第26話 宝箱と、危険な遺跡
「――冒険だー!」
街の門を出た瞬間、ソアは拳を高く突き上げた。
青空。
草原を吹き抜ける風。
遠くに見える山々。
そして、背中に背負った大きな荷物。
その中には、食料、水筒、野営道具、それから――
「……鎧の予備部品」
レイナが荷物を覗き込んだ。
「多くない?」
「必要だよ!」
ソアは真剣な顔で答える。
「鎧が壊れたら困るもん」
「あなた、鎧が壊れる前提で旅をしているの?」
「うん!」
「少しは壊さない努力をしなさい!」
「努力はしてるよ?」
「本当に?」
「……たぶん!」
「たぶんじゃない!」
レイナの声が草原に響いた。
その隣で、ミレイユが楽しそうに笑っている。
「いいじゃない。ソアらしくて」
「あなたは甘やかさないで!」
「私は事実を言っているだけよ」
「絶対に面白がっているでしょう!」
「ええ、もちろん」
「認めるな!」
いつもの調子で言い合う二人。
その間を、ソアが元気よく歩いていく。
肩の上にはシード。
ただし、以前ソアから譲り受けた肩当てを抱えたままだ。
「シード、重くない?」
「だいじょうぶ」
「そっか!」
ソアは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、途中でお腹が空いたら言ってね」
「うん」
「あと、肩当てを落とさないようにね」
「うん」
「それと、勝手に私の鎧を外さないでね」
「……?」
シードが首を傾げた。
「そこは約束して!?」
レイナが叫んだ。
*
北西の古代遺跡までは、徒歩で二日ほど。
一日目は街道沿いに進み、夜は森の手前で野営する予定だった。
旅は順調だった。
少なくとも、最初の数時間は。
「……お腹空いた」
ソアが呟いた。
「さっき食べたでしょう?」
レイナが答える。
「うん。でも、もう空いた」
「早すぎるわよ……」
ミレイユが呆れたように笑った。
「シードも?」
「……うん」
「二人とも!?」
レイナが頭を抱えた。
ソアは自分の荷物を開ける。
干し肉。
パン。
果物。
保存食。
その中からパンを一つ取り出し、シードに渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
シードは両手で受け取ると、ぱくぱくと食べ始めた。
「……ねえ、ソア」
レイナが少し不安そうに尋ねる。
「シードって、どのくらい食べるの?」
「分からない!」
「分からないの!?」
「だって、昨日生まれたばかりだもん!」
「それはそうだけど……」
レイナはシードを見る。
小さな身体。
小さな手。
小さな葉っぱ。
どう見ても、パン一つで十分そうだ。
ところが。
「……おかわり」
シードが小さな手を差し出した。
「はい!」
ソアがすぐに次のパンを渡す。
「ソア!」
「なに?」
「食料には限りがあるのよ!」
「分かってるよ?」
「分かっている人の行動じゃないでしょう!?」
ミレイユがくすくすと笑った。
「まあ、成長に必要なのかもしれないわね」
「あなたも適当なことを言わないで!」
そのとき。
シードが、ソアの鎧を見つめた。
「……?」
「どうしたの?」
シードが胸当てを指差す。
「鎧?」
こくん。
「これも食べたいの?」
「ちがう」
シードは首を横に振る。
そして、鎧にそっと手を触れた。
緑色の光が、ほんの一瞬だけ走る。
「……?」
ソアは胸当てを見た。
「今、光った?」
「気のせいじゃない?」
ミレイユが答える。
だが、彼女も一瞬だけ表情を変えていた。
シードは何も言わず、再びパンを食べ始める。
ソアは首を傾げた。
「……まあ、いっか!」
いつもの結論だった。
*
午後。
一行は、街道から外れた山道に入った。
木々が増え、空が狭くなる。
足元には古い石畳が見え始めていた。
「この道、かなり古いわね」
ミレイユが石畳を見下ろす。
「遺跡に続いているのかしら」
「地図では、ここから先が古代遺跡の管理区域になっているわ」
レイナが地図を確認した。
「昔は大きな街があったという記録もあるけれど、詳しいことは分かっていないの」
「街があったの!?」
ソアの目が輝いた。
「じゃあ、お店もあったのかな?」
「……あったかもしれないわね」
「宝石屋さんとか!」
「……」
「武器屋さんとか!」
「……」
「鎧屋さんとか!」
「結局そこなのね」
ミレイユが笑った。
そのとき。
ソアが足を止めた。
「……あれ?」
道の脇に、石の柱が立っている。
表面には、見覚えのある模様が刻まれていた。
七つの紋章。
剣。
翼。
盾。
鎖。
砲身。
籠手。
そして、見たことのない最後の紋章。
「これ……」
ソアは柱に近づいた。
世界樹の根の奥で見たものと同じだった。
「やっぱり、関係あるんだ」
レイナとミレイユも、柱を確認する。
「七つの宝具を示しているのかしら」
「そう考えるのが自然ね」
ミレイユが最後の紋章に触れようとした。
しかし。
「待って」
ソアが手を伸ばす。
「……?」
「これ、触ると何か起きそう」
「どうして分かるの?」
「なんとなく!」
「……」
レイナが眉間を押さえた。
「あなたの『なんとなく』は、最近無視できないのよね……」
「えへへ」
「褒めてない!」
ミレイユは柱から手を離した。
「なら、触らずに進みましょう。遺跡に入れば、もっと詳しい情報が得られるかもしれないわ」
四人は再び歩き始めた。
その背後で。
石柱の最後の紋章が、淡い緑色に輝いた。
*
山道を抜けた先。
巨大な岩山のふもとに、それはあった。
半分ほど土に埋もれた、巨大な石造りの建造物。
正面には、両開きの扉。
扉の上部には、古代文字がびっしりと刻まれている。
周囲には崩れた壁や、草に覆われた石像が並んでいた。
「……すごい」
ソアは思わず息を呑んだ。
長い年月を経ているはずなのに、扉だけは不思議なほど形を保っている。
そして。
その中央には。
七つの紋章が刻まれていた。
「世界樹のところと同じ……」
ソアが呟く。
シードが肩の上で身を乗り出した。
「……ここ」
「知ってるの?」
こくん。
「来たことある?」
ふるふる。
「じゃあ、何があるの?」
シードは扉を見つめる。
「……まもる」
「守る?」
その言葉の意味を尋ねる前に。
――ゴゴゴゴゴ……。
巨大な扉が、ひとりでに動き始めた。
「えっ!?」
レイナが剣を抜く。
「全員、警戒して!」
扉の隙間から、淡い金色の光が漏れ出す。
そして、重い音とともに。
ゆっくりと道が開いた。
内部は暗い。
しかし、壁に刻まれた古代文字が、彼女たちの到着を待っていたかのように光り始めた。
「……歓迎されているのかしら」
ミレイユが呟く。
「それとも、侵入者を見つけたのか……」
レイナが剣を構える。
ソアは一歩前に出た。
「どっちでもいいよ!」
「よくない!」
レイナのツッコミが飛ぶ。
「だって!」
ソアは暗闇の奥を指差した。
「絶対、宝箱があるよ!」
「どうしてそうなるの!?」
「遺跡だから!」
「理由になってない!」
シードが、ぴこっと葉を揺らした。
「……たからばこ」
「そう! 宝箱!」
ソアが大きく頷く。
「一緒に探そうね、シード!」
「うん!」
「待ちなさい! まずは安全確認でしょう!」
レイナが慌てて二人を追いかける。
ミレイユは楽しそうに笑いながら、その後に続いた。
こうして。
四人は、古代遺跡の内部へと足を踏み入れた。
誰も知らない。
この遺跡が、かつて世界樹の力を分け与えられた場所の一つであることを。
そして、その最深部には。
人間の力では持ち上げることすらできない、巨大な籠手が眠っていることを。
*
遺跡のさらに奥。
壁に埋め込まれた黒い結晶が、淡く光っていた。
「……入ったか」
低い声が響く。
結晶に映し出されているのは、遺跡の入口。
そして、四人の少女たち。
黒いローブの男は、ソアの姿を見つめていた。
「手放す者……」
男は小さく呟く。
「お前が、どこまで辿り着けるか見せてもらおう」
その背後には、別の影が立っていた。
「ご命令を」
「まだ手を出すな」
男は結晶から目を離さない。
「最初の器は、こちらが確保する」
黒い結晶が、ひときわ強く輝いた。
「誰にも渡すものか」




