第23話 守る者と、繋ぐ者
「グオオオオオオオッ!」
巨大な魔物が咆哮した。
その身体には、世界樹の根が絡みついている。
黒い体毛。
四本の腕。
赤く光る目。
普通の魔物とは明らかに違う。
そして何より――
世界樹の根を、まるで自分の身体の一部のように操っていた。
「……厄介ね」
ミレイユが呟く。
彼女の周囲には、無数の紫色の鎖が浮かんでいる。
「ソアが行った方向には、行かせない」
レイナが大盾を構える。
「ここは私たちが守る」
「ええ」
ミレイユが笑った。
「それが、今の私たちの役目みたいだもの」
魔物が地面を蹴った。
「来る!」
レイナが盾を前に出す。
「《鉄壁》!」
――ズドォンッ!
巨大な爪が、半透明の防壁に叩きつけられる。
衝撃で地面が揺れた。
「くっ……!」
レイナの足が、わずかに後ろへ滑る。
「レイナ!」
「大丈夫!」
レイナは踏ん張る。
その瞬間。
盾の表面に、緑色の光が走った。
「……?」
レイナが目を見開く。
防壁に、世界樹の根のような模様が浮かんでいる。
「これ……」
「世界樹の力が、《鉄壁》に混ざっている?」
ミレイユも驚いた。
だが、魔物は待ってくれない。
「グオオッ!」
もう一度、爪を振り上げる。
「《呪鎖》!」
ミレイユの周囲から、紫色の鎖が飛び出した。
一本。
二本。
三本。
十本。
無数の鎖が魔物の腕と脚に絡みつく。
「止まりなさい!」
鎖が魔物を引き倒そうとする。
しかし。
「グ……オオオオッ!」
魔物が力任せに鎖を引きちぎった。
「……!」
ミレイユの表情が変わる。
「私の《呪鎖》を……」
「ミレイユ!」
「分かってる!」
魔物が突進してくる。
レイナが盾を構える。
ミレイユが横へ飛ぶ。
――ドンッ!
盾が大きく揺れた。
「ぐっ……!」
レイナが耐える。
その横を、魔物の腕がすり抜ける。
「――っ!」
ミレイユの身体が吹き飛ばされた。
「ミレイユ!」
「大丈夫!」
空中で体勢を立て直し、着地する。
しかし。
ミレイユの頬に、赤い傷ができていた。
「……強いわね」
「だからこそ――」
レイナが盾を構え直す。
「二人で戦う」
ミレイユが笑った。
「最初からそのつもりよ」
魔物が再び走り出す。
レイナが前に出る。
「《鉄壁》!」
巨大な防壁が出現する。
魔物が激突した。
――ガァンッ!
その瞬間。
「今よ!」
レイナが叫ぶ。
ミレイユが手を伸ばす。
「《呪鎖》!」
紫色の鎖が飛び出す。
だが。
今度の鎖は、魔物ではなく――
世界樹の根に絡みついた。
「……!」
レイナが目を見開く。
「ミレイユ、それ……」
「分かってる」
ミレイユは鎖を引いた。
すると。
世界樹の根が、大きく動いた。
「……根そのものを、繋いでる?」
ミレイユが驚く。
魔物の足元にあった根が、鎖によって固定される。
魔物が動こうとする。
しかし。
動けない。
「グ……?」
「今までの《呪鎖》は、相手を縛るためのものだった」
ミレイユが呟く。
「でも……」
緑色の光が鎖を包む。
「今は違う」
鎖が世界樹の根と一体化していく。
「離れてしまうものを――」
ぐっと手を握る。
「繋ぎ止める」
魔物が暴れる。
「グオオオオオッ!」
だが。
世界樹の根が、魔物を包み込んでいく。
「レイナ!」
「任せて!」
レイナが前に出る。
「《鉄壁》――!」
巨大な盾が展開される。
今までの《鉄壁》とは違う。
防壁が、レイナだけではなく。
ミレイユを。
世界樹の根を。
森そのものを。
包み込んだ。
「……!」
レイナ自身も驚いている。
「守る範囲が……広がった?」
ミレイユが笑う。
「どうやら、あなたも変わったみたいね」
「私だけじゃない」
レイナがミレイユを見る。
「あなたもだろ」
「……そうね」
二人の力が重なる。
鉄壁が守る。
呪鎖が繋ぐ。
魔物の動きが完全に止まった。
「今なら――!」
レイナが大剣を構える。
ミレイユが鎖を引く。
「一緒に!」
「ええ!」
――ドォォォンッ!
二人の攻撃が魔物を捉えた。
魔物の身体を覆っていた黒い魔力が砕け散る。
赤い目の光が消える。
そして。
巨体がゆっくりと倒れた。
――ズン。
静寂。
「……終わった?」
レイナが息を整える。
「たぶん」
ミレイユが魔物を見る。
すると。
魔物の身体から黒い霧が抜けていった。
そして。
残ったのは。
普通の大きな獣だった。
眠るように目を閉じている。
「……生きてる」
レイナがしゃがみ込む。
「魔物じゃなくなった?」
「世界樹の魔力から切り離されたのかもしれないわね」
ミレイユが手を伸ばす。
鎖はもう消えている。
「……」
二人は、自分たちの手を見る。
レイナの《鉄壁》。
ミレイユの《呪鎖》。
どちらにも、まだ小さな緑色の光が残っていた。
「私たちの力……」
レイナが呟く。
「変わったわね」
ミレイユが答える。
「うん」
少しだけ沈黙する。
「……ソアにも見せたいな」
レイナが言った。
「そうね」
ミレイユが笑う。
「きっと、あの子なら――」
そのとき。
「レイナーーー!」
「……!」
森の奥から声がした。
「ミレイユーーー!」
「ソア?」
二人が振り向く。
森の向こうから。
全身鎧の少女が走ってくる。
「二人とも無事!?」
「ソア!」
レイナが駆け寄る。
「大丈夫だった?」
「うん!」
ソアは満面の笑顔だった。
「こっちも大変だったけど、ちゃんと勝ったよ!」
「そう」
ミレイユが安心したように笑う。
「……ところで」
レイナがソアの肩を見る。
「その肩当ては?」
「……」
ソアが固まった。
「……なくなった」
「また壊れたの?」
「違う」
「じゃあ?」
「……あげた」
「誰に?」
ソアが、そっと自分の後ろを見る。
そこから。
小さな緑色の生き物が顔を出した。
「…………」
レイナが固まる。
ミレイユも固まる。
シードが。
ソアの外した肩当てを抱えていた。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
「……それ」
レイナが指差す。
「ソアの肩当てよね?」
「うん」
「なんで持ってるの?」
「シードが気に入ったみたい」
シードが、ぴこっと葉っぱを揺らす。
「…………」
レイナが額を押さえる。
「世界樹の子って……」
ミレイユが肩を震わせる。
「もっと神秘的な存在だと思っていたわ」
「かわいいでしょ?」
ソアがシードを抱き上げる。
シードは肩当てを抱えている。
「……まあ、かわいいけど」
レイナがため息をつく。
「でも、それソアの装備でしょう?」
「うん」
「買い直すの?」
「たぶん」
「…………」
レイナが空を見上げた。
「どうして世界樹の旅が、装備の買い物の話になるの……」
「仕方ないよ」
ソアが笑う。
「鎧は大事だから!」
ミレイユが吹き出した。
「ふふっ……」
「笑わないでよ!」
「ごめんなさい」
ミレイユは全然悪びれていない。
シードが三人を見上げる。
そして。
小さな声で。
「……おなか」
「ん?」
ソアが振り返る。
「……すいた」
「…………」
ソアの目が輝いた。
「ご飯にしよう!」
「早い!」
レイナのツッコミが、森に響き渡った。
こうして。
世界樹を巡る大きな旅の始まりに。
四人と、一人の小さな世界樹の子が集まった。
ただし。
この時点では誰も知らなかった。
この小さな存在が。
やがて世界の運命を変えるほどの力を持つことを。
そして――
ソアの肩当てを奪ったことが。
後々まで語り継がれる、小さな事件になることを。




