただいた黒い結晶について、わかったことがあります」


その言葉に、ソアはすぐに顔を上げた。


「本当ですか?」


「はい。ギルド長がお話ししたいそうです。こちらへどうぞ」


ソアとシードは顔を見合わせた。


お金の問題は、ひとまず置いておこう。


どうやら昨日の森で見つけたものは、思っていた以上に重要らしい。


     ◇


ギルド長の部屋には、白髪交じりの男性が座っていた。


机の上には、黒い結晶と数枚の古い書類が並べられている。


「来たか。座ってくれ」


ソアたちが椅子に座ると、ギルド長は黒い結晶を手に取った。


「これは、魔力を乱す性質を持った特殊な結晶だ。自然に生成される魔石とは違う」


「やっぱり、誰かが作ったものなんですね?」


「ああ。少なくとも、何らかの加工が施されている」


ギルド長は書類を一枚取り出した。


そこには、古代文字と奇妙な図形が描かれていた。


「ずいぶん昔の記録だ。古代遺跡の調査報告書なんだが、似たような結晶について記述が残っている」


ソアは身を乗り出した。


「何て書いてあるんですか?」


「魔物の魔力を変質させ、特定の場所へ誘導するための装置。その一部に、この結晶と似たものが使われていたらしい」


「魔物を、誘導?」


「ああ。詳しい目的まではわかっていない。ただ、今回の森での異常と無関係とは考えにくい」


シードの葉が、ぴくりと揺れた。


「……だれかが、まものをあつめてる?」


「その可能性はある」


ギルド長は難しい顔で頷いた。


「ただし、まだ確証はない。調査隊を派遣することも検討しているが、危険性がわからない以上、慎重に進める必要がある」


ソアは真剣な表情で話を聞いていた。


やがて、ギルド長は別の書類を取り出した。


「それと、君たちが発見した遺跡についても調べてみた」


「えっ!?」


ソアの目が輝いた。


「何かわかったんですか!?」


「古い文献に、似たような施設の記録があった」


ギルド長は地図を広げた。


そこには、この地域の山脈や森、町の位置が記されている。


「ここから北西に進んだ山岳地帯。そのさらに上空に、かつて古代文明が築いた浮遊遺跡が存在したという記録がある」


「上空……?」


「そうだ。魔法によって地上から切り離され、空に浮かんでいたらしい」


ソアはシードを見た。


シードもまた、地図をじっと見つめている。


「……そら」


「昨日の遺跡にあった文字……」


ソアは思い出した。


――天翔の器。


――天空の門にて、継承の試練を開始する。


「もしかして、その浮遊遺跡が天空の門なんでしょうか?」


「断定はできない。だが、関連している可能性は高いだろう」


ギルド長は地図の北西を指した。


「問題は、そこへどうやって行くかだ」


「普通に山を登るんじゃ駄目なんですか?」


「浮遊遺跡は、地上からかなり離れた場所にあるとされている。周囲には強力な風の魔法が吹き荒れ、通常の飛行魔法では近づくことすら難しいらしい」


「飛行魔法……」


ソアは自分の背中を振り返った。


もちろん、翼など生えていない。


「……空を飛べる装備があればいいのに」


「……ほしい?」


「ほしい!」


ソアは即答した。


「空を飛べたら、移動も楽になるし、鎧を着たままでも遠くまで行けるし!」


「……そあ、かっこいい」


「でしょ!?」


ソアは嬉しそうに胸を張った。


ギルド長は、そんな二人を見ながら苦笑した。


「浮遊遺跡に関する記録は、王都の古文書館にも残っているはずだ。もっと詳しい情報が必要なら、そこを訪ねるといい」


「王都ですか……」


ソアは少し考え込んだ。


王都までの旅費。


宿泊費。


食費。


それに、壊れた装備の修理代。


頭の中で数字がぐるぐる回り始める。


「……無理かも」


「……おかね」


「そう、お金!」


ソアは机に両手をついた。


「どうして冒険って、こんなにお金がかかるの!?」


ギルド長は、とうとう笑い出した。


「ははは! それが冒険者というものだ」


「納得できません!」


ソアの叫びが、ギルド長室に響き渡った。


     ◇


ギルドを出たソアたちは、町の武器屋へ向かった。


まずは剣を買い直さなければならない。


鎧の修理も必要だが、武器がなければまともに戦えない。


「いらっしゃい。おや、また装備を壊したのかい?」


店主はソアを見るなり、呆れたように笑った。


「……はい」


ソアはしょんぼりと頷いた。


「今回は剣まで壊しちまったのか。ずいぶん派手にやったな」


「魔物が硬かったんです……」


「そりゃ大変だったな。だが、剣は消耗品だ。無理に高級品を買う必要はないぞ」


店主は何本かの剣を並べた。


ソアは一本ずつ手に取り、重さや握り心地を確かめる。


「うーん……」


以前使っていた鉄の剣より、少しだけ丈夫なもの。


けれど、あまり高いものは買えない。


悩んだ末、ソアは手頃な価格の剣を選んだ。


「これにします!」


「毎度あり」


剣を受け取ったソアは、満足そうに頷いた。


これで、また戦える。


そう思った矢先。


店主が、ふとソアの鎧に目を向けた。


「しかし、その鎧……」


「えっ?」


「魔法鋼製だろう? 相当いい品だな。これだけ何度も傷ついているのに、まだ形を保っている」


ソアの表情が明るくなった。


「そうなんです! すっごく気に入ってるんですよ!」


「だろうな。安物なら、とっくに全身ばらばらになっているはずだ」


店主は壊れた肩当ての留め具を確認した。


「……妙だな」


「妙?」


「鎧そのものは丈夫だ。だが、留め具や接合部に負担が集中している。普通なら、ここまで頻繁には壊れないと思うんだが……」


ソアは目をぱちぱちさせた。


「えっ。じゃあ、鎧が悪いわけじゃないんですか?」


「いや、壊れたものは直さなきゃならん。だが、原因が鎧の強度だけとは限らないな」


店主は留め具を指で弾いた。


「君、戦っているときに急に身体が軽くなったり、動きが変わったりしないか?」


ソアの表情が止まった。


「……します」


「ほう?」


「鎧が壊れたときに、急に速くなったり、力が強くなったり……」


店主はしばらく考えた。


「なら、装備の問題だけではないかもしれんな。君自身に、何か特殊な能力があるのかもしれない」


ソアは自分の手を見つめた。


《スキンブースト》。


《全解除》。


そして、装備を外すことで強くなるという、奇妙な現象。


「……やっぱり、私のスキルが関係しているのかな」


「さあな。俺は鍛冶屋だ。魔法やスキルの専門家じゃない」


店主は笑った。


「ただ、一つだけ言える。どんなに頑丈な鎧でも、使い方を間違えれば壊れる。自分の身体と装備、両方をよく知ることだ」


ソアは、その言葉を胸に刻んだ。


「……ありがとうございます!」


店を出ると、シードがソアを見上げた。


「……ソア、すきる、しらべる?」


「うん。もっとちゃんと調べてみようと思う」


ソアは新しい剣を腰に差した。


「だって、鎧が壊れるたびに強くなるなんて、普通じゃないもんね」


少し考えてから、彼女は付け加えた。


「……でも、できれば次は壊れないでほしいな」


シードは、ソアの鎧を見上げた。


「……むずかしいかも」


「どうして!?」


シードは答えなかった。


ただ、ソアの手を握って、にこりと笑った。


     ◇


その頃。


天界では、女神が水晶を覗き込んでいた。


画面には、武器屋を出ていくソアの姿が映っている。


「……気づき始めましたね」


女神は安堵の息をついた。


「そうです。その調子です。自分の能力を理解して、装備との付き合い方を学ぶのです」


女神は満足そうに頷いた。


しかし、水晶の中でソアが鎧の留め具を触った瞬間、女神の笑顔が引きつった。


「……あ」


女神は、そっと水晶を拡大した。


ソアのステータスには表示されない、隠し加護の情報が浮かび上がる。


【隠し加護:成長誘導】


【対象者の固有能力への理解を促進します】


【現在、対象者の装備に対する過度な執着を確認】


【能力理解を促すため、装備損傷の発生確率を補正します】


「…………」


女神は長い沈黙のあと、顔を覆った。


「……やっぱり、やりすぎましたね」


本来、成長誘導は小さなきっかけを与えるためのものだった。


装備が一度壊れる。


身体が軽くなる。


その違和感から、ソアが自分の能力に気づく。


それだけでよかったのだ。


しかし、女神は心配のあまり、誘導を強めすぎてしまった。


しかも、ソアがどれだけ鎧を大切にしているかを、十分に理解していなかった。


「……あの子、鎧が本当に好きなんですね」


水晶の中で、ソアは壊れた肩当てを大事そうに抱えていた。


「新しいものを買えば済む話ではないのでしょうね……」


女神は申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめんなさい、ソア。あなたを早く強くしてあげたかったのです」


少しだけ考えたあと、女神は隠し加護の設定に手を伸ばした。


「……損傷の誘導を弱めましょう。もう、十分にきっかけは与えたはずです」


女神が指を動かす。


ところが。


【設定変更を実行できません】


【対象者の固有能力と隠し加護が連動中】


【解除には、対象者の能力理解が一定段階に到達する必要があります】


「……えっ?」


女神は目を見開いた。


「ちょっと待ってください。そんな仕様、聞いていませんよ!?」


もちろん、誰も答えない。


女神はしばらく画面を見つめていたが、やがて椅子に深く座り直した。


「……あの子なら、きっと大丈夫」


自分に言い聞かせるように呟く。


「きっと、いつか気づいてくれます」


水晶の中では、ソアがシードに向かって笑っていた。


「よーし! 次はお金を稼いで、鎧を直そう!」


「……うん!」


女神は、再び顔を覆った。


「……まずは、鎧を直すところからなのですね……」


天界に、深いため息が響いた。


そして女神は、まだ知らなかった。


ソアが《スキンブースト》を完全に理解したとき、彼女自身の力が、世界樹の失われた力と深く結びついていくことを。


それは、女神が想定していた成長の範囲を、はるかに超えるものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。