↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『鎧を脱いだら、世界が変わった』  作者: ムファッサー
第四章 七つの迷宮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/158

第34話 冒険者の仕事は楽じゃない


「……で、どうしてこうなったんだろう」


森の中。


ソアは、目の前にそびえ立つ巨大な魔物を見上げていた。


全身を茶色い甲殻に覆われた、巨大なカブトムシのような魔物。


その体長は、ソアの身長の三倍近くある。


頭部から伸びた二本の角は鋭く、脚には岩を砕けそうなほど太い爪が並んでいた。


「……ソア」


「うん」


「……これ、依頼の魔物?」


「……たぶん」


ソアは依頼書を取り出した。


そこには、こう書かれている。


――森に出現する魔物の討伐。危険度:低。


「いやいやいや! 絶対に低くないよね!?」


ソアは思わず叫んだ。


巨大な甲虫が、低く唸る。


地面が震え、周囲の木々が揺れた。


「これ、どう見ても危険度が低い魔物じゃないよ!」


「……でも」


シードが、こてんと首を傾げる。


「……むこうも、こまってる?」


「え?」


よく見ると、巨大な甲虫はソアたちを追いかけているというより、何かから逃げようとしているようだった。


甲殻の隙間には、紫色の光がちらちらと走っている。


そして、その身体には不自然な黒い痕が刻まれていた。


「……この魔力」


シードの表情が変わる。


「……きのうの、いせきとにてる」


「また世界樹関係?」


ソアは剣を握り直した。


「うーん……。できれば、今日は普通に魔物を倒して、普通に報酬をもらって、普通にごはんを食べたかったんだけどなあ」


巨大な甲虫が、勢いよく地面を蹴った。


「わっ! 来た!」


ソアは横へ飛び退く。


直後、巨大な角が地面をえぐった。


土と石が派手に飛び散る。


「ちょっと! 話し合いとかできないの!?」


もちろん、魔物は答えない。


「ですよねー!」


ソアは駆け出した。


     ◇


巨大な甲虫は、見た目に反して動きが速かった。


突進をかわしても、すぐに方向を変えて追ってくる。


ソアは木々の間を縫うように走りながら、攻撃の隙を探した。


「硬いし、速いし、力も強い! なにこれ、ずるくない!?」


甲虫の角が、ソアの背後にあった木をへし折った。


「ひゃあああっ!?」


ソアは慌てて跳び上がった。


着地と同時に、背中の装甲が木の枝に引っかかる。


ガキッ!


「えっ?」


嫌な音がした。


次の瞬間、背中の装甲が留め具ごと外れ、地面に落ちた。


「あああっ! 私の鎧!」


ソアは思わず振り返った。


しかし、巨大な甲虫は待ってくれない。


迫り来る巨体を見て、ソアは慌てて前へ跳んだ。


その瞬間、身体がふっと軽くなる。


視界が広がり、甲虫の動きがはっきりと見えた。


ソアは空中で身体をひねり、甲虫の突進を紙一重でかわす。


そして、着地と同時に剣を振り抜いた。


ガキィィン!


剣が甲殻に弾かれる。


「うそっ!? 全然効かない!?」


ソアは目を丸くした。


甲虫は無傷だった。


ただし、攻撃を弾いた衝撃で、ソアの剣にもひびが入っている。


「待って待って! 鎧だけじゃなくて剣まで壊れたら、修理代が大変なことになるんだけど!?」


そのとき、シードの声が響いた。


「……ソア! あたま!」


「頭?」


ソアは甲虫を見た。


硬い甲殻に覆われた頭部。


しかし、二本の角の付け根には、紫色の光が集中している。


「……そこ、まほうのながれが、おかしい」


「なるほど……!」


ソアは頷いた。


「つまり、あそこを攻撃すればいいんだね!」


「……たぶん」


「よーし!」


ソアは盾を構え、甲虫の突進を待った。


巨大な角が迫る。


ソアはぎりぎりまで引きつけてから、横へ飛んだ。


甲虫の角が、すぐ脇の岩に突き刺さる。


「今だ!」


ソアは岩を蹴り、甲虫の頭部へ飛びかかった。


ひびの入った剣を振り下ろす。


狙うのは、紫色に光る角の付け根。


しかし――。


ガキンッ!


甲虫が頭を振った。


衝撃で、ソアの剣が砕け散った。


「ええええええっ!?」


剣の破片が宙を舞う。


武器を失ったソアは、そのまま地面へ落下した。


「いたたたた……!」


甲虫が再び突進してくる。


ソアは転がって避けたものの、左脚のすね当てが岩にぶつかった。


バキッ!


「……あっ」


すね当てが真っ二つに割れた。


ソアの表情が凍りつく。


「……もう、やだあああああっ!」


しかし、嘆いている暇はなかった。


身体がさらに軽くなる。


地面を蹴ると、先ほどよりも高く跳べた。


甲虫の攻撃も、余裕を持ってかわすことができる。


ソアは自分の両手を見つめた。


「……また、強くなった?」


答えは出ない。


けれど、今はそれで十分だった。


ソアは拳を握りしめる。


「武器がなくても……!」


甲虫が突進する。


ソアは正面から踏み込んだ。


「なんとかする!」


直前で身体をひねり、角をかわす。


そして、勢いを利用して甲虫の頭部へ飛び乗った。


「ここだあああっ!」


ソアは紫色の光を放つ角の付け根に、全力で拳を叩き込んだ。


ドゴォンッ!


鈍い音が森に響いた。


甲虫の身体が大きく揺れる。


紫色の光が明滅し、黒い痕がひび割れていく。


やがて――。


パキンッ。


小さな音とともに、黒い痕が砕け散った。


甲虫は力を失い、その場に崩れ落ちた。


森に静けさが戻る。


「……た、倒した?」


ソアは甲虫の背中から滑り降りた。


「……たおした」


シードが頷く。


「やったあああああ!」


ソアは両手を突き上げた。


「勝った! 勝ったよ、シード!」


「……うん!」


二人は喜び合った。


しかし、喜びは長く続かなかった。


ソアは自分の姿を見下ろした。


背中の装甲は外れ、すね当ては真っ二つ。


剣は砕け散り、盾にも新しい傷が増えている。


「…………」


ソアの顔から、ゆっくりと笑顔が消えていった。


「……修理代」


「……うん」


「……どうしよう」


シードは少し考えてから、ソアの手を握った。


「……ごはん、たべよう」


「そうだね……。まずは、ごはんだね……」


勝利した冒険者の姿としては、あまりにも切実だった。


     ◇


ソアは気を取り直し、倒した甲虫を調べた。


紫色の光を放っていた黒い痕は、すでに消えている。


その代わり、甲虫の角の付け根から、小さな黒い結晶が転がり落ちた。


「……これ、何だろう?」


ソアが拾い上げる。


結晶は冷たく、表面には細い線のような模様が刻まれていた。


シードが近づくと、その葉がわずかに揺れた。


「……いやな、かんじ」


「危ないもの?」


「……わからない。でも、きのうのいせきと、おなじにおいがする」


「におい?」


「……まほりょくの、におい」


シードは黒い結晶をじっと見つめた。


「……これ、だれかが、まものにうえつけたのかも」


ソアの表情が変わった。


自然に発生した異常ではない。


誰かが、魔物に何かをした。


そして、その何かは世界樹に関係している可能性がある。


「……もしかして、誰かがこの森で実験してる?」


シードは答えなかった。


ただ、小さな手をソアの手に重ねた。


「……きをつけて」


ソアは頷き、結晶を布で包んだ。


「うん。これはギルドに持って帰ろう。何かわかるかもしれない」


それから、甲虫の素材を採取し始めた。


角。


甲殻。


脚の一部。


そして、地面に落ちていた自分の装備の破片。


「よし、忘れ物なし!」


ソアは袋を背負い直した。


「……おもそう」


「大丈夫! これくらい平気だよ!」


実際、以前なら持ち帰るのも苦労した重量だった。


今のソアには、まだ余裕がある。


ただし――。


「……あっ」


ソアはふと思い出したように呟いた。


「剣、買わなきゃ」


「……うん」


「盾も修理したいし、鎧も直したいし……」


「……うん」


「……報酬、足りるかな?」


シードは少しだけ考えた。


「……たぶん」


「その『たぶん』が一番怖いんだよおおお!」


森の鳥たちが、一斉に飛び立った。


     ◇


町へ戻ると、ギルドの受付嬢はソアの姿を見て目を丸くした。


「ソアさん!? その格好、いったい何が……!」


「依頼は成功しました!」


ソアは元気よく答えた。


「それと、ちょっと相談が……」


「相談、ですか?」


ソアは袋から、巨大な甲虫の角と黒い結晶を取り出した。


受付嬢の表情が変わる。


「これは……!」


「森で見つけました。魔物の身体に、こんな黒い結晶が埋め込まれていたんです」


受付嬢は結晶を慎重に受け取り、奥から鑑定用の道具を持ってきた。


しばらく調べたあと、彼女は難しい顔で呟いた。


「……魔力の流れを乱す性質があるようです。普通の魔石とは違いますね」


「やっぱり、自然にできたものじゃないんですか?」


「断定はできません。ただ、人工的に加工された痕跡があります」


ソアとシードは顔を見合わせた。


受付嬢は結晶を箱にしまった。


「この件は、ギルド長に報告します。ソアさんたちは、しばらく森の奥へ入らないでください」


「えっ。どうしてですか?」


「同じような結晶がほかにもあるなら、森で何かが起きている可能性があります。原因がわかるまでは危険です」


ソアは頷いた。


「わかりました!」


返事だけは、実に立派だった。


その直後。


「……あの、報酬は?」


受付嬢は一瞬、固まった。


そして、苦笑する。


「はい。こちらが討伐報酬の銀貨三枚です。それから、今回の魔物の素材は別途買い取りになります」


「本当ですか!?」


ソアの目が輝いた。


「ありがとうございます!」


彼女は銀貨を受け取ると、大事そうに財布へしまった。


これで、少なくとも今日の食事には困らない。


……鎧と剣の修理代には、まったく足りそうになかったが。


     ◇


その夜。


町外れの宿で、ソアとシードは向かい合って座っていた。


テーブルの上には、温かいスープとパン。


ソアは一口食べて、幸せそうに息を吐いた。


「はあ……。生き返る……」


「……おいしい」


シードもパンを両手で持ち、少しずつ食べている。


「ねえ、シード」


「……なに?」


「今日の魔物のことなんだけど」


ソアは、昼間に見つけた黒い結晶を思い出した。


「誰かが魔物に結晶を埋め込んでいたんだよね。あの遺跡とも関係があるのかな?」


「……たぶん」


「うーん……」


ソアはスープをかき混ぜた。


「世界樹のことも、七つの武具のことも、まだわからないことばっかりだね」


「……うん」


「でも、少しずつ調べていけば、きっとわかるよね」


シードは頷いた。


「……ソアと、いっしょなら」


ソアは一瞬きょとんとしたあと、にっこり笑った。


「うん。一緒に行こうね!」


二人は再び食事を始めた。


そのとき、宿の窓の外で、小さな光が一瞬だけ揺れた。


ソアは気づかなかった。


だが、シードは食べる手を止め、窓の方を振り返った。


「……?」


そこには、誰もいない。


ただ、夜の闇の向こうに、遠く浮かぶ山々の影が見えるだけだった。


     ◇


同じ頃。


町から遠く離れた、古い塔の最上階。


黒衣の男は、黒い結晶を一つ手のひらに載せていた。


結晶の表面に、細い亀裂が走る。


「……また一つ、壊れたか」


男は窓の外を見た。


雲の向こう。


遥か高空に、かすかな光が浮かんでいる。


そこには、空に取り残された古代遺跡があった。


かつて、世界樹の力を受け継いだ者たちが、翼を求めて訪れた場所。


「天空の門……」


男は静かに呟いた。


「次の器が目覚める前に、確保しなければ」


黒い結晶が、手の中で粉々に砕け散る。


「今度は、誰にも渡さない」


その声には、怒りよりも深い、何かを失うことへの恐れが滲んでいた。


男は振り返り、塔の階段へ向かった。


次の目的地は、空。


そして、そこにはソアたちがまだ知らない試練が待っている。


翼を手にするのは、最も強い者か。


それとも――。


目の前の何かを、見捨てずにいられる者か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。