第29話 巨神の籠手
守護者が崩れ落ちた遺跡の最深部。
静寂の中、石造りの広間に緑色の光が満ちていた。
その中央に浮かんでいるのは、巨大な籠手。
ソアの全身鎧よりもはるかに大きく、まるで巨人のために作られたかのような武具だった。
表面には古代文字が刻まれ、甲の部分には緑色の宝石が埋め込まれている。
「……これが、伝説の武具?」
レイナが慎重に近づいた。
「守護者が身につけていたものね。普通の装備とは、魔力の質がまるで違うわ」
ミレイユは目を細め、籠手を観察した。
「これだけの魔力を秘めているなんて……。いったい、どんな魔法が込められているのかしら」
ソアは目を輝かせた。
「すごい……!」
「ソア、勝手に触らないでよ」
「えっ、でも宝箱があったら開けるでしょ?」
「それとこれとは話が違うでしょう!?」
「じゃあ、宝箱みたいなものだと思えば……」
「思わないで!」
レイナの制止もむなしく、ソアは籠手に手を伸ばした。
その瞬間。
ピカッ!
籠手の宝石が強く輝いた。
「わっ!?」
緑色の光がソアの手を包み込む。
そして、広間全体が低く震え始めた。
ゴゴゴゴゴ……。
壁に刻まれた古代文字が、次々と光を帯びていく。
「何が起きているの!?」
ミレイユが身構えた。
レイナも大剣を構える。
しかし、襲いかかってくるものは何もなかった。
代わりに、ソアの目の前に半透明の文字が浮かび上がった。
【伝説の武具:巨神の籠手】
【適合者を確認】
【継承を開始します】
「け、継承?」
ソアが首をかしげた瞬間、籠手は光の粒子となり、彼女の右腕へと吸い込まれていった。
「えええええええっ!?」
右腕に、ずしりとした感覚が走る。
だが、そこに籠手の姿はなかった。
ソアは慌てて自分の腕を確認する。
「ない! 籠手がないよ!?」
「あなたの腕に吸収されたように見えたけれど……」
ミレイユが眉をひそめる。
レイナはソアの右腕を確認しようとした。
「痛みは? 何か異常はない?」
「うーん……」
ソアは右手を握ったり開いたりした。
「なんだか、力が湧いてくるような気がする!」
「それだけ?」
「あと、お腹がすいた!」
「それはいつもでしょう!?」
ミレイユのツッコミが遺跡に響いた。
シードはソアの右腕をじっと見つめていた。
頭の葉っぱが、ぴくりと動く。
「……おかえり」
「え?」
ソアが振り返る。
シードは右腕に小さな手を添えた。
「……ぼくたちの、ちから」
その言葉に、レイナとミレイユの表情が変わった。
「シード。今のは、どういう意味?」
レイナが尋ねる。
シードは少し考えるように首を傾けた。
「……わからない。でも、しってる」
「知っているのに、分からないの?」
ミレイユが困惑する。
「……うん」
「うーん……。シードがそう言うなら、何か関係があるのかもしれないね」
ソアは右腕を眺めた。
「でも、籠手がなくなっちゃったのは困ったなあ」
「困るのはそこなの!?」
レイナが思わず声を上げた。
「だって、せっかくの伝説の武具だよ? 飾っておきたかったのに!」
「武具を飾るために手に入れたの!?」
「えっ、違うの?」
「違うわよ!」
ソアは残念そうに肩を落とした。
「そっかあ……。じゃあ、せめて鎧の修理代くらい稼げるといいなあ」
「伝説の武具を修理代のために使わないでちょうだい……」
ミレイユは深々とため息をついた。
そのときだった。
ソアの右腕に、淡い緑色の紋様が浮かび上がった。
手首から肘へ。
肘から肩へ。
紋様は一瞬だけ光り、すぐに消えていった。
「今のは……?」
レイナが目を見開く。
ソアは自分の腕を見つめた。
「なんだろう。あったかい感じがした」
シードがソアの腕を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「……まだ、ひとつ」
「ひとつ?」
「……うん」
シードは広間の奥を指さした。
そこには、守護者が立っていた場所とは別に、小さな石碑があった。
ソアたちは石碑へ近づく。
刻まれていたのは、古代文字と七つの紋章。
剣。
翼。
盾。
鎖。
砲。
籠手。
そして、見たことのない最後の紋章。
その下には、かすれた文字が残されていた。
――七つの枝は、世界を支えるために生まれた。
――一つの手に集めるためではない。
ソアは首をかしげた。
「七つの枝……?」
ミレイユが石碑を読み解こうとする。
「伝説の武具が七つあることとは関係がありそうね。でも、世界を支えるというのは……」
「一つの手に集めるためではない、か」
レイナが静かに言った。
「誰か一人が、すべてを手に入れるべきではないという意味なのかもしれない」
ソアは右腕を見つめた。
そこには、もう籠手の姿はない。
それでも、確かな力が宿っている。
「……うーん。難しい話は苦手だなあ」
「少しは考えなさいよ!」
「でも、シードが知ってるみたいだし!」
「シードも分からないって言っていたでしょう!?」
「……しってる」
「ほら!」
「……でも、わからない」
「そこが問題なのよ!」
三人のやり取りを、シードは不思議そうに眺めていた。
その小さな葉っぱが、そよ風もないのに揺れている。
まるで、遠い記憶を思い出そうとしているかのように。
◇
同じ頃。
遺跡から遠く離れた、暗い部屋。
黒い水晶の前に、一人の男が立っていた。
水晶には、遺跡の広間が映し出されている。
そして、ソアの右腕に浮かんだ緑色の紋様も。
男は、ゆっくりと目を細めた。
「……目覚めたか」
水晶の表面に、七つの紋章が浮かび上がる。
そのうちの一つが、緑色に輝いていた。
巨神の籠手。
男は指先で、その紋章に触れた。
「器は、すべて集める」
低い声が、暗闇に響く。
「今度こそ……すべてを、一つに」
水晶の光が消えた。
男の背後には、壁一面に描かれた巨大な樹の絵があった。
枝は七つに分かれ、根は大地の奥深くまで伸びている。
だが、その樹の中心には、大きな黒い亀裂が走っていた。
男は振り返らず、静かに告げた。
「迎えに行こうか」
◇
「よーし! 籠手も手に入ったし、帰ろう!」
ソアは元気よく拳を握った。
「……ソア。籠手はあなたの腕に入ったのでしょう?」
「うん!」
「それなら、手に入ったと言っていいのかもしれないけれど……」
レイナは何とも言えない表情を浮かべた。
「とにかく、ここを出ましょう。遺跡の様子も気になるわ」
ミレイユが出口へ向かう。
ソアもその後を追おうとしたが、ふと足を止めた。
「……ねえ、シード」
「……なに?」
「さっき、籠手に『おかえり』って言ったよね?」
シードは小さく頷いた。
「……うん」
「どうして?」
しばらく、沈黙が流れた。
シードは自分の胸に手を当てる。
そして、ゆっくりと答えた。
「……ずっと、まってたから」
ソアは目を丸くした。
「誰を?」
シードは答えなかった。
ただ、ソアの右腕を見つめていた。
その奥に眠る何かを、確かめるように。
やがてシードは、ソアの手をぎゅっと握った。
「……いこう」
「うん!」
ソアは笑顔で頷いた。
三人と一匹の小さな精霊は、遺跡を後にする。
その背後で、石碑の最後の紋章が、ほんの一瞬だけ淡く光った。
まだ誰も知らない。
この籠手が、やがて彼女たちの手から奪われることを。
そして、それを奪う男もまた、かつて世界樹に選ばれた者だったということを。




