第24話 シードと、はじめてのごはん
「ご飯にしよう!」
ソアが元気よく言った。
「……ここで?」
レイナが周囲を見回す。
そこは世界樹の根が広がる地下の森。
巨大な木々。
淡く光る花。
静かに流れる小川。
どう考えても、食事をする場所には見えない。
「うん!」
「どうして?」
「シードがお腹空いたって言ったから!」
ソアが胸を張る。
「それは分かるけど……」
レイナがシードを見る。
小さな緑色の身体。
頭には一枚の葉。
そして。
ソアから奪った肩当てを抱えている。
「……植物よね?」
「たぶん」
ソアが答える。
「たぶん!?」
レイナが驚く。
「だって、私も初めて見たし」
ミレイユがシードをじっと観察する。
「世界樹の子……ね」
「そうみたい」
「じゃあ、何を食べるのかしら」
「そこなんだよね」
ソアが腕を組む。
「とりあえず水は飲んだ」
「水?」
こくん。
「それなら植物らしいわね」
ミレイユが頷く。
「じゃあ、土でも食べるんじゃない?」
「土!?」
ソアが目を丸くする。
「さすがに土は……」
シードが地面を見る。
そして。
そっと土を一口――
「待って待って待って!」
ソアが慌てて止める。
シードが首を傾げる。
「土はダメ!」
「……?」
「たぶん!」
「またたぶん……」
レイナがため息をつく。
ミレイユが笑った。
「まあ、いいじゃない」
「よくないよ!」
「でも」
ミレイユが懐から小さな袋を取り出す。
「これなら食べられるかも」
「何それ?」
「クッキー」
「クッキー!」
ソアの目も輝いた。
「私も食べたい」
「あなたじゃないわ」
「えっ」
ミレイユが一枚取り出す。
「はい、シード」
シードが近づく。
クッキーをじっと見つめる。
匂いを嗅ぐ。
そして。
ぱくっ。
「……!」
シードの葉が、ぴんっと立った。
「食べた!」
ソアが嬉しそうに叫ぶ。
シードは夢中でクッキーを食べている。
「……植物なのに」
レイナが呟く。
「世界樹の子だもの」
ミレイユが答える。
「それで納得していいの?」
「いいんじゃない?」
「あなた、本当に適当ね……」
シードは一枚目を食べ終えた。
そして。
ミレイユを見上げる。
「……?」
小さな手を出す。
「もう一枚?」
こくん。
「どうぞ」
ぱくっ。
「……」
食べ終わる。
また手を出す。
「もう一枚?」
こくん。
「……」
ぱくっ。
「…………」
レイナがシードを見る。
ソアも見る。
ミレイユも見る。
シードは三人を見ている。
「……食べすぎじゃない?」
レイナが言った。
シードが首を傾げる。
「でも、まだ食べるみたい」
ミレイユが言う。
「何枚食べるつもりなの……?」
ソアが真剣に考える。
「十枚?」
「多い!」
「じゃあ二十枚?」
「もっと多い!」
「じゃあ……百枚!」
「なんで増えたの!?」
レイナの声が森に響く。
シードはというと。
そんな三人を気にすることもなく。
クッキーを食べ続けていた。
「……」
レイナがミレイユを見る。
「この子、もしかして……」
「ええ」
ミレイユも頷く。
「かなり食いしん坊ね」
「世界樹の子なのに……」
「世界樹だってお腹は空くんじゃない?」
「そういうものなの?」
ソアが笑う。
「まあ、いいじゃん」
「ソアは甘すぎる!」
「だってかわいいし」
ソアがシードを抱き上げる。
シードはクッキーを抱えている。
「ほら」
ソアが笑う。
「シード、おいしい?」
「……おいしい」
「……!」
三人が固まった。
「今、喋った?」
レイナが目を見開く。
シードはこくんと頷く。
「おいしい」
「しゃべった!」
ソアが大喜びする。
「すごい!」
シードが嬉しそうに葉を揺らす。
「もう一回!」
「おいしい」
「もう一回!」
「おいしい」
「もう一回!」
「おいしい」
「かわいい!」
ソアがシードを抱きしめる。
「ちょっとソア」
レイナが呆れる。
「潰さないでよ」
「大丈夫!」
シードはソアの腕の中で、もぞもぞ動いている。
そして。
ソアの鎧を見つけた。
「……?」
シードが胸当てを触る。
「どうしたの?」
ぺたぺた。
シードが鎧を触り続ける。
「鎧が好きなの?」
こくん。
「分かる!」
ソアが嬉しそうに言う。
「鎧って最高だよね!」
こくん。
「重くて!」
こくん。
「硬くて!」
こくん。
「かっこいい!」
こくん。
「そして――」
ソアが少し遠い目をする。
「壊れる」
シードが首を傾げる。
「……」
「……」
「……」
レイナが口を開く。
「そこは喜ぶところじゃないでしょう」
「でも壊れると強くなるから!」
「そういう問題じゃない!」
ミレイユが笑う。
「でも、ソアらしいわね」
そのとき。
シードがソアの肩当てを見つけた。
正確には。
さっきソアから外して持ってきた肩当てだ。
「……」
シードが肩当てを持ち上げる。
自分の身体に当てる。
大きすぎる。
当然だ。
シードの身体が肩当ての中にすっぽり入る。
「…………」
レイナが固まる。
ミレイユが笑いをこらえる。
「……かわいい」
ソアも目を輝かせる。
「シード、それ気に入ったの?」
こくん。
「そっか!」
ソアは満足そうに頷いた。
「じゃあ、あげる!」
「ソア!?」
レイナが叫ぶ。
「それ高いんでしょう!?」
「うん」
「大事な鎧でしょう!?」
「うん」
「なんであっさりあげるの!?」
「だってシードだから!」
「その理屈、意味分からない!」
ミレイユが吹き出した。
「ふふっ……」
「ミレイユまで!」
「ごめんなさい。でも……」
ミレイユは肩当ての中から顔を出しているシードを見る。
「似合ってるわよ」
「でしょ?」
ソアが嬉しそうに笑う。
シードは満足そうに葉を揺らしている。
レイナは頭を抱えた。
「……これから旅、大丈夫かな」
「大丈夫だよ!」
ソアが即答する。
「私たちにはシードがいるから!」
「……」
レイナがシードを見る。
シードは小さな木の盾を取り出した。
「……」
ミレイユもシードを見る。
「確かに、戦力としてはかなり期待できそうね」
「でしょ?」
ソアが胸を張る。
「じゃあ、これからもよろしくね!」
シードが三人を見る。
少し考えて。
「よろしく」
小さな声。
それだけで。
ソアは嬉しそうに笑った。
レイナも。
ミレイユも。
自然と笑顔になった。
――その夜。
三人と一人は、世界樹の根元で小さな食事を囲んだ。
クッキー。
パン。
干し肉。
果物。
そして。
「シード、これも食べる?」
「食べる」
「これは?」
「食べる」
「じゃあ、これは?」
「食べる」
「…………」
ソアが袋を見る。
「シードって、もしかして……」
ミレイユが答える。
「大食いね」
「違うよ!」
シードが言った。
「ぼく、育つ」
「…………」
三人が固まる。
「育つ?」
レイナが聞く。
「うん」
「どうやって?」
シードは。
自分の小さな身体を見た。
「食べる」
「…………」
ソアが真剣な顔になる。
「じゃあ、いっぱい食べれば大きくなるの?」
「うん」
「どのくらい?」
シードは空を見上げた。
「……木」
「木!?」
ソアが目を輝かせる。
「じゃあ、いつか大きな木になるの?」
シードは答えない。
ただ。
小さな葉を揺らした。
その葉の先から。
ほんの一瞬。
緑色の光がこぼれた。
そして。
遠く。
世界樹の森の奥にある七つの光のうち。
一つが、静かに輝いた。
――七つの迷宮。
その最初の場所へ向かう道が。
ゆっくりと開き始めていた。




