第28話 最強の切り札と、裸の少女
『力を求める者よ。己の力を示せ』
守護者の声が響いた。
巨大な身体がゆっくりと動き出す。
右腕に装着された籠手が、緑色の光を放った。
「来るよ!」
ソアが叫んだ瞬間、守護者が拳を振り下ろした。
ドゴォォォンッ!!
「うわっ!?」
ソアは盾を構えて受け止めた。
しかし、衝撃は想像以上だった。
足元の石畳が砕け、ソアの身体が後方へ吹き飛ばされる。
「ソア!」
レイナが駆け寄ろうとする。
「だ、大丈夫!」
ソアはなんとか立ち上がった。
だが、盾には大きな亀裂が走っている。
そして――。
バキッ!
胸当ての一部が砕け、床に落ちた。
「うわああっ! 私の鎧が!」
「今は鎧を心配している場合じゃないでしょう!」
レイナが叫ぶ。
ソアは悔しそうに守護者を見上げた。
これまで戦ってきた魔物とは、明らかに違う。
攻撃は重く、速い。
それ以上に、身体を覆う装甲が硬すぎる。
何度剣を振るっても、表面に傷一つつけられなかった。
「《鉄壁》!」
レイナが巨大な障壁を展開する。
守護者の拳が障壁に叩きつけられた。
ガァァンッ!
障壁が大きく揺れる。
「くっ……!」
レイナの額に汗が浮かんだ。
一撃を受け止めただけで、かなりの魔力を消耗している。
「《百呪領域》!」
ミレイユが魔力を広げた。
守護者の身体を、無数の呪いが包み込む。
筋力低下。敏捷低下。魔力干渉。
普通の魔物なら、これだけで動きを大きく鈍らせられるはずだった。
しかし。
『無効』
守護者の身体が緑色に輝く。
呪いが、まるで水に溶けるように消えていった。
「……嘘でしょう?」
ミレイユの表情が険しくなる。
「私の呪いが、ほとんど通じないなんて……」
守護者が再び拳を振り上げた。
その標的は、レイナだった。
「させない!」
ソアが飛び込む。
剣を振り下ろすが、守護者は構わず腕を振り抜いた。
ガキィィンッ!
ソアの剣が弾き飛ばされた。
直後、守護者の拳が彼女の盾に直撃する。
バァンッ!
盾が砕け散った。
「きゃあっ!」
ソアは床を転がった。
残されたのは、損傷した鎧と、腰に差した予備の短剣だけ。
「ソア、もう下がって!」
レイナが叫ぶ。
「でも……!」
「このままでは、あなたまで倒されるわ!」
その言葉に、ソアは唇をかんだ。
分かっている。
このまま戦っても勝てない。
鎧が壊れて身体が軽くなっても、相手の装甲を突破できなければ意味がない。
それに、レイナもミレイユも余裕がなくなっている。
どうすればいい。
何か手はないのか。
そのときだった。
「……っ!」
小さな声が聞こえた。
ソアが振り返る。
シードが、広間の端にいた。
守護者の攻撃で砕けた石碑の破片が、シードのすぐそばに散らばっている。
そして、その小さな身体を狙うように、守護者の籠手から緑色の魔力が集まっていた。
シードの頭の葉が震えている。
「シード!」
ソアが叫ぶ。
守護者の拳が、シードに向かって振り下ろされた。
シードは逃げられない。
小さな木の盾を構える。
けれど、その盾では到底受け止められない。
「……こわい」
シードの声が、ソアの耳に届いた。
その瞬間。
ソアの頭の中から、あらゆる考えが消えた。
恥ずかしいとか。
鎧が壊れるとか。
全解除を使いたくないとか。
そんなことは、どうでもよかった。
「シードに……」
ソアは立ち上がった。
「シードに、手を出すなぁぁぁぁっ!!」
全身に魔力が走る。
彼女の視界に、見慣れた文字が浮かび上がった。
【固有スキル:全解除】
今まで、二度と使わないと決めていた力。
使えば、身につけているものがすべて消えてしまう。
鎧も、剣も、盾も。
そして、衣服さえも。
ソアは一瞬だけ、ためらった。
しかし、シードの震える姿を見た瞬間、その迷いは消えた。
「――《全解除》!!」
眩い光が広間を包み込んだ。
ガシャァァァンッ!!
鎧が、剣が、砕けた盾の残骸が、一斉に床へ落ちる。
身につけていた衣服もすべて解除され、ソアは完全に装備を失った。
同時に、身体を縛っていた何かが解き放たれる。
力が湧き上がった。
今まで感じたこともないほどの、圧倒的な力が。
ソアは床を蹴った。
ドンッ!!
石畳が砕ける。
次の瞬間、彼女の姿は守護者の拳の前にあった。
「させないっ!」
ソアはシードを抱きかかえ、その場から跳び退いた。
守護者の拳が床を叩きつける。
轟音とともに、石畳が大きく陥没した。
だが、ソアとシードは無傷だった。
ソアはシードを胸に抱いたまま、広間の端へ着地する。
「シード! 大丈夫!?」
「……ソア」
シードは目を丸くしていた。
「……たすけて、くれた」
「当たり前だよ!」
ソアは笑った。
「だって、私たち、仲間でしょ!」
シードの葉が、淡い緑色に輝いた。
小さな手が、ソアの肩をぎゅっとつかむ。
「……うん」
その瞬間、守護者が再び動いた。
ソアはシードを安全な場所に降ろす。
そして、振り返った。
「さて……」
拳を握る。
「今度は、私の番だよ!」
*
「…………」
レイナは、目の前の光景を理解できずにいた。
「…………え?」
ミレイユも、言葉を失っている。
さっきまで鎧に覆われていた少女が、今は何も身につけずに立っている。
しかも、本人はまったく気にしていない様子で、守護者と向き合っていた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! ソア!?」
レイナが慌てて叫ぶ。
「あなた、何をしているの!?」
「え? 戦ってるよ!」
「そういうことを聞いているんじゃないわよ!」
ミレイユは顔を赤くしながら、視線をそらした。
「まさか……装備を全部解除したの?」
「うん!」
「うん、じゃないでしょう!?」
ソアは守護者の攻撃をかわしながら答えた。
「だって、これが一番強いんだもん!」
「一番強いって……!」
レイナは言葉を失った。
その間にも、戦闘は続いていた。
守護者が拳を振り下ろす。
ソアは横へ跳ぶ。
拳が床を砕くより早く、彼女は守護者の懐へ潜り込んでいた。
「はあっ!」
ソアの拳が、守護者の腹部を打ち抜く。
ゴォンッ!!
重い金属音が響いた。
守護者の巨体が、わずかに後退する。
その装甲に、初めてひびが入った。
「……なっ!?」
レイナの目が見開かれる。
あれほど攻撃を繰り返しても、傷一つつかなかった装甲。
それを、ソアは素手で砕いたのだ。
「うそ……」
ミレイユも、思わずつぶやいた。
「筋力だけじゃない。あの速度……さっきまでとは、まるで違う」
ソアは守護者の攻撃を次々と回避していた。
右からの拳をかわし、左腕の死角へ。
振り上げられた腕を踏み台にして跳び上がり、頭部へ蹴りを叩き込む。
守護者がよろめく。
ソアは着地すると同時に、再び地面を蹴った。
その動きには、一切の無駄がなかった。
重い鎧に動きを制限されていたときとは、まるで別人。
いや――。
まるで、最初からこれほどの力を持っていたかのようだった。
「強い……」
レイナがつぶやく。
自分はA級冒険者だ。
数多くの魔物と戦い、強敵を倒してきた。
それでも、今のソアの動きには目を奪われる。
「こんな戦い方が……できるなんて」
ミレイユも、真剣な表情でソアを見つめていた。
「装備を外すことで、能力が上がっている……? いえ、それだけじゃ説明がつかないわ」
だが、二人が驚いているのは、強さだけではなかった。
「……ねえ、レイナ」
「何?」
「ソアって、今……」
「言わないで。分かっているから」
「……恥ずかしくないのかしら?」
「私に聞かないで!」
二人は顔を赤くしたまま、戦闘を見守った。
当の本人は、そんなことを気にする余裕もない。
いや、正確には――。
「ううっ、恥ずかしい! ものすごく恥ずかしいよぉぉぉっ!」
ソアは叫びながら、守護者の拳をかわしていた。
「でも、今はそれどころじゃないのぉぉぉっ!」
「気にしているじゃない!」
レイナのツッコミが飛ぶ。
*
しかし、ここからが本当の戦いだった。
ソアは強くなった。
守護者の装甲を砕き、その巨体を押し返すほどの力を得た。
だが――。
彼女には、もう鎧がない。
盾もない。
剣もない。
身を守るものが、何一つないのだ。
守護者の拳が、ソアの頬をかすめた。
風圧だけで、肌がひりつく。
もし直撃していれば。
それだけで、戦闘不能になっていたかもしれない。
ソアは表情を引き締めた。
強くなったからといって、攻撃を受けていいわけではない。
鎧を着ていたときなら、多少の攻撃は受け止められた。
今は違う。
一撃でも喰らえば、終わりだ。
「……当たったら、絶対にダメ」
自分に言い聞かせる。
守護者が両腕を広げた。
次の瞬間、二本の拳が左右から迫る。
逃げ道を塞ぐような挟撃。
ソアは床を蹴った。
ほんのわずかな隙間へ身体を滑り込ませ、拳と拳がぶつかる寸前に抜け出す。
ゴガァァンッ!!
守護者自身の拳が激突し、広間が揺れた。
「うわっ……!」
ソアは着地と同時に体勢を立て直す。
危なかった。
あと少しでも遅れていたら、逃げ切れなかった。
背中に冷たい汗が流れる。
それでも、後ろにはシードがいる。
絶対に負けられない。
「……もう、シードには手を出させない!」
ソアは再び駆け出した。
今度は、正面から。
守護者が拳を振り下ろす。
ソアは直前で身をひねり、拳の側面を踏み台にして跳び上がった。
そして、ひびの入った装甲へ全力の拳を叩き込む。
「これで――!」
バギィィィンッ!!
装甲が砕けた。
露わになった内部の魔力核が、緑色の光を放つ。
ソアは空中で身体をひねり、もう一度拳を振りかぶった。
「終わりだああああっ!」
ドゴォォォンッ!!
拳が魔力核を打ち抜いた。
守護者の身体が、ぴたりと停止する。
緑色の光が全身から抜けていった。
やがて、巨大な身体がゆっくりと膝をつく。
ドォン……。
広間に、静寂が戻った。
ソアは着地した。
そして、ゆっくりと拳を下ろす。
「……勝った?」
誰も答えない。
ソアは振り返った。
レイナとミレイユが、こちらを見つめている。
シードも、じっとソアを見ていた。
「……みんな?」
ソアは不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの?」
レイナが口を開く。
「……あなた」
「うん?」
「とんでもなく強いのね」
その言葉に、ソアの顔がぱっと明るくなった。
「えへへ……そうかな?」
「ええ。認めるわ。今のあなたは、私でも簡単には勝てないと思う」
レイナは真剣だった。
冗談でも、お世辞でもない。
A級冒険者としての実力を持つ彼女が、ソアの強さを認めたのだ。
ミレイユも小さくうなずいた。
「私の呪いが通じない相手を、あそこまで圧倒するなんてね……。あなたの能力、ますます興味深くなったわ」
ソアは照れくさそうに笑った。
「そ、そんなに褒められると……」
そして。
自分の身体を見下ろした。
「…………」
沈黙。
二秒。
三秒。
ソアの顔が、みるみる真っ赤になっていく。
「…………あ」
レイナが嫌な予感を覚えた。
ミレイユが、そっと顔をそらした。
そして。
「きゃああああああああああああっ!!」
遺跡中に、ソアの絶叫が響き渡った。
「わ、忘れてたぁぁぁぁっ!!」
「忘れていたの!?」
レイナが叫ぶ。
「さっきまで、あんなに堂々と戦っていたのに!?」
「だって、シードを守らなきゃって思ったら、それどころじゃなかったんだもん!!」
ソアは床に散らばった装備へ飛びついた。
鎧を拾い、服を拾い、盾の残骸まで抱え込む。
「見ないでぇぇぇっ!!」
「もう見ていないわよ!」
ミレイユは顔を背けたまま答えた。
「……でも、あの状態であれだけ動けるのは、すごいことだと思うわ」
「感心しないでぇぇぇっ!!」
ソアは大急ぎで服を身につけ、残った鎧を抱きしめた。
その姿は、先ほどまで守護者を圧倒していた少女とは思えないほど慌ただしかった。
レイナは深く息を吐いた。
「……強さは認めるわ」
「うう……」
「でも、お願いだから、次からはもう少し普通の戦い方をしてちょうだい」
ミレイユもうなずいた。
「同感ね。強いのは分かったけれど、こちらの心臓に悪いわ」
ソアは涙目で二人を見上げた。
「……私だって、好きでこんなことしてるわけじゃないんだよ?」
「本当に?」
「本当だよ!」
そのとき、シードがとことこと歩いてきた。
ソアの足元まで来ると、小さな両手を広げる。
「……ソア」
「シード……?」
「……ありがとう」
ソアは目を丸くした。
そして、ゆっくりとしゃがみ込み、シードを抱きしめた。
「……うん」
声が、少しだけ震えた。
「無事でよかった」
シードはソアの胸元に顔を寄せた。
頭の葉が、優しい緑色に輝いている。
「……ぼくも、ソアをまもる」
「え?」
「……つぎは、ぼくが」
シードは小さな木の盾をぎゅっと握った。
ソアは一瞬驚き、それから笑った。
「ありがとう。でもね、シード」
ソアはシードの頭をそっと撫でた。
「お互いに守ればいいんだよ」
「……おたがい」
「そう。私がシードを守ることもあるし、シードが私を守ることもある。どっちかだけじゃなくて、一緒に強くなろう?」
シードはしばらく考えたあと、こくりとうなずいた。
「……うん!」
その小さな返事に、ソアは嬉しそうに笑った。
レイナとミレイユは、そんな二人を静かに見守っていた。
先ほどまでの戦いで、ソアの強さは十分に分かった。
だが、二人が目にしたのは、それだけではない。
ソアは自分が恥ずかしい思いをすることも、危険な目に遭うことも承知で、シードを守るために力を解き放った。
それが、彼女の強さの理由なのかもしれない。
「……まったく」
レイナが小さく笑う。
「本当に、変わった子ね」
「ええ。強くて、無茶苦茶で、少し変態的で……」
「ミレイユ!」
「冗談よ」
ミレイユはくすりと笑った。
「でも、嫌いじゃないわ」
*
守護者が倒れたあと、広間の中央に変化が起きた。
石碑が淡い緑色に輝き、その前の床がゆっくりと開いていく。
そこから現れたのは、巨大な籠手だった。
巨人の腕を覆うために作られたかのような、規格外の大きさ。
表面には世界樹の根のような模様が走り、中心には緑色の魔石が埋め込まれている。
ソアは目を輝かせた。
「……すごい」
レイナが慎重に近づく。
「これが、遺跡の宝……?」
ミレイユは籠手を観察しながら、静かにつぶやいた。
「ただの武器ではないわね。とてつもない魔力を感じる……」
シードは籠手を見つめていた。
そして、小さく口を開いた。
「……おかえり」
籠手の魔石が、淡く光った。
ソアはシードと籠手を交互に見た。
「シード、これを知ってるの?」
「……わからない」
シードは首を横に振った。
「でも……なつかしい」
ソアは不思議そうに首をかしげた。
しかし、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「まあ、いっか!」
そして籠手を指さした。
「これ、持って帰れるかな!?」
「待ちなさい。どう見ても、あなたの腕には大きすぎるでしょう」
レイナが冷静に指摘する。
「じゃあ、背負って帰る!」
「重さを考えなさい!」
「大丈夫! 私、強くなったから!」
「その強さは、鎧を着たら元に戻るのでしょう!?」
「…………あ」
ソアは固まった。
ミレイユは肩を震わせた。
「ふふっ……。あなた、本当に面白いわね」
「笑わないでよぉぉぉっ!」
遺跡に、三人の声が響いた。
そして、誰も気づいていなかった。
巨大な籠手の魔石の奥で、小さな光が一つ、静かに目を覚ましたことに。
それはまるで、長い眠りから覚めた何かが、遠い記憶をたどるような光だった。
七つの力の一つ――。
《巨神の籠手》。
その最初の試練は、こうして幕を閉じた。




