第25話 七つの迷宮
「――お金がない」
冒険者ギルドのテーブルに突っ伏しながら、ソアは呟いた。
「朝から何を言っているのよ……」
向かいに座るレイナが、呆れた声を出す。
「だって、お金がないんだもん……」
「あなた、世界樹の秘密に触れたばかりでしょう?」
「うん」
「世界を揺るがすかもしれない存在と出会ったのよね?」
「うん!」
「それなのに、最初に考えることがそれなの?」
「だって!」
ソアは勢いよく顔を上げた。
「鎧の修理代が必要なの!」
「……ああ、そうだったわね」
レイナは納得したように頷いた。
ソアの鎧は、世界樹の森での戦いでもあちこち傷ついていた。
さらに、シードに肩当てを譲ってしまったため、左右の装備も揃っていない。
本人は気にしていないようだが、鍛冶屋に持ち込めば、それなりの金額になるだろう。
「大丈夫よ。依頼を受ければいいじゃない」
ミレイユが紅茶を飲みながら言った。
「でも、普通の依頼だと報酬が少ないんだよね」
「だったら、報酬の高い依頼を受ければいいわ」
「報酬が高い依頼って、危険なのが多いんじゃ……」
レイナが眉をひそめる。
「そうよ。だから、私たちがいるんじゃない」
ミレイユは涼しい顔で答えた。
「……あなた、絶対に面倒事を楽しんでいるでしょう」
「失礼ね。私は合理的に考えているだけよ」
「本当かなぁ……」
ソアが呟く。
「何か言った?」
「いいえ!」
ソアは即座に背筋を伸ばした。
そのとき。
テーブルの上で、もぞもぞと何かが動いた。
「……?」
ソアが視線を落とす。
そこには、小さな緑色の生き物がいた。
シードである。
頭の葉っぱを揺らしながら、ソアの鎧の部品を抱えていた。
「シード、それ気に入ったの?」
「うん」
「よかったね!」
「……ソア」
レイナがこめかみを押さえる。
「その肩当て、そろそろ返してもらったら?」
「えっ。でも、シードが気に入ってるし……」
「あなたの装備でしょう!?」
「そうだけど……」
ソアはシードを見つめた。
シードもソアを見つめる。
そして。
「……だめ?」
小さな声。
「…………」
ソアは数秒間、葛藤した。
「……いいよ!」
「いいの!?」
レイナの声がギルドに響いた。
周囲の冒険者たちが一斉に振り向く。
「す、すみません……」
レイナは慌てて頭を下げた。
ミレイユは肩を震わせて笑っている。
「ふふっ……。あなたたち、本当に面白いわね」
「笑い事じゃないわよ……!」
そんな騒ぎの最中。
ギルドの掲示板の前で、数人の冒険者が話しているのが聞こえてきた。
「聞いたか? 北の遺跡で妙な反応があったらしいぞ」
「また魔物の異常発生か?」
「いや、違うらしい。古代文字が光り始めたんだと」
「古代文字?」
「しかも、遺跡の最深部にある扉が開きかけているらしい」
ソアの耳がぴくりと動いた。
「……扉?」
世界樹の根の奥で見た、巨大な扉。
その中央に並んでいた、七つの象徴。
そして、七つの空洞。
ソアは思わず身を乗り出した。
「すみません!」
話していた冒険者たちが振り返る。
「その遺跡って、どこにあるんですか?」
「北西の山岳地帯だよ。昔の文明が残した遺跡らしい」
「北西……」
ソアは地図を取り出した。
そこには、街を中心に周辺地域が描かれている。
北西の山岳地帯。
そこには、古代遺跡を示す印があった。
「……ねえ、レイナ」
「何?」
「ここ、行ってみない?」
レイナは地図を覗き込む。
「古代遺跡か……。確かに気になるけど、情報が少なすぎるわ」
「でも、世界樹のところにあった七つの印と、関係あるかもしれないよ?」
「それは……」
レイナが考え込む。
ミレイユも地図を覗いた。
「可能性はあるわね」
「でしょ?」
ソアが笑顔になる。
「それに、遺跡なら宝箱があるかもしれないし!」
「……結局、そこなのね」
レイナが呆れる。
「大事だよ!」
ソアは力説した。
「宝箱にはお金が入っている可能性がある!」
「否定はしないけど……」
「鎧の修理代が必要!」
「分かった、分かったから!」
レイナが両手を上げた。
ミレイユは地図を見つめたまま、静かに言った。
「ただ、気になることがあるわ」
「何?」
「古代遺跡の扉が、今になって開き始めたことよ」
ミレイユの表情が少しだけ真剣になる。
「世界樹の森で、私たちの力が変化した。そして、シードが目覚めた。その直後に、別の場所でも古代の仕掛けが動き始めた」
「……偶然じゃないってこと?」
レイナが尋ねる。
「ええ。何かが連動している可能性がある」
ソアはシードを見た。
「シード、何か分かる?」
シードは地図を見つめる。
そして。
「……しってる」
三人が固まった。
「えっ!?」
ソアが顔を近づける。
「何を知ってるの?」
シードは北西の山岳地帯を指差した。
「……あそこ」
「行ったことがあるの?」
ふるふる。
「じゃあ、どうして?」
シードは少し考えた。
「……よばれてる」
その一言で、テーブルの空気が変わった。
レイナが真剣な顔になる。
「シードも、何かを感じているのね」
ミレイユが頷く。
「世界樹と同じように、あの遺跡にも何かあるのかもしれない」
ソアは地図を見つめた。
七つの空洞。
七つの光。
そして、シードの言葉。
まだ分からないことばかりだ。
けれど。
「……よし!」
ソアは立ち上がった。
「決めた!」
「何を?」
レイナが尋ねる。
「北西の遺跡に行こう!」
ソアは拳を握った。
「謎を解いて、宝物を見つけて、鎧の修理代を稼ぐ!」
「最後の目的が一番大きいわね……」
ミレイユが苦笑する。
「でも、悪くないと思うわ」
「ミレイユまで……」
レイナはため息をついた。
それから、少しだけ笑った。
「分かった。行きましょう」
「やった!」
ソアが飛び跳ねる。
その勢いで。
ガシャッ!
腰の装備がずれた。
「……あ」
三人が装備を見る。
シードが、ずれた装備を指差した。
「……こわれる?」
「壊れてないよ!?」
ソアが慌てて直す。
レイナが深いため息をついた。
「……出発する前から不安しかないわ」
ミレイユは笑いながら立ち上がる。
「まあ、退屈はしなさそうね」
こうして。
ソア、レイナ、ミレイユ、そしてシード。
四人の新たな旅が始まろうとしていた。
目指すは、北西の古代遺跡。
その奥に眠るものが何なのか。
彼女たちは、まだ知らない。
ただ一つ。
世界樹の森で目覚めた何かが、遠い場所でも動き始めている。
そして、その動きを。
黒いローブの男もまた、静かに見つめていた。
*
「……反応があったか」
暗い部屋。
黒い水晶に、北西の山岳地帯が映し出されていた。
男は、その中央に浮かぶ古代遺跡の光を見つめる。
「七つの器の一つ……」
男の指先が、水晶の表面をなぞった。
「ようやく、始まったな」
水晶の中で、七つの光が順番に浮かび上がる。
そのうちの一つが、ひときわ強く輝いていた。
「先に手に入れるのは、こちらだ」
男は静かに笑った。
「選ばれし者が辿り着く前に――」
黒い水晶が、闇の中で鈍く光った。
「七つの器を、すべて集める」




