第27話 罠だらけの遺跡
「宝箱……宝箱……!」
遺跡に足を踏み入れたソアは、目を輝かせながら辺りを見回していた。
石造りの通路。
壁には古代文字が刻まれ、天井には淡い緑色の光を放つ石が埋め込まれている。
ずっと昔に作られたはずなのに、遺跡の中は不思議なほど明るかった。
「ソア。周囲を警戒して」
「してるよ!」
「本当に?」
「宝箱がないか、全力で警戒してる!」
「そういう意味じゃない!」
レイナの声が遺跡に響いた。
ミレイユは額に手を当て、深いため息をつく。
「……この子、本当に世界樹に選ばれた者なのかしら」
「たぶん!」
「なぜ自信満々なのよ……」
ソアは気にする様子もなく、通路の奥を指さした。
「あっ、あそこ! なんか床の模様が違う!」
「待って!」
レイナが止めるより早く、ソアは一歩踏み出した。
カチッ。
足元から、小さな音がした。
「…………」
「…………」
「ソア?」
「うん」
ソアはにっこり笑った。
「今、何か踏んだ!」
「踏んだじゃないわよ!」
次の瞬間。
ガコンッ!
壁の一部が開き、無数の石の矢が飛び出した。
「《鉄壁》!」
レイナが前に出る。
巨大な魔力の障壁が展開され、石の矢をすべて受け止めた。
ガガガガガガッ!
矢が弾かれ、床に散らばる。
やがて音が止んだ。
「……ソア」
「はい」
「どうして罠だと分かっていて踏むの?」
「違うよ! 罠だとは分かってなかった!」
「それなら、なお悪いわよ!」
「でも、レイナが守ってくれた!」
「そういう問題じゃない!」
ソアは感心したように、レイナの障壁を眺めた。
「すごいなあ……。今の矢、全部止めたんだね」
「あなたが踏まなければ、止める必要もなかったのだけど?」
「なるほど!」
「納得しないで!」
ミレイユは床に落ちた石の矢を一本拾い、表面を調べていた。
「ふむ……。魔力が残っているわね。単純な機械仕掛けではなく、魔力で作動する罠のようね」
「解除できる?」
「できるわ。ただし、時間がかかるでしょうね」
「じゃあ、解除しないで進もう!」
「あなた、さっきの罠をもう忘れたの?」
「忘れてないよ。次は踏まなければいいんだよね!」
ソアは胸を張った。
レイナは頭を抱えた。
「……先が思いやられるわ」
そのとき。
ソアの肩に乗っていたシードが、ぴょこんと葉っぱを揺らした。
「……あぶない」
「え?」
シードが通路の先を指さす。
一見すると、何の変哲もない石畳だった。
しかし、ミレイユが目を細める。
「……なるほど。床の魔力の流れが不自然ね」
彼女は杖の先で石畳を軽く叩いた。
コツン。
何も起こらない。
次に、隣の石を叩く。
カチッ。
小さな音とともに、天井から石の塊が落ちてきた。
ドゴォンッ!
石塊は床に激突し、通路を塞いだ。
「……あれを踏んでいたら、ぺしゃんこだったわね」
レイナが青ざめる。
ソアはシードを抱き上げた。
「シード、すごい! 罠が分かるの!?」
「……なんとなく」
「天才だ!」
「……えへん」
シードは小さな胸を張った。
「私より優秀かもしれない……」
レイナが真剣な顔でつぶやいた。
「それは否定できないわね」
「二人とも、ひどくない!?」
ソアの抗議を聞き流しながら、ミレイユはシードの頭をそっと撫でた。
「世界樹に関係する場所だからかしら。あなたには、遺跡の魔力の流れが分かるのかもしれないわね」
「……しってる」
シードは通路の奥を見つめた。
「ここ、まもる」
その言葉に、三人の表情が変わった。
「守る……?」
ソアが問い返す。
しかし、シードはそれ以上何も言わなかった。
ただ、奥へ続く道をじっと見つめていた。
まるで、そこに何があるのかを知っているかのように。
*
その後も、遺跡の罠は続いた。
床が突然抜ける落とし穴。
壁から飛び出す石の槍。
魔力に反応して動き出す石像。
そのたびにレイナが防ぎ、ミレイユが仕組みを見抜き、シードが危険を知らせた。
そして――。
「宝箱だああああっ!」
ソアの叫びが、遺跡中に響き渡った。
通路の突き当たり。
そこには、古びた宝箱が一つ置かれていた。
金色の金具で装飾された、見るからに高そうな箱だ。
ソアの目が輝く。
「やった! これで鎧の修理代が!」
「待ちなさい」
ミレイユが冷静に告げた。
「こんな場所の宝箱が、何の罠もなく置かれていると思う?」
「……思わない!」
「なら、どうして走っていこうとしているの?」
「罠を踏む前に開ければいいかなって!」
「考え方が雑すぎるわ!」
レイナがソアの肩をつかんで引き止めた。
「まずは周囲を調べる。いいわね?」
「はい……」
しょんぼりするソア。
ミレイユは杖を掲げ、宝箱に魔力を流した。
すると、箱の周囲に赤い魔法陣が浮かび上がった。
「やっぱりね。開けると同時に、強力な魔力が放出される仕掛けよ」
「爆発するの?」
「それに近いわね。おそらく、近くにいる者を吹き飛ばす仕組みでしょう」
ソアは宝箱を見つめた。
そして、ゆっくりと右手を上げた。
「じゃあ……」
「何?」
「ちょっと離れたところから開ければいいんじゃない?」
「……まあ、理屈としては間違っていないわね」
ミレイユが少し考え込む。
「ただし、仕掛けの範囲が分からない以上、安全とは言えないわ」
「よし!」
「なぜ今ので行く気になったの!?」
ソアは盾を構え、宝箱から距離を取った。
そして、剣の先で箱をつつく。
カチッ。
魔法陣が赤く輝いた。
「来るわよ!」
レイナが障壁を展開する。
次の瞬間、宝箱から猛烈な魔力の衝撃波が放たれた。
ドォォォンッ!
衝撃波はレイナの障壁にぶつかり、周囲の空気を震わせる。
やがて光が消えた。
宝箱は無事だった。
「……開いた?」
ソアが恐る恐る近づく。
箱の蓋は、ほんの少しだけ開いていた。
「やった! あとちょっと!」
「待ちなさい!」
今度はレイナとミレイユが同時に叫んだ。
しかし、ソアはすでに剣を差し込んでいた。
「えいっ!」
ガコンッ!
箱が大きく開く。
中から飛び出したのは――。
大量の小さな魔力弾だった。
「うわあああああっ!?」
ソアは慌てて盾を構えた。
だが、魔力弾は彼女を避けるように左右へ散り、壁や床に次々と炸裂する。
ドドドドドドッ!
「ちょっと! 宝箱って、こんなに危険なものなの!?」
「あなたが二段目の仕掛けを作動させたのでしょう!」
「二段目なんて聞いてないよ!」
「誰も説明していないわよ!」
最後の魔力弾が弾け、遺跡に静寂が戻った。
ソアは煙の中で咳き込んだ。
そして、ゆっくりと宝箱をのぞき込む。
中に入っていたのは、小さな銀貨が数枚と、青い魔石が一つだった。
「…………」
ソアは固まった。
「……修理代、足りるかな」
レイナは空を仰いだ。
ミレイユは笑顔で言った。
「いい勉強になったわね?」
「うう……」
シードがソアの頭をぽんぽんと叩いた。
「……どんまい」
「シードぉぉぉ……!」
*
宝箱の部屋を抜けると、通路は大きな円形の広間へと続いていた。
そこには、今までの部屋とは明らかに違う空気が流れていた。
壁も床も、淡い緑色の光を放っている。
中央には巨大な石碑。
その前には、両手を地面についた巨人の像が立っていた。
いや――。
近づいてみると、それは像ではなかった。
全身を岩のような装甲で覆った、巨大な守護者だった。
その両腕は、異様なほど大きい。
特に右腕には、巨大な籠手が装着されていた。
籠手の表面には、世界樹の根を思わせる模様が刻まれている。
ソアは息をのんだ。
「……かっこいい」
レイナが隣でつぶやく。
「これが、この遺跡の守護者……?」
ミレイユは石碑を読み取ろうとしたが、刻まれた文字は古すぎて、すべてを理解することはできなかった。
それでも、いくつかの言葉だけは読み取れた。
――力を求める者よ。
――その力を、何のために振るう。
ソアは首をかしげた。
「何のためって……」
そして、巨大な籠手を見上げる。
「鎧を直すため?」
「違うでしょう!」
レイナのツッコミが広間に響いた。
しかし、守護者は動かなかった。
その代わり、シードがソアの腕から降り、石碑の前へ歩いていく。
「……ちがう」
小さな声だった。
「……ちからは、まもる」
シードの頭の葉が、淡い緑色に輝いた。
すると、守護者の全身に光が走った。
ゴゴゴゴゴ……!
広間が揺れ、守護者がゆっくりと顔を上げる。
その目に、緑色の光がともった。
『試練を開始する』
低く、重い声が響いた。
『力を求める者よ。己の力を示せ』
ソアは剣を抜いた。
その顔には、いつもの明るい笑みが浮かんでいた。
「よーし! やろう!」
そして、少しだけ考え込む。
「……ところで、あの籠手って、倒したらもらえるのかな?」
レイナは無言で額を押さえた。
ミレイユは肩をすくめる。
シードだけが、静かに守護者を見つめていた。
「……おかえり」
その小さな声は、広間の揺れる音にかき消された。
誰にも聞こえなかった。
ただ一人、守護者だけが――。
ほんのわずかに、その巨大な頭を下げた。
そして。
『来い』
守護者が立ち上がった。
巨体が動いただけで、広間全体が震える。
右腕の巨大な籠手が、緑色の光を放ち始めた。
ソアは盾を構え、足元の感触を確かめる。
今度は、むやみに突っ込まない。
まずは相手の動きを見る。
どこを攻めればいいのか。
どこを避ければいいのか。
そして、どこまで鎧を壊せば勝てるのか。
「……よし」
ソアの目つきが変わった。
「今度は、ちゃんと考えて戦う!」
レイナとミレイユは、顔を見合わせた。
「……本当に?」
「……期待しないほうがいいんじゃないかしら」
二人の不安をよそに、ソアは守護者へ向かって走り出した。
こうして、七つの迷宮を巡る戦いの第一歩が始まった。
そして、彼女たちはまだ知らない。
この試練を突破した先に待つものが、単なる宝ではないことを。
世界樹がかつて託した、七つの力の一つ。
その名は――。
《巨神の籠手》




